ブラッディ・クイーン

たかひらひでひこ

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 その夜は、静かに始まった。日が暮れてから、遠雷のように轟いていた砲声が聞こえなくなった。虫の這いまわる気配すらなかった。
 それがかえって不気味だ。鹿野は言われた通り美浦の後について、再度前線に出た。
 鹿野は、いまだかつて経験した事のない、嫌な予感を覚えた。
「何か変ですね」
真暗な前線を眺めながら、誰にともなく言った。暗視スコープで覗いて見ても、闇しか見えない。
「静かに」
傍らにいた、美浦一尉が囁き声で言った。彼女はケータイ端末を取り出すと、暗視スコープを覗きながら、着弾点の座標、砲撃弾数を囁き声で指示している。
 「ようし、始まるぞ。撃ち方用意」
ポンと迫撃砲の砲声が聞えて来た。間を置かず着弾する。それと同時だった。
 前方の暗闇から、多数の火線が走った。曳光弾が糸を引いてこちらに飛んで来る。それは死の光だった。その数は数十、いや数百にも達していた。
「電磁波迷彩!」
思わず鹿野は叫んだ。
 電磁波迷彩とは、文字通り電磁波のたぐいを吸収し、見かけ上透過させるもので、専用シートを被るだけで背景に溶け込んでしまう。
 それは紫外線から、可視光線、赤外線、長短の電波までカバーするステルス兵器だ。ただ、ステルス性能は現時点では高精度とはいえず、普通は一定条件の下でしか使われない。しかし、夜の暗闇ではそれなりに効果を上げるのも事実で、なぜ、美浦一尉が敵の存在を察知できたのか不明だった。
 敵の射撃に対し、こちらも負けじと撃ち返す。が、頭上をビュンビュンと弾がかすめ飛び、まともに顔をあげられない。後方の味方陣地にも、迫撃砲らしい着弾が連続する。
 だが、六中隊の隊士たちは、冷静に、最小限頭を出して、八九式ライフルを撃ちまくっている。グレネード弾か、迫撃砲弾か、敵陣にも着弾し爆発する。
 中隊長の美浦は、P九〇自衛銃を手にしていた。FN社の拳銃弾ではない、専用の五・七ミリ弾を使用する、ブルパップ式サブマシンガンだ。弾丸は軽いが、有効射程は百メートルないし二百メートル程度はある。軽量で女性隊士向けといえるし、野戦では一般的なサブマシンガンより有効だ。
 鹿野三尉は、初めての夜戦に理性を失った。暗闇の中で何が起こっているのか、わけがわからないうちに、戦況は変化していった。
 中隊火力のうち、迫撃砲弾が底をつき、小銃弾も残り少なくなった。だが、敵の火力は衰えず、次から次へと後方から新手の兵がやって来る様子だった。
 「後退!」
美浦一尉が指示を出した。前線を支えられなくなったという事か。
 偵察隊士と、その後ろを守っていた隊士たちは、壊走状態に陥る事なく、整然と第二線に後退を開始した。敵弾が、身体の間近を不気味な音をたてて掠め飛ぶ中、背を丸めてまるで訓練の如く行動する。
 急に、鹿野の隣を移動していた隊士が、前につんのめって倒れた。
「どうしました!」
声をかけるが、返事がない。鹿野は、その隊士のベルトを掴むと、引きずって後退を始めた。その時、美浦の声がした。
 「そいつはもう駄目だ。そいつを置いて、後退しろ、早く!」
美浦の声に改めて、自分がベルトを引っ張っていた隊士を見ると、頭部をライフル弾が貫通していた。脳味噌の大半を吹っ飛ばされているであろうから、助かる見込みはない。
 鹿野は慌てて匍匐体勢を取りながら、後方陣地へたどり着いた。百メートルばかり後退した処で、施設隊による、新たな陣地が構築されていた。昼間、鹿野が視察した時は気にも留めなかったが、こうやって実際に戦ってみると、上手く配置された縦深陣地である事がよくわかる。
