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生きていく

まさかの帰還

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私は一階のキッチンでパンダの取っ手をしたマイマグカップにココアを入れて、半分程お湯を注ぐ。ぐーりぐり練り練り。
……パンダとか懐かしいな。あっちにも似たような生き物見たけど、尻尾がリスみたいにフサフサでやはり別物だったからなぁ。
フサミミクサビオリスがパンダの様な容姿&大きさになった感じ。目の前にいたら、詰んだ!と思うだろう。あ、マティオスさんは思わないか。尻尾は毛皮で大人気だから、むしろプレゼントしてくれそうだわ……

そんなどうでも良い事をつらつら考えながら、ココアに冷めた牛乳を半分程投下し、あつあつのココアを常温にまで下げる。そしてそれをイッキ飲み。

んー!んまいっ!!

口元を拭いながら、漸く思考をこの異常事態に引き戻す。

……で?何がどうしてこうなったのかな??

あっちの世界では30年経過してたのが、こっちではまさかの0年?

いやいやまさか。
私とマティオスさんが今朝一緒に食べたスープの具だって答えられるし、良い歳したマティオスさんも変わらず毎晩イタス事……つまり昨日の営みすら覚えてます。あ、勿論回数へ減りましたけどね、1日一回に!

……話が逸れたわ、時を戻そう。
……時を、戻そう?もしかして、こっちの時間が戻った??
でも、マーギアーさんの禁書にはそんな事一言も書いてなかった。……いや待てよ?相手は性格の悪いと噂のマーギアーさんだ。わざと書かなかった、とかならありそう?

時間の謎は置いといて、もうひとつ違和感がある。私はリビングのカレンダーを見た。あれから30年も経っているのに、私は今日が何日か知っている・・・・・
そんな事ある?私はサヴァン症候群の様なずば抜けた記憶力なんて持ち合わせていないのに。
日付だけじゃない。
私が今抱えている宿題も、今日・・の昼間に学校で友人と動画の話で盛り上がったのも、しっかり覚えている。
今度期末テストがある事も、進路指導がある事も。
何年もの間すっかり忘れていた初彼の名前は小森君。……月曜日には別れなきゃな。極力問題のない別れ方をしなきゃ。うーん、若い子ってどんな風に何て言って別れるんだろ??他に気になる人がいる、じゃ唐突すぎ?

は!こんな時の為の文明の利器だよスマホさん!!後で調べよう!!

……また思考が脱線したわ。えーと、何で私はこんな昔の事を覚えているの?もしかして、あっちの世界じゃなくて今が夢!?死の間際に、思い残した事が走馬灯の様に……痛いわ。頬おもいっきりつねったら痛いわ。ココアの味がした時点で察するべきだった。

うん、夢じゃない。じゃあ何?
……
…………
………………

わからん。
こんな時ジュードさんがいてくれたら、あっさり正解教えてくれそうなのに。

あー、頭使いすぎで痛いわ。そろそろ寝るか、今は……ふと、時計が目に入って違和感。……違う。私が認識している時間と、ここだけ違う。30分程ずれている。

私は、飛ばされる直前にスマホを見ていた。小森君からの連絡が26件に、明日の返信でも良いかなって考えていて、気分が重かった。だからその時点の正確な時間を知っている。あれから光に包まれて、起きて、両親と話して、一階に降りて、ココア飲んで……今考え事をしていたのを多めに見積もっても、絶対にこんなに時間は経ってない。

30分……私があっちの世界に行ってる間に、30分こちらは経過していた。
私はそう考えて、やっとこのカラクリに気付いた。

何故、時間の流れ方が同じだと思い込んだのか!!
そうだ、異世界なんてとんでもないところで、地球と時間の流れが同じだとは限らない。
あっちの世界は、こっちの30分だったんだ……!!
じゃあ、エイヴァさんは?エイヴァさんは、部屋から出た様子がなかった。手に握っていた筈のスマホがテーブルの上に移動した以外、取り立てて物を触った形跡もない。当然だ。エイヴァさんは、60分で帰還する予定だったんだから。きっと、寝たんだ。暇だから、寝た。60分で戻れると信じて、時間の流れが一緒だと信じて──!!

