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1 運命のはじまり
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「お母様、あの馬車かしら?」
「ええ、きっとそうね」
辺鄙な田舎にある、セレスフォード伯爵領。
黄金の実りを生む豊かな土地は国の食糧庫として知られ、誰もが息を飲むほどの手つかずの大自然にはあらゆる動物や植物が息づいている。
そんな土地を管理する領主の屋敷、つまり自宅の正門前で、私は遠くなだらかな丘陵をじっと見つめていた。
普段はパッカパッカと荷馬車や農耕馬が通るばかりの道に、華美ではないけれども重厚そうな一際大きい馬車と、その馬車を守るための護衛たちが馬に乗って、行列を成してこちらへ向かってくるのが見てとれた。
「あの馬車に、聖女様が乗っていらっしゃるのね……!」
十歳の私、リュミナ・セレスフォードはドキドキしながら、憧れの聖女様に渡すための、蝋封済みのお手紙をギュッと握りしめる。
聖女様へのお手紙は、お母様と一緒に内容を考え、何度も何度も書き直して、お手紙の最後に初めてデザイン化した私のサインを記した。
「聖女様の能力とかも、見させていただける機会はあるのかしら?」
「一昨日作ったあなたの額の怪我も、聖女様なら治してくださるかしらね?」
お母様の言葉に、私は手紙を持っていないほうの手で、ぱっと頭を抑える。
「こんなの、かすり傷です」
「何を言っているの。一生傷痕が残るかもしれない、と言われたというのに」
お小言が始まりそうになったその時、お母様が抱えていた生後三カ月の妹がぐずりだしてくれた。
空気を読む可愛い妹よ、ありがとう。
「リュミナ、そろそろ静かにしたほうがいいよ」
「うん」
お兄様に注意され、私は素直に頷く。
聖女様を乗せた馬車は、もう目と鼻の先だ。
出迎えのために並んだ私たちの前でその馬車はぴたりと止まり、お父様とお母様は一歩進んで、私たちより少し前に出る。
そして私とお兄様は失礼のないようペコリと頭をさげたまま、その場で待機した。
今は亡きひいお祖父様と一緒に、この国を守ったという聖女様。
その人物像は女性であること以外、詳細が一切明らかになっていない。
ただその活躍ぶりは、私たち子どもが愛読する何冊もの絵本で確認することができる。
誰もが知るのに、誰も知らない、雲の上の、憧れの女性。
「どうぞ、楽にしてください」
老齢の男性の声が耳に入り、私たちは頭をあげる。
馬車からは聖女様より先に、声を掛けてくれたであろうその老齢の男性が降りてきた。
年は感じるものの全体的に彫りが深く気品に溢れており、若い頃はさぞかし格好良くてモテただろうと思われる。
私の視線を感じたのか、その男性と、しっかりと目が合ってしまった。
そしてとても嬉しそうに、優しい眼差しをしたまま微笑みかけてくる。
子ども好きな方なのかもしれない。
その優しい微笑みは、私の心をふわふわとさせた。
私が生まれる前に、落石事故に巻き込まれた領民を助けようとして二次災害にあったひいお祖父様。
もしひいお祖父様が生きていらっしゃったら、こんな感じだっただろうか。
そしていよいよその男性のエスコートで、同じくお年を召した聖女様らしき女性がそっと馬車から降りてきた。
残念ながら、聖女様のご尊顔は、ベールで覆われていてまだよくわからない。
老齢の男性との距離は近く、仲睦まじそうだ。
もしかしたら従者ではなく、夫婦なのかもしれない。
「こんな遠いところまで、よくお越しくださいました」
お父様の挨拶の声に、ハッと引き戻される。
そしてお父様が頭を下げたタイミングで、私もお兄様も、もう一度頭を下げた。
「あっ」
その時強い風が吹いて、私の持っていた手紙が掌から離れていった。
慌てて頭をあげ、手紙を追おうとしたら、大地が光った。
「……え?」
そこには、先ほどまでいらっしゃった、聖女様も、老齢の男性も、いなかった。
両親も、お兄様も、妹も、使用人も、知った顔は誰一人、いなくなっていた。
しかし、私の周りにはそれに代わって知らない人たちがいる。
古いけれどもやたら豪華そうな服を着た美少年と、それを取り巻く大人たち。
私と同い年くらいで、ポカンとした表情の子たちが、五人くらい。
