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変わらない日常と恋心
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カランカランと、耳に馴染んだベルの音が店内に響く。
そのベルは少し大きめで低音を奏でる。私にはとても心地好い音だった。
「いらっしゃいませー」
振り向き様にそう言えば、見知った顔がそこにはあった。
「おはようございます、叶さん」
「おはよ、夢ちゃん。いつものお願い」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
ここは昔ながらの喫茶店。ハンディーなんて物はないので、手元の注文表にオーダーを書き入れていく。とはいっても、朝7時の開店と同時にモーニング目当てで入ってくるお客様は殆ど常連様で、注文表を渡す前にマスターは既にモーニングBセット(トースト、サラダ、ゆで卵)を作り始めていた。勿論ドリンク付きで、叶さんの場合はウィンナーコーヒーがいつものだから、通常500円のところ、プラス100円追加になる。
冷えたレモン水と、おしぼり。それとコーヒースプーン以外のカトラリーを持って、叶さんの定位置である、カウンター席の一番奥に持って行った。
「お水、こちらに失礼致しますね」
「うん、いつもありがとう」
私がここに勤める様になって、3年程たった。叶さんは、常連客としてはまだ新しい方で、通って頂ける様になって、1年程たつ。
カランカラン……
「いらっしゃいませー」
再びベルの音がしたので振り向けば、そこには私よりも長い…6年程通いつめていらっしゃる常連様の、梶谷さんがいた。
彼の姿を確認した私の胸が、トクンと鳴る。
「ふぅ、今日も暑いですね」
彼はそう言いながら、普通より大きめな体をゆさゆさ揺らして、同じく定位置であるクーラーが良くあたる、出入口付近の二人掛け用の席に座った。小脇に抱えているパソコンが小さく見える。
出入口付近の席はコンセントが設置しており、自由に使用して良い事になっていた。
マスター曰く、梶谷さんはこの喫茶店に閑古鳥が鳴いていた頃からの常連様という事で、昔は一日中この喫茶店に入り浸っていたらしい。
今は、客足を見ながら早めのランチを食べた後に店を出る事が多い。
私が梶谷さんの為の準備をしていれば、再びベルが鳴り、他のお客様の来訪を教えてくれる。こちらも常連客のお爺様、海藤さんだ。そして間を空けずに、仲良しご近所さんの(どなたも旦那様を亡くされて独り身らしい)お婆様が3名いらっしゃった。仲良し3人組は、二週間に一回位のペースでいらっしゃる常連様。
「いらっしゃいませー」
狭い店内はあっという間に席が埋まり、残る席は後3つ程だ。
「あら、叶ちゃんじゃないの!今日も来てたのねぇ、元気ぃ?」
3人組の一人が、奥の席に座る叶さんに声を掛ける。
「ええ、お陰様で。アキコさんも、変わらず艶々ピチピチねぇ」
「いやだ!アキコさんだけ?」
「うふふ、何言ってるのー、美和さんも素敵に決まってるじゃない」
「そうでしょ、そうでしょ、この前叶ちゃんに教えて貰ったクリーム毎日塗り込んでるんだから!」
オネェキャラの叶さんは、常連客からとても人気がある。
身長こそ普通だが、甘く整った容姿にスラリとした立ち振舞い、オネェ言葉という話しやすさ。
最初は私も芸能人なんじゃないか?とか、芸能人のメーキャップを手掛けているんじゃないか?とか、先入観でそう思った。
しかし、どうやら美容外科に勤めている先生らしく、オネェ言葉はマダムに受け入れられる為の処世術だったのよ、と教えて下さった事がある。整った容姿が作られたものなのか、元からなのかは流石に誰も聞けていない。
ぎゃはははは、と一気に賑やかになった店内を見ながら、梶谷さんはニコニコしていた。
「お待たせ致しました。梶谷さん、モーニングはいつものセットでよろしいでしょうか?」
「はい、それで。よろしくお願いします」
「今日のランチは何に致しますか?」
梶谷さんのランチは、先に注文を取っておいて、店の状況次第でそのまま店内でお出しするか、お持ち帰りのパックにつめることになっている。ランチをお出しする時間は、ぴったり11時30分。最初は意味がわからなかったが、梶谷さんのお仕事は、ノートパソコンで平日毎日9時から11時半の間と決まっているらしかった。
常連様の中でも少し特別待遇だが、それは梶谷さんから言い出した事ではなく、マスターの厚意から始めた事らしいので、店的にも何の問題もなかった。
私は日経新聞を開く梶谷さんにランチのオーダーも確認した後、少しだけ声を掛けた。
「今日は少し賑やかになってしまい、すみません」
「気にしないで下さい。俺、賑やかなのも好きですから」
少しプクプクした大きな手を、顔の前で左右に振る。
「それにしても、今日も叶さんは大人気だね」
「ふふふ、あの顔にあの言葉遣いですもんね。ギャップが凄くて私も初めは驚きました」
「そうだね、俺も驚いた…ってごめんね、引き止めちゃって。今日もお仕事頑張って」
梶谷さんは、前髪が長くて目があまり見えない。けれども、口角がフワリとあがって、優しく笑ってくれたのが伝わってきた。
梶谷さんは、年齢不詳だ。
私は26歳なのだが、梶谷さんは30歳前後だろうか?前髪で隠れている為にしっかりとその顔を見られた事はないが、落ち着いた物腰からそう感じられた。
━━━今日も、変わらない1日が始まる。そして私は、変わらない事に、安堵するのだった。
このこぢんまりとした喫茶店は、仕事仲間も、お客様も、優しくて。心地好くて。
職を転々としては逃げ回っている私が、やっと見つけた、逃げたくない場所。やっとお金も貯まってきた事だし、そろそろ何とかしたいと思う。その為には、お客様ではあるけれど……勇気を出して、叶さんにお話を聞いてみなくては。
叶さんが、美容外科に勤めているのは、何かの縁だと感じた。
☆☆☆
私には、人に話せない黒歴史がある。自意識過剰と言われても仕方ないが、芸能人が一般人にバレない様に、ツバの深い帽子を被ったり、サングラスやマスクをしたり……というより余程、目立たない様に全てを選んできた。服も、髪型も、化粧も。そして、私の顔には目立つ黒子が二つあるので、そこだけは念入りにコンシーラーで隠し、メイクで誤魔化している。