 第二線陣地には、八十四ミリ無反動砲が配置され、侵入して来た敵兵に、榴弾の雨を浴びせていた。しかし、中隊全体の弾薬には限りがあろう。鹿野のライフルの残弾も少なく、補給は見込めないはずだ。
 そこにも前線から後退して来た負傷隊士がいた。膝から先が、砲撃の破片で大きく損傷している。骨まで露出していて、出血が酷かった。美浦は、大腿部を手際よく結紮すると、出血を抑え、傷口を包帯で巻いた。
「すぐに後退させて、衛生士の処置を受けさせろ」
他の隊士のひとりに指示を下している。
 「中隊長、連隊本部に再度、支援要請をされてはどうですか」
僭越とは思いながらも、鹿野は美浦に提案した。
「無駄だ。さっきのやりとりを聞いてただろう。連隊の幕僚は、敵の夜襲を予期していなかった。今ごろは連隊本部の防衛が手一杯で、各中隊の事なぞ、考える余裕もあるまい」
美浦は意外に冷静に答えた。
 「しかし、このままでは、敵の攻撃を支えきれません」
敵の火力からすると、六中隊の損害が軽微であるとは考えられない。このまま弾が尽きれば、突破されるしかない。するとその先は・・・、考えたくもなかった。
「まあ、そう悲観するな。捨てる神あれば、拾う神ありだ」
美浦は、謎めいたセリフを口にした。何故、こんなに落ちついていられるのか。鹿野は、ふと疑問に思った。
 その時だった。空気を切り裂く音がして、敵陣に砲弾が落下した。その威力からして、百五十五ミリ以上の重砲弾であろう。
 たちまち敵陣にパニックが生じた。連続砲撃により、次々に敵兵の群れに着弾し、敵はこちらへ攻め寄せるどころではなくなった。
 砲撃の規模からみて、特科連隊程度の火力のようだ。明らかに、数十門の重砲による砲撃だった。
 周りを見ると、鹿野の近くで、暗視スコープと、タブレット端末を使い、砲撃観測を行っているチームがいた。
 FO(監視員)と呼ばれる、どこかの特科部隊の所属で、彼らが、観測データをFDC(射撃指揮所)へ送っているのだ。
 と、その時、中隊の後方から、履帯の音が響いて来た。振り返ってみると、三二式戦車、我が方の最新鋭戦車だった。
 現れた三二式戦車は数両だったが、その効果は絶大だった。三二式は、最新映像システムにより車内からの夜間の視認性も良好で、敵に有効な射撃を与えていった。
 戦車を持たない敵兵は、雪崩をうって退却を開始した。我が軍と異なり、完全にパニックをきたしていた。まさに恥も外聞もなく、命からがら我先に逃げ出す、といった態であった。
 その敵に追い打ちを掛けるように、重砲弾が強力な打撃を与えていった。
 この作戦に参加した生き残りの敵兵は、さぞかし大きなトラウマを抱く事になるだろう。もっとも、この状態では、生き残るのも至難の事であろうが。
 敵が退却を開始して、しばらく経った頃、暗闇の空に爆音が轟いたと思ったとたん、味方の戦闘攻撃機の編隊が、電磁波迷彩というメッキの剥げた敵部隊に空爆を開始した。
 クラスター弾と焼夷弾をセットで多数投下していく。対装甲車両ではなく、敵の人海戦術に対抗するための攻撃だ。
 緒戦で、敵の戦車、装甲車両は日本、USA、THM合同空軍による効果的な阻止攻撃を受け、前線では圧倒的な損害を被っている事を承知のうえでの空爆だ。
 鹿野は、目の前で繰り広げられる、多数の爆発の閃光に見とれていた。こちらまで、爆発がまき起こした風が吹き寄せて来る。あの下では、先程我々を襲撃して来た敵兵が、爆風にさらされているのだ。
 またしても、鹿野の目には、かつて見た多数のミサイルが街を襲う風景が重なっていた。敵兵がどんな目にあっているか、鹿野はよく承知していた。
 今や、六中隊の正面は、重砲の砲撃、戦闘攻撃機の空爆、加えて戦車の支援射撃と、一方的な逆転が生じていた。
 気が付くと、傍らに来た隊士が何かを鹿野に押し付けている。爆音で何を言っているのかは聞き取れなかったが、見ると小銃弾と、食糧キットの補給だった。