「ここ……どこ?」
魔法陣が刻まれた古臭い石畳の上に突っ立って、私は呆然と呟いた。
「ええ、きっとそうね」
辺鄙な田舎にある、セレスフォード伯爵領。
黄金の実りを生む豊かな土地は国の食糧庫として知られ、誰もが息を飲むほどの手つかずの大自然にはあらゆる動物や植物が息づいている。
そんな土地を管理する領主の屋敷、つまり自宅の正門前で、私は遠くなだらかな丘陵をじっと見つめていた。
普段はパッカパッカと荷馬車や農耕馬が通るばかりの道に、華美ではないけれども重厚そうな一際大きい馬車と、その馬車を守るための護衛たちが馬に乗って、行列を成してこちらへ向かってくるのが見てとれた。
「あの馬車に、聖女様が乗っていらっしゃるのね……!」
十歳の私、リュミナ・セレスフォードはドキドキしながら、憧れの聖女様に渡すための、蝋封済みのお手紙をギュッと握りしめる。
聖女様へのお手紙は、お母様と一緒に内容を考え、何度も何度も書き直して、お手紙の最後に初めてデザイン化した私のサインを記した。
「聖女様の能力とかも、見させていただける機会はあるのかしら?」
「一昨日作ったあなたの額の怪我も、聖女様なら治してくださるかしらね?」
お母様の言葉に、私は手紙を持っていないほうの手で、ぱっと頭を抑える。
「こんなの、かすり傷です」
「何を言っているの。一生傷痕が残るかもしれない、と言われたというのに」
お小言が始まりそうになったその時、お母様が抱えていた生後三カ月の妹がぐずりだしてくれた。
空気を読む可愛い妹よ、ありがとう。
「リュミナ、そろそろ静かにしたほうがいいよ」
「うん」
お兄様に注意され、私は素直に頷く。
聖女様を乗せた馬車は、もう目と鼻の先だ。
出迎えのために並んだ私たちの前でその馬車はぴたりと止まり、お父様とお母様は一歩進んで、私たちより少し前に出る。
そして私とお兄様は失礼のないようペコリと頭をさげたまま、その場で待機した。
今は亡きひいお祖父様と一緒に、この国を守ったという聖女様。
その人物像は女性であること以外、詳細が一切明らかになっていない。
ただその活躍ぶりは、私たち子どもが愛読する何冊もの絵本で確認することができる。
誰もが知るのに、誰も知らない、雲の上の、憧れの女性。
「どうぞ、楽にしてください」
老齢の男性の声が耳に入り、私たちは頭をあげる。
馬車からは聖女様より先に、声を掛けてくれたであろうその老齢の男性が降りてきた。
年は感じるものの全体的に彫りが深く気品に溢れており、若い頃はさぞかし格好良くてモテただろうと思われる。
私の視線を感じたのか、その男性と、しっかりと目が合ってしまった。
そしてとても嬉しそうに、優しい眼差しをしたまま微笑みかけてくる。
子ども好きな方なのかもしれない。
その優しい微笑みは、私の心をふわふわとさせた。
私が生まれる前に、落石事故に巻き込まれた領民を助けようとして二次災害にあったひいお祖父様。
もしひいお祖父様が生きていらっしゃったら、こんな感じだっただろうか。
そしていよいよその男性のエスコートで、同じくお年を召した聖女様らしき女性がそっと馬車から降りてきた。
残念ながら、聖女様のご尊顔は、ベールで覆われていてまだよくわからない。
老齢の男性との距離は近く、仲睦まじそうだ。
もしかしたら従者ではなく、夫婦なのかもしれない。
「こんな遠いところまで、よくお越しくださいました」
お父様の挨拶の声に、ハッと引き戻される。
そしてお父様が頭を下げたタイミングで、私もお兄様も、もう一度頭を下げた。
「あっ」
その時強い風が吹いて、私の持っていた手紙が掌から離れていった。
慌てて頭をあげ、手紙を追おうとしたら、大地が光った。
「……え?」
そこには、先ほどまでいらっしゃった、聖女様も、老齢の男性も、いなかった。
両親も、お兄様も、妹も、使用人も、知った顔は誰一人、いなくなっていた。
しかし、私の周りにはそれに代わって知らない人たちがいる。
古いけれどもやたら豪華そうな服を着た美少年と、それを取り巻く大人たち。
私と同い年くらいで、ポカンとした表情の子たちが、五人くらい。
「ここ……どこ?」
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