とにかく、人の目に留まらないように。もし私の黒歴史を知っている人と会ってしまったならば、そこから逃げ出すだけ━━それが、この職場や梶谷さんと出会う前の私の考え方だった。
3年前から、たまたまこの喫茶店のお仕事に辿り着いて。梶谷さんと知り合って、常連客様に優しくして貰って。ここから離れたくない、と初めて思った。
私が私である限り、日本の何処にいても安心は出来ない。この情報化社会の恐ろしさを知らなかった過去の私の浅はかな行動が、今の私を作り上げている。
「ありがとうございました」
叶さんは、朝の8時にはこの喫茶店を後にする。
ブレンドをたっぷり入れた叶さんが持参されたタンブラーを渡しながら、今日はたまたま会計の終わったタイミングで他のお客様に呼ばれていなかったので、勇気を振り絞って声を掛けてみた。
「あの……叶さん。今度、叶さんの病院に伺ってもよろしいでしょうか?」
「え?夢ちゃんが?」
「はい。一応、患者として……」
「うーん、病院でもいいんだけどさ。ウチ、結構予約取るの大変なのよ。今度、一緒にお食事とかどぉ?」
私が驚く番だった。
「え……と、それはご迷惑だと思いますので……」
頑張って予約取ります、と続けるつもりだった。叶さんは、オネェキャラとは言え口を閉じれば格好いい男性にしか見えない。叶さんの隣にいると、目立ちそうだ。何処かで二人きりのところを常連様や誰かに見られて、あらぬ噂を立てられるのも避けたい。
何より、梶谷さんに誤解されたくなかった。しかし。
「夢ちゃん、お願い。病院だとね、やっぱり問診の時間って限られちゃうのよ。他ならぬ夢ちゃんのお話だもの、私がしっかり聞いておきたいの」
叶さんが私の両手をガシッと握り締めて言ってくるものだから、圧倒された。梶谷さんがいるので、早く手を離して欲しいというのもあった。
「……わ、わかりました。では、また今度……」
「夢ちゃん、ちょっとペン貸してちょうだい?……これ、私の名刺。裏に個人の携帯番号と、無料通話アプリのID書いといたから、連絡ちょうだいね。なかったら、明日とっちめるわよ?あ、もうこんな時間……ペンありがとうね、じゃあまた明日!連絡待ってるわ!」
叶さんは、その身に纏う芳香だけをその場に残して、颯爽と去って行く。私は多少困惑したまま頂いた名刺をエプロンのポケットにそっと入れた。
☆☆☆
私の勤めている喫茶店は、オーナーがマスターをしていて、従業員も少ない。個人喫茶店だからか、今時珍しく、朝の7時に開店する代わりに閉店は16時ととても早い。また、ビジネス街にあるせいか、土日祝日も定休日だ。
「お先に失礼致します」
「お疲れさん。明日もよろしく」
無事に今日のシフトをこなして、マスターに挨拶をしてから店舗を後にする。私の扱いは自分の希望で(何時でも辞められる様に)パートだが、マスターの次にフルでシフトが入っていた。
ちょっと気が重いが、叶さんに連絡する事にした。
しないと、きっと明日も来るであろう叶さんに、何を言われてしまうかわからない。こうなるのであれば、叶さんに何も言わずに病院へ押し掛ければ良かった━━とは思うが、全て後の祭りだ。
『いつもお世話になっております。山形です。
今日は急なお話にも関わらず、連絡先を教えて頂き、ありがとうございました。』
後に続ける言葉が思い付かない。私が一緒に食事をしたい相手は、叶さんではないからだ。
『お食事の件ですが、たいした話ではないので……』
こう続けた文は、削除した。叶さんの好意を無下にした様な文に思えてあまり相応しくない気がした。
『わざわざご相談にのって頂けるとの事、ありがとうございます。叶さんもお仕事がお忙しいと思いますので、お手隙の時にでもご連絡頂けると有り難いです。』
無難に纏め、食事には触れずに連絡を送った。
メールで済ませられれば、それに越した事はない。
最寄り駅のスーパーで夕飯になるものを買って、駅から徒歩30分の道のりを歩き、真っ直ぐ1Kの小さな賃貸アパートに戻った。
何時でも直ぐに引っ越しが出来る様に、多少高くても家具家電付きが私の引っ越しの条件だ。しかし、今回の物件は駅から遠い事もあり、どちらかと言うと相場より安めだった。
「ただいまー」
誰の返事もないが、つい言ってしまう。私のささやかな夢は、いつか私の過去を気にしない誰かと添い遂げ、脅えて逃げ回る必要なく堂々と持ち家で落ち着いた生活を送る事だ。
出来たら、相手は穏やかな人が良い。毎日が今の暮らしの様に、のんびりと、小さな幸せに包まれていれば最高だ。
つい、梶谷さんの姿が浮かんで赤面してしまう。
梶谷さんは、今私の周りにいる人で、私の黒歴史を知る唯一の人だ。今の職場で働き始めて2年程したところで、私は見知らぬ人から声を掛けられた。
「あのぅ……もしかして、メユちゃんじゃないっすか?」
職場上がりの、私の腕をガシリと掴んで、DVDをちらつかせてきた。
「やっぱり!そうだよね!?うわあ、本物だ!!こないだメユちゃん目撃情報の書き込み見てさ、わざわざ北海道からはるばる来たんだよ!!」
「人違いです、離して下さい」
鼻息がかかるほどに近付かれ、吐き気を催した。自由な方の腕で体を押しても、びくともしなくて。
そんな時、「山形さん?」と声を掛けて、その人との間に入って助けてくれたのが、梶谷さんだった。その人は、手にしていたDVDを梶谷さんに見せて、「ほら、この娘に間違いないだろ?」と下卑た笑いをしてみせた。
私はいたたまれなくなって俯いたが、梶谷さんは結局その人を上手いこと言って追い払い、私には何も聞かずに「変な人に絡まれて大変だったね」と労ってくれて、その後も何事もなかったかの様に何時もの調子で、常連様でいてくれた。
あのDVDを見れば、私が過去に何をしてしまったのかなんて、一目瞭然なのに。
梶谷さんが黙っていてくれるお陰で、上手く立ち回ってくれたお陰で、私は職を変えずに済んだのだ。以来、梶谷さんが気になって仕方がない。
高校卒業以来久しぶりの、淡い恋心を私は抱えている。
☆☆☆
『明日は午後オペなくて早いから、一緒に食事しましょ!美味しいフレンチのお店に連れてってアゲル♪』
その日の夜22時頃に、叶さんから返信メールが来た。仕事が忙しかったのだろうか。こんな時間までお疲れ様です、と心の中で呟いた。それにしても……食事する事になっている。しかも、私の都合を聞かないってどういう事だろう!?
