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第五話 予想外の同行者
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フエムが意識を取り戻してから十日ほどが経過した。
その間にレンはアイと協力して村人たちの悩みを解決したり、作業を手伝ったりしていた。
《この畑は連作をしているようです。pH値も酸性に傾きすぎです。N‐P‐Kバランスを――》
「ま、豆を育ててください。同じ作物を連続して作らないように。あと村で出た草や木の灰を――」
《このやり方は非効率過ぎます。衛生的にも問題です。集積地を決め、ゴミを一箇所に集めてください》
「ゴミ捨て場決めましょう。できるだけ住居から離れたところで、ほら臭いも気になるじゃないですか」
アイが科学的な提案をする度にレンは翻訳作業に回っていた。
(あれ? これ、本来は逆じゃね?)
レンは疑問を抱く。
しかしながら科学的な根拠の伴う方法は効果テキメンで、初めは訝しげだった村人も目に見えて生活が改善し始めると、レンのもとに感謝をしにやってくる。
その度に新しい情報やお礼の食料、そして気持ち程度の資金をもらった。
《レン。そろそろ、もっと情報が集まる大きな都市へ移動することを推奨します》
「そうだな。ある程度、この世界の情報も集まったし王都を目指すか」
こうしてレンとアイは、この村が所属するグランナル王国の王都ディシアを目指して出発することにした。
――出発の朝。荷物の積み込みを終え、馬車がきしむ音とともに動き出そうとしたその時だった。
「まってーっ!」
乾いた砂利道を駆け抜けてくる小さな影。
レンが振り返る間もなく、すでにポニーテイルの少女――フエムは馬車の後部に飛び乗っていた。
すっかり元気になった様子で、小さな体は旅装に包まれている。
「フエム!? ちょっ、危ないって……!」
「えへへ、間に合った!」
満面の笑顔。息を切らしながらも、目はまっすぐにレンを見ていた。
「いっしょに行くの。恩返ししたいの。レンお兄ちゃんに命を助けてもらったから……」
そう言いながらフエムは持ってきた小さな袋の中から手紙を取り出し、レンに渡した。
村の老神官からの手紙だった。
――賢明なる旅人へ
貴方のお陰で、尊き命が救われました。慈悲深き神に代わり、心より御礼申し上げます。
さて、その尊き命――あの子は「おれいするの!」と、聞く耳を持たぬ様子でして。
村の者としては当然止めるべきところでしょうが、私ももう耄碌いたしました。
「貴方ならば」と思い、わずかばかりの旅支度をさせ、同行を許した次第です。
どうか、面倒を見てやってはいただけませんか。
最後に老婆心ながら一つだけ申し上げておきます。
貴方の知恵と手立ては、村の生活を驚くほど変えてくれました。
便利になりました。安心できるようになりました。
しかしながら、それは毒にも薬にもなりましょう。
この世界の者たちにとって、貴方の持つ知は――時に常識を壊し、時に争いを生むかもしれません。
それを使う手が、慈悲と責任を持った者であることを願います、どうか、お忘れなきよう。
それでは、貴方とあの子の旅路に幸あらんことを。
グランナル辺境村 老神官 フォルドゥス
馬車はすでに軋みながら進み始めていた。
《賢明な人物ですね。少なくとも、変化が何をもたらすかを、理解している》
アイは静かに評価した。
レンはしばらく口を開けたまま固まっていたが――やがて深く息を吐き、肩をすくめた。
そんなことは露ほども知らず、フエムはニコニコしている。
「えへへ。お使い、かんりょ~」
「……やれやれ。まったく……君もアイみたいに強引だな」
《私はあなたの意思決定を尊重しています》
「今はその“尊重”いらないから」
午前の光が木漏れ日となって、ゆっくりと進む馬車の中に差し込んでいた。
ガタゴトと揺れる車輪の振動にも、フエムは興奮した様子で窓から景色を眺めている。
「わぁ……あれが山? こっちは川? 本で見たより、ずっと大きい……」
レンは彼女の隣で地図を広げていたが、ふと手を止めて目を細めた。
「見るのはいいけど、落ちないようにな」
「へーきへーき!」
(この調子で王都まで元気が続けばいいけどな……)
アイが頭の中で反応する。
《彼女の身体状態は安定しています。現在の気候条件なら問題ありません》
「そうかよ」
(けど……この先は王都だ。そう甘くはいかない気がする)
老神官の忠告を思い返しながら、レンは馬車に揺られていた。
小さな川辺で馬車が休憩を取った午後。
木陰に座ってパンをかじっていたフエムが、ふとレンに尋ねた。
「ねぇ、レンお兄ちゃん……誰とお話してるの?」
レンは飲んでいた水を噴きそうになった。
「な、なんのことだ……?」
「だって、誰も話してないのに……お兄ちゃん、たまに『うん』とか『そうか』とか言ってるよ?」
(まさか……)
《……確認しました。彼女には私の音声出力が聞こえているようです》
(……それ、どういうことだ?)