マーギアーさんとは会った事ないけど、異なる世界で時間の流れが違う事は知っていたんだろうか?そもそも、時間の流れが違うのであれば、時間軸すら同じとは限らない。は私がエイヴァとして死んだ世界からすると、未来かもしれないし、過去かもしれない。

……なんて事だろう。
エイヴァさんは、私と入れ替わりなんてしなければ、真っ当に自分の人生を歩んだ筈なのに。何で、あんな事をしてしまったんだろう……!!
問い掛けても、答えはない。エイヴァさんは、もういない。何も知らず、ただ、身体と共にエイヴァさんも亡くなるだけだ。
代わりに、私は二人分の人生を歩む。入れ替わる事も、人生を2回謳歌する事も、私が望んだ事ではないのに後味が悪すぎて、涙が溢れた。
エイヴァさんは、自分の罪を懺悔する時間も、悔いる時間も与えて貰えなかったんだ。生きていたとして、それをしたかどうかはわからないけど。


身体と魂の結び付きは強い、と呪詛の書物に書いてあった。あちらの世界で私がエイヴァさんの身体を受け入れた時、身体に刻まれた呪詛がらみの物事を夢に見る様になったけど、今回はその逆だ。正しい身体に正しい魂が戻ってきたから、自分の身体だと鏡を見て認識した際、違和感なくこちらの世界の記憶が魂に引き戻されたんだろう。
ちょっと違うかもしれないけど、概ねそんな感じな気がする。


それにしても、辛い。3人にした仕打ちを思えばエイヴァさんを好きにはなれないけど、直ぐに元の世界に戻れると信じて何も疑わずに禁呪詛を行ったエイヴァさん。因果応報といえばそれまでだけど、でも……やるせない。もう少し、禁書庫の書物の呪詛が何故禁じられているのか考えてくれれば、こんな事にはならなかったかもしれないのに……


「……紗綾?大丈夫?まだ眠れないの?」
お母さんの声が後ろから掛かり、びっくりする。
「だ、大丈夫!もう寝る」
咄嗟に涙をジャージの裾で拭いて、コップを持って立ち上がった。
「甘いもの飲んだら、きちんと歯を磨くのよ」
「は~い」

懐かしいやりとりにホッとした。昔はいちいち言わなくてもわかってるよ!なんて思ってたのに、言いたくなるんだよね、親は!!
洗面所に行って、洗口液……はないから歯ブラシでゴシゴシ磨いた。おぉ、これこれこの感触だよ!!
久々すぎる歯磨きにじーん、と嬉しく思う。

……本当に、帰ってきたんだ。
私、帰ってきた。

マティオスさんや子供達や孫達とは一生会えない寂しさは、勿論ある。
滅茶苦茶ある。マティオスさん、泣き暮らしてないかな……!
でも、あっちの世界では死ぬまで人生やり遂げたし、後悔のない日々を過ごした自信がある。

未練ありまくりだったこっちの世界。両親に感謝を伝えられる事が何より嬉しい。エイヴァさんに奪われた未来だと思っていたのに、蓋を開ければ私がエイヴァさんの人生を奪う形になるなんて、思ってもいなかった。


その日はなかなか寝付けず結局徹夜してしまい、翌日土曜日。
頭を切り替えたくて、夜中には入れなかったシャワーでも浴びようと洗面所兼脱衣場でジャージを脱ぐ。

日本は脱衣場も狭いわー。……と、いい加減お父さんに知られたらひっそり涙されそうな事は考えるのやめよう。これが常識、常識。

風呂場に入ろうとして鏡に映った自分が視界に入り、私はその場に立ち止まった。
自分ではなかなか見る事のない、太腿の後ろ側。そこには確かに、うっすらと禁呪詛の紋の痕が残っていて。……あれ?これから私、銭湯や温泉に入れなくない?とちょっと考えてしまった。
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