叶さんに、暇人とバレバレなのか……
自分に地味に凹みながら、下らない見栄をはるのはやめて、叶さんとお食事する事にした。叶さんなら、誰か知り合いに見られたとしても上手くはぐらかしてくれそうだからだ。
『ありがとうございます。楽しみにしています。』
何だかデートのお誘いへの返事みたいになってしまったが、叶さんなら大丈夫だ。いつだったか、仲良し3人組のお婆様が叶さんに聞いていた話を思い出す。
「叶ちゃんの相手って、男なの?女なの?」
「いやだぁー!ストレートに聞きすぎよっ!」
「でも気になるわぁ~」
「うふふ、初めは女だった筈なんだけどねー。最近、ベッドに女といても、勃たなくてねぇ、困ってるのよー」
「え!じゃあいよいよ男デビュー!?」
……お客様のプライベートに聞き耳をたててしまって本当に申し訳なかったとは思っている。けど、断言しよう。あの時、その場にいた全ての人の耳はダンボになっていた。間違いなく。
フレンチ、余り高くないところだと良いな……奢らなくても大丈夫なのだろうか?
そんな事をツラツラ考えているうちに、私は眠りについたらしい。
「いらっしゃいませー」
「おはよう。今日は涼しくて良いねー」
梶谷さんは、喫茶店の傘立てに丁寧に畳んだ傘をそっと入れながらそう言った。
「久々の雨ですね」
「そうだね、俺、雨の日って普段と音が違って聞こえるから意外と好きなんだ」
ニコニコしながら、梶谷さんは何時もの席に座る。ポケットからハンカチを出して、パソコンを入れた鞄も拭いていた。普通なら鬱陶しくなる作業なのに、梶谷さんからは鼻唄が聞こえてきそうな位、上機嫌な様子が窺える。
「梶谷さん、何か良い事ありました?」
お水やカトラリーを邪魔にならないところに置きながらそう聞いてみれば、梶谷さんはキョトン、とした後に照れながら言った。
「え、俺……そんなにわかりやすかった?恥ずかしいなぁ……実はね、明日の土曜日、高校時代の同窓会があるんだ」
「そうなんですか、それは楽しみですね」
「うん……ちょっと、会いたい人がいてね」
「……懐かしいお友達に会えると話が盛り上がりますよね」
「女の人ですか?」、とは聞けなかった。単なる話題提供なのに、そんなプライベートな事を聞いて良い間柄ではない。
「そうだねー。けど、俺、気付いて貰えないかも」
「?」
「あ、俺ね、6年前に体型が激変してるんだよね。だから、高校時代と印象が違いすぎて、誰からも話しかけて貰えない可能性が高いんだよね」
「そうだったんですか。会いたいお友達と無事にお話出来ると良いですね」
「うん、ありがとう。本当に、それだけが目的だからね。来てると良いなぁ~」
「月曜日、ご報告お待ちしていますね」
梶谷さんともう少し話したかったが、ベルの音がしたのでモーニングとランチのオーダーを取り、その場を後にした。
そう言えば、6年前の梶谷さんは今と印象が全く違った、とマスターが言っていた事がある。当時は梶谷さんの事は単なる常連様としか思っていなかったから、聞き流していたが。
「海藤さん、いらっしゃいませ」
海藤さんは会釈して自分の定位置に座った。接客業務をしていれば、毎週金曜日にいらっしゃる、名前の知らない常連様もやって来た。続いて週に二回いらっしゃるビジネスウーマンの工藤さん。そう言えば、今日はまだ叶さん来てないなぁ、と思った時だった。
「おはよ、夢ちゃん」
「いらっしゃいませ、叶さん」
ご新規のお客様がいらっしゃる時には常連客のお名前は呼ばない様にしているが、今なら大丈夫だ。
「んもぅ、雨嫌い!せっかく髪をセットしても、はねちゃうわ」
叶さんがぷりぷりしながら定位置に座ろうとしたが、先に工藤さんが座っていたので、工藤さんの2つ隣のカウンターに座った。
「今日は夜の7時に待ち合わせね!」
堂々と言うものだから、唖然とした。今、明らかに、この場にいる全員が聞き耳をたてている気がする……!!
「あの、やっぱり私……」
「だぁめー!医師として、きっちりお話聞きたいんだから!マスター聞いて、今日は夢ちゃんとデートなのー♪」
梶谷さんに聞かれたと思って一瞬カっとなったが、マスターにわざわざ話しかける姿を見てこれはわざとだと思った。なら、変に否定しない方が良い。
「叶さん、デートじゃないです、問診です」
「えぇー?デートじゃないの?残念、フラれちゃったわぁー」
「叶さんが、さっき『医師として』って言ったばかりじゃないですか」
「んもー、夢ちゃんたらこんな素敵なオネェ掴まえてそれはないわぁー」
「叶さんも、デートなら私女なんで男に当たって下さいね。……で、仕事させて頂いて良いですか?」
「勿論よ、夢ちゃん。いつものお願い」
テンポ良く会話を繰り広げれば、梶谷さんも海藤さんも工藤さんも笑っていた。
オープンにする事で、逆に『私達怪しい間柄じゃありません』をアピールした形だ。誰かの口から梶谷さんの耳に入るよりはずっと良かった、と思う事が出来た。
☆☆☆
「……美味しい」
「でしょう?もう、夢ちゃんと初めてのデートはここしかないと思って♪」
私と叶さんは、夜景は見えないけれども地下の隠れ家的なレストランに来ていた。入店した時に、わざわざ予約をしてくれていた事に気付いて手間を掛けさせてしまったな、と恐縮したが。
メニューはドリンク以外見る事なかった。どうやら、シェフのおすすめメニューセットのみらしく、肉か魚か、もしくはどちらもついたものの3コースしかない様だった。叶さんが予約時に、両方ついたコースを頼んでいたらしい。
お互いアルコールを頼んで、乾杯した後、私は早速話を切り出した。
「あの、叶さん。私、顔にある黒子を二ヵ所取りたいんです」
「夢ちゃん!ムード!ムードがないわ、もう本題なの!?まぁ、いいわ。……お顔の黒子、ねぇ……ちょっと良く見せて?」
コンシーラーで隠した箇所を指でこの辺です、と指し示せば、いつもの飄々とした表情を消し去った叶さんの顔が近付き、ドキリとする。
「場合によっては、皮膚科で保険適用も出来るんだけど……夢ちゃんのは、ちょっと厳しいわね。けど、自費でも大きさは五ミリと三ミリ位だから、費用はそうかからないわよ。……そうねぇ、これなら電気分解か、レーザーがオススメね」
一旦叶さんが席に戻ったので、ほっとする。
「そうですか。……あの、参考までに伺いたいのですが、二重瞼を一重にしたいって言ったら……出来ますか?」
