7 / 19
7
しおりを挟む
当日の朝まだき、駅前の待ち合わせ場所に、四人が集まった。久住と、新美と、夏実にオレだ。
夏実だけ、前の助手席で、野郎三人は、後部座席に詰め込まれた。運転は久住の叔父さんだ。クルマはM菱のパセロという四WDだった。市販車仕様なのだそうだ。
最寄りの駅を、朝六時に出発した。オレは遠慮なく眠らせて貰った。いつでもどこでも眠れるのは、オレの特技だ。久住と新美は、叔父さんと戦車談議に余念がなかったようだが、オレはぐっすりと眠り込み、揺り起こされるまで目を覚まさなかった。
どうやら目的地に到着したらしい。クルマの外を見ると、明るく晴れ上がっていた。ガーガーうるさい音がする。履帯を付けた車両が動き回っている。
オレたちは車から降り、見学席の方に向かった。
「しかし、グーグーよく眠ってたな」
新美が感心したように感想を述べた。
「小隊長は、昔からそうでしたよ」
久住がわけ知り顔で口を挟む。オレは空を見上げた。雲ひとつない晴天だ。
「見物にはいいが、車両の性能を知るには雨天の方がいいな」
誰にともなく、つぶやいた。久住の叔父が、オレの肩をポンと叩いた。
「分かってるじゃないか。そのとおりだ」
訊くと、叔父さんは現職の自衛官ということだった。こんなとこで油売ってる場合か、と突っ込みそうになったが、叔父さんは別の部署の配属で、本日は休みなのだそうだ。
「君も戦車部隊に興味があるのかな」
「ありません」
オレはそっけなく答えた。今日はこの連中に引っ張って来られただけです、と言うと叔父さんは苦笑いを浮かべた。
見物席は、結構な人数が詰めかけていた。自衛軍関係者ならともかく、一般人もかなりいそうで、世の中にはヒマな人間が多いものだと思った。
オレは、まだ眠気が去らず、欠伸を連発していた。緊張感ないこと、おびただしい。いつの間にか傍らには、夏実がくっ付いていた。席に着くと、すでにプログラムは始まっていた。履帯を付けた車両が行ったり来たりしている。
オレは、戦車の動きを見て驚いた。履帯であるにも関わらず、スポーツカーの如きドリフト走行をやっているのだ。最高速も前進、後退とも時速八十キロ以上は出るらしい。停止位置からの加速も驚くべき早さだった。超信地旋回も素早い。
走りながら、戦車の主砲が、常に的を指さすように動いていた。スタビライザーというものなのだそうだ。
戦車は鈍重な車両、というイメージがあったオレは、現代戦車の機動性に認識を新たにした。
「昔は、戦車って、こんなに機動性はなかったよな・・・」
その言葉に反応した久住が、オレを見てにっこり笑った。
あまりに、過激な運動をし過ぎたのか、戦車の一両の履帯が外れてしまった。すぐに修理部隊がやって来て、履帯を外すと、回収車が戦車を引っ張って、会場から出て行った。その間約十分程度。早いのか遅いのか、オレにはよく分からなかった。
ハプニングはあったが、休む間もなく、旧式戦車と、新型戦車の性能比較が行われた。新型の三二式は、電磁波迷彩を施し、迷彩偽装を始めると、その所在は観客席からの目視では分からなくなった。機動性、電子装備、あらゆる点で一〇式とは桁違いだ。
いつの間にかオレは、戦車に見入ってしまっていた。魅せられた、と言っていい。気が付くと、昼休憩になっていた。夏実がお弁当を作ってきてくれていた。
「みんなの分もあるよ」
男どもは、大喜びして夏実の弁当に舌鼓を打った。
「美味しい、このお弁当すごく美味しいです」
「夏実ちゃんは、良い奥さんになるなあ」
どいつもこいつも、ムシャムシャ食ってやがる。いい気なもんだ。
オレは、おにぎりをほお張りながら、戦車を見ていた。何か戦車に対し、懐かしいような、嫌悪感のような、アンビバレントで複雑な感情が湧いていた。
「あの車内で、敵弾を喰らうとなあ・・・」
オレは意識せず、そんなことをつぶやいていたらしい。
「遼介、はいアーンして」
夏実が、自分の箸で卵焼きをオレの口元に持ってきた。周りの連中はニヤニヤしながら、こっちを見ている。オレは戦車に気を取られていたから、素直に口を開けて卵焼きをほお張った。美味かった。
「見せつけるねえ、夏実ちゃん」
久住の叔父さんが、ニヤニヤしながら言った。その言葉で我に返ったオレは、とても恥ずかしくなった。
「もうひとつ食べる?」
