リインカーネーション

たかひらひでひこ

文字の大きさ
5 / 19

5

しおりを挟む

 オレと夏実は、順調に付き合いを続けていた。制服もブレザーを脱ぎ、夏服に替わった。憂鬱な雨の季節も終わり、段々気温が上昇する日々がやってきた。そろそろ、セミの鳴声も聴こえだした。六月下旬の期末テストが終わると、高校総体の予選が始まる。
 オレは、陸上の予選に出場する、夏実の応援に行きたかったのだ。だがしかし、空手部の試合があるので、部員としてはそちらに行かざるを得なかった。
 もっともオレは空手では白帯で、段位もないから、選手でもない。ただの応援要員に過ぎない。せっかくの休みを潰して、つまらない試合を見物することとなった。
 空手の試合は、形の演武と、防具を付けた自由組手の二種目がある。オレが習得している拳法は少林寺の流れをくむもので、対外試合禁止だから、もちろん出場はできない。出るなら空手道としてだが、先に言ったように段位はないから、選手登録はして貰えなかった。
 十数校が出場し、形の演武は、なかなか面白かった。中にひとり日本代表候補の女性選手がいて、彼女の形は確かにキレがあった。
 それに対し、自由組手は、地方大会だからなのだろうが、チンパンジーのボクシングと言った態だった。これで黒帯とは情けない。
 見ていて欠伸が出そうになった。ああ、今頃、夏実は華麗にバーを飛び越えているんだろうなあ。無性に夏実に逢いたくなった。
 オレをはじめとする一年生のやる気のなさに、活を入れようとしたのだろう。大賀キャプテンがやってくると、説教をぶった。他の一年生は恐れ入って、真面目にキャプテンの言い分を拝聴していた。だがしかし、生憎オレはキャプテンにも負けない自信があったので、話しを適当に流していた。
 オレの態度にむっとした大賀さんは、後でみんなに知らせず、ひとりで裏手の山に来いと、オレに囁いた。おおかた、特別指導とやらをして下さるつもりだったのだろう。普通の新入生ならビビる場面だろうが、オレはこういったシチュエーションには慣れっこだったので、平然と承諾した。
 昼休み、皆が飯を食っている時間に、オレは大賀キャプテンと、自由組手をすることになった。オレはキャプテンに提案した。
「結果はどうあれ、みんなには内緒にしときましょう」
「お前が恥かきたくない気持ちは分かるから、そのとおりにしてやろう」
 勝負は一本勝負で始まった。一本勝負で充分だった。二本目を行う気力も体力もキャプテンにはなかったのだ。
 適当に手は抜いたつもりだったが、試合開始後数秒で、大賀キャプテンはオレのまわし蹴りを水月、つまり鳩尾に受けてノックアウトされてしまった。身体をエビのように曲げて苦しむ先輩に活法を施し、蘇生させたのだ。救急車ごとにならなかったのが、ラッキーだった。
 他の部員たちから、何があったのか問い詰められたが、部長の名誉のため、稽古をつけてもらっていた時、部長が足を滑らせて腹を打った、と答えておいた。
 結果、部長の名誉は保たれたのだが、ずっと後で卒業謝恩会の時、大賀部長にとっ掴まって、『お前、ただもんじゃねえな』とお褒めの言葉に預かった。
 こうして、我が学業第一の修博学園高校は、全国大会に進める競技はひとつもなく、無事に高校総体予選を終えることとなった。
 間もなく、夏休みの季節がやってきた。一般の高校生にとっては、青春とやらを謳歌する絶好の時期なのだろうが、俺たち修博の生徒にとっては、進学のための準備をする絶好の時期だった。
 要するに、勉強漬けだったということだ。夏休みに消化するべき課題がどっさり出され、それをこなすだけでも、毎日数時間を充てなければならなかった。課題の量はマジで半端なかった。修博はこういうところは厳しい。
 オレは夏実に連絡し、課題を分担してやることを提案した。夏実はすぐに同意し、得意の分野を分担し、分からないことはお互いに教えつつ処理した。お陰で課題を二週間程度でクリアすることができた。
 後の時間は遊びに使うというのが、一般的な展開だろうが、生憎オレたちは予備校からの課題もあり、空虚な時間を過ごすヒマなどなかった。つまり夏休みは徹頭徹尾勉強に追われ、夏実との楽しいバカンスも、あり得ない状況だったのだ。
