リインカーネーション

たかひらひでひこ

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 当日の朝まだき、駅前の待ち合わせ場所に、四人が集まった。久住と、新美と、夏実にオレだ。
 夏実だけ、前の助手席で、野郎三人は、後部座席に詰め込まれた。運転は久住の叔父さんだ。クルマはM菱のパセロという四WDだった。市販車仕様なのだそうだ。
 最寄りの駅を、朝六時に出発した。オレは遠慮なく眠らせて貰った。いつでもどこでも眠れるのは、オレの特技だ。久住と新美は、叔父さんと戦車談議に余念がなかったようだが、オレはぐっすりと眠り込み、揺り起こされるまで目を覚まさなかった。
 どうやら目的地に到着したらしい。クルマの外を見ると、明るく晴れ上がっていた。ガーガーうるさい音がする。履帯を付けた車両が動き回っている。
 オレたちは車から降り、見学席の方に向かった。
「しかし、グーグーよく眠ってたな」
新美が感心したように感想を述べた。
「小隊長は、昔からそうでしたよ」
久住がわけ知り顔で口を挟む。オレは空を見上げた。雲ひとつない晴天だ。
 「見物にはいいが、車両の性能を知るには雨天の方がいいな」
誰にともなく、つぶやいた。久住の叔父が、オレの肩をポンと叩いた。
「分かってるじゃないか。そのとおりだ」
訊くと、叔父さんは現職の自衛官ということだった。こんなとこで油売ってる場合か、と突っ込みそうになったが、叔父さんは別の部署の配属で、本日は休みなのだそうだ。 
 「君も戦車部隊に興味があるのかな」
「ありません」
オレはそっけなく答えた。今日はこの連中に引っ張って来られただけです、と言うと叔父さんは苦笑いを浮かべた。
 見物席は、結構な人数が詰めかけていた。自衛軍関係者ならともかく、一般人もかなりいそうで、世の中にはヒマな人間が多いものだと思った。
 オレは、まだ眠気が去らず、欠伸を連発していた。緊張感ないこと、おびただしい。いつの間にか傍らには、夏実がくっ付いていた。席に着くと、すでにプログラムは始まっていた。履帯を付けた車両が行ったり来たりしている。
 オレは、戦車の動きを見て驚いた。履帯であるにも関わらず、スポーツカーの如きドリフト走行をやっているのだ。最高速も前進、後退とも時速八十キロ以上は出るらしい。停止位置からの加速も驚くべき早さだった。超信地旋回も素早い。
 走りながら、戦車の主砲が、常に的を指さすように動いていた。スタビライザーというものなのだそうだ。
 戦車は鈍重な車両、というイメージがあったオレは、現代戦車の機動性に認識を新たにした。
「昔は、戦車って、こんなに機動性はなかったよな・・・」
その言葉に反応した久住が、オレを見てにっこり笑った。
 あまりに、過激な運動をし過ぎたのか、戦車の一両の履帯が外れてしまった。すぐに修理部隊がやって来て、履帯を外すと、回収車が戦車を引っ張って、会場から出て行った。その間約十分程度。早いのか遅いのか、オレにはよく分からなかった。
 ハプニングはあったが、休む間もなく、旧式戦車と、新型戦車の性能比較が行われた。新型の三二式は、電磁波迷彩を施し、迷彩偽装を始めると、その所在は観客席からの目視では分からなくなった。機動性、電子装備、あらゆる点で一〇式とは桁違いだ。
 いつの間にかオレは、戦車に見入ってしまっていた。魅せられた、と言っていい。気が付くと、昼休憩になっていた。夏実がお弁当を作ってきてくれていた。
「みんなの分もあるよ」
 男どもは、大喜びして夏実の弁当に舌鼓を打った。
「美味しい、このお弁当すごく美味しいです」
「夏実ちゃんは、良い奥さんになるなあ」
