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悪口
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世の中にはいろんな人間がいるという当たり前みたいなことを、あたしは社会に出てはじめて理解することができた。
一番、驚いたのは与えられた仕事をうまく人に押し付けて、平気な顔していられる人間がいるということだ。
『学生時代じゃないんだから……』
そういう人は、人に仕事を押し付けておいて、その仕事でミスがあると、そんなことを平気で言う。
こんな言葉をしたり顔で言う大人にあたしは少し疲れはじめていた。
大体こんな言葉の裏には『高校も卒業できなかったダメな子だから分からないんでしょうね』というこちらを蔑んだ心の中の声が見え隠れしている。
一番疲れるのは夕凪の面倒でも家事でも仕事でもない。
そういう大人の相手が一番疲れるのだ。
自分がやらなければならないことというのは、責任もってやり通す必要があり、たとえそれが苦手なものであってもやり遂げる努力をする必要がある。そこに程度の違いはあっても、それはどの世代でもやらなければいけないことであり、そう言ったことから逃げようとすることこそ『無責任』と非難されるべきことだろう……。
屁理屈を言って人に仕事を押し付ける行為こそ『無責任』である。
介護の仕事は身体がかなりきつい。
特に……
入浴介助は非常に疲れる。
最終学歴が高校中退であるあたしは、施設の中では間違いなく一番若い。そのあたしがしんどいと思うのだから、本当にきつい仕事なのだろうと思う。
聞けば資格を取ってもそんなにたくさんの給料はもらえないらしい。
だからきつい仕事をやりたがらない人は少なくないのだ。
金持ち喧嘩せず……なんて言葉があるけど、介護の世界では人間関係のトラブルが絶えない。
たくさん働いて、しんどい思いをしても、たいした給料はもらえず……
しかも感謝されないことも少なくない。
やって当たり前という顔をされるのだ。
だから、みんな控室で悪口三昧だ。
悪口のネタならたくさんある。
利用者の悪口。
職員の悪口。
施設の悪口。
ストレスが溜まっているのはよく分かる。
それでも……
よくもまあ……そんなに悪口が思いつくものだ。
酷い人になると自分はうまくさぼりながら、同じようにさぼっている職員の悪口を言っている。
悪口が多い職員に限ってうまくさぼっているような気がする。
『仕事をしているとそういうこともあるよ』
父親はそんなことを言っていたけど本当にそうなのだろうか。
他の業界はこんなに醜い争いをしているのだろうか。
待遇の悪さが介護士の心を疲弊させているのではないだろうか。
そもそも介護の仕事は敷居が低い。無資格者でも業務につけるから、仕事をしながら資格がとれる。大学卒業しなきゃいけないとかそういう縛りはない。
そういう敷居の低さのおかげであたしも仕事ができているのでそれはありがたい。
ただ……職業意識というものはもらえる給料と比例するのではないかと思う。
つまり、これだけもらっているのだから、大変な仕事でもきちんと行おう、という責任感が生まれるのではないだろうか。逆にたいしてもらえないから『この程度の給料ではやってられない』と言う気持ちになるのだ。
それにしても……あまりにひどい悪口を聞くとあたしは気が狂いそうになる。
あたしも……いないところで言われている……
そう思うから。
人の悪口につい相槌を打ってしまう自分も嫌だ。
悪口と言っても人格否定などの直接的な攻撃ではないことが実に性質が悪い。
実際に業務を行っていく上で問題になっているような些細な問題が控室での話題になり、『悪口』になってしまう。人の悪口に相槌など打ちたくないのだが、些細な問題であっても直してほしい問題であったりするから、つい『そうですよね……』と言わざるを得ない場合がある。
『あの人……いつも入浴から逃げてるのよ』
あたしの母親と同じぐらいの年齢の職員が平気で他の職員のことをそうやって話してくる。
『そうなんですね……』
とだけあたしは答える。
入浴介助から逃げようとする職員は多いから別にその人だけが原因ではないだろう。
それにあたしに言われても実際にはなんの解決にもならない。
そういう話は、責任者でもあるホーム長にでも言ってもらわないと話が先に進まない。
『今日も……あなた、やらされるわよ』
『そうですか……』
正直、自分が入浴をやらないでいい日に、なし崩し的に入浴介助に入るのは納得がいかないものがある。いくら若いと言ってもあたしにだって体力の限界というものがあるからだ。
それに帰宅したら家事と夕凪の世話が待っているのだ。
そう考えると……
事実、確かにこの人の言っていることは概ね正しく、入浴介助をなんだかんだいいながら嫌がってやらない職員には問題があると思う。
結局、あたしがやらされるのだ。
不公平かといえばそうなのかもしれないし、文句も言いたいところだ。
しかし明らかにおかしな話がつづくなら、こんなところで悪口を言うよりもちゃんと上司に相談した方が建設的なような気がするから、まあ……体力が続く限りあたしは黙って仕事をしている。
ある日。
いつも入浴介助から逃げていると言われていた職員の一人である若い女性が妊娠していることが分かった。妊娠する前からあまりてきぱきと仕事ができるタイプではなかったから、誤解もあったのかもしれない。
正直、あたしの目にはその人は『逃げている』ようには映らなかった。