 せいぜい空いた時間で、拳法の練習をしてストレスを発散するのが精一杯だった。
 すべての課題を終了できたのは、夏休みも終わろうという日だった。なんのことはない、その日まで課題という名の苦行を強いられていたわけだ。まあ、ずっと夏実と一緒にいられたのはよかったのだが。
 オレは夏実を誘って、夏の思い出作りに協力して貰おうと思っていたのだが、ことこの時期に至って、理想の夏休みイベントは、ことごとく終了していた。海水浴で夏実の水着も堪能できず、祭りで夏実の浴衣姿も堪能できなかった。
 そんな夏休み最後の日、夏実から連絡があった。プールに行こうと言うのだ。オレは期待と懸念を併せ持ちながら出掛けて行った。
 当日の夏実の姿は、期待を裏切らない、高校生とは思えない、大胆といって良いものだった。マニアなら発狂レベルものだった。
 夏実は身長が百六十八センチあるが、長い脚に、くびれたウエスト、胸も尻もボリュームがあって、しかも形がよかった。小顔の美人は、すっぴんでも綺麗だった。
 水着は、大人びた色合いのワンピで、デザインもセンスあるものだった。オレはそちらの方面はさっぱりだが、どうも有名なブランドものらしい。それがよく似合っていた。
 夏実は、プールに来ていた男たちの視線を、一身に集めていた。オレは嫌な予感がした。
 子供の頃は、水泳でオリンピックを目指していた、というだけあって、夏実の泳ぎは見事だった。クロールで、百メートルを一分半くらいで泳いでいた。
 「お前、水泳部に移ってもよくね?」
「遼介も一緒に泳ごうよ」
「オレは、お前みたいに華麗に泳げねえよ。平泳ぎでゆっくり漂ってる」
 夏実は、もうひと泳ぎすると、先にプールサイドに上がって、くつろいでいた。そこに辛抱たまらなくなった、男どもが数人群がってきた。
 やっぱり懸念していたとおりか、オレは溜息をつくと、プールサイドに上がった。男どもをかき分け、夏実を庇った。
「あのな、オレたちデート中なの。空気読んであっち行ってくれないか」
そう言ってやると、中のひとりがテンプレどおりのセリフを言い出した。
 まったく、ヤクザの口上じゃあるまいし、毎度々々同じセリフにも飽きあきした。オレはそいつをいきなり蹴飛ばし、プールの中に投げ込んでやった。他にも、ぎゃあすか抜かす奴がいたので、そいつもプールに蹴り込んだ。勿論ケガしないように手は抜いた。
 騒ぎを聞きつけて、監視員がやって来た。その後は、お決まりのすったもんだがあったのだが、省略する。結局デートはぶち壊しになり、オレたちは不機嫌な顔で家路についた。
 「なあ、夏実今度からデートの時は、もっと地味な恰好して来いよ。お前目立ちすぎ。今日みたくあんなフェロモン振りまいてたら、暗闇の中の蛍光灯で、蛾の大群集めてるみたいなもんじゃねえかよ」
「なに、あたしが悪かったっていうの?」
「そうじゃねえけどさ、お前ただでさえ目に付くのに、あんな恰好じゃ襲って下さいって言ってるようなもんだぜ。別にオレの前じゃラフななりで充分だろ」
 夏実はムクれていた。オレは続けた。
「お前は美人だし、それはオレも嬉しいけど、お前が美人だから付き合ってるわけじゃない。外見なんか気にしなくても、充分お前は魅力的だよ。それより、デートの度に揉めごととか勘弁してくれ。美人のカノジョを守るのも大変なんだぞ。オレはちっとも楽しめない」
 うーんと、夏実は考えていた。
「それもそうだね。こないだも喫茶店の前で揉めてるとこ、遼介には助けてもらってたし・・・ちょっと、考えてみる」
 夏美が素直にオレの意見を取り入れたこともあってか、以後は見た目もなるべく地味に装うようになったし、俺たちの付き合いも、二学期も相変わらず順調といって良かった。
 一方、部活の方は、秋の新人戦でボロ負し、県大会にも出場できなかった。勿論オレはベンチにも入れず、応援席が定席だった。空手道で、期待の新人なんてのはご免だったから、新部長の采配に全く異論はなかった。
 しかし新部長となった葛城先輩は、それでは物足りなかったらしく、外部講師を頼んで、オレたちに活を入れる腹積もりだったらしい。地区予選惨敗が、余程アタマにきたようだ。
