リインカーネーション

たかひらひでひこ

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 オレと夏実は、順調に付き合いを続けていた。制服もブレザーを脱ぎ、夏服に替わった。憂鬱な雨の季節も終わり、段々気温が上昇する日々がやってきた。そろそろ、セミの鳴声も聴こえだした。六月下旬の期末テストが終わると、高校総体の予選が始まる。
 オレは、陸上の予選に出場する、夏実の応援に行きたかったのだ。だがしかし、空手部の試合があるので、部員としてはそちらに行かざるを得なかった。
 もっともオレは空手では白帯で、段位もないから、選手でもない。ただの応援要員に過ぎない。せっかくの休みを潰して、つまらない試合を見物することとなった。
 空手の試合は、形の演武と、防具を付けた自由組手の二種目がある。オレが習得している拳法は少林寺の流れをくむもので、対外試合禁止だから、もちろん出場はできない。出るなら空手道としてだが、先に言ったように段位はないから、選手登録はして貰えなかった。
 十数校が出場し、形の演武は、なかなか面白かった。中にひとり日本代表候補の女性選手がいて、彼女の形は確かにキレがあった。
 それに対し、自由組手は、地方大会だからなのだろうが、チンパンジーのボクシングと言った態だった。これで黒帯とは情けない。
 見ていて欠伸が出そうになった。ああ、今頃、夏実は華麗にバーを飛び越えているんだろうなあ。無性に夏実に逢いたくなった。
 オレをはじめとする一年生のやる気のなさに、活を入れようとしたのだろう。大賀キャプテンがやってくると、説教をぶった。他の一年生は恐れ入って、真面目にキャプテンの言い分を拝聴していた。だがしかし、生憎オレはキャプテンにも負けない自信があったので、話しを適当に流していた。
 オレの態度にむっとした大賀さんは、後でみんなに知らせず、ひとりで裏手の山に来いと、オレに囁いた。おおかた、特別指導とやらをして下さるつもりだったのだろう。普通の新入生ならビビる場面だろうが、オレはこういったシチュエーションには慣れっこだったので、平然と承諾した。
 昼休み、皆が飯を食っている時間に、オレは大賀キャプテンと、自由組手をすることになった。オレはキャプテンに提案した。
「結果はどうあれ、みんなには内緒にしときましょう」
「お前が恥かきたくない気持ちは分かるから、そのとおりにしてやろう」
 勝負は一本勝負で始まった。一本勝負で充分だった。二本目を行う気力も体力もキャプテンにはなかったのだ。
 適当に手は抜いたつもりだったが、試合開始後数秒で、大賀キャプテンはオレのまわし蹴りを水月、つまり鳩尾に受けてノックアウトされてしまった。身体をエビのように曲げて苦しむ先輩に活法を施し、蘇生させたのだ。救急車ごとにならなかったのが、ラッキーだった。
 他の部員たちから、何があったのか問い詰められたが、部長の名誉のため、稽古をつけてもらっていた時、部長が足を滑らせて腹を打った、と答えておいた。
 結果、部長の名誉は保たれたのだが、ずっと後で卒業謝恩会の時、大賀部長にとっ掴まって、『お前、ただもんじゃねえな』とお褒めの言葉に預かった。
 こうして、我が学業第一の修博学園高校は、全国大会に進める競技はひとつもなく、無事に高校総体予選を終えることとなった。
 間もなく、夏休みの季節がやってきた。一般の高校生にとっては、青春とやらを謳歌する絶好の時期なのだろうが、俺たち修博の生徒にとっては、進学のための準備をする絶好の時期だった。
 要するに、勉強漬けだったということだ。夏休みに消化するべき課題がどっさり出され、それをこなすだけでも、毎日数時間を充てなければならなかった。課題の量はマジで半端なかった。修博はこういうところは厳しい。
 オレは夏実に連絡し、課題を分担してやることを提案した。夏実はすぐに同意し、得意の分野を分担し、分からないことはお互いに教えつつ処理した。お陰で課題を二週間程度でクリアすることができた。