「えっ!?今のぱっちりお目めを一重にしたいの!?……うーん、埋没法で癖を作るか……切開して一重を作ることは可能と言えば可能だけど……両方とも、引きが強いと戻る可能性があるから、必ず出来ます、とは断言出来ないわ」
「ありがとうございます。参考になります。……あの、鼻を低くは……」
「低く??今の、すっきり通った鼻を低くしたいの!?鼻を低くする場合は鼻骨骨切り術って言う手術がない訳ではないけど、普通ワシ鼻の人がやる手術だし……夢ちゃんの場合は、形成じゃなくって、メイクでチャレンジした方が良いと思うわ」
叶さんは、私の事を考えて、親身になってくれているのがわかる。メイクで、という考え方はあまりなかった。
「じゃあ、下顎を出したり、エラを作ったり………」
「ちょ、ストップストップ夢ちゃん!……貴女、自分のその綺麗な容姿を、どうしたいと言うの?」
「出来たら、不細工寄りにしたいんです……少なくとも、今の私とは思えないレベルに」
梶谷さんと、結ばれなかった場合はですが。
「………ちょっと、きちんと話を聞かせてちょうだい」
叶さんは、口許をピクピクさせながら、私に事情説明を求めて来た。ですよねー。
素面じゃ話せないって言って、ガブガブアルコールを身体に入れて。
アルコール入れた後も、自分ばかり話すんじゃ不公平だと叶さんに八つ当たりして絡み。
「はい、ほら!もー、着いたわよ!!この酔っぱらいっっ」
「ありひゃほー、ございらすぅー」
「夢ちゃん、貴女、二度と、お酒は、飲まない事!!襲われても仕方がないんだからねっっ!!」
「あーい」
「運転手さん、ちょっとこの酔っぱらい、家に投げ込んで来ますので、そこで待っていて下さいます?」
「あいよー」
「夢ちゃん、お部屋何処?行くわよ?寝ないでよ、もう!」
叶さんは、私を背中に担いで階段を上った。大きな背中で揺られるのが、心地良い。心は女でも、力は男なんだなぁ、と思った。酔いの回る頭でも……私にも、あの時。男の様な力があれば、今頃は違っていたのかな、とも。
「夢ちゃん、勝手に鞄漁るわよ」
「あーい」
「何があーい、よ!今度また、埋め合わせして貰うわよ!?今日聞きそびれた話、きちんと聞くまでまたデートすんだからね?いい、わかった?」
「あーい……」
「駄目だわ、この娘……雨が止んでて、本当に良かったわぁ……」
呆れ返った叶さんの言葉を最後に、私の意識は切れた。
☆☆☆
『昨日は大変ご迷惑をお掛け致しました。』
起きて早々、やらかした事を自覚している私は水を飲むより先に、叶さん宛に謝罪メールを送った。
朝の8時。私的には、がっつり寝坊した。今日が土曜日で良かったと、心から思う。そう言えば、今日は梶谷さんが同窓会だと言っていたっけ……ちょっと落ち着かない気分になる。勿論楽しんで来てくれれば良いとは思うけど。
ピロン、と今回は早々にメールの着信をお届けする音が響いた。
『本当よ!!結局、何も聞けなかったわ!黒子の除去以上の事をしたいなら、とにかく理由を話しなさい。昨日は不公平だとか何だとか言ってたから、代わりに私のヒミツも話したげる。また来週の金曜日、ご飯一緒するわよ!』
『わかりました。よろしくお願いいたします。』
あれだけ迷惑を掛けたのに、また誘ってくれるなんて叶さんは良い人だ。しかも、酔った女に何もしないで帰って行ったんだから、信用して良いと思える。
頭痛はしないものの、幾分気持ち悪さが残っていた私は、ベッドから起き上がって、今度こそ水を求めてキッチンに向かった。
私にとっては、暇でしかない休日をだらだらと家で過ごし、月曜日。
「いらっしゃいませー」
私は梶谷さんと叶さんの来訪を、別の意味でドキドキしながら常連様の接客をこなしていた。
「山形さん、叶さんとのデートはどうだった?」
海藤さんが、イタズラっ子の様な表情で聞いてくる。
「もう、海藤さん。デートじゃないですから。けど、聞いて下さい。私、酔っぱらって、とんでもない醜態をさらしたんですー」
「え?山形さんが??想像つかないなー」
「ううう、私もまさかですよー」
「でも、叶ちゃん奢ってくれたろ?」
「……あれ?奢って……あれ?私、支払いって、どうしたんだろ……」
全く身に覚えのない会計についてあれこれ考え、青ざめた。
私が酔っぱらって、テーブルの上に突っ伏して……叶さんが『ちょっと待っててなさい』って言って、戻ってきたら『タクシー呼んどいたから、外に行くわよ、階段上れる?』って肩を貸してくれて……財布を出した記憶、ない。ついでに言うと、タクシーを降りる時も、ない。
土曜日に送った叶さん宛のメールに、全くお金について触れもしなかった。これは……!これは、人としてアウトなやつでは!?
海藤さんが「山形さん、山形さん?おーい、大丈夫?」と声を掛けて下さるのが聞こえる。
その時だった。耳に心地良いベルの音がしたのは。
「おはよ、マスター。あら、夢ちゃん。どうしたの、死にそうな顔して」
ごくごく何時もの調子で入店してくる叶さんに、後光が射している気がした━━━。
「だからぁ、お金貰ったよって何度も言ったのにぃー。本当に人の話、聞いてない酔っぱらいってたち悪いわ。夢ちゃんの鞄漁った時に、財布からしっかり現金抜き取ってるから」
私が平身低頭で会計について謝れば、叶さんからそう言われた。……そんな事、言ってたっけ??けど、鞄漁るわよー、って声掛けられた気もするから、きちんと割り勘にしてくれたのかな。
ほっとして、接客に戻る。新規のお客様もいらして、気を引き締め直しつつ、チラリと時計を見れば、もう8時になるところだった。
今日は、梶谷さん来ないのかな……
土曜日の同窓会、どうだったのか、聞きたかったのに。梶谷さんがこの時間に来ないのは非常に珍しい。
「夢ちゃん、お会計と、いつものブレンドよろしく」
「あ、すみません!」8時に店を出る叶さんに声を掛けられて、慌ててレジに移動した。普段は叶さんの動きにあわせて準備するのに、とんだ失態だ。
「今日、梶谷クン来なかったわねぇ~……夢ちゃん、気になる?」
タンブラーを渡した時に、叶さんが意味ありげな表情で聞いてくるものだから、思わず落としそうになった。
「そ、そうですね、珍しいですね、気になります!!」
「ふふふ、夢ちゃんったら……」
叶さんは、去り際に私の耳許にぐっと唇を寄せて囁いた。
「ちょっと、妬けるわね」
え?何が??何が???