どいつもこいつも、ムシャムシャ食ってやがる。いい気なもんだ。
 オレは、おにぎりをほお張りながら、戦車を見ていた。何か戦車に対し、懐かしいような、嫌悪感のような、アンビバレントで複雑な感情が湧いていた。
「あの車内で、敵弾を喰らうとなあ・・・」
オレは意識せず、そんなことをつぶやいていたらしい。
 「遼介、はいアーンして」
夏実が、自分の箸で卵焼きをオレの口元に持ってきた。周りの連中はニヤニヤしながら、こっちを見ている。オレは戦車に気を取られていたから、素直に口を開けて卵焼きをほお張った。美味かった。
 「見せつけるねえ、夏実ちゃん」
久住の叔父さんが、ニヤニヤしながら言った。その言葉で我に返ったオレは、とても恥ずかしくなった。
「もうひとつ食べる?」
更に箸で差し出す夏実から、卵焼きをもぎ取ると、自分で口に運んだ。みなはその光景に笑い声を上げた。
 「別に照れなくてもいいじゃないか」
「そうそう、お似合いですよ」
「ああ、オレも彼女ほしいなあ」
「てめーら、ひとのことを、からかってんじゃねえよ!」
 そうこうして、飯を食い終わると、まだ午後の部には時間があるというので、連れ立って屋台の店を冷やかしに行ってみた。
 店には、いろんな戦車グッズが売られていたが、その中に『世界の戦車』というタイトルの本があった。オレはその本を何気なく、手に取るとパラパラとめくっていたが、中のいち戦車に目が留まった。
 M四シャーマンという戦車だった。第二次大戦中にアメリカで生産された戦車だ。四万両以上も生産されたらしく、連合軍の標準戦車のような存在だったようだ。そこには、シャーマンの数種類の車体が、図絵で記載されていたが、なぜか、その戦車が気になって仕方がなくなった。
 オレは、思わず財布を取り出すと、結構な値段のその本を買っていた。席に戻り、その戦車について、詳細を読んでいった。
 大量生産されたゆえ、当時としては、非常に使い勝手の良い戦車であったこと、ただし装甲も主砲の威力も、ドイツの主力戦車には及ばず、戦闘では苦労させられたこと、などが書かれていた。
 七六ミリ長身砲でも、パンターやティーガーは抜けなかったなあ、おまけに敵弾を喰らうと、洩れなく火災を起こしやがった。
 オレはその本を読みながら、そのようなことを考えていた。なぜ、そんな考えが浮かんだのだろう。いつの間にか ほかの連中も、席に帰って来た。
「遼介はどこ行ってたの。急にいなくなるから、あたし探したんだよ」
「うん・・・」
 夏実はムクれていたが、オレはその本に気を取られていた。夏実もオレの様子が、おかしいことに気づいたようだった。オレの読んでいた本を、のぞき込む。
「これが、遼介が昔乗ってた戦車なの?」
 オレは夏実の言葉に驚いて、彼女の顔を見た。その瞬間、夏実の顔にダブって、西洋人の顔立ちの女性の顔が浮かんだ。
「マギー・・・?」
「うん・・・思い出した?」
オレは、頭を振った。改めて見ると、夏実はやはり夏実だった。
「いや、何でもない。気のせいだ」
夏実は、優しく微笑んだ。
 午後からは、本番の火力演習が始まった。
まず、三二式戦車が四両登場すると、機動走行を始めた。四両が、一列になって動き回り、合図に従って、走りながらの射撃を始めた。
 発射音と、着弾音は凄まじかった。オレはその音を聞いた瞬間、錯乱した。目の前に戦場が広がり、敵のパンター三両から、待ち伏せ射撃を受けていた。
「フォーバック!」
オレは叫んで、手に持ったマイクに命令を出した。しかし、小隊五両のM4戦車は次々に被弾し、燃え上がった。自分の車両も射撃を行うが、敵に命中しても弾き返される。その時、ハッチから身を乗り出していたオレに、敵弾が命中した。
