それはもう、終わった恋だから

イセヤ レキ

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いつだって、ずっと一緒にいてくれと言っていた汰一が、言うわけのない言葉。
でも、目の前にいるのは確かに汰一で。

今まで見たことのない絶望したような表情を浮かべて、いつも真っ直ぐに人の瞳を見つめる顔を俯かせて、歯切れ悪くぽつぽつと話す恋人。

「やっぱり子供は、欲しいだろ」
「……は?」

汰一の絞り出すような言葉に、静流は顔を歪めた。

静流は子供が好きだ。
だから、この中高一貫の男子校の進路としては珍しく、保育士の資格を卒業と同時に取ることが出来る大学への進学を決めたのだ。

「そりゃ、子どもは好きだし、欲しいけど」

汰一と一生一緒にいると決めた時点で、自分の人生に子どもは望めないし、望まないから。
だから自分の人生に、たくさんの子供たちと触れ合う機会を投入したのだ。
汰一のほうが大事だと、大事にしたいと、思ったから。

なのに、どうして今更。

知らずぼたぼた、と溢れた涙が滴り落ちて、静流の足元に小さな水溜まりを作った。

「僕と付き合っていた時点で、一生一緒にいようって言った時点で、そんなことはわかってただろ」
「わかってた、つもりでいた」
「わかってたつもりって……」

なんでだよ。
なんで、急に。
自分はそれでもいいって、構わないって、覚悟を決めたのに。

流れる涙を抑えることが出来ない静流の顔には、幾筋もの涙が滝のように流れた。
何が汰一の考えを変えたのか、理解できなかった。

「本当に、ごめん。今まで、悪かった」
「……っ」

悪かった、なんて言って欲しくなかった。
一緒にいて楽しかったのは、一緒に過ごした時間を宝物のようだと思っているのは、まるで静流ただひとりのように感じたから。


目の前にいる、誰よりも近かった汰一が、急に遠く感じた。
そうか。
覚悟を決めていたのは、自分だけだったのか。


いくらでも不妊だってある時代、たとえ女性と結ばれたって子どもは出来ないかもしれないのに。
そんな不確定な要素で、切り捨てられるような存在だったってことか。


そのことに気付いた瞬間、静流の頬に流れていた涙が、ピタリと止まった。
それは、汰一への想いも断ち切られた瞬間だった。

ぷつり、と綺麗に切れたのではない。
それは捻り千切られたような無残な切り口で、止まった涙のかわりにそこからぼたぼたと血が滴り落ちるているかのような、酷い痛みを伴っていた。


「そう、わかった」

自分でも驚くような冷たい声が、静流の口から零れる。

パッと弾かれたように顔を上げた汰一が目にしたのは、もうなんの感情も映さない瞳でただ目の前の景色を投射する、能面のような静流の顔だった。

「静流」
「話はそれだけ? じゃあ、僕はもう行くから」


二人はそうして、別れたのだった。



***



「それで、話って何?」

当時の胸を抉られるような感覚は、もうない。
それでも、全身で汰一を意識してしまう自分の弱さが、静流は嫌だった。

しかし、あまりにもとげとげした態度はまるで当時の気持ちを引き摺っているように見えてしまうかもしれない。
そう思い直した静流は少しだけ雰囲気を和らげる努力をする。

「ビール、飲んでもいい?」

ラブホテルに入るのかと思えばビジネスホテルですらないこの大きな駅周辺で一番高いラグジュアリーホテルに汰一が部屋を借りて、静流は内心驚いた。
初めて入室した豪奢な造りの室内に、あえて心を向ける。

「ああ、勿論。静流はビール派?」
「うん。でも休みの前の日だけね。普段は飲まないよ」

酒臭い、と園児に思わせたくないからだ。

静流にとってそれは、ごく当たり前のことだ。
怪我をさせたくないから爪も短くキープしておくし、絆創膏やシールはいつも持ち歩く癖がついている。

「そっか。偉いな」
「別に偉くもなんともないけど」

こんな会話を続けるなら、さっさと帰りたい。

そう思いながら静流は、ホテル窓から見える夜景を見下ろしながら、プシュ、と小気味いい音を立てて開けた缶ビールに口をつける。

部屋を借りた汰一への当てつけに普段は飲まないお高めのビールを開けてやったのだが、喉越しはいいはずなのに味がしない。
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