【R18】アールグレイの昼下がり ー双子の姉・乙編ー

Silence

文字の大きさ
88 / 166

噂3

しおりを挟む
きのとが帰国したのは、その数日後だった。
 
その日、新人達は見えるか見えないかくらいの遠い位置で乙を迎えた。
ドアが空き、今井の第一声が響く。
 
「お帰りなさいませ」
 
そして他の使用人と共に、なみも一礼をし乙を迎えた。
 
「お帰りなさいませ、乙様」
「…ああ」
 
一礼をしながら、ちらりと視線だけきのとに向けたが角度的に腰の辺りが微かに見えただけだった。
乙が聖慈せいじと共に部屋へ向かっていくとなみ達は、業務に戻るため各自散らばった。
廊下を歩きながら留奈るびが話し掛けてくる。
 
「ねぇ、乙様見えた?」
「ううん、全然」
「アタシも。
あんなに後ろじゃあ、見えるわけないっか」
「そんなに見たかったの?」
「だって、あんな写真みたら実物見たくなるじゃない?」
「…私は、別に…。だって…」
 
未だに【】のイメージが抜けないなみは、少し怪訝そうに答えた。
 
『…だって、嫌なものは嫌なんだもん。
はぁ、そんな人に奉公するなんて、これから憂鬱…』
 
軽いため息混じりに、なみは仕事に戻るのだった ────




嫌いなタイプのはずだった。
恋人もいるのか、いないのか解らない。
きっと傲慢で、身勝手で、手当たり次第自分の手に収めて。
 
『なのに…。
そう思っていたのに、実際にあったきのと様は少し違った。
絶えず女性のエスコートを忘れない人だった。
絶対に好きになる事はないと…
なのに…。
あの人の温もりが無くなっただけで、こんなに苦しい…』
 
顔を覆い、なみの瞳から止むことのない大きな雫は、胸の痛みとリンクして更に大きな雫が降り注ぐ。
 
タブー…
瀾はやっと気が付いた。
乙に対してのタブー…
それは『』だと。
】と言った瞬間のきのとの瞳の色が一瞬にして変わった事が何よりの証拠だろう。
 
『私は、なんて事を言ってしまったんだろう…。
あんな事さえ言わなければ、今この瞬間も乙様と一緒にいれたはずなのに…』
 
なみは自分を恨まずには居られなかった。
ただ後悔で泣いている事しか出来ない自分を。
そして、きのとを好きになってしまった自分を。
心臓がわしづかみにされるような胸の苦しみが治まる気配すらなく。


好きにならなければ…
本気にならなければ…
こんなに苦しまずに済んだ。
本当は、解っていたのだ。
自分が暇つぶしの遊び相手の1人だったことくらい。
こんなに苦しくなる前に、あの冷たくされた時に諦めれば良かった。
 
馬鹿みたいにひと時ひと時が幸せで、あの人の傍にいれたら…
あの人が自分を愛してくれたら、そんな甘い夢を見てしまった自分。
なみに向けられたきのとの笑顔が…
温かく、優しい手がいとおしくて、いつまでも一緒に居たいと…
いつか結ばれたいと思ってしまった。
無理だと解っていたはずなのに。
 
所詮、きのとなみは名家の娘と使用人。
近くに居る事は出来ても結ばれる事はない。

『それでも…言ってほしかった。
好きだと…愛してると。
一時の夢でも、あの人の口から聞きたかった…。
あの人の声で…。
苦しい…苦しいよ…乙様…』
 
激しく肩を震わせ、ヒクヒクと泣くなみの気持ちに同調するように、いつしか窓の外は雨を誘い、大雨が降り注いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話

穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。

処理中です...