 後の時間は遊びに使うというのが、一般的な展開だろうが、生憎オレたちは予備校からの課題もあり、空虚な時間を過ごすヒマなどなかった。つまり夏休みは徹頭徹尾勉強に追われ、夏実との楽しいバカンスも、あり得ない状況だったのだ。
 せいぜい空いた時間で、拳法の練習をしてストレスを発散するのが精一杯だった。
 すべての課題を終了できたのは、夏休みも終わろうという日だった。なんのことはない、その日まで課題という名の苦行を強いられていたわけだ。まあ、ずっと夏実と一緒にいられたのはよかったのだが。
 オレは夏実を誘って、夏の思い出作りに協力して貰おうと思っていたのだが、ことこの時期に至って、理想の夏休みイベントは、ことごとく終了していた。海水浴で夏実の水着も堪能できず、祭りで夏実の浴衣姿も堪能できなかった。
 そんな夏休み最後の日、夏実から連絡があった。プールに行こうと言うのだ。オレは期待と懸念を併せ持ちながら出掛けて行った。
 当日の夏実の姿は、期待を裏切らない、高校生とは思えない、大胆といって良いものだった。マニアなら発狂レベルものだった。
 夏実は身長が百六十八センチあるが、長い脚に、くびれたウエスト、胸も尻もボリュームがあって、しかも形がよかった。小顔の美人は、すっぴんでも綺麗だった。
 水着は、大人びた色合いのワンピで、デザインもセンスあるものだった。オレはそちらの方面はさっぱりだが、どうも有名なブランドものらしい。それがよく似合っていた。
 夏実は、プールに来ていた男たちの視線を、一身に集めていた。オレは嫌な予感がした。
 子供の頃は、水泳でオリンピックを目指していた、というだけあって、夏実の泳ぎは見事だった。クロールで、百メートルを一分半くらいで泳いでいた。
 「お前、水泳部に移ってもよくね?」
「遼介も一緒に泳ごうよ」
「オレは、お前みたいに華麗に泳げねえよ。平泳ぎでゆっくり漂ってる」
 夏実は、もうひと泳ぎすると、先にプールサイドに上がって、くつろいでいた。そこに辛抱たまらなくなった、男どもが数人群がってきた。
 やっぱり懸念していたとおりか、オレは溜息をつくと、プールサイドに上がった。男どもをかき分け、夏実を庇った。
「あのな、オレたちデート中なの。空気読んであっち行ってくれないか」
そう言ってやると、中のひとりがテンプレどおりのセリフを言い出した。
 まったく、ヤクザの口上じゃあるまいし、毎度々々同じセリフにも飽きあきした。オレはそいつをいきなり蹴飛ばし、プールの中に投げ込んでやった。他にも、ぎゃあすか抜かす奴がいたので、そいつもプールに蹴り込んだ。勿論ケガしないように手は抜いた。
 騒ぎを聞きつけて、監視員がやって来た。その後は、お決まりのすったもんだがあったのだが、省略する。結局デートはぶち壊しになり、オレたちは不機嫌な顔で家路についた。
 「なあ、夏実今度からデートの時は、もっと地味な恰好して来いよ。お前目立ちすぎ。今日みたくあんなフェロモン振りまいてたら、暗闇の中の蛍光灯で、蛾の大群集めてるみたいなもんじゃねえかよ」
「なに、あたしが悪かったっていうの?」
「そうじゃねえけどさ、お前ただでさえ目に付くのに、あんな恰好じゃ襲って下さいって言ってるようなもんだぜ。別にオレの前じゃラフななりで充分だろ」
 夏実はムクれていた。オレは続けた。
「お前は美人だし、それはオレも嬉しいけど、お前が美人だから付き合ってるわけじゃない。外見なんか気にしなくても、充分お前は魅力的だよ。それより、デートの度に揉めごととか勘弁してくれ。美人のカノジョを守るのも大変なんだぞ。オレはちっとも楽しめない」
 うーんと、夏実は考えていた。
「それもそうだね。こないだも喫茶店の前で揉めてるとこ、遼介には助けてもらってたし・・・ちょっと、考えてみる」
 夏美が素直にオレの意見を取り入れたこともあってか、以後は見た目もなるべく地味に装うようになったし、俺たちの付き合いも、二学期も相変わらず順調といって良かった。
 一方、部活の方は、秋の新人戦でボロ負し、県大会にも出場できなかった。勿論オレはベンチにも入れず、応援席が定席だった。空手道で、期待の新人なんてのはご免だったから、新部長の采配に全く異論はなかった。
