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2 失った未来
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「今日は俺が奢る」
「……ありがと」
どうやって彼女の屋敷をあとにしたのか、覚えていない。
ぎこちない対面を果たした僕らだったが、彼女はせっかく顔を出してくれたのだからと屋敷の中へ僕らを招き、僕は一応彼女のご両親にも無事に帰還した旨の挨拶はした。
ご両親からも彼女からも、「戦死の知らせがきた」「手紙も途絶えていた」ということで、行き違いが生じたことを強調された。
彼女は僕が出立して半年後には、他の男性と結婚をしていたという。
一人娘だったから、後継者のことを考えれば仕方がないのかもしれない。
聞けば相手は、下流とはいえとある貴族の三男とのことだった。
おめでとう、とは言えなかった。
失礼のないよう笑みを浮かべ、静かに耳を傾けるだけで精一杯だった。
別れ際、彼女に今、幸せかどうかを尋ねた。
彼女は少し苦しそうに笑って、勿論幸せだと答えた。
ならいいんだ。
彼女が幸せなら、僕に申し訳ないなんて、思わなくていい。
彼女を幸せにすることは、僕の役目じゃなかった……ただ、それだけだ。
「アリスター……僕、普通にできてた?」
「ああ、驚くほど冷静に対処できてたぞ」
弱いから普段は飲まないお酒の瓶が、今の僕の前には五本並んでいる。
「三年間、あの女を想い続けていたお前を、俺は傍でずっと見ていた。本当に偉かったな」
テーブルに突っ伏す僕の頭を、アリスターの大きな掌が撫でる。
龍討伐の依頼を断ってさえいれば、違う未来があったのかもしれない。
ギルド長が困っているとか、メンバーが不足しているとかいう話の前にきっと、僕が孤児であるという引け目を少しでも補おうとして彼女の家族になっても恥ずかしくない功績を残したいと、欲を出しさえしなければ。
だから、自業自得だ。
ぐす、と洟を啜って、腫れた目を擦る。
彼の大きな身体で隠してくれるから、僕は店の一角でひっそりと泣き続けることができた。
「うん……ありがとう、アリスター」
「これから、どうすんだ?」
「わかんない……」
彼女を幸せにしたくて、彼女と一緒に生きていくつもりで、ここまできた。
それ以外の人生なんて、考えたこともなかった。
いや、もしかしたら考えることを放棄していたのかもしれない。
出立してからすぐ、僕が出した手紙への彼女から返事は、届かなくなったのだから。
気づいていながら、気づかないふりをした。
それしか縋りつけるものがなかったから。
自分が何のために龍討伐に参加したのか、何に命を懸けているのか、わからなくなるから。
じわ、とまた涙が滲む。
「本当に、どうしよう……」
またギルドに戻って、今まで通りの生活をしようか。
けれど、ギルドにも彼女との結婚は説明済みで。
龍討伐の依頼を受ける際も、どうしてもと言われたから引き受けるけど、タイミング的に最悪だと愚痴ったら、報酬に色をのせるからと約束してくれたのだ。
結婚祝いを兼ねて……その結果がこれで、恥ずかしすぎる。
報酬はその分も含めて先ほど受け取りに行ったけれど、婚約破棄をされた男とか、知らないうちに婚約者が人妻になっていた男とか、僕の話題は今後ギルド内で酒の肴にされるのだろう。
だったら、もういっそ他の街にでも行こうか。
「なら、俺の国に来いよ」
「え?」
僕は閉じていた瞼を持ち上げ、狭くなった視界の中でアリスターに焦点を定めた。
ぼんやりとした視界の中でもイケメンだとわかる造作をしていて、羨ましい限りだ。
女顔の僕は、どうにも頼りない印象を女性に与えるらしい。
僕もこれだけイケメンだったら、捨てられずに済んだのだろうか。
