満月の夜には魚は釣れない

阪上克利

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満月の夜には魚は釣れない

新人研修

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 平日の夜に木村陽葵きむらひなたと会うのは何か月ぶりだろうか。
 同期入社の陽葵ひなたとは何かと馬が合う。
 年齢も同じで、趣味も似通っており、学生時代にスポーツを楽しんできたことなど里奈とは共通点が多い。陽葵は里奈が務める釣具屋の違う店舗に配属されてそこで働いている。
 お互いシフト制の仕事で休みが安定しないので、休みがあった日には一緒に食事に行ったりしている。

 陽葵ひなたと初めて出会ったのは新人研修での船釣りでのことだった。釣具屋の研修は実際に釣りに行くことが含まれるのだ。
 確かに釣り具を売ろうと思ったら、実際の釣りのシーンでどんなものが必要とされるのかを体験するのは理にかなっている。

 里奈は実家が海の近くにあるので、この研修の前にも釣りをしたこともあるし、友人のお父さんが漁師だったこともあり船に乗って釣りをしたこともあるのだが、陽葵は釣り自体が初めてだったらしい。
 大抵の女の子は釣りなどはしないだろう。
 漁師町で生まれた里奈の周りでも船に乗ってまで釣りをしたいという女の子は数えるほどだった。

 新人研修の船釣りはアジ釣りだった。
 近海のアジ釣りは少し小さな竿を使って水深も浅いところで釣る。

 エサは青イソメという虫を使う。
 この虫はミミズの親戚のような感じの虫で決して気持ちのいいものではない。
 虫エサを使わなければいけないというところが釣りに対するハードルを上げているような気がする。

 船が出る前に仕掛けを準備して、青イソメを切っておく。
 そして針に青イソメをつけて、ビシと呼ばれる錘のついたエサ籠に撒き餌でもあるイワシのミンチを詰める。

 船が出ると10分前後で沖のポイントに着く。

 船の上は気持ちいい。
 どこまでも続く青い大海原は嫌なことをすべて忘れさせてくれる。

『はい、どうぞーーー!』

 船長の合図があって、里奈は仕掛けを海に投入し、仕掛けを海の一番底まで落とす。
 糸ふけをとって、仕掛けを軽くしゃくる。錘が水中の抵抗を伴うからけっこうな重さを腕に感じる。
 こういうところで体力を使うので釣りはスポーツと呼ばれるのかもしれない。
 しゃくった後に、50㎝ほどリールを巻き、仕掛けを巻き上げてからさらにしゃくる。そしてさらに1m仕掛けを巻き上げる。

 すると手元にゴツゴツゴツと小さな手ごたえを感じる。
 魚信あたりである。
 里奈は軽くあわせを入れて仕掛けを巻き上げる。
 今日は調子がいい、そう思いながら仕掛けを取り込むと15㎝から20㎝ぐらいのアジがついていた。

『やった』
 小さな声を上げて里奈はアジを取り込む。
 ふと横を見ると陽葵ひなたが青い顔をしている。
 虫エサを切って針につけるという作業で四苦八苦している様子だったが、どうも様子がおかしい。

『大丈夫?』

 陽葵に声をかけたのは昨日のことのようだ。
 もし船の隣が陽葵でなかったら、今に至るまでの彼女との関係を築いていけただろうか、と想像すると……めぐり合わせというものはとても面白い。

『うん……気持ち悪い……』

 船酔いだった。
 船で釣りに行ったことのない人は船酔いのことをあまり考えずに来る人が多い。
 何度も船に乗れば、身体が慣れて船酔いもしなくなるのだが、最初はきつい。
 特に船の上でエサをつけたり、仕掛けを作ったりする作業は船酔いをさらにひどくする。

『これ、飲んで。しばらくじっとしてたら効いてくるから平気になるよ』

 手渡したのは酔い止めの薬。
 船酔いになってしまったあとでも十分に効くのだ。
 里奈は万が一のことを考えて、船に乗るときは酔い止めの薬をいつも忍ばせている。

 陽葵は青いカプセルの薬を受け取ると小さな声で『ありがとう』と言ってペットボトルの水と一緒に薬を飲んだ。
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