 しかし新部長となった葛城先輩は、それでは物足りなかったらしく、外部講師を頼んで、オレたちに活を入れる腹積もりだったらしい。地区予選惨敗が、余程アタマにきたようだ。
 頼むから新キャプテン、そんな面倒くさいことを考えるなよ。
 数日後、現れた臨時コーチは、現役の自衛軍女性下士曹ということだった。ウチの高校のしかも空手部の先輩らしい。役目は新人教育のような格闘技メニューを、二週間限定でオレたちに徹底的に叩き込むことだった。
 オレは、メニューをこなしていくうちに、教官の動作に敏感となった。何となく教官の動きを予め感じることができるようになり、教官の繰り出す技を適当に受け流していた。
 ある日、その若い並河という名の三曹は、オレを一対一の組手相手に指名した。
 彼女は、積極的に攻めてきたが、微妙に空手とは違う技が入っていた。蹴りをかわし、突きを受けると、身体を密着させてきて、腕を首にかけようとした。そのまま、首投げにくる気だなと感じたオレは、その腕をスルリとかわした。昔、この練習をやっていた感じがあった。彼女の腕を逆にとると、関節技を決め、柔道でも合気道でもない、投げ技を放った。並河三曹の身体は一回転して、ひっくり返った。
 腕を抑えている並河さんに、オレは申しわけない気持ちだった。
「すみません。ケガはなかったですか」
並河さんは呆然としたようにオレを見た。
「あなた、自衛軍の格闘術をやったことがあるの?」
 とんでもない、とオレは手を振った。今の投げ技は偶然の産物で、オレが習っている拳法にもない技だ。
 「ふーん・・・あなた格闘術の才能があるわ。将来ウチにこない?」
「はあ、まあ考えときます」
 それからオレは彼女に目を着けられたようだった。オレの動きを丹念に観察していた。その日の練習が終わって帰ろうとすると、並河さんに呼び止められた。
「あなた、何か空手以外の武道をやってるわね、そうでしょ」
どうやら、オレの動きで気づいたらしい。
「他のひととは動きが違うもの」
 実は、拳法をやっていたことを、告白させられた。みんなには内緒にしていること、空手部は身体を鈍らせないためにやっているのであって、空手で試合に出る気はないこと、等をしゃべった。
 「部長や、他の連中には黙っててくださいね」
「でも、見るひとが見れば、あなたの格闘技のレベルはかなりのものだと分かると思うけど。何段なの」
「いちおう二段です」
「二段?もっと上でしょう」
 オレには、十年以上の武道歴があること、ウチの流派は未成年では三段までしか取れないこと、だけど独習で五段程度の技はマスターしていること、を説明することになった。
「試合に出れば空手とはいえ、拳法で習った技を出しかねないですし、ウチの流派は対外試合禁止ですから」
「それで、白帯なのね」
 並河さんは、じっと考えていた。
「あなたには、正直、教えることは何もないわ。私より実力は上だもの。確かにあなたくらいの実力があるなら、試合には出ない方がいいかもしれない。あなたは強すぎるから」
「並河さんの武道は、自衛軍で教えてるものなんですか」
「私も元は、空手と合気道をやってたけど、自衛軍に入って戦闘格闘技を始めたの。これは、空手に似た技もあるけど、素手やナイフで敵と戦うためのもので、空手とは違うのよ。もとは色々な格闘術や、武道の技を取り入れてるとは思うんだけど」
 オレは、並河さんの格闘技には不思議な感覚を持った。ずっと以前に経験してたような感覚だ。だから彼女の動きが予め読めたのだ。そのことを、並河さんに話した。
 「あなたには、普通のひとと違う、特別な才能があるのかもしれない」
そう言ってくれた。
 二週間後、特訓を終えた並河さんは去って行ったが、なぜかオレには、
「また、会いましょう」
と言葉をかけてくれた。オレもまた、彼女に再会できるような妙な気持になった。
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