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報いは受けるが前を向く
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『元気でよろしい!!』
桁外れに大きな声で言われたからあたしの腕の中にいた夕凪は余計に泣き出してしまった。赤ちゃんは泣く時を選べないとは言え、何もバスの中で泣くことはないじゃない……とあのときは思った。
――――――――――
あたしは10代で子供を産んだ。
子供の父親は、いつの間にか、どこかにいなくなってしまった。
いなくなった……という言い方には多少の齟齬がある。
夕凪の父親であるはずの男はあたしの同級生で名前も住所もしっかり知っている。どこかにいなくなったというのは逃げたということではない。
あたしとはまったく関わりのない人になったということだ。
あたしの妊娠がはっきりしたときに、お金や補償の話と同時に双方の両親が話し合ってもうこの件はお互いかかわらないと約束をしたのだ。
赤ちゃんも堕ろすことになっていた。
あの時のことは忘れられない。
あたしは泣きながらお腹を抑えて……消え入りそうな声で絞り出すように『赤ちゃんは関係ないじゃない』と言った。
気まずい顔をしていた相手の男。
鬼のような形相をしていた男の母親。
厳格な顔をしていつつもこれ以上の面倒はごめんだとばかりの男の父親。
うちの両親も恐ろしい顔をしていた。
そのすべての顔……。
あたしに向けられるすべての表情が怒りの感情だった。
……お前、何言ってるんだ?!
恐ろしい形相であたしを睨みつける視線が痛かった。
怖くて仕方ないけど……
勇気を……ありったけの勇気を振り絞ってそれらに抵抗したのを覚えている。
いけないことをしたのはあたし自身と相手の男であって、お腹にいる赤ちゃんにはなんの罪もない。今もここで必死に生きようとしているのだ。
あたしが守らないとこの子は死んでしまう。
そんな風に強く思った。
この子は何も悪くない。罰を受けるべきなのはあたしであり、相手の男であるにもかかわらず……あたしたちに変わってこの子は死んでしまうのだ。
そんなことは絶対におかしい。
絶対にダメだ。
それで結局……。
あたしは子供を産んだ。
相手の男とは二度と会わないという約束でそうした。
だからあたしは高校も中退することになった。
赤ちゃんは実家で出産し、出産費用は両親が出すことになった。
やってしまったことはあたしにも罪がある。
しかしあなたにだってあるでしょう。
他人事のようにその場で頭を下げて何も語らないような男はあてにならない。
あたしは自分で仕事をしながらこの子を育てるという決断をした。
地元にいるとうわさが流れるので地元も離れることにした。
それは簡単なことではなかった。
いつからだろう。
恋愛が娯楽みたいに感じるようになってきたのは……。
あの男と付き合い始めたのも、ちょっと恋愛を楽しみたかっただけだった。
テレビや映画で楽しそうに語られる恋愛を自分も経験したかっただけ。
周りの友人と同じように彼氏を作りたかっただけ。
でも子供を育てる準備が出来ていない人間は、最終的に子供が生まれてきてしまうようなことをしてはいけない。恋愛は遊びでも娯楽でもないのだ。
今になってはそう思う。
これは間違いない。
たとえできてしまった命を……生まれてくる子供を責任をもって育てる……と言ったとしてもだ。
これは命が関係する問題だ。
大きくなったお腹を撫でて、生まれてくる子供の鼓動を感じながらしみじみそう思った。
軽い気持ちでこんなことになってしまったのは後悔しかない。
そして生まれてくるこの子に申し訳がない。
でもやってしまったことには責任をとる必要があるのだ。自分でも言ったことだ。
『赤ちゃんには罪はない』のである。
出産して赤ちゃんの1か月検診が終わり、落ち着いた頃に、あたしは地元からは少し離れた町でアパートを借りて子供と生活することにした。
落ち着いたといったが赤ちゃんは夜泣きするし……
こちらの体はボロボロだし……
落ち着く暇などはなかったのだが、このタイミングでやらないとまた両親に甘えてしまいそうだったから決断した。
両親は心配してくれた。
一人娘が不憫に思えただろう。
仕送りもしてくれた。
だけどそれに甘えることなくがんばろうと思った。
この子を守るんだ。
赤ちゃんは女の子だった。あたしは『夕凪』と名付けた。
夕方の穏やかな時間。海風から陸風に変わる無風の時間帯のことを『夕凪』という。
この子にはそんな穏やかな子になってほしい。
子供が生まれて、身体の調子が戻ってきたのであたしは託児所のある職場を探して就職した。
中学卒業でも雇ってくれる仕事など、ほとんどなかったが、介護の仕事だけは人手不足ということもあり雇ってもらえた。あたしは働きながら資格をとることにした。
アパートからバスに乗って数分の場所に介護施設はある。
小さな施設でグループホームというらしい。
バスに乗っている時に夕凪が泣き出したのは仕事を始めてまだ数日ぐらいの時だった。
今までは静かに乗っていてくれたのだが、この日は何か機嫌が悪く、グズグズしていたのだ。
赤ちゃんというのはよく泣くものだ。あたしは子供を産んではじめてそのことに気づいた。あやしても、おっぱいをあげても、ミルクをあげても、オムツを変えても……とにかく何をしても泣き止まない時がある。それが運悪く、朝の出勤時間のバスの中で始まってしまった。
『よしよし……お願いだから泣かないで』
あたしが泣きたい気持ちになりながら、周りの乗客の痛い視線を浴びながら必死で夕凪をあやした。
その時だ。
『元気でよろしい!!』
桁外れに大きな声がバスの中に響いた。
桁外れに大きな声で言われたからあたしの腕の中にいた夕凪は余計に泣き出してしまった。赤ちゃんは泣く時を選べないとは言え、何もバスの中で泣くことはないじゃない……とあのときは思った。
――――――――――
あたしは10代で子供を産んだ。
子供の父親は、いつの間にか、どこかにいなくなってしまった。
いなくなった……という言い方には多少の齟齬がある。
夕凪の父親であるはずの男はあたしの同級生で名前も住所もしっかり知っている。どこかにいなくなったというのは逃げたということではない。
あたしとはまったく関わりのない人になったということだ。
あたしの妊娠がはっきりしたときに、お金や補償の話と同時に双方の両親が話し合ってもうこの件はお互いかかわらないと約束をしたのだ。
赤ちゃんも堕ろすことになっていた。
あの時のことは忘れられない。
あたしは泣きながらお腹を抑えて……消え入りそうな声で絞り出すように『赤ちゃんは関係ないじゃない』と言った。
気まずい顔をしていた相手の男。
鬼のような形相をしていた男の母親。
厳格な顔をしていつつもこれ以上の面倒はごめんだとばかりの男の父親。
うちの両親も恐ろしい顔をしていた。
そのすべての顔……。
あたしに向けられるすべての表情が怒りの感情だった。
……お前、何言ってるんだ?!
