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五 四六時中
二度と
しおりを挟むお義父さんは心配して、あの雨の日に飛び出してしまってから何度か、僕の家に足を運んでいるようだった。ポストに僕を気遣う主旨のメモが入っていたり、ドアにスーパーの袋がかかっていたりしたことがあったのだ。
緊急時以外、電話応対はできないと分かってくれている。だからこうして仕事も忙しいだろうに、わざわざ足を運んでくれているのだ。でも僕はあの家にはもう戻れない。戻りたくない。
そもそも、僕は最初から家族じゃなかった。元に戻るだけだ。僕は『山崎』真昼のまま。彼らは『藤岡』さん一家。
僕を助けてくれたあの頃と同じ。振り出しに戻っても、きっと、永遠にさようならだ。
熱を出してそのままズルズル体調不良を引きずってしまっている。今日は気のせいか、目覚ましの音は聞こえなかった。代わりに腹の底から突き上げられるような壁を叩く音で起こされ。
「どうし」たの、と言いかけて、彼が耳が聞こえにくいことを思い出した。壁一枚隔てるとなおさら伝わらないだろう。
寝室を出て素足に靴を引っ掛けたところで、寒気を感じて引き返した。
外でドアが開く音がして、まだ朝の早い時間なのにと思ったが、すぐに斎藤くんだと思い至って、靴下を履きこんで慌てて飛び出す。
彼は玄関の前でうずくまっていた。声をかけようとして近づくと、いきなり足を掴まれて懇願された。
「頼む、一緒に病院に来て」
冷えた外気に身震いしながら、「バスはまだ出てないよ」と返す。
「タクシーを……」
スマホも持っていないのに。それとももう呼んだのだろうか。
「あとどれぐらい?」
支度しなきゃ。外出用のものは一式いつもセットしてあるので幸いすぐに出られる。
「早く……たのむ」
答えになっていなかった。あと何分で来るのだろう。
声を絞り出すのが億劫でうなずくだけで返した。気のない返事をしたのが癪に触ったのか声を荒げられた。
「時間がないんだ! タクシーを呼んでくれ!!」
朝っぱらから大声出して。近所の人が起きちゃうじゃん。
「わかった」
バスより楽ちんだからいいや。そんな身軽な気持ちで部屋に戻って、スマホを手に取る。電話ってどうやってかけるんだっけ。でもまずはタクシー配車の電話番号を……。
パリンのメッセージが浮かび上がってきて反射的に押してしまった。
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