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謝辞。

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 時間が遡っていくような、そんな錯覚がたまに起きる。

 ハルがエィンザーを辞めたのが今年の5月。人の来なくなった年のGW明け、契約書に書かれているとおり雇用期間終了の文言は一言一句違わぬことなく履行された。

 そのハルが同じ年の12月、エィンザーホテルに戻った。返り咲きなんてものじゃない。契約ではなく正社員として。

 この半年で何があったのかはわからない。だけど何かが起こらなければそんな奇跡みたいなことが起こるわけがない。

 努力の賜物か偶然のなせるわざかはわからないけれども、『願い名簿』にかねてより書かれていた望みが1年越しに実現した。

 朗報を耳にしたとき、ぼくはいつの話をされているのか混乱した。昨年12月の年の瀬に、同じことをハルから告げられたからだった。

「ありがとう。面接通った!」

 再現されたのかと思った。昨年のあの日、ともに過ごしていたリビングで耳にした彼女の歓喜。

 でも僕は彼女の二度目の喜びをあのリビングで聞いたわけではない。遠く離れた東京の空の下。ひとり1LDKのマンションで、報告メールを目にしただけだ。

「え、ほんと?
 お、おめでとう!」

 と返した。
 それしか、書けなかった。

 彼女がもたらしたハルの吉報は、今度は、夢として切望したそのままのカタチで実現した。

 正社員として働くこと。

 ぼくは彼女の喜びを去年の年末に喜んだ。
 あのときぼくは、確信していた。
「とりあえず契約社員としてだけど、キミは必ず正社員になる」

 断言は、1年の時を経て実現した。

 ぼくの中では1年前に伝えたことが1年の月日を経て実現しただけだ。


 おめでとう、ハル。

 つぶやきなど届くはずのない遠く離れた地から、ぼくはなにもない空間に謝辞を送った。
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