Magic DOLL

涼風 蒼

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第1章

1-9.春の祭り

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 翌朝目覚めると、ハルナの街は活気づいていた。昨日まではレンガの美しい街並みだったが、シリウスが目にしているのは全く違う街並みだ。
 至る所で花が咲き乱れ、街中はむせ返るほど甘い花の香りが溢れている。

「どうしたの、これ?」

 シリウスは目の前の光景に、目を丸くして驚いていた。ウィズも物珍しそうに目を見開いている。
 そんな二人に、宿屋の女将が声をかけた。

「今日は春の祭りなんだよ」
「春の祭り?」
「あぁ。年に何度かこんな風に花が咲き乱れる日があるんだ。その日を記念して祭りとしているのさ」
「へぇ~」
「この街がハルナなのも、奈の春が由来でね。それでハルナと呼ばれているんだよ」
「奈の春……」
「素敵な祭りですね」
「あぁ。露店で色々と売ってるし、行ってみな。面白い物に出会えることもあるんだよ」
「そっか。うん、行ってみるよ。ありがとう、女将さん」
「あいよ」

 女将から聞いた話に興味を持ったシリウスはウィズの腕を引いて街中へと足を踏み出した。
 色とりどりの花弁を撒き散らしながら、花たちは枯れる気配など出さず、永遠かのように咲き誇っている。

「すごいね、なんで急に花が咲くんだろう?」
「何か要因は思い当たらないのですか?」
「さぁ、全く。物語で読んだ精霊って存在が実在するならあり得るかもしれないけれど、実際会ったことないしね。そもそも力たる魔力に意思が宿る、なんてことも理にかなってないよ」
「さようでございますか?」
「うん。力って結局のところ、僕たち人間が作った概念なんだよ。ここに溢れる魔力という存在は、僕たちが“魔力”だという概念を認識しているだけのモノなんだ」
「しかし、それでは精霊がある、としたらその概念が生まれるのでは?」
「うーん、それはどうかな。僕たちも結局のところ対人が認識している“人間”という概念でしかないけど、精霊はそもそもその存在を見つけられてないからね。いないと言い切ってしまうほど確証はないし、いると言い切ってしまうほど証拠もない。結局精霊という存在は見つかってない、ということしか分からないんだ」

 精霊については発見はされていない。
 しかし、精霊を題材とした書物はいくつか存在していた。そのどの記述にも、空想や妄想と言えるほどのもにしか記されていない。一説には魔石には精霊が宿るという話もあるほどだ。

「それもいつか解明できるかな……でも、ひとまずはウィズ! 遊びに行こう」
「はい」

 今すぐに解明できない謎をひとまず傍に置き、シリウスはウィズの手を引いて店屋を見て回ることにした。
 店屋には食べ物系が多いようで、シリウスは初めて食べ歩きというものを体験していた。肉の塊を串刺しに焼いた食べ物や、カリッと焼かれたクッキー、果物を透明な飴に包んだお菓子と様々な食べ物に目を輝かせた。
 何よりシリウスが気に入ったのが花弁をお茶に入れた花茶だった。

「祭りの時だけの花茶は格別でね。砂糖を入れてなくてもとっても甘いだろ?」
「はい、美味しいです」

 お茶を出していた女性からそう言われ、シリウスは頷いた。
 様々な物を食べ歩き、さすがにお腹が膨れすぎて苦しさを感じる。そのためシリウスたちは食休めのため、街中のベンチに座って花茶を啜った。

「随分食べましたね」
「うん、もうお腹いっぱい」

 満腹なシリウスに、ウィズは優しく微笑む。そんな二人の前に一つに子連れの家族が横切った。
 優しそうな両親の手を引かれてはしゃぐ少女の光景。そんな当たり前の光景が目に入り、シリウスは一瞬のうちに顔を曇らせた。

「シリウス様……」
「僕さ、両親の記憶ってあんまりないんだ。こうだったかな、ていう曖昧な記憶ばかり。母さんたちの写真がなかったら、たぶん顔も思い出せないんじゃないかな」
「……」

 ウィズは何も言わず、ただただシリウスの言葉に耳を傾けている。そのことに、シリウスは悲しそうに微笑んだあと、呟くほど小さく言葉を紡ぐ。

「……親、不幸かな……?」
「何故ですか?」
「だって、記憶の中の母さんたちは曖昧で、教えてくれたはずの魔法で僕は禁忌を犯した。今の僕を見たら、母さんたちはどんな顔をするかな」
「私を生み出したことを、後悔なさっていますか?」
「っ!」

 ウィズにそう言われ、シリウスは大きく頭を振った。そうして縋るようにウィズの服を握りしめる。

「そんな事ない。ウィズがいなかったら……禁忌を犯してもウィズを生み出していなかったら、僕はいつまでもあの暗闇の中にいたんだ。それは……それは死ぬより辛かった」
「ならば、きっとご両親は貴方様を親不孝者などとお思いにはなりませんよ」
「どうして?」
「親とは子どもの不幸を願うことはないのでしょう? あのまま貴方が暗闇の中で一人苦しんでいるほうが、ご両親は悲しまれていたと思います」

 ウィズにそう言われ、シリウスの目には涙を浮かべた。大きな瞳を濡らしながらも、それが流れることはなく、シリウスはゴシゴシと目を擦る。

「シリウス様、目を擦っては痛みますよ」

 目を擦り続けるシリウスの手をとめ、ハンカチでその目をソッと拭いた。

「忘れないでください。私が居ります。どんなことが起ころうとも、貴方様の味方であり続けます」
「うん、そうだね。僕には今、ウィズがいる。ウィズが味方で居てくれる。それだけで良い。それ以上は望まないよ」

 ウィズに宥められ、シリウスは弱々しいながらも笑顔を浮かべた。
 両親への思い出はとうの昔に色褪せていた。村での扱いを受けるとき、拠り所となるはずの記憶は曖昧で頼るには心許なかった。
 そのため想像をしていた。多くの書物には子の不幸を望む親は居ないと書かれていたから。
 きっと愛してくれていたのだろう、と。
 きっと慈しんでくれたのだろう、と。
 確かめる術も何もないけれど、シリウスはどこかでそう思い込もうとしていた。そう思い込む他、村での逃げ道はなかった。
 しかし、どれほど思い込もうとも、心のどこかで両親にも疎まれていたのではないか、と考えてしまう。
 嫌われていたのではないかという気持ちもあったのだった。
 けれど、今はウィズという存在がいる。シリウスにとって唯一無二の絶対的な味方。その存在がある限り、シリウスは寂しくはないのだと思えるのだった。

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