更に箸で差し出す夏実から、卵焼きをもぎ取ると、自分で口に運んだ。みなはその光景に笑い声を上げた。
「別に照れなくてもいいじゃないか」
「そうそう、お似合いですよ」
「ああ、オレも彼女ほしいなあ」
「てめーら、ひとのことを、からかってんじゃねえよ!」
そうこうして、飯を食い終わると、まだ午後の部には時間があるというので、連れ立って屋台の店を冷やかしに行ってみた。
店には、いろんな戦車グッズが売られていたが、その中に『世界の戦車』というタイトルの本があった。オレはその本を何気なく、手に取るとパラパラとめくっていたが、中のいち戦車に目が留まった。
M四シャーマンという戦車だった。第二次大戦中にアメリカで生産された戦車だ。四万両以上も生産されたらしく、連合軍の標準戦車のような存在だったようだ。そこには、シャーマンの数種類の車体が、図絵で記載されていたが、なぜか、その戦車が気になって仕方がなくなった。
オレは、思わず財布を取り出すと、結構な値段のその本を買っていた。席に戻り、その戦車について、詳細を読んでいった。
大量生産されたゆえ、当時としては、非常に使い勝手の良い戦車であったこと、ただし装甲も主砲の威力も、ドイツの主力戦車には及ばず、戦闘では苦労させられたこと、などが書かれていた。
七六ミリ長身砲でも、パンターやティーガーは抜けなかったなあ、おまけに敵弾を喰らうと、洩れなく火災を起こしやがった。
オレはその本を読みながら、そのようなことを考えていた。なぜ、そんな考えが浮かんだのだろう。いつの間にか ほかの連中も、席に帰って来た。
「遼介はどこ行ってたの。急にいなくなるから、あたし探したんだよ」
「うん・・・」
夏実はムクれていたが、オレはその本に気を取られていた。夏実もオレの様子が、おかしいことに気づいたようだった。オレの読んでいた本を、のぞき込む。
「これが、遼介が昔乗ってた戦車なの?」
オレは夏実の言葉に驚いて、彼女の顔を見た。その瞬間、夏実の顔にダブって、西洋人の顔立ちの女性の顔が浮かんだ。
「マギー・・・?」
「うん・・・思い出した?」
オレは、頭を振った。改めて見ると、夏実はやはり夏実だった。
「いや、何でもない。気のせいだ」
夏実は、優しく微笑んだ。
午後からは、本番の火力演習が始まった。
まず、三二式戦車が四両登場すると、機動走行を始めた。四両が、一列になって動き回り、合図に従って、走りながらの射撃を始めた。
発射音と、着弾音は凄まじかった。オレはその音を聞いた瞬間、錯乱した。目の前に戦場が広がり、敵のパンター三両から、待ち伏せ射撃を受けていた。
「フォーバック!」
オレは叫んで、手に持ったマイクに命令を出した。しかし、小隊五両のM4戦車は次々に被弾し、燃え上がった。自分の車両も射撃を行うが、敵に命中しても弾き返される。その時、ハッチから身を乗り出していたオレに、敵弾が命中した。
いつの間にか、オレは気を失っていたらしい。皆が、心配そうにオレの顔を見つめている。バッキーとネルソンだった。なぜかマギーや、ホーナー大隊長もいた。
「ワッツロング?ワッツハプン?」
「小隊長、大丈夫ですか」
日本語だった。オレは、無意識のうちに英語を喋っていたようだ。
事情が呑み込めてきた。どうやら火力演習の轟音に、過去世の光景が、フラッシュバックしたらしい。係員の自衛官が飛んできて、救急治療を受けるように言われた。
「大丈夫です。すみません、お騒がせしました」
オレは、周りに謝罪した。
「今度は、思い出した?」
今は夏実である、マーガレットが尋ねた。心配そうに手を握ってくれている。
「思い出したよ、マギー」
「来た甲斐がありましたね」
「そうだな、バッキーにネルソン」
ふたりも顔を見合わせて笑顔になった。オレの車両、ドレッドノートの乗員だった。
「ようやく、少尉どのもお目覚めか」
「私のことは、どうかね?」
久住の叔父さんが言った。
「勿論です、ホーナー少佐。我々の大隊長でしたね」
ホーナーも嬉しそうだった。
「ウチの大隊で、一番のやり手が目覚めてくれたな」
そうだ、オレのかつての名は、マイク・バトラー。仲間からは、ホークアイと呼ばれていた。第七三三独立戦車大隊A中隊に所属していた。第三小隊長でドレッドノートの愛称を持つ、M四A三シャーマン七六ミリ砲搭載車両に乗っていた。バッキー、ネルソン、ロジャース、ベックが同じ車両の兄弟だった。