その人にはその人の事情もあり、個々の能力差もある。
一見して悪いように映っても、事実はそうでない場合もあるのだ。
一緒になって悪口を言わないで本当によかったと思う。
一番、驚いたのは与えられた仕事をうまく人に押し付けて、平気な顔していられる人間がいるということだ。
『学生時代じゃないんだから……』
そういう人は、人に仕事を押し付けておいて、その仕事でミスがあると、そんなことを平気で言う。
こんな言葉をしたり顔で言う大人にあたしは少し疲れはじめていた。
大体こんな言葉の裏には『高校も卒業できなかったダメな子だから分からないんでしょうね』というこちらを蔑んだ心の中の声が見え隠れしている。
一番疲れるのは夕凪の面倒でも家事でも仕事でもない。
そういう大人の相手が一番疲れるのだ。
自分がやらなければならないことというのは、責任もってやり通す必要があり、たとえそれが苦手なものであってもやり遂げる努力をする必要がある。そこに程度の違いはあっても、それはどの世代でもやらなければいけないことであり、そう言ったことから逃げようとすることこそ『無責任』と非難されるべきことだろう……。
屁理屈を言って人に仕事を押し付ける行為こそ『無責任』である。
介護の仕事は身体がかなりきつい。
特に……
入浴介助は非常に疲れる。
最終学歴が高校中退であるあたしは、施設の中では間違いなく一番若い。そのあたしがしんどいと思うのだから、本当にきつい仕事なのだろうと思う。
聞けば資格を取ってもそんなにたくさんの給料はもらえないらしい。
だからきつい仕事をやりたがらない人は少なくないのだ。
金持ち喧嘩せず……なんて言葉があるけど、介護の世界では人間関係のトラブルが絶えない。
たくさん働いて、しんどい思いをしても、たいした給料はもらえず……
しかも感謝されないことも少なくない。
やって当たり前という顔をされるのだ。
だから、みんな控室で悪口三昧だ。
悪口のネタならたくさんある。
利用者の悪口。
職員の悪口。
施設の悪口。
ストレスが溜まっているのはよく分かる。
それでも……
よくもまあ……そんなに悪口が思いつくものだ。
酷い人になると自分はうまくさぼりながら、同じようにさぼっている職員の悪口を言っている。
悪口が多い職員に限ってうまくさぼっているような気がする。
『仕事をしているとそういうこともあるよ』
父親はそんなことを言っていたけど本当にそうなのだろうか。
他の業界はこんなに醜い争いをしているのだろうか。
待遇の悪さが介護士の心を疲弊させているのではないだろうか。
そもそも介護の仕事は敷居が低い。無資格者でも業務につけるから、仕事をしながら資格がとれる。大学卒業しなきゃいけないとかそういう縛りはない。
そういう敷居の低さのおかげであたしも仕事ができているのでそれはありがたい。
ただ……職業意識というものはもらえる給料と比例するのではないかと思う。
つまり、これだけもらっているのだから、大変な仕事でもきちんと行おう、という責任感が生まれるのではないだろうか。逆にたいしてもらえないから『この程度の給料ではやってられない』と言う気持ちになるのだ。
それにしても……あまりにひどい悪口を聞くとあたしは気が狂いそうになる。
あたしも……いないところで言われている……
そう思うから。
人の悪口につい相槌を打ってしまう自分も嫌だ。
悪口と言っても人格否定などの直接的な攻撃ではないことが実に性質が悪い。
実際に業務を行っていく上で問題になっているような些細な問題が控室での話題になり、『悪口』になってしまう。人の悪口に相槌など打ちたくないのだが、些細な問題であっても直してほしい問題であったりするから、つい『そうですよね……』と言わざるを得ない場合がある。
『あの人……いつも入浴から逃げてるのよ』
あたしの母親と同じぐらいの年齢の職員が平気で他の職員のことをそうやって話してくる。
『そうなんですね……』
とだけあたしは答える。
入浴介助から逃げようとする職員は多いから別にその人だけが原因ではないだろう。
それにあたしに言われても実際にはなんの解決にもならない。
そういう話は、責任者でもあるホーム長にでも言ってもらわないと話が先に進まない。
『今日も……あなた、やらされるわよ』
『そうですか……』
正直、自分が入浴をやらないでいい日に、なし崩し的に入浴介助に入るのは納得がいかないものがある。いくら若いと言ってもあたしにだって体力の限界というものがあるからだ。
それに帰宅したら家事と夕凪の世話が待っているのだ。
そう考えると……
事実、確かにこの人の言っていることは概ね正しく、入浴介助をなんだかんだいいながら嫌がってやらない職員には問題があると思う。
結局、あたしがやらされるのだ。
不公平かといえばそうなのかもしれないし、文句も言いたいところだ。
しかし明らかにおかしな話がつづくなら、こんなところで悪口を言うよりもちゃんと上司に相談した方が建設的なような気がするから、まあ……体力が続く限りあたしは黙って仕事をしている。
ある日。
いつも入浴介助から逃げていると言われていた職員の一人である若い女性が妊娠していることが分かった。妊娠する前からあまりてきぱきと仕事ができるタイプではなかったから、誤解もあったのかもしれない。
正直、あたしの目にはその人は『逃げている』ようには映らなかった。
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