それはもう、終わった恋だから

イセヤ レキ

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「静流……!」

居酒屋から出たところで静流の腕を掴んだのは、静流が忘れたくても忘れられない大切だった人……そして、同窓会で皆が話題を避けた人物だった。

鳴田なりた汰一たいち
この同窓会にいる誰もが知る静流の元カレであり、初カレであり……連絡を切って六年は経過している相手である。

「……あれ?」
静流は目の前の存在をぼうと眺めて、首を軽く傾げる。
夜だというのに、相変わらず太陽のように明るく人目を惹く汰一。

目の前にいるのが、汰一だとは思えなかった。
彼がこの同窓会にいないと聞いたから参加したのだし、そもそも汰一が自分を振ったのだ。
その汰一が、なぜ自分に話し掛け、そして腕を掴んでいるのだろう。
そう思ったから、反応に遅れた。

「……今日は、来ないんじゃ」

ぽつりと呟く。

「仕事だったから、不参加で連絡した。でも、静流が来ているって聞いて、慌てて駆け付けた」

そう話す汰一の額には、夜だというのにしっとりと汗が滲んでいる。
そしてまだ整えることもままならない状態の、荒い息。

そこでようやく静流は、相手が本当に汰一本人であることを認知した。

自分の腕を掴むのは、静流の勘違いでも幻覚でもなんでもないことを。
何度も夢に出て来て苦しめてきた相手が、現実として目の前にいることを。

その瞬間、どす黒い嫌悪感が静流の胸を占領した。
掴まれていた腕を振り払うと、ギッと汰一を睨みつける。
そうしなければ、手が震えそうで嫌だった。

「……そうなんだ。お仕事、お疲れ様。でも僕はもう、帰るから」

顔を背け、掠れないように、動揺を悟られないように、平坦な声でポツリと呟く。

「静流……」

それなのに、汰一の深い悲しみを含んだ声で名前を呼ばれ、静流は思わず心配になりその顔をちらりと見てしまう。

なんでお前が、そんな辛そうな顔をしているんだよ。
お前にそんな権利はないのに。
僕を捨てたのは、お前のほうなのに。

その時静流は、同級生たちがハラハラしたような顔で自分たちを見ているのに気づいた。
特に陽那樹は静流に声を掛けて助けようかどうか悩んでいるみたいで、海霧はその腕を掴んで自分に引き寄せ、部外者は口出しをしないほうがいいと傍観者の立場であることを決めているようだ。

「ごめん、少しだけ話していくから、先に帰ってていいよ。またね、二人とも」
「静流……」
「大丈夫だよ、陽那樹。海霧も、また」
「ああ、お疲れ」

ちらちらとこちらを気にしながら去って行く同窓会メンバーに軽く手を振りつつ、笑顔でその背中を見送る。

「……静流」

全員がいなくなると、泣きそうな顔をした汰一がその手を静流の頬にそっと伸ばす。

いったいこの手に、何度優しく触れられただろう。
頬だけではなくて、それこそ身体中の全て、この手が触れなかったところはないのかもしれない。

けれどもそれは、過去のこと。
それはもう、終わった恋だから。

静流はそれが触れる前に思い切り叩き落とす。
温厚で穏やかな「しずせんせい」は見る影もなく、瞳の奥底には憎悪に似た怒りだけが揺らめいて見えた。
怒りを浮かべた瞳すらも美しいと目の前にいる相手が感じていることなんて露ほども思わないまま、静流ははっきりとした声で拒絶する。

「触らないでくれる?」
「静流」
「いっとくけど僕、鳴田の話し相手をするほど暇じゃないから。わざわざ時間をかけて赤の他人の話を聞かなきゃいけないなら、お金取るよ」
「静流……!」

汰一は静流に叩き落された手をグッと握りながら、瞳を閉じて眉間に皺を寄せる。

汰一はいつも、即断即決だ。
悩むのは一瞬で、次に目を見開いた時には、気持ちが決まっている。

そんな一瞬で過去の僕は捨てられたのだ、と思う静流には、乾いた笑いしか出ない。

「わかった。俺が静流の時間を買うから、ひとまずホテルに入ろう。話がしたい」
「そう? ……じゃあ先払いで五万ね」
「ああ」

わざと嫌味を言ったのに、なんの躊躇もなく五万を手渡された静流ははぁ、と溜息を吐いた。
汰一は逃げられないようにか、そんな静流の腕をぐっと掴む。

「ちょっと、放してよ」

そんなことをしなくても、僕は逃げやしないのに。
逃げたのは……汰一のほうなのに。

二人はそのまま、なんの情緒も躊躇もなくホテルの一室に連れ立って入った。
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