満月の夜には魚は釣れない

阪上克利

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満月の夜には魚は釣れない

青くて鈍感な思い出

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『なんでお見合いなんか?』
 お互いが知り合いということで細かな紹介などはやめてさっさと二人だけにしようという周りの配慮で、里奈と良平はホテルのレストランで食事をすることになった。
『なんか……旅館協会の付き合いとかなんとかで、うちの両親が勝手に受けちゃったのよね』
『あ、それ、俺も同じだわ。俺の場合は親じゃなくて上司だから性質たちが悪いけど』
『断っていいから会うだけ会ってくれってね』
 里奈は笑いながら言った。
 相手が良平で良かった。それなら断るにしても遠慮なく断れる。
 良平は断るはずだ。彼には中学の時からずっと付き合っているかわいい彼女がいるから……。

 思春期の悩みというものは人それぞれなのだろうけど、里奈にはそれがほとんどなかった。
 やりたいことが多くて……水泳部の活動は楽しかったし、海の近くに住んでいるという特性上、時を選ばずマリンスポーツが楽しめるのも良かった。
 今でもそうだが、身体を動かすことがたまらなく楽しい。
 自分の身体が思ったようなパフォーマンスしてくれる瞬間は生きる力みたいなものを感じる。

 里奈は中学の時、サーフィンにはまっていた。
 最初はロングボードだったが、だんだん物足りなくなってショートボードに変えた。
 通常、ショートボードは浮力が小さいので波に乗ることさえ難しいのだが、その難しさが面白かった。
 毎日、早起きして波に乗りに行くようになってから、一日一日に進歩を感じられた。気が付けば……波に乗るのは当たり前。キレの良いターンまでできるようになった。
 ターンができたときの気持ちよさは言葉では表せない。

 毎朝のように海に行っていた里奈は同じようにサーフィンが好きな良平に会うことが多かった。
 二人で海にいることを見られることもあったので付き合っているのではないかと噂をされたことさえあったが、良平は話していて楽しいし、顔もかっこいいけど、付き合うとかは考えたことはない。

 ある日。
 たしか6月の梅雨の時期だった。
 朝から霧雨が出ておりあまりいい天気ではなかったのを覚えている。
 水泳部の朝練が始まるのが6時からなので、里奈は5時前には海に入る。
 冬は暗いうちに海に入るわけにもいかないが、逆に水泳部の練習はオフなので朝練がなかったり、あっても遅い時間からだったりだから、寒い時期にも海に入って波乗りを楽しむことができた。
 その日も例外なく、5時前に海岸に向かって里奈は自転車を走らせていた。
『あれ?』
 海を眺める赤い傘。
 制服を着ているので学生なのは分かる。
 しかもその制服は里奈と同じ中学のものだった。
『おはよう』
 里奈は自分から声をかけた。
 肩までかかった髪の毛、校則で決められている標準的なスカート丈。
 同じクラスの川野愛依めいだった。
 彼女はなぜこんなところにこんな時間にいるのだろうか。当時の里奈にはよく分からなかったのだが、あまりよく考えずに挨拶をした記憶がある。あの頃からあまり考えずに話をする癖は治っていない。
『あ!あ……お……おはよ……』
 愛依は明らかに動揺していた。
 何故動揺するのかよく分からなかった里奈は、やはり何も考えずに『早いね。どうしたの?』と言った。
『あ、うん。海を見に……』
『そうなんだ。じゃあさ、もし嫌じゃなかったら明日は一緒にサーフィンやろうよ』
『え!いや……あたしあまり運動できないし』
『そんなん大丈夫だよ。自分なりに楽しめばいいんだよ。あたしが使ってたロングボードあるし、ウエットスーツも使わないのあるからさ』
『う……うん』

 あとで考えたら随分と強引だったと思う。
 里奈はただ、女子でサーフィンをする子がいなかったので仲間がほしかっただけだったのだが……。
 自分の鈍感さに顔が赤くなりそうだ。
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