 いつの間にか、オレは気を失っていたらしい。皆が、心配そうにオレの顔を見つめている。バッキーとネルソンだった。なぜかマギーや、ホーナー大隊長もいた。
 「ワッツロング?ワッツハプン?」
「小隊長、大丈夫ですか」
日本語だった。オレは、無意識のうちに英語を喋っていたようだ。
 事情が呑み込めてきた。どうやら火力演習の轟音に、過去世の光景が、フラッシュバックしたらしい。係員の自衛官が飛んできて、救急治療を受けるように言われた。
 「大丈夫です。すみません、お騒がせしました」
オレは、周りに謝罪した。
 「今度は、思い出した?」
今は夏実である、マーガレットが尋ねた。心配そうに手を握ってくれている。
「思い出したよ、マギー」
「来た甲斐がありましたね」
「そうだな、バッキーにネルソン」
ふたりも顔を見合わせて笑顔になった。オレの車両、ドレッドノートの乗員だった。
「ようやく、少尉どのもお目覚めか」
 「私のことは、どうかね?」
久住の叔父さんが言った。
「勿論です、ホーナー少佐。我々の大隊長でしたね」
ホーナーも嬉しそうだった。
「ウチの大隊で、一番のやり手が目覚めてくれたな」
 そうだ、オレのかつての名は、マイク・バトラー。仲間からは、ホークアイと呼ばれていた。第七三三独立戦車大隊A中隊に所属していた。第三小隊長でドレッドノートの愛称を持つ、M四A三シャーマン七六ミリ砲搭載車両に乗っていた。バッキー、ネルソン、ロジャース、ベックが同じ車両の兄弟だった。
 「あの時、オレは敵弾を受けて戦死したんだな・・・」
「バルジでパンターと遣り合った時か?」
今は新美のネルソンが言ってきた。
「バルジ?さあ、バストーニュの郊外だったと思うが」
「やっぱりバルジだ。あの時、あんたは戦死し、小隊もほぼ全滅だった。ドレッドノートの乗員も三名戦死だったよ。オレも重傷を負い、すぐ後で戦死したと思う。助けてくれたのは、バッキーだった」
「あの時、我々の大隊は、第二六師団の増援として参加してたんだが、三分の二がやられたんだよ」
ホーナー少佐が、付け加えた。
「そうか、その後は、ドイツには勝ったんだよな」
「そうだ、オレたちが戦死してから約半年後だ」
 オレは考えながら言った。
「なんで、オレは、今生は日本に転生したんだ?しかも集団で。過去世から見れば敵国じゃないか」
新美と久住は目配せし合った。
「さあ、それは分からないが、何か意味があるのかも知れないな」
 富士演習場では、火力演習が続いていたが、オレはそれどころではなかった。考え続けているうちに、演習は終了し、あたりも夕方となっていた。帰りの道は、混んでいたが、ホーナーが、裏道を抜けてくれて、早めに帰路に就くことができた。
 最寄りの駅に帰り着いたのは、夜だった。オレは、夏実を家まで送って行った。ふたりとも無言だった。夏実はオレの腕をしっかりと掴んでいた。
 彼女の家に着くと、オレは言った。
「じゃあ、また明日」
「遼介。私がだれだかわかった?」
「ああ、マーガレット・レイクだったよな。オレの婚約者だった」
「ひどい、結婚してたよ私たち。マーガレット・バトラーだったんだから」
「?そうだっけ。記憶が曖昧だな」
オレは首をかしげた。マギーと婚約した記憶はあるが、式を挙げた覚えはなかった。
 夏実はオレに近づいてきた。
「あの頃のさよならの挨拶覚えてる?」
「いいや、なんだっけ?」
「やっぱりひどい、それも思い出せないの」
そう言うと、夏実はオレにキスをした。
「じゃあね、また明日」
   夏実は笑顔で手を振ると、家の中に入って行った。オレは、夏実がキスしてくれた唇を抑えつつ、佇んでいた。
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