意味がわからず、困惑する。
「意味がわかりませんって顔してる夢ちゃんも、可愛いわぁ~。それじゃ、また明日!」
叶さんは、後ろ手に手を振って、いつもの芳香を残して去って行った。
そのベルは少し大きめで低音を奏でる。私にはとても心地好い音だった。
「いらっしゃいませー」
振り向き様にそう言えば、見知った顔がそこにはあった。
「おはようございます、叶さん」
「おはよ、夢ちゃん。いつものお願い」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
ここは昔ながらの喫茶店。ハンディーなんて物はないので、手元の注文表にオーダーを書き入れていく。とはいっても、朝7時の開店と同時にモーニング目当てで入ってくるお客様は殆ど常連様で、注文表を渡す前にマスターは既にモーニングBセット(トースト、サラダ、ゆで卵)を作り始めていた。勿論ドリンク付きで、叶さんの場合はウィンナーコーヒーがいつものだから、通常500円のところ、プラス100円追加になる。
冷えたレモン水と、おしぼり。それとコーヒースプーン以外のカトラリーを持って、叶さんの定位置である、カウンター席の一番奥に持って行った。
「お水、こちらに失礼致しますね」
「うん、いつもありがとう」
私がここに勤める様になって、3年程たった。叶さんは、常連客としてはまだ新しい方で、通って頂ける様になって、1年程たつ。
カランカラン……
「いらっしゃいませー」
再びベルの音がしたので振り向けば、そこには私よりも長い…6年程通いつめていらっしゃる常連様の、梶谷さんがいた。
彼の姿を確認した私の胸が、トクンと鳴る。
「ふぅ、今日も暑いですね」
彼はそう言いながら、普通より大きめな体をゆさゆさ揺らして、同じく定位置であるクーラーが良くあたる、出入口付近の二人掛け用の席に座った。小脇に抱えているパソコンが小さく見える。
出入口付近の席はコンセントが設置しており、自由に使用して良い事になっていた。
マスター曰く、梶谷さんはこの喫茶店に閑古鳥が鳴いていた頃からの常連様という事で、昔は一日中この喫茶店に入り浸っていたらしい。
今は、客足を見ながら早めのランチを食べた後に店を出る事が多い。
私が梶谷さんの為の準備をしていれば、再びベルが鳴り、他のお客様の来訪を教えてくれる。こちらも常連客のお爺様、海藤さんだ。そして間を空けずに、仲良しご近所さんの(どなたも旦那様を亡くされて独り身らしい)お婆様が3名いらっしゃった。仲良し3人組は、二週間に一回位のペースでいらっしゃる常連様。
「いらっしゃいませー」
狭い店内はあっという間に席が埋まり、残る席は後3つ程だ。
「あら、叶ちゃんじゃないの!今日も来てたのねぇ、元気ぃ?」
3人組の一人が、奥の席に座る叶さんに声を掛ける。
「ええ、お陰様で。アキコさんも、変わらず艶々ピチピチねぇ」
「いやだ!アキコさんだけ?」
「うふふ、何言ってるのー、美和さんも素敵に決まってるじゃない」
「そうでしょ、そうでしょ、この前叶ちゃんに教えて貰ったクリーム毎日塗り込んでるんだから!」
オネェキャラの叶さんは、常連客からとても人気がある。
身長こそ普通だが、甘く整った容姿にスラリとした立ち振舞い、オネェ言葉という話しやすさ。
最初は私も芸能人なんじゃないか?とか、芸能人のメーキャップを手掛けているんじゃないか?とか、先入観でそう思った。
しかし、どうやら美容外科に勤めている先生らしく、オネェ言葉はマダムに受け入れられる為の処世術だったのよ、と教えて下さった事がある。整った容姿が作られたものなのか、元からなのかは流石に誰も聞けていない。
ぎゃはははは、と一気に賑やかになった店内を見ながら、梶谷さんはニコニコしていた。
「お待たせ致しました。梶谷さん、モーニングはいつものセットでよろしいでしょうか?」
「はい、それで。よろしくお願いします」
「今日のランチは何に致しますか?」
梶谷さんのランチは、先に注文を取っておいて、店の状況次第でそのまま店内でお出しするか、お持ち帰りのパックにつめることになっている。ランチをお出しする時間は、ぴったり11時30分。最初は意味がわからなかったが、梶谷さんのお仕事は、ノートパソコンで平日毎日9時から11時半の間と決まっているらしかった。
常連様の中でも少し特別待遇だが、それは梶谷さんから言い出した事ではなく、マスターの厚意から始めた事らしいので、店的にも何の問題もなかった。
私は日経新聞を開く梶谷さんにランチのオーダーも確認した後、少しだけ声を掛けた。
「今日は少し賑やかになってしまい、すみません」
「気にしないで下さい。俺、賑やかなのも好きですから」
少しプクプクした大きな手を、顔の前で左右に振る。
「それにしても、今日も叶さんは大人気だね」
「ふふふ、あの顔にあの言葉遣いですもんね。ギャップが凄くて私も初めは驚きました」
「そうだね、俺も驚いた…ってごめんね、引き止めちゃって。今日もお仕事頑張って」
梶谷さんは、前髪が長くて目があまり見えない。けれども、口角がフワリとあがって、優しく笑ってくれたのが伝わってきた。
梶谷さんは、年齢不詳だ。
私は26歳なのだが、梶谷さんは30歳前後だろうか?前髪で隠れている為にしっかりとその顔を見られた事はないが、落ち着いた物腰からそう感じられた。
━━━今日も、変わらない1日が始まる。そして私は、変わらない事に、安堵するのだった。
このこぢんまりとした喫茶店は、仕事仲間も、お客様も、優しくて。心地好くて。
職を転々としては逃げ回っている私が、やっと見つけた、逃げたくない場所。やっとお金も貯まってきた事だし、そろそろ何とかしたいと思う。その為には、お客様ではあるけれど……勇気を出して、叶さんにお話を聞いてみなくては。
叶さんが、美容外科に勤めているのは、何かの縁だと感じた。
☆☆☆
私には、人に話せない黒歴史がある。自意識過剰と言われても仕方ないが、芸能人が一般人にバレない様に、ツバの深い帽子を被ったり、サングラスやマスクをしたり……というより余程、目立たない様に全てを選んできた。服も、髪型も、化粧も。そして、私の顔には目立つ黒子が二つあるので、そこだけは念入りにコンシーラーで隠し、メイクで誤魔化している。