「あの時、オレは敵弾を受けて戦死したんだな・・・」
「バルジでパンターと遣り合った時か?」
今は新美のネルソンが言ってきた。
「バルジ?さあ、バストーニュの郊外だったと思うが」
「やっぱりバルジだ。あの時、あんたは戦死し、小隊もほぼ全滅だった。ドレッドノートの乗員も三名戦死だったよ。オレも重傷を負い、すぐ後で戦死したと思う。助けてくれたのは、バッキーだった」
「あの時、我々の大隊は、第二六師団の増援として参加してたんだが、三分の二がやられたんだよ」
ホーナー少佐が、付け加えた。
「そうか、その後は、ドイツには勝ったんだよな」
「そうだ、オレたちが戦死してから約半年後だ」
オレは考えながら言った。
「なんで、オレは、今生は日本に転生したんだ?しかも集団で。過去世から見れば敵国じゃないか」
新美と久住は目配せし合った。
「さあ、それは分からないが、何か意味があるのかも知れないな」
富士演習場では、火力演習が続いていたが、オレはそれどころではなかった。考え続けているうちに、演習は終了し、あたりも夕方となっていた。帰りの道は、混んでいたが、ホーナーが、裏道を抜けてくれて、早めに帰路に就くことができた。
最寄りの駅に帰り着いたのは、夜だった。オレは、夏実を家まで送って行った。ふたりとも無言だった。夏実はオレの腕をしっかりと掴んでいた。
彼女の家に着くと、オレは言った。
「じゃあ、また明日」
「遼介。私がだれだかわかった?」
「ああ、マーガレット・レイクだったよな。オレの婚約者だった」
「ひどい、結婚してたよ私たち。マーガレット・バトラーだったんだから」
「?そうだっけ。記憶が曖昧だな」
オレは首をかしげた。マギーと婚約した記憶はあるが、式を挙げた覚えはなかった。
夏実はオレに近づいてきた。
「あの頃のさよならの挨拶覚えてる?」
「いいや、なんだっけ?」
「やっぱりひどい、それも思い出せないの」
そう言うと、夏実はオレにキスをした。
「じゃあね、また明日」
夏実は笑顔で手を振ると、家の中に入って行った。オレは、夏実がキスしてくれた唇を抑えつつ、佇んでいた。
夏実だけ、前の助手席で、野郎三人は、後部座席に詰め込まれた。運転は久住の叔父さんだ。クルマはM菱のパセロという四WDだった。市販車仕様なのだそうだ。
最寄りの駅を、朝六時に出発した。オレは遠慮なく眠らせて貰った。いつでもどこでも眠れるのは、オレの特技だ。久住と新美は、叔父さんと戦車談議に余念がなかったようだが、オレはぐっすりと眠り込み、揺り起こされるまで目を覚まさなかった。
どうやら目的地に到着したらしい。クルマの外を見ると、明るく晴れ上がっていた。ガーガーうるさい音がする。履帯を付けた車両が動き回っている。
オレたちは車から降り、見学席の方に向かった。
「しかし、グーグーよく眠ってたな」
新美が感心したように感想を述べた。
「小隊長は、昔からそうでしたよ」
久住がわけ知り顔で口を挟む。オレは空を見上げた。雲ひとつない晴天だ。
「見物にはいいが、車両の性能を知るには雨天の方がいいな」
誰にともなく、つぶやいた。久住の叔父が、オレの肩をポンと叩いた。
「分かってるじゃないか。そのとおりだ」
訊くと、叔父さんは現職の自衛官ということだった。こんなとこで油売ってる場合か、と突っ込みそうになったが、叔父さんは別の部署の配属で、本日は休みなのだそうだ。
「君も戦車部隊に興味があるのかな」
「ありません」
オレはそっけなく答えた。今日はこの連中に引っ張って来られただけです、と言うと叔父さんは苦笑いを浮かべた。
見物席は、結構な人数が詰めかけていた。自衛軍関係者ならともかく、一般人もかなりいそうで、世の中にはヒマな人間が多いものだと思った。
オレは、まだ眠気が去らず、欠伸を連発していた。緊張感ないこと、おびただしい。いつの間にか傍らには、夏実がくっ付いていた。席に着くと、すでにプログラムは始まっていた。履帯を付けた車両が行ったり来たりしている。
オレは、戦車の動きを見て驚いた。履帯であるにも関わらず、スポーツカーの如きドリフト走行をやっているのだ。最高速も前進、後退とも時速八十キロ以上は出るらしい。停止位置からの加速も驚くべき早さだった。超信地旋回も素早い。