そうだ、僕は彼女に捨てられた。
僕が死んだという連絡は、普通ギルド経由でされるはずだ。
でも僕はギルドで普通にお帰りなさいと言われ、なんの問題もなく報酬も受け取れたのだ。
彼女は、僕の生死に頓着していなかった。
していたのならば、ギルドに確認するはずだ。
それさえしていれば、僕の生存に気付いただろう。
お金を受け取った時にその事実に気づいてしまい、僕は傷心しているのだ。
仕方がないけれど。
僕に、そこまでの魅力がなかっただけのこと。
「アリスターの国……?」
「ああ。俺の国で、これからも一緒に楽しく過ごそうぜ」
アリスターはそう言って、僕に微笑みかける。
きっと慰めてくれているのだろう。
彼は一見ぶっきらぼうだけど、その実根っこのところが優しい。
仕事で手を組んだ当初は、彼の自由奔放な態度に振り回されっぱなしだった。
女性とみれば、節操なく遊ぶのもどうかと思う。
けれど行動を一緒にして、彼が実力を伴った立派なソードマスターであることや、とろくさい僕を馬鹿にすることなくなんだかんだ付き合ってくれる人であることがわかった。
単なる戦友は、三年の月日を経て親友になった。
僕はこの三年で彼女を失ったけれど、同時にかけがえのない親友を得たのだ。
三年間、僕の惚気を面倒臭そうに、それでも真面目に聞いてくれて。
龍討伐が終わり、討伐隊が解散になったあとも、僕の故郷を一度訪れてみたいと一緒についてきてくれて。
そして今、情けない姿を晒す僕に慰めの言葉をかけるだけではなく、新たな道まで提案してくれて。
「はは、それはいい考えだな。一度行ってみたかったんだ、アリスターの国」
「きっと楽しいぞ」
結婚資金として貯めたお金と今回の討伐の報酬で、一年以上遊んで暮らせる程度の蓄えはある。
アリスターは元々金持ちらしいからお互い路銀の心配はないし、ソードマスターと一緒なら道中もそこまで大変ではないだろう。
真っ暗で先の見えない未来に、明るい道筋がぼんやりと見えた気がした。
「……ありがと」
どうやって彼女の屋敷をあとにしたのか、覚えていない。
ぎこちない対面を果たした僕らだったが、彼女はせっかく顔を出してくれたのだからと屋敷の中へ僕らを招き、僕は一応彼女のご両親にも無事に帰還した旨の挨拶はした。
ご両親からも彼女からも、「戦死の知らせがきた」「手紙も途絶えていた」ということで、行き違いが生じたことを強調された。
彼女は僕が出立して半年後には、他の男性と結婚をしていたという。
一人娘だったから、後継者のことを考えれば仕方がないのかもしれない。
聞けば相手は、下流とはいえとある貴族の三男とのことだった。
おめでとう、とは言えなかった。
失礼のないよう笑みを浮かべ、静かに耳を傾けるだけで精一杯だった。
別れ際、彼女に今、幸せかどうかを尋ねた。
彼女は少し苦しそうに笑って、勿論幸せだと答えた。
ならいいんだ。
彼女が幸せなら、僕に申し訳ないなんて、思わなくていい。
彼女を幸せにすることは、僕の役目じゃなかった……ただ、それだけだ。
「アリスター……僕、普通にできてた?」
「ああ、驚くほど冷静に対処できてたぞ」
弱いから普段は飲まないお酒の瓶が、今の僕の前には五本並んでいる。
「三年間、あの女を想い続けていたお前を、俺は傍でずっと見ていた。本当に偉かったな」
テーブルに突っ伏す僕の頭を、アリスターの大きな掌が撫でる。
龍討伐の依頼を断ってさえいれば、違う未来があったのかもしれない。
ギルド長が困っているとか、メンバーが不足しているとかいう話の前にきっと、僕が孤児であるという引け目を少しでも補おうとして彼女の家族になっても恥ずかしくない功績を残したいと、欲を出しさえしなければ。
だから、自業自得だ。
ぐす、と洟を啜って、腫れた目を擦る。