とにかく、人の目に留まらないように。もし私の黒歴史を知っている人と会ってしまったならば、そこから逃げ出すだけ━━それが、この職場や梶谷さんと出会う前の私の考え方だった。
3年前から、たまたまこの喫茶店のお仕事に辿り着いて。梶谷さんと知り合って、常連客様に優しくして貰って。ここから離れたくない、と初めて思った。
私が私である限り、日本の何処にいても安心は出来ない。この情報化社会の恐ろしさを知らなかった過去の私の浅はかな行動が、今の私を作り上げている。
「ありがとうございました」
叶さんは、朝の8時にはこの喫茶店を後にする。
ブレンドをたっぷり入れた叶さんが持参されたタンブラーを渡しながら、今日はたまたま会計の終わったタイミングで他のお客様に呼ばれていなかったので、勇気を振り絞って声を掛けてみた。
「あの……叶さん。今度、叶さんの病院に伺ってもよろしいでしょうか?」
「え?夢ちゃんが?」
「はい。一応、患者として……」
「うーん、病院でもいいんだけどさ。ウチ、結構予約取るの大変なのよ。今度、一緒にお食事とかどぉ?」
私が驚く番だった。
「え……と、それはご迷惑だと思いますので……」
頑張って予約取ります、と続けるつもりだった。叶さんは、オネェキャラとは言え口を閉じれば格好いい男性にしか見えない。叶さんの隣にいると、目立ちそうだ。何処かで二人きりのところを常連様や誰かに見られて、あらぬ噂を立てられるのも避けたい。
何より、梶谷さんに誤解されたくなかった。しかし。
「夢ちゃん、お願い。病院だとね、やっぱり問診の時間って限られちゃうのよ。他ならぬ夢ちゃんのお話だもの、私がしっかり聞いておきたいの」
叶さんが私の両手をガシッと握り締めて言ってくるものだから、圧倒された。梶谷さんがいるので、早く手を離して欲しいというのもあった。
「……わ、わかりました。では、また今度……」
「夢ちゃん、ちょっとペン貸してちょうだい?……これ、私の名刺。裏に個人の携帯番号と、無料通話アプリのID書いといたから、連絡ちょうだいね。なかったら、明日とっちめるわよ?あ、もうこんな時間……ペンありがとうね、じゃあまた明日!連絡待ってるわ!」
叶さんは、その身に纏う芳香だけをその場に残して、颯爽と去って行く。私は多少困惑したまま頂いた名刺をエプロンのポケットにそっと入れた。
☆☆☆
私の勤めている喫茶店は、オーナーがマスターをしていて、従業員も少ない。個人喫茶店だからか、今時珍しく、朝の7時に開店する代わりに閉店は16時ととても早い。また、ビジネス街にあるせいか、土日祝日も定休日だ。
「お先に失礼致します」
「お疲れさん。明日もよろしく」
無事に今日のシフトをこなして、マスターに挨拶をしてから店舗を後にする。私の扱いは自分の希望で(何時でも辞められる様に)パートだが、マスターの次にフルでシフトが入っていた。
ちょっと気が重いが、叶さんに連絡する事にした。
しないと、きっと明日も来るであろう叶さんに、何を言われてしまうかわからない。こうなるのであれば、叶さんに何も言わずに病院へ押し掛ければ良かった━━とは思うが、全て後の祭りだ。
『いつもお世話になっております。山形です。
今日は急なお話にも関わらず、連絡先を教えて頂き、ありがとうございました。』
後に続ける言葉が思い付かない。私が一緒に食事をしたい相手は、叶さんではないからだ。
『お食事の件ですが、たいした話ではないので……』
こう続けた文は、削除した。叶さんの好意を無下にした様な文に思えてあまり相応しくない気がした。
『わざわざご相談にのって頂けるとの事、ありがとうございます。叶さんもお仕事がお忙しいと思いますので、お手隙の時にでもご連絡頂けると有り難いです。』
無難に纏め、食事には触れずに連絡を送った。
メールで済ませられれば、それに越した事はない。
最寄り駅のスーパーで夕飯になるものを買って、駅から徒歩30分の道のりを歩き、真っ直ぐ1Kの小さな賃貸アパートに戻った。
何時でも直ぐに引っ越しが出来る様に、多少高くても家具家電付きが私の引っ越しの条件だ。しかし、今回の物件は駅から遠い事もあり、どちらかと言うと相場より安めだった。
「ただいまー」
誰の返事もないが、つい言ってしまう。私のささやかな夢は、いつか私の過去を気にしない誰かと添い遂げ、脅えて逃げ回る必要なく堂々と持ち家で落ち着いた生活を送る事だ。
出来たら、相手は穏やかな人が良い。毎日が今の暮らしの様に、のんびりと、小さな幸せに包まれていれば最高だ。
つい、梶谷さんの姿が浮かんで赤面してしまう。
梶谷さんは、今私の周りにいる人で、私の黒歴史を知る唯一の人だ。今の職場で働き始めて2年程したところで、私は見知らぬ人から声を掛けられた。
「あのぅ……もしかして、メユちゃんじゃないっすか?」
職場上がりの、私の腕をガシリと掴んで、DVDをちらつかせてきた。
「やっぱり!そうだよね!?うわあ、本物だ!!こないだメユちゃん目撃情報の書き込み見てさ、わざわざ北海道からはるばる来たんだよ!!」
「人違いです、離して下さい」
鼻息がかかるほどに近付かれ、吐き気を催した。自由な方の腕で体を押しても、びくともしなくて。
そんな時、「山形さん?」と声を掛けて、その人との間に入って助けてくれたのが、梶谷さんだった。その人は、手にしていたDVDを梶谷さんに見せて、「ほら、この娘に間違いないだろ?」と下卑た笑いをしてみせた。
私はいたたまれなくなって俯いたが、梶谷さんは結局その人を上手いこと言って追い払い、私には何も聞かずに「変な人に絡まれて大変だったね」と労ってくれて、その後も何事もなかったかの様に何時もの調子で、常連様でいてくれた。
あのDVDを見れば、私が過去に何をしてしまったのかなんて、一目瞭然なのに。
梶谷さんが黙っていてくれるお陰で、上手く立ち回ってくれたお陰で、私は職を変えずに済んだのだ。以来、梶谷さんが気になって仕方がない。
高校卒業以来久しぶりの、淡い恋心を私は抱えている。
☆☆☆
『明日は午後オペなくて早いから、一緒に食事しましょ!美味しいフレンチのお店に連れてってアゲル♪』
その日の夜22時頃に、叶さんから返信メールが来た。仕事が忙しかったのだろうか。こんな時間までお疲れ様です、と心の中で呟いた。それにしても……食事する事になっている。しかも、私の都合を聞かないってどういう事だろう!?
