書庫『宛先のない手紙』

中村音音(なかむらねおん)

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みんなという言葉の中に私はいない。

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みんなという言葉の中に私はいない。

年下の上司、話が合わないと決めてかかっていることがありありの同僚たち。

前の仕事は辞めたくって辞めたんじゃない。
叫びたいけど、叫んでも誰も相手にしてくれないことはわかってる。
私は新しい職場で、やっていかなければならない。

うまくいかないのは、まだ仕事に慣れていないだけ。
もう少し時間が経てば、私にだってこなせるようになる。

少し遅いのは、まだ2か月目だもの、いたしかたない。
反応が鈍いのは、生まれ持った特性なのよ。

でも遅刻したことはないし、他人の悪口も言ったことはない。
これまでも。
これからも。


私なりにがんばっている。
なのに、私はまだみんなという言葉の中にいない。

まるで感染予防の仕切り版を挟んでいるみたいな、近いのに遠い距離感。

「書類のまとめ方、これでいいですか?」
訊くと教えてはくれる。
でも教えてくれる人の焦点は私にではなく、ミスなく仕事をこなすことに向けられている。
誰もが。
いつも。

「お茶入りました」

気を遣ったつもりだった。
だけど部長が渋い顔をする。
まだお茶に口をつけてもいないのに。
渋くは淹れていないのに。

同僚たちの中には首を傾げる者もいた。

--お茶は飲まないのよ--
--そんな時間があったら、仕事覚えろよ--

態度はそんなようなことを語っていた。

胸がきゅっと絞られた。

よかれと思ったことが裏目にでる。
いつも。
これまでも。

悲しい思いをするのはわかっているけど、ついおせっかいを焼いてしまう。
いずれ理解してくれる人が現れないとも限らないから。

私はずっと先にある「幸せを感じる時間」に向かって空まわりを続けている。
それでいいと思っている。

ぎすぎすしてでも人を踏みつけて高みに行くより、踏みつけられても笑っていられる人でありたいから。



ある時、数字の桁がひとつずれている書類を見つけた。
放っておいたら、その間違いがどこかで大きなダメージをもたらさないとも限らない。

問題は火種が小さいうちに消しておけ。前職でたたき込まれてきたセオリーだった。

「部長」

ミスを修正するよう部長にかけあった。

部長は、鉄壁と思われた防壁に隠れていた亀裂を指摘され、目を見開き「おっ」と声をあげた。

「よく見つけたな、こんな細かいところを」

私は初めてほめられた。
転職して3か月目に入ったところだった。

かつて絞られた胸がじわとあたたかくなった。

部長の私を見る目が少し変わった。
同僚のよそよそしさは相変わらずだったけれど。

それでも私はかまわない。
私は私の道を自分の速度で歩いていくしかないのだ。

部長とのやりとりは、みんなという外壁に入った小さな亀裂。そこに小指のツメほどだけど、私は食い込んだような気がした。

私は私のやり方で歩いていく。
ほかのみんなはまだまだ私と平行線の道だけど、いずれ交差する地点がやってくる。
そう思うことにした。
これからは。
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