彼の大きな身体で隠してくれるから、僕は店の一角でひっそりと泣き続けることができた。
「うん……ありがとう、アリスター」
「これから、どうすんだ?」
「わかんない……」
彼女を幸せにしたくて、彼女と一緒に生きていくつもりで、ここまできた。
それ以外の人生なんて、考えたこともなかった。
いや、もしかしたら考えることを放棄していたのかもしれない。
出立してからすぐ、僕が出した手紙への彼女から返事は、届かなくなったのだから。
気づいていながら、気づかないふりをした。
それしか縋りつけるものがなかったから。
自分が何のために龍討伐に参加したのか、何に命を懸けているのか、わからなくなるから。
じわ、とまた涙が滲む。
「本当に、どうしよう……」
またギルドに戻って、今まで通りの生活をしようか。
けれど、ギルドにも彼女との結婚は説明済みで。
龍討伐の依頼を受ける際も、どうしてもと言われたから引き受けるけど、タイミング的に最悪だと愚痴ったら、報酬に色をのせるからと約束してくれたのだ。
結婚祝いを兼ねて……その結果がこれで、恥ずかしすぎる。
報酬はその分も含めて先ほど受け取りに行ったけれど、婚約破棄をされた男とか、知らないうちに婚約者が人妻になっていた男とか、僕の話題は今後ギルド内で酒の肴にされるのだろう。
だったら、もういっそ他の街にでも行こうか。
「なら、俺の国に来いよ」
「え?」
僕は閉じていた瞼を持ち上げ、狭くなった視界の中でアリスターに焦点を定めた。
ぼんやりとした視界の中でもイケメンだとわかる造作をしていて、羨ましい限りだ。
女顔の僕は、どうにも頼りない印象を女性に与えるらしい。
僕もこれだけイケメンだったら、捨てられずに済んだのだろうか。
そうだ、僕は彼女に捨てられた。
僕が死んだという連絡は、普通ギルド経由でされるはずだ。
でも僕はギルドで普通にお帰りなさいと言われ、なんの問題もなく報酬も受け取れたのだ。
彼女は、僕の生死に頓着していなかった。
していたのならば、ギルドに確認するはずだ。
それさえしていれば、僕の生存に気付いただろう。
お金を受け取った時にその事実に気づいてしまい、僕は傷心しているのだ。
仕方がないけれど。
僕に、そこまでの魅力がなかっただけのこと。
「アリスターの国……?」
「ああ。俺の国で、これからも一緒に楽しく過ごそうぜ」
アリスターはそう言って、僕に微笑みかける。
きっと慰めてくれているのだろう。
彼は一見ぶっきらぼうだけど、その実根っこのところが優しい。
仕事で手を組んだ当初は、彼の自由奔放な態度に振り回されっぱなしだった。
女性とみれば、節操なく遊ぶのもどうかと思う。
けれど行動を一緒にして、彼が実力を伴った立派なソードマスターであることや、とろくさい僕を馬鹿にすることなくなんだかんだ付き合ってくれる人であることがわかった。
単なる戦友は、三年の月日を経て親友になった。
僕はこの三年で彼女を失ったけれど、同時にかけがえのない親友を得たのだ。
三年間、僕の惚気を面倒臭そうに、それでも真面目に聞いてくれて。
龍討伐が終わり、討伐隊が解散になったあとも、僕の故郷を一度訪れてみたいと一緒についてきてくれて。
そして今、情けない姿を晒す僕に慰めの言葉をかけるだけではなく、新たな道まで提案してくれて。
「はは、それはいい考えだな。一度行ってみたかったんだ、アリスターの国」
「きっと楽しいぞ」
結婚資金として貯めたお金と今回の討伐の報酬で、一年以上遊んで暮らせる程度の蓄えはある。
アリスターは元々金持ちらしいからお互い路銀の心配はないし、ソードマスターと一緒なら道中もそこまで大変ではないだろう。
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