走りながら、戦車の主砲が、常に的を指さすように動いていた。スタビライザーというものなのだそうだ。
戦車は鈍重な車両、というイメージがあったオレは、現代戦車の機動性に認識を新たにした。
「昔は、戦車って、こんなに機動性はなかったよな・・・」
その言葉に反応した久住が、オレを見てにっこり笑った。
あまりに、過激な運動をし過ぎたのか、戦車の一両の履帯が外れてしまった。すぐに修理部隊がやって来て、履帯を外すと、回収車が戦車を引っ張って、会場から出て行った。その間約十分程度。早いのか遅いのか、オレにはよく分からなかった。
ハプニングはあったが、休む間もなく、旧式戦車と、新型戦車の性能比較が行われた。新型の三二式は、電磁波迷彩を施し、迷彩偽装を始めると、その所在は観客席からの目視では分からなくなった。機動性、電子装備、あらゆる点で一〇式とは桁違いだ。
いつの間にかオレは、戦車に見入ってしまっていた。魅せられた、と言っていい。気が付くと、昼休憩になっていた。夏実がお弁当を作ってきてくれていた。
「みんなの分もあるよ」
男どもは、大喜びして夏実の弁当に舌鼓を打った。
「美味しい、このお弁当すごく美味しいです」
「夏実ちゃんは、良い奥さんになるなあ」
どいつもこいつも、ムシャムシャ食ってやがる。いい気なもんだ。
オレは、おにぎりをほお張りながら、戦車を見ていた。何か戦車に対し、懐かしいような、嫌悪感のような、アンビバレントで複雑な感情が湧いていた。
「あの車内で、敵弾を喰らうとなあ・・・」
オレは意識せず、そんなことをつぶやいていたらしい。
「遼介、はいアーンして」
夏実が、自分の箸で卵焼きをオレの口元に持ってきた。周りの連中はニヤニヤしながら、こっちを見ている。オレは戦車に気を取られていたから、素直に口を開けて卵焼きをほお張った。美味かった。
「見せつけるねえ、夏実ちゃん」
久住の叔父さんが、ニヤニヤしながら言った。その言葉で我に返ったオレは、とても恥ずかしくなった。
「もうひとつ食べる?」
更に箸で差し出す夏実から、卵焼きをもぎ取ると、自分で口に運んだ。みなはその光景に笑い声を上げた。
「別に照れなくてもいいじゃないか」
「そうそう、お似合いですよ」
「ああ、オレも彼女ほしいなあ」
「てめーら、ひとのことを、からかってんじゃねえよ!」
そうこうして、飯を食い終わると、まだ午後の部には時間があるというので、連れ立って屋台の店を冷やかしに行ってみた。
店には、いろんな戦車グッズが売られていたが、その中に『世界の戦車』というタイトルの本があった。オレはその本を何気なく、手に取るとパラパラとめくっていたが、中のいち戦車に目が留まった。
M四シャーマンという戦車だった。第二次大戦中にアメリカで生産された戦車だ。四万両以上も生産されたらしく、連合軍の標準戦車のような存在だったようだ。そこには、シャーマンの数種類の車体が、図絵で記載されていたが、なぜか、その戦車が気になって仕方がなくなった。
オレは、思わず財布を取り出すと、結構な値段のその本を買っていた。席に戻り、その戦車について、詳細を読んでいった。
大量生産されたゆえ、当時としては、非常に使い勝手の良い戦車であったこと、ただし装甲も主砲の威力も、ドイツの主力戦車には及ばず、戦闘では苦労させられたこと、などが書かれていた。
七六ミリ長身砲でも、パンターやティーガーは抜けなかったなあ、おまけに敵弾を喰らうと、洩れなく火災を起こしやがった。
オレはその本を読みながら、そのようなことを考えていた。なぜ、そんな考えが浮かんだのだろう。いつの間にか ほかの連中も、席に帰って来た。
「遼介はどこ行ってたの。急にいなくなるから、あたし探したんだよ」
「うん・・・」
夏実はムクれていたが、オレはその本に気を取られていた。夏実もオレの様子が、おかしいことに気づいたようだった。オレの読んでいた本を、のぞき込む。
「これが、遼介が昔乗ってた戦車なの?」
オレは夏実の言葉に驚いて、彼女の顔を見た。その瞬間、夏実の顔にダブって、西洋人の顔立ちの女性の顔が浮かんだ。
「マギー・・・?」
「うん・・・思い出した?」
オレは、頭を振った。改めて見ると、夏実はやはり夏実だった。
「いや、何でもない。気のせいだ」
夏実は、優しく微笑んだ。
午後からは、本番の火力演習が始まった。