恐ろしい形相であたしを睨みつける視線が痛かった。
怖くて仕方ないけど……
勇気を……ありったけの勇気を振り絞ってそれらに抵抗したのを覚えている。
いけないことをしたのはあたし自身と相手の男であって、お腹にいる赤ちゃんにはなんの罪もない。今もここで必死に生きようとしているのだ。
あたしが守らないとこの子は死んでしまう。
そんな風に強く思った。
この子は何も悪くない。罰を受けるべきなのはあたしであり、相手の男であるにもかかわらず……あたしたちに変わってこの子は死んでしまうのだ。
そんなことは絶対におかしい。
絶対にダメだ。
それで結局……。
あたしは子供を産んだ。
相手の男とは二度と会わないという約束でそうした。
だからあたしは高校も中退することになった。
赤ちゃんは実家で出産し、出産費用は両親が出すことになった。
やってしまったことはあたしにも罪がある。
しかしあなたにだってあるでしょう。
他人事のようにその場で頭を下げて何も語らないような男はあてにならない。
あたしは自分で仕事をしながらこの子を育てるという決断をした。
地元にいるとうわさが流れるので地元も離れることにした。
それは簡単なことではなかった。
いつからだろう。
恋愛が娯楽みたいに感じるようになってきたのは……。
あの男と付き合い始めたのも、ちょっと恋愛を楽しみたかっただけだった。
テレビや映画で楽しそうに語られる恋愛を自分も経験したかっただけ。
周りの友人と同じように彼氏を作りたかっただけ。
でも子供を育てる準備が出来ていない人間は、最終的に子供が生まれてきてしまうようなことをしてはいけない。恋愛は遊びでも娯楽でもないのだ。
今になってはそう思う。
これは間違いない。
たとえできてしまった命を……生まれてくる子供を責任をもって育てる……と言ったとしてもだ。
これは命が関係する問題だ。
大きくなったお腹を撫でて、生まれてくる子供の鼓動を感じながらしみじみそう思った。
軽い気持ちでこんなことになってしまったのは後悔しかない。
そして生まれてくるこの子に申し訳がない。
でもやってしまったことには責任をとる必要があるのだ。自分でも言ったことだ。
『赤ちゃんには罪はない』のである。
出産して赤ちゃんの1か月検診が終わり、落ち着いた頃に、あたしは地元からは少し離れた町でアパートを借りて子供と生活することにした。
落ち着いたといったが赤ちゃんは夜泣きするし……
こちらの体はボロボロだし……
落ち着く暇などはなかったのだが、このタイミングでやらないとまた両親に甘えてしまいそうだったから決断した。
両親は心配してくれた。
一人娘が不憫に思えただろう。
仕送りもしてくれた。
だけどそれに甘えることなくがんばろうと思った。
この子を守るんだ。
赤ちゃんは女の子だった。あたしは『夕凪』と名付けた。
夕方の穏やかな時間。海風から陸風に変わる無風の時間帯のことを『夕凪』という。
この子にはそんな穏やかな子になってほしい。
子供が生まれて、身体の調子が戻ってきたのであたしは託児所のある職場を探して就職した。
中学卒業でも雇ってくれる仕事など、ほとんどなかったが、介護の仕事だけは人手不足ということもあり雇ってもらえた。あたしは働きながら資格をとることにした。
アパートからバスに乗って数分の場所に介護施設はある。
小さな施設でグループホームというらしい。
バスに乗っている時に夕凪が泣き出したのは仕事を始めてまだ数日ぐらいの時だった。
今までは静かに乗っていてくれたのだが、この日は何か機嫌が悪く、グズグズしていたのだ。
赤ちゃんというのはよく泣くものだ。あたしは子供を産んではじめてそのことに気づいた。あやしても、おっぱいをあげても、ミルクをあげても、オムツを変えても……とにかく何をしても泣き止まない時がある。それが運悪く、朝の出勤時間のバスの中で始まってしまった。
『よしよし……お願いだから泣かないで』
あたしが泣きたい気持ちになりながら、周りの乗客の痛い視線を浴びながら必死で夕凪をあやした。
その時だ。
『元気でよろしい!!』
桁外れに大きな声がバスの中に響いた。
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