龍討伐から帰還したら、三年前に将来を約束した彼女が人妻になっていたので

イセヤ レキ

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1 帰還

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階段の多いごちゃごちゃとした街並みを前に、僕は高揚する気持ちを抑えられずにいた。

やっと。
やっとだ……!!

「おい、足元をよく見て歩けよ」
「うん」

気持ちが先走っているせいか、足をもつれさせながらも慣れ親しんだ地区へと駆ける。

この街までわざわざ付いて来てくれた、戦場を共にした親友のことも忘れて、一目散に。


ああ、様々な匂いが溶け込んだこの街の独特な香り。
露天商の掛け声、街娘さんたちの交わす挨拶、舗装された路地をいく馬車の車輪の音などの喧騒。
街で鬼ごっこやかくれんぼをする子供たち姿も、何一つ変わらない。


走りながらも僕は、胸にぶら下げたお守りをギュッと握りしめた。
三年前に恋人がくれた、僕の宝物。
これを握り締めて、毎日毎日、祈っていた。

龍の討伐から帰還したら直ぐに結婚しようと約束した、彼女の無事を、健康を、幸せを。

このお守りがあったから、僕は大きな怪我もなく帰って来られたんだよって、早く伝えたい。
孤児でもいいからと、一緒に添い遂げる約束をしてくれた大切な彼女に、早く会いたい。

孤児である僕に、家はない。
孤児院で魔法の能力を見出された僕は、十歳からアカデミーの寮が家代わりだった。
十八歳でアカデミーを卒業してからは、ギルドの所有する一室を間借りしていた。
二年間でそれなりにお金を貯めて、アカデミーで一緒だった彼女にプロポーズした。
その矢先にギルドから龍討伐の依頼を受けて、僕の参加に彼女の後押しもあって僕たちの結婚は半年後に延期となった。

――半年で終わるはずだった討伐は、結局蓋を開けてみれば三年もかかってしまったけれど。


僕の足は、彼女の屋敷へと真っ直ぐ向かう。
僕とは違い、商家を営む彼女の実家は裕福で、そんな彼女の両親もこんな僕を受け入れてくれて、感謝しかない。

「はは、お前、龍のブレスから逃げる時より早く走れてるぞ」

置き去りにした、と思っていた親友は、難なく僕のあとを付いてきたらしい。

そりゃあ、戦場に派遣されたといっても僕は支援要員だし、相手は剣も魔法も習得したソードマスターだ。
残念ながら足の長さも違うので、彼にとっては僕のあとを付いてくるのは余裕なのだろうけど。

見知らぬ街で彼を迷子にさせなくて良かったという気持ちと、体力でも速さでも彼には全く敵わないというちょこっと傷つけられたプライドが、僕の心の中で陣地取りをしているようだ。


僕は一軒の屋敷の門の前ではぁ、はぁ、と息を整えた。
そんな僕の横で、彼は涼し気な顔をして「ここか?」と問いかける。
僕はそんな彼に、こくこくと頷くだけで精一杯だ。

すぅ、はぁ、と深呼吸をして、身嗜みを整える。
三年ぶりに会うのに汚らしい印象は与えたくない。
三年前よりは少し鍛えられて、筋肉もついたはずだ。
きちんと髭は剃ったし、髪も身体も入念に洗った。

走ったから、だけではなく、久々に彼女に会える、という期待と、開口一番はなんて声を掛けよう、という緊張が入り混じって、胸の動悸が止まらない。

その時、門の内側からきゃぁ、という可愛らしい幼子の声が聞こえた。

見れば、小さな子どもがトテトテとこちらに向かって歩いて来ている。

可愛い。

孤児院でも、こんな子どもたちの面倒をしょっちゅう見ていたな、と懐かしく思う。
ただ歩いているだけの姿が可愛らしくて、頬が勝手に緩む。

「……ルーマン……?」

その時名前を呼ばれて、僕は視線を子どもからその声のほうへと移した。

「リアナ……!!」

愛しい彼女を見つけた喜びで笑顔になる僕とは対照的に、僕を認識した彼女はどんどん青褪めていく。

なぜ、そんな表情をするのだろう。
僕は内心、首を傾げた。

久々の再会を喜んでくれると思っていたのに、彼女の態度は想像とは違っていて。
むしろ、気まずささえ漂わせている。

「リアナ、久しぶり」
「ルーマン、あなた……生きていたの?」

なぜ、駆け寄ってきてくれないのだろう。
彼女を抱き締めたいのに、鉄でできた門がそれを阻む。
嫌な予感と不安が僕の胸を占有していく。

それをあえて無視して、僕は両手で柵を握り締めながら彼女に声を掛けた。

「うん、この通りだよ」

話したいことが、たくさんある。
遅くなってごめんね、とか。
僕が一カ月に一回送っていた手紙はきちんと届いていたのか、とか。

けれど、次に彼女に話し掛けたのは、僕じゃなかった。

「ママぁ、だあれ?」

先ほどの小さな子どもが、無邪気にそう尋ねたのだ。

「……っぁ、ええと、ママのお友達よ。ごめんなさい、ルーマン……この子は私の、子どもなの」

こちらを真っ直ぐに見る彼女の瞳は、それで全てを察してくれ、と語っていた。

僕が夢見た未来は、世界は、この瞬間に砕けて、散った。
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