 鹿野がうなずいて、それを受け取ると、その隊士は、他の塹壕にいる隊士の所へと向かった。
 隣を見ると、美浦中隊長も補給物資を受け取り、空いたサックにマガジンを差し込んでいた。鹿野と目が合うと、あの不敵な笑顔を見せる。
 美浦にしてみれば、してやったり、というところだろう。しかし、鹿野には美浦の笑みの意味がよくわかっていなかった。
 美浦はこうなる事を、明らかに予め承知していたようだ。しかし、なぜか?敵の夜襲を的確に察知し、そのうえでこれらの段取りを、一介の中隊長ができるものなのか。少なくとも、直属の連隊本部は、美浦の具申に対し、けんもほろろの扱いだった。
 何やら、人の気配を感じて振り返ると、増援の隊士たちが到着したところだった。肩章を見ると一三連隊ではなく、四八連隊所属の隊士たちだ。
 四八連隊といえば、戦略予備として、遣半島方面軍司令部直属の部隊のはずだ。なぜ、そんな部隊がここにいるのか。
 結局、六中隊は支援部隊の援けも借りて、残敵を掃討し、当初の陣地を回復する事に成功した。
 朝日が昇る頃には、実質的に戦闘は終了した。前線から敵は撤退し、後に残った敵陣地は、あたり一面、敵兵の死屍累々たる有り様だった。まさに凄惨としか形容のできない光景だ。
 しかし、鹿野はそれを見ても、何とも感じなかった。鹿野にとってはある意味、見慣れた光景であったからだ。あの時から、ずっと心は麻痺していた。
 それよりも、まったく中隊の状態を把握できず、中隊長の尻を追っかけるので精一杯であったのが、我ながら情けなかった。結局自分は何もせずに、右往左往していただけだ。
 疲れ果てた鹿野の顔を見ると、美浦一尉は、例によってニヤリと笑った。だが今朝の笑顔は、魅力的に見えた。
「疲労困憊といった態だな」
「はい、何が何だか、わけがわかりませんでした」
「まあ、いい。最初はみんな同じだ。生き残る、という最大の任務は果たした事だしな」
考えてみれば、昨日の朝起きてから、二十四時間ろくすっぽ寝ていない事になる。そろそろ体力の限界らしかった。
 「飯を食って、中隊本部で仮眠を取れ。眠れる時に、寝とかないと、敵はまたいつ来るかわからんぞ」
鹿野は、美浦の指示に従う事にした。ここは、経験者の言葉に、素直に耳を傾けておいた方がよさそうだ。
 中隊本部へ行きかけて、ふと足を止めると、先程来、疑問に思っていた事を口にした。
「中隊長、ひとつ教えて下さい」
「何だ」
美浦も振り向いた。
「中隊長にはなぜ、敵の来襲が予めわかったんですか?」
 それが一番の謎だった。美浦一尉の適切な指揮がなければ、今ごろ屍をさらしていたのは、鹿野だったのかもしれないのだ。
「気配だよ」
「はい?」
「場数を踏むと、ピンと来るようになる。昨日の敵の強行偵察から、夜襲は読めた」
鹿野にはよくわからなかった。
「気配ですか」
「ああ、まず外れないね。私は、連隊本部の分析なんかより、自分のカンの方を信じる事にしている」
 「さすが、ブラッディ・クイーンの面目躍如と言うところですな」
いつの間にか傍に来ていた、石塚が付け加えた。
 どうやら、美浦中隊長は、自分の信念を元に、一三連隊本部ではない、別の部署に支援の取りつけをしていたようだ。連隊本部の無能を見越したうえでの行動だろう。
だが、連隊本部を飛び越して、もっと上の指揮系統に、支援が得られるように根回しするなど可能だろうか。どうやら、思っていた以上に有能な中隊長らしい。
 さすがに、昼夜連続での戦闘には、疲労を覚えた。身体が重い。鹿野は砲撃でデコボコになった地面に、足許を取られそうになりながら、本部の塹壕に向かった。
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