 頼むから新キャプテン、そんな面倒くさいことを考えるなよ。
 数日後、現れた臨時コーチは、現役の自衛軍女性下士曹ということだった。ウチの高校のしかも空手部の先輩らしい。役目は新人教育のような格闘技メニューを、二週間限定でオレたちに徹底的に叩き込むことだった。
 オレは、メニューをこなしていくうちに、教官の動作に敏感となった。何となく教官の動きを予め感じることができるようになり、教官の繰り出す技を適当に受け流していた。
 ある日、その若い並河という名の三曹は、オレを一対一の組手相手に指名した。
 彼女は、積極的に攻めてきたが、微妙に空手とは違う技が入っていた。蹴りをかわし、突きを受けると、身体を密着させてきて、腕を首にかけようとした。そのまま、首投げにくる気だなと感じたオレは、その腕をスルリとかわした。昔、この練習をやっていた感じがあった。彼女の腕を逆にとると、関節技を決め、柔道でも合気道でもない、投げ技を放った。並河三曹の身体は一回転して、ひっくり返った。
 腕を抑えている並河さんに、オレは申しわけない気持ちだった。
「すみません。ケガはなかったですか」
並河さんは呆然としたようにオレを見た。
「あなた、自衛軍の格闘術をやったことがあるの?」
 とんでもない、とオレは手を振った。今の投げ技は偶然の産物で、オレが習っている拳法にもない技だ。
 「ふーん・・・あなた格闘術の才能があるわ。将来ウチにこない?」
「はあ、まあ考えときます」
 それからオレは彼女に目を着けられたようだった。オレの動きを丹念に観察していた。その日の練習が終わって帰ろうとすると、並河さんに呼び止められた。
「あなた、何か空手以外の武道をやってるわね、そうでしょ」
どうやら、オレの動きで気づいたらしい。
「他のひととは動きが違うもの」
 実は、拳法をやっていたことを、告白させられた。みんなには内緒にしていること、空手部は身体を鈍らせないためにやっているのであって、空手で試合に出る気はないこと、等をしゃべった。
 「部長や、他の連中には黙っててくださいね」
「でも、見るひとが見れば、あなたの格闘技のレベルはかなりのものだと分かると思うけど。何段なの」
「いちおう二段です」
「二段?もっと上でしょう」
 オレには、十年以上の武道歴があること、ウチの流派は未成年では三段までしか取れないこと、だけど独習で五段程度の技はマスターしていること、を説明することになった。
「試合に出れば空手とはいえ、拳法で習った技を出しかねないですし、ウチの流派は対外試合禁止ですから」
「それで、白帯なのね」
 並河さんは、じっと考えていた。
「あなたには、正直、教えることは何もないわ。私より実力は上だもの。確かにあなたくらいの実力があるなら、試合には出ない方がいいかもしれない。あなたは強すぎるから」
「並河さんの武道は、自衛軍で教えてるものなんですか」
「私も元は、空手と合気道をやってたけど、自衛軍に入って戦闘格闘技を始めたの。これは、空手に似た技もあるけど、素手やナイフで敵と戦うためのもので、空手とは違うのよ。もとは色々な格闘術や、武道の技を取り入れてるとは思うんだけど」
 オレは、並河さんの格闘技には不思議な感覚を持った。ずっと以前に経験してたような感覚だ。だから彼女の動きが予め読めたのだ。そのことを、並河さんに話した。
 「あなたには、普通のひとと違う、特別な才能があるのかもしれない」
そう言ってくれた。
 二週間後、特訓を終えた並河さんは去って行ったが、なぜかオレには、
「また、会いましょう」
と言葉をかけてくれた。オレもまた、彼女に再会できるような妙な気持になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

リアルメイドドール

廣瀬純七
SF
リアルなメイドドールが届いた西山健太の不思議な共同生活の話

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

リボーン&リライフ

廣瀬純七
SF
性別を変えて過去に戻って人生をやり直す男の話

処理中です...