叶さんに、暇人とバレバレなのか……
自分に地味に凹みながら、下らない見栄をはるのはやめて、叶さんとお食事する事にした。叶さんなら、誰か知り合いに見られたとしても上手くはぐらかしてくれそうだからだ。
『ありがとうございます。楽しみにしています。』
何だかデートのお誘いへの返事みたいになってしまったが、叶さんなら大丈夫だ。いつだったか、仲良し3人組のお婆様が叶さんに聞いていた話を思い出す。
「叶ちゃんの相手って、男なの?女なの?」
「いやだぁー!ストレートに聞きすぎよっ!」
「でも気になるわぁ~」
「うふふ、初めは女だった筈なんだけどねー。最近、ベッドに女といても、勃たなくてねぇ、困ってるのよー」
「え!じゃあいよいよ男デビュー!?」
……お客様のプライベートに聞き耳をたててしまって本当に申し訳なかったとは思っている。けど、断言しよう。あの時、その場にいた全ての人の耳はダンボになっていた。間違いなく。
フレンチ、余り高くないところだと良いな……奢らなくても大丈夫なのだろうか?
そんな事をツラツラ考えているうちに、私は眠りについたらしい。
「いらっしゃいませー」
「おはよう。今日は涼しくて良いねー」
梶谷さんは、喫茶店の傘立てに丁寧に畳んだ傘をそっと入れながらそう言った。
「久々の雨ですね」
「そうだね、俺、雨の日って普段と音が違って聞こえるから意外と好きなんだ」
ニコニコしながら、梶谷さんは何時もの席に座る。ポケットからハンカチを出して、パソコンを入れた鞄も拭いていた。普通なら鬱陶しくなる作業なのに、梶谷さんからは鼻唄が聞こえてきそうな位、上機嫌な様子が窺える。
「梶谷さん、何か良い事ありました?」
お水やカトラリーを邪魔にならないところに置きながらそう聞いてみれば、梶谷さんはキョトン、とした後に照れながら言った。
「え、俺……そんなにわかりやすかった?恥ずかしいなぁ……実はね、明日の土曜日、高校時代の同窓会があるんだ」
「そうなんですか、それは楽しみですね」
「うん……ちょっと、会いたい人がいてね」
「……懐かしいお友達に会えると話が盛り上がりますよね」
「女の人ですか?」、とは聞けなかった。単なる話題提供なのに、そんなプライベートな事を聞いて良い間柄ではない。
「そうだねー。けど、俺、気付いて貰えないかも」
「?」
「あ、俺ね、6年前に体型が激変してるんだよね。だから、高校時代と印象が違いすぎて、誰からも話しかけて貰えない可能性が高いんだよね」
「そうだったんですか。会いたいお友達と無事にお話出来ると良いですね」
「うん、ありがとう。本当に、それだけが目的だからね。来てると良いなぁ~」
「月曜日、ご報告お待ちしていますね」
梶谷さんともう少し話したかったが、ベルの音がしたのでモーニングとランチのオーダーを取り、その場を後にした。
そう言えば、6年前の梶谷さんは今と印象が全く違った、とマスターが言っていた事がある。当時は梶谷さんの事は単なる常連様としか思っていなかったから、聞き流していたが。
「海藤さん、いらっしゃいませ」
海藤さんは会釈して自分の定位置に座った。接客業務をしていれば、毎週金曜日にいらっしゃる、名前の知らない常連様もやって来た。続いて週に二回いらっしゃるビジネスウーマンの工藤さん。そう言えば、今日はまだ叶さん来てないなぁ、と思った時だった。
「おはよ、夢ちゃん」
「いらっしゃいませ、叶さん」
ご新規のお客様がいらっしゃる時には常連客のお名前は呼ばない様にしているが、今なら大丈夫だ。
「んもぅ、雨嫌い!せっかく髪をセットしても、はねちゃうわ」
叶さんがぷりぷりしながら定位置に座ろうとしたが、先に工藤さんが座っていたので、工藤さんの2つ隣のカウンターに座った。
「今日は夜の7時に待ち合わせね!」
堂々と言うものだから、唖然とした。今、明らかに、この場にいる全員が聞き耳をたてている気がする……!!
「あの、やっぱり私……」
「だぁめー!医師として、きっちりお話聞きたいんだから!マスター聞いて、今日は夢ちゃんとデートなのー♪」
梶谷さんに聞かれたと思って一瞬カっとなったが、マスターにわざわざ話しかける姿を見てこれはわざとだと思った。なら、変に否定しない方が良い。
「叶さん、デートじゃないです、問診です」
「えぇー?デートじゃないの?残念、フラれちゃったわぁー」
「叶さんが、さっき『医師として』って言ったばかりじゃないですか」
「んもー、夢ちゃんたらこんな素敵なオネェ掴まえてそれはないわぁー」
「叶さんも、デートなら私女なんで男に当たって下さいね。……で、仕事させて頂いて良いですか?」
「勿論よ、夢ちゃん。いつものお願い」
テンポ良く会話を繰り広げれば、梶谷さんも海藤さんも工藤さんも笑っていた。
オープンにする事で、逆に『私達怪しい間柄じゃありません』をアピールした形だ。誰かの口から梶谷さんの耳に入るよりはずっと良かった、と思う事が出来た。
☆☆☆
「……美味しい」
「でしょう?もう、夢ちゃんと初めてのデートはここしかないと思って♪」
私と叶さんは、夜景は見えないけれども地下の隠れ家的なレストランに来ていた。入店した時に、わざわざ予約をしてくれていた事に気付いて手間を掛けさせてしまったな、と恐縮したが。
メニューはドリンク以外見る事なかった。どうやら、シェフのおすすめメニューセットのみらしく、肉か魚か、もしくはどちらもついたものの3コースしかない様だった。叶さんが予約時に、両方ついたコースを頼んでいたらしい。
お互いアルコールを頼んで、乾杯した後、私は早速話を切り出した。
「あの、叶さん。私、顔にある黒子を二ヵ所取りたいんです」
「夢ちゃん!ムード!ムードがないわ、もう本題なの!?まぁ、いいわ。……お顔の黒子、ねぇ……ちょっと良く見せて?」
コンシーラーで隠した箇所を指でこの辺です、と指し示せば、いつもの飄々とした表情を消し去った叶さんの顔が近付き、ドキリとする。
「場合によっては、皮膚科で保険適用も出来るんだけど……夢ちゃんのは、ちょっと厳しいわね。けど、自費でも大きさは五ミリと三ミリ位だから、費用はそうかからないわよ。……そうねぇ、これなら電気分解か、レーザーがオススメね」
一旦叶さんが席に戻ったので、ほっとする。
「そうですか。……あの、参考までに伺いたいのですが、二重瞼を一重にしたいって言ったら……出来ますか?」
「えっ!?今のぱっちりお目めを一重にしたいの!?……うーん、埋没法で癖を作るか……切開して一重を作ることは可能と言えば可能だけど……両方とも、引きが強いと戻る可能性があるから、必ず出来ます、とは断言出来ないわ」