《通常、私の出力はレンの神経共鳴域に限られていますが……彼女にはそれを感知する能力があるようです。可能性のひとつとして――神の言語に関する適性が推察されます》
「神の……言語?」
《この世界を形作る根源的情報構造――神々が用いた言葉。もちろん人間が扱うような“言語”という意味の言葉ではありませんが、それを部分的に感じ取る力が、彼女に備わっているのかもしれません》
「……」
フエムは小首を傾げた。
「ねぇ、その声の人、名前あるの?」
レンは少し迷った後、肩をすくめた。
「『アイ』っていう。……まあ、知恵袋みたいなもんだ」
「アイさん? あ……、あの妖精さん! フエムだよ。よろしくね!」
《了解しました。副通信対象“フエム”、一時登録完了》
その間にレンはアイと協力して村人たちの悩みを解決したり、作業を手伝ったりしていた。
《この畑は連作をしているようです。pH値も酸性に傾きすぎです。N‐P‐Kバランスを――》
「ま、豆を育ててください。同じ作物を連続して作らないように。あと村で出た草や木の灰を――」
《このやり方は非効率過ぎます。衛生的にも問題です。集積地を決め、ゴミを一箇所に集めてください》
「ゴミ捨て場決めましょう。できるだけ住居から離れたところで、ほら臭いも気になるじゃないですか」
アイが科学的な提案をする度にレンは翻訳作業に回っていた。
(あれ? これ、本来は逆じゃね?)
レンは疑問を抱く。
しかしながら科学的な根拠の伴う方法は効果テキメンで、初めは訝しげだった村人も目に見えて生活が改善し始めると、レンのもとに感謝をしにやってくる。
その度に新しい情報やお礼の食料、そして気持ち程度の資金をもらった。
《レン。そろそろ、もっと情報が集まる大きな都市へ移動することを推奨します》
「そうだな。ある程度、この世界の情報も集まったし王都を目指すか」
こうしてレンとアイは、この村が所属するグランナル王国の王都ディシアを目指して出発することにした。
――出発の朝。荷物の積み込みを終え、馬車がきしむ音とともに動き出そうとしたその時だった。
「まってーっ!」
乾いた砂利道を駆け抜けてくる小さな影。
レンが振り返る間もなく、すでにポニーテイルの少女――フエムは馬車の後部に飛び乗っていた。
すっかり元気になった様子で、小さな体は旅装に包まれている。
「フエム!? ちょっ、危ないって……!」
「えへへ、間に合った!」
満面の笑顔。息を切らしながらも、目はまっすぐにレンを見ていた。
「いっしょに行くの。恩返ししたいの。レンお兄ちゃんに命を助けてもらったから……」
そう言いながらフエムは持ってきた小さな袋の中から手紙を取り出し、レンに渡した。
村の老神官からの手紙だった。
――賢明なる旅人へ
貴方のお陰で、尊き命が救われました。慈悲深き神に代わり、心より御礼申し上げます。
さて、その尊き命――あの子は「おれいするの!」と、聞く耳を持たぬ様子でして。
村の者としては当然止めるべきところでしょうが、私ももう耄碌いたしました。
「貴方ならば」と思い、わずかばかりの旅支度をさせ、同行を許した次第です。
どうか、面倒を見てやってはいただけませんか。
最後に老婆心ながら一つだけ申し上げておきます。
貴方の知恵と手立ては、村の生活を驚くほど変えてくれました。
便利になりました。安心できるようになりました。
しかしながら、それは毒にも薬にもなりましょう。
この世界の者たちにとって、貴方の持つ知は――時に常識を壊し、時に争いを生むかもしれません。
それを使う手が、慈悲と責任を持った者であることを願います、どうか、お忘れなきよう。
それでは、貴方とあの子の旅路に幸あらんことを。
グランナル辺境村 老神官 フォルドゥス
馬車はすでに軋みながら進み始めていた。
《賢明な人物ですね。少なくとも、変化が何をもたらすかを、理解している》
アイは静かに評価した。
レンはしばらく口を開けたまま固まっていたが――やがて深く息を吐き、肩をすくめた。
そんなことは露ほども知らず、フエムはニコニコしている。
「えへへ。お使い、かんりょ~」
「……やれやれ。まったく……君もアイみたいに強引だな」
《私はあなたの意思決定を尊重しています》
「今はその“尊重”いらないから」
午前の光が木漏れ日となって、ゆっくりと進む馬車の中に差し込んでいた。
ガタゴトと揺れる車輪の振動にも、フエムは興奮した様子で窓から景色を眺めている。
「わぁ……あれが山? こっちは川? 本で見たより、ずっと大きい……」
レンは彼女の隣で地図を広げていたが、ふと手を止めて目を細めた。
「見るのはいいけど、落ちないようにな」
「へーきへーき!」
(この調子で王都まで元気が続けばいいけどな……)
アイが頭の中で反応する。
《彼女の身体状態は安定しています。現在の気候条件なら問題ありません》
「そうかよ」
(けど……この先は王都だ。そう甘くはいかない気がする)
老神官の忠告を思い返しながら、レンは馬車に揺られていた。
小さな川辺で馬車が休憩を取った午後。
木陰に座ってパンをかじっていたフエムが、ふとレンに尋ねた。
「ねぇ、レンお兄ちゃん……誰とお話してるの?」
レンは飲んでいた水を噴きそうになった。
「な、なんのことだ……?」
「だって、誰も話してないのに……お兄ちゃん、たまに『うん』とか『そうか』とか言ってるよ?」
(まさか……)
《……確認しました。彼女には私の音声出力が聞こえているようです》
(……それ、どういうことだ?)
《通常、私の出力はレンの神経共鳴域に限られていますが……彼女にはそれを感知する能力があるようです。可能性のひとつとして――神の言語に関する適性が推察されます》
「神の……言語?」
《この世界を形作る根源的情報構造――神々が用いた言葉。もちろん人間が扱うような“言語”という意味の言葉ではありませんが、それを部分的に感じ取る力が、彼女に備わっているのかもしれません》
「……」
フエムは小首を傾げた。
「ねぇ、その声の人、名前あるの?」
レンは少し迷った後、肩をすくめた。
「『アイ』っていう。……まあ、知恵袋みたいなもんだ」
「アイさん? あ……、あの妖精さん! フエムだよ。よろしくね!」
《了解しました。副通信対象“フエム”、一時登録完了》
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