まず、三二式戦車が四両登場すると、機動走行を始めた。四両が、一列になって動き回り、合図に従って、走りながらの射撃を始めた。
発射音と、着弾音は凄まじかった。オレはその音を聞いた瞬間、錯乱した。目の前に戦場が広がり、敵のパンター三両から、待ち伏せ射撃を受けていた。
「フォーバック!」
オレは叫んで、手に持ったマイクに命令を出した。しかし、小隊五両のM4戦車は次々に被弾し、燃え上がった。自分の車両も射撃を行うが、敵に命中しても弾き返される。その時、ハッチから身を乗り出していたオレに、敵弾が命中した。
いつの間にか、オレは気を失っていたらしい。皆が、心配そうにオレの顔を見つめている。バッキーとネルソンだった。なぜかマギーや、ホーナー大隊長もいた。
「ワッツロング?ワッツハプン?」
「小隊長、大丈夫ですか」
日本語だった。オレは、無意識のうちに英語を喋っていたようだ。
事情が呑み込めてきた。どうやら火力演習の轟音に、過去世の光景が、フラッシュバックしたらしい。係員の自衛官が飛んできて、救急治療を受けるように言われた。
「大丈夫です。すみません、お騒がせしました」
オレは、周りに謝罪した。
「今度は、思い出した?」
今は夏実である、マーガレットが尋ねた。心配そうに手を握ってくれている。
「思い出したよ、マギー」
「来た甲斐がありましたね」
「そうだな、バッキーにネルソン」
ふたりも顔を見合わせて笑顔になった。オレの車両、ドレッドノートの乗員だった。
「ようやく、少尉どのもお目覚めか」
「私のことは、どうかね?」
久住の叔父さんが言った。
「勿論です、ホーナー少佐。我々の大隊長でしたね」
ホーナーも嬉しそうだった。
「ウチの大隊で、一番のやり手が目覚めてくれたな」
そうだ、オレのかつての名は、マイク・バトラー。仲間からは、ホークアイと呼ばれていた。第七三三独立戦車大隊A中隊に所属していた。第三小隊長でドレッドノートの愛称を持つ、M四A三シャーマン七六ミリ砲搭載車両に乗っていた。バッキー、ネルソン、ロジャース、ベックが同じ車両の兄弟だった。
「あの時、オレは敵弾を受けて戦死したんだな・・・」
「バルジでパンターと遣り合った時か?」
今は新美のネルソンが言ってきた。
「バルジ?さあ、バストーニュの郊外だったと思うが」
「やっぱりバルジだ。あの時、あんたは戦死し、小隊もほぼ全滅だった。ドレッドノートの乗員も三名戦死だったよ。オレも重傷を負い、すぐ後で戦死したと思う。助けてくれたのは、バッキーだった」
「あの時、我々の大隊は、第二六師団の増援として参加してたんだが、三分の二がやられたんだよ」
ホーナー少佐が、付け加えた。
「そうか、その後は、ドイツには勝ったんだよな」
「そうだ、オレたちが戦死してから約半年後だ」
オレは考えながら言った。
「なんで、オレは、今生は日本に転生したんだ?しかも集団で。過去世から見れば敵国じゃないか」
新美と久住は目配せし合った。
「さあ、それは分からないが、何か意味があるのかも知れないな」
富士演習場では、火力演習が続いていたが、オレはそれどころではなかった。考え続けているうちに、演習は終了し、あたりも夕方となっていた。帰りの道は、混んでいたが、ホーナーが、裏道を抜けてくれて、早めに帰路に就くことができた。
最寄りの駅に帰り着いたのは、夜だった。オレは、夏実を家まで送って行った。ふたりとも無言だった。夏実はオレの腕をしっかりと掴んでいた。
彼女の家に着くと、オレは言った。
「じゃあ、また明日」
「遼介。私がだれだかわかった?」
「ああ、マーガレット・レイクだったよな。オレの婚約者だった」
「ひどい、結婚してたよ私たち。マーガレット・バトラーだったんだから」
「?そうだっけ。記憶が曖昧だな」
オレは首をかしげた。マギーと婚約した記憶はあるが、式を挙げた覚えはなかった。
夏実はオレに近づいてきた。
「あの頃のさよならの挨拶覚えてる?」
「いいや、なんだっけ?」
「やっぱりひどい、それも思い出せないの」
そう言うと、夏実はオレにキスをした。
「じゃあね、また明日」
夏実は笑顔で手を振ると、家の中に入って行った。オレは、夏実がキスしてくれた唇を抑えつつ、佇んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる