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誰の祈り?
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朽ちたフローリングの床は低い草が所狭しと生え、あちこちにピンクや黄色の小さな花が咲いています。壁はやっぱりレンガ造りで、大きな窓は割れていました。少し埃っぽさも感じますが、まるで絵本や童話の一説を切り取ったような、儚く美しい空間でした。
朽ちた床に倒れ込んだままだった凛は目の前の光景に目を奪われながらも、静かに立ち上がりました。
ぎしりとフローリングが鳴りました。手入れされている形跡が全くないその床は、凛が倒れ込んだ後がくっきり残ってしまいます。ワンピースも随分汚れてしまいましたが、そんなことには全く構っていられません。今にも朽ち落ちてしまいそうな危うい美しさを醸し出すこの空間に、呼吸も忘れるくらいにすっかり魅了されてしまったのです。
割れた窓から悪戯な風が遊びに来ました。森に似た、実に清新な風です。低い雑草も、可愛らしい色を付けるちいさな花も僅かに揺れ、まるで凛を待っていたかのように微笑んでいるようにも思えます。屋外かと勘違いしそうになるほどに爽やかな風は同時に凛の心を惑わせました。
ここは、安全な場所ではないのです。一刻も早く鍵を探さなければなりません。
蓮が言うには、手のひらサイズで凹凸がふたつの鍵です。
「……手のひらサイズ…」
凛は自分の手のひらを開いてみました。まだ柔らかな少女の手は苔で緑色に汚れ、爪の間も黒くなってしまっています。
森に迷い込んだ時、手を差し伸べてくれた蓮を思い出しました。
“随分派手に遊んでいたみたいだね”
あの時初めて、男性が美しいと思いました。野菜や果物を育て、家畜の世話をして暮らしていた凛の村に、燕尾服を完璧に着こなして上品なシルクハットを被る大人などひとりもいませんでした。随分大人に見えました。やさしくしてくれた蓮に、あのとき間違いなく恋をしたのです。初めての恋でした。
"初めての恋は実らない"
いつか本で読んだ一説を思い出し、開いた両手をぎゅっと握り締めます。使い古された表現は、何故使い古されたのかを知ったような気がしました。
それは、きっと誰もが経験し、きっと誰もが同じように切ない思いを抱いたからなのだと、凛は唇を噛みました。
「鍵を、探そう…」
どんなに思っていても、きっと蓮はここには来ません。下がどうなったのかも分かりません。今の凛にできることは、しなければいけないことは、鍵を探し出し、元の世界に帰ることなのです。
俯けていた顔を上げ、改めて部屋の中を見渡しました。
草や花に目を奪われていましたが、よく見ると元は立派な教会だったのかもしれません。十字架やベンチ、祭壇などは見当たりませんが、色とりどりの美しいステンドグラスや、煉瓦を窓枠のようにくり抜いた形跡、そこにはきっと燭台があったのでしょう。煤のようなもので黒ずんでいます。それから、高い天井には絵画の形跡がありました。
凛は絶望にも似た感情を腹の底に感じました。この広い、そして朽ちた部屋で、手のひらサイズの鍵など果たして見つかるのでしょうか。
凛はとりあえず、足元の草を掻き分けてみました。
思った通り、フローリングの床には草の他に何もありません。鍵が入ってそうな箱などもなさそうです。厳重に保管しているとしたら、もしかするとここにはないのかもしれません。
凛は諦めて、階段を探しました。割れた窓ガラスから見える景色から察するに、ここはまだ頂上ではないのです。
朽ちた床に倒れ込んだままだった凛は目の前の光景に目を奪われながらも、静かに立ち上がりました。
ぎしりとフローリングが鳴りました。手入れされている形跡が全くないその床は、凛が倒れ込んだ後がくっきり残ってしまいます。ワンピースも随分汚れてしまいましたが、そんなことには全く構っていられません。今にも朽ち落ちてしまいそうな危うい美しさを醸し出すこの空間に、呼吸も忘れるくらいにすっかり魅了されてしまったのです。
割れた窓から悪戯な風が遊びに来ました。森に似た、実に清新な風です。低い雑草も、可愛らしい色を付けるちいさな花も僅かに揺れ、まるで凛を待っていたかのように微笑んでいるようにも思えます。屋外かと勘違いしそうになるほどに爽やかな風は同時に凛の心を惑わせました。
ここは、安全な場所ではないのです。一刻も早く鍵を探さなければなりません。
蓮が言うには、手のひらサイズで凹凸がふたつの鍵です。
「……手のひらサイズ…」
凛は自分の手のひらを開いてみました。まだ柔らかな少女の手は苔で緑色に汚れ、爪の間も黒くなってしまっています。
森に迷い込んだ時、手を差し伸べてくれた蓮を思い出しました。
“随分派手に遊んでいたみたいだね”
あの時初めて、男性が美しいと思いました。野菜や果物を育て、家畜の世話をして暮らしていた凛の村に、燕尾服を完璧に着こなして上品なシルクハットを被る大人などひとりもいませんでした。随分大人に見えました。やさしくしてくれた蓮に、あのとき間違いなく恋をしたのです。初めての恋でした。
"初めての恋は実らない"
いつか本で読んだ一説を思い出し、開いた両手をぎゅっと握り締めます。使い古された表現は、何故使い古されたのかを知ったような気がしました。
それは、きっと誰もが経験し、きっと誰もが同じように切ない思いを抱いたからなのだと、凛は唇を噛みました。
「鍵を、探そう…」
どんなに思っていても、きっと蓮はここには来ません。下がどうなったのかも分かりません。今の凛にできることは、しなければいけないことは、鍵を探し出し、元の世界に帰ることなのです。
俯けていた顔を上げ、改めて部屋の中を見渡しました。
草や花に目を奪われていましたが、よく見ると元は立派な教会だったのかもしれません。十字架やベンチ、祭壇などは見当たりませんが、色とりどりの美しいステンドグラスや、煉瓦を窓枠のようにくり抜いた形跡、そこにはきっと燭台があったのでしょう。煤のようなもので黒ずんでいます。それから、高い天井には絵画の形跡がありました。
凛は絶望にも似た感情を腹の底に感じました。この広い、そして朽ちた部屋で、手のひらサイズの鍵など果たして見つかるのでしょうか。
凛はとりあえず、足元の草を掻き分けてみました。
思った通り、フローリングの床には草の他に何もありません。鍵が入ってそうな箱などもなさそうです。厳重に保管しているとしたら、もしかするとここにはないのかもしれません。
凛は諦めて、階段を探しました。割れた窓ガラスから見える景色から察するに、ここはまだ頂上ではないのです。
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