「ありがとうございます。参考になります。……あの、鼻を低くは……」
「低く??今の、すっきり通った鼻を低くしたいの!?鼻を低くする場合は鼻骨骨切り術って言う手術がない訳ではないけど、普通ワシ鼻の人がやる手術だし……夢ちゃんの場合は、形成じゃなくって、メイクでチャレンジした方が良いと思うわ」
叶さんは、私の事を考えて、親身になってくれているのがわかる。メイクで、という考え方はあまりなかった。
「じゃあ、下顎を出したり、エラを作ったり………」
「ちょ、ストップストップ夢ちゃん!……貴女、自分のその綺麗な容姿を、どうしたいと言うの?」
「出来たら、不細工寄りにしたいんです……少なくとも、今の私とは思えないレベルに」
梶谷さんと、結ばれなかった場合はですが。
「………ちょっと、きちんと話を聞かせてちょうだい」
叶さんは、口許をピクピクさせながら、私に事情説明を求めて来た。ですよねー。
素面じゃ話せないって言って、ガブガブアルコールを身体に入れて。
アルコール入れた後も、自分ばかり話すんじゃ不公平だと叶さんに八つ当たりして絡み。
「はい、ほら!もー、着いたわよ!!この酔っぱらいっっ」
「ありひゃほー、ございらすぅー」
「夢ちゃん、貴女、二度と、お酒は、飲まない事!!襲われても仕方がないんだからねっっ!!」
「あーい」
「運転手さん、ちょっとこの酔っぱらい、家に投げ込んで来ますので、そこで待っていて下さいます?」
「あいよー」
「夢ちゃん、お部屋何処?行くわよ?寝ないでよ、もう!」
叶さんは、私を背中に担いで階段を上った。大きな背中で揺られるのが、心地良い。心は女でも、力は男なんだなぁ、と思った。酔いの回る頭でも……私にも、あの時。男の様な力があれば、今頃は違っていたのかな、とも。
「夢ちゃん、勝手に鞄漁るわよ」
「あーい」
「何があーい、よ!今度また、埋め合わせして貰うわよ!?今日聞きそびれた話、きちんと聞くまでまたデートすんだからね?いい、わかった?」
「あーい……」
「駄目だわ、この娘……雨が止んでて、本当に良かったわぁ……」
呆れ返った叶さんの言葉を最後に、私の意識は切れた。
☆☆☆
『昨日は大変ご迷惑をお掛け致しました。』
起きて早々、やらかした事を自覚している私は水を飲むより先に、叶さん宛に謝罪メールを送った。
朝の8時。私的には、がっつり寝坊した。今日が土曜日で良かったと、心から思う。そう言えば、今日は梶谷さんが同窓会だと言っていたっけ……ちょっと落ち着かない気分になる。勿論楽しんで来てくれれば良いとは思うけど。
ピロン、と今回は早々にメールの着信をお届けする音が響いた。
『本当よ!!結局、何も聞けなかったわ!黒子の除去以上の事をしたいなら、とにかく理由を話しなさい。昨日は不公平だとか何だとか言ってたから、代わりに私のヒミツも話したげる。また来週の金曜日、ご飯一緒するわよ!』
『わかりました。よろしくお願いいたします。』
あれだけ迷惑を掛けたのに、また誘ってくれるなんて叶さんは良い人だ。しかも、酔った女に何もしないで帰って行ったんだから、信用して良いと思える。
頭痛はしないものの、幾分気持ち悪さが残っていた私は、ベッドから起き上がって、今度こそ水を求めてキッチンに向かった。
私にとっては、暇でしかない休日をだらだらと家で過ごし、月曜日。
「いらっしゃいませー」
私は梶谷さんと叶さんの来訪を、別の意味でドキドキしながら常連様の接客をこなしていた。
「山形さん、叶さんとのデートはどうだった?」
海藤さんが、イタズラっ子の様な表情で聞いてくる。
「もう、海藤さん。デートじゃないですから。けど、聞いて下さい。私、酔っぱらって、とんでもない醜態をさらしたんですー」
「え?山形さんが??想像つかないなー」
「ううう、私もまさかですよー」
「でも、叶ちゃん奢ってくれたろ?」
「……あれ?奢って……あれ?私、支払いって、どうしたんだろ……」
全く身に覚えのない会計についてあれこれ考え、青ざめた。
私が酔っぱらって、テーブルの上に突っ伏して……叶さんが『ちょっと待っててなさい』って言って、戻ってきたら『タクシー呼んどいたから、外に行くわよ、階段上れる?』って肩を貸してくれて……財布を出した記憶、ない。ついでに言うと、タクシーを降りる時も、ない。
土曜日に送った叶さん宛のメールに、全くお金について触れもしなかった。これは……!これは、人としてアウトなやつでは!?
海藤さんが「山形さん、山形さん?おーい、大丈夫?」と声を掛けて下さるのが聞こえる。
その時だった。耳に心地良いベルの音がしたのは。
「おはよ、マスター。あら、夢ちゃん。どうしたの、死にそうな顔して」
ごくごく何時もの調子で入店してくる叶さんに、後光が射している気がした━━━。
「だからぁ、お金貰ったよって何度も言ったのにぃー。本当に人の話、聞いてない酔っぱらいってたち悪いわ。夢ちゃんの鞄漁った時に、財布からしっかり現金抜き取ってるから」
私が平身低頭で会計について謝れば、叶さんからそう言われた。……そんな事、言ってたっけ??けど、鞄漁るわよー、って声掛けられた気もするから、きちんと割り勘にしてくれたのかな。
ほっとして、接客に戻る。新規のお客様もいらして、気を引き締め直しつつ、チラリと時計を見れば、もう8時になるところだった。
今日は、梶谷さん来ないのかな……
土曜日の同窓会、どうだったのか、聞きたかったのに。梶谷さんがこの時間に来ないのは非常に珍しい。
「夢ちゃん、お会計と、いつものブレンドよろしく」
「あ、すみません!」8時に店を出る叶さんに声を掛けられて、慌ててレジに移動した。普段は叶さんの動きにあわせて準備するのに、とんだ失態だ。
「今日、梶谷クン来なかったわねぇ~……夢ちゃん、気になる?」
タンブラーを渡した時に、叶さんが意味ありげな表情で聞いてくるものだから、思わず落としそうになった。
「そ、そうですね、珍しいですね、気になります!!」
「ふふふ、夢ちゃんったら……」
叶さんは、去り際に私の耳許にぐっと唇を寄せて囁いた。
「ちょっと、妬けるわね」
え?何が??何が???
意味がわからず、困惑する。
「意味がわかりませんって顔してる夢ちゃんも、可愛いわぁ~。それじゃ、また明日!」
叶さんは、後ろ手に手を振って、いつもの芳香を残して去って行った。
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