1 / 32
1 日常の崩壊
しおりを挟む
「お兄様は──!……え?」
玉座の間で、人が遠巻きにその中心にある椅子を見ていた。
正確には、椅子ではなく、一人立ったまま強烈な存在感を放つ人と、その床に転がりぴくりとも動かない元人だ。
「……っっ」
ひゅ、と喉の奥で吐き出すべき空気が詰まった気がする。
「公女様!」
「誰だ、公女様をお通ししたのは……!!」
真っ赤なフカフカの絨毯を、私は両手を伸ばしてふらふらと歩いた。
上手く歩けないのは、長い毛足が靴に絡まるからなのか、それとも──明らかに事切れた家族が、目の前に倒れているからか。
いつも「公女様」と笑って私を可愛がってくれる家臣達は、皆一様に気まずそうに目を逸らす。
ねぇ、何故私の家族はあんなに真っ赤に染まって寝ているの?
……誰か、冗談だと言ってくれないの?
私にただ一人、背中を向けていた逞しい身体つきの男が血の滴る剣を握ったまま、振り向いた。
男の身体も赤く染まっていたが、それが全て返り血であることは、その男の様子で直ぐにわかる。
「公女……?」
「……はい。この公国の一人娘、エフィナです。お久しぶりです、ロイアルバ様」
場違いであることは重々承知で、私はその男に対して最敬意の礼をとる。
いつ何時でも、相手に動揺を見せてはいけない。声は震わせない。
そう、お母様から習った。
そのお母様は、自分が刺された時も、声を震わせなかったのだろうか。
そうして礼をとった後、私は殺意を込めてその男を睨んだ。
目の前にいるのは、我が公国へと隣国から遣わされた使者。
我がグシャナト公国よりもずっと大きな国である隣国、リンダンロフ帝国の第一王子だ。
以前は一年に一度外交に来られていたものだが、最近はめっきり姿を見なかった。
グシャナト公国は、元々リンダンロフに良い印象を持っていない。
大国ではあるが、悪魔と取引しているだの何だの、公国内では色々な噂が飛び交っていた。
私は昔、少し話したくらいで、リンダンロフに対してあまり悪い印象はなかったのだが、我が公国の君主であるお父様とお母様は、この男のことを脳筋の筋肉ダルマと揶揄していた。
その時はあまりにも失礼だと思っていたけれども──まさか本当に、悪魔だったとは。
「ロイアルバ様、これはどういうことか……ご説明願えますか?」
私が睨みつけたままそう言えば、男はわざとらしく肩を竦めた。
「うん? 見ての通りだ。君の両親はこの通り私に討ち取られたので、これからこの公国は我が国の属国となる……いや、元々我が国から自治国として独立したのだから、元に戻るだけか?」
確かに、グシャナト公国はリンダンロフ帝国から独立している。
けれどもそれは、百年も昔のこと。
一国の主を殺しておいて、元に戻るだけとは、随分乱暴な発言だと私は握り拳を作った。
玉座の間で、人が遠巻きにその中心にある椅子を見ていた。
正確には、椅子ではなく、一人立ったまま強烈な存在感を放つ人と、その床に転がりぴくりとも動かない元人だ。
「……っっ」
ひゅ、と喉の奥で吐き出すべき空気が詰まった気がする。
「公女様!」
「誰だ、公女様をお通ししたのは……!!」
真っ赤なフカフカの絨毯を、私は両手を伸ばしてふらふらと歩いた。
上手く歩けないのは、長い毛足が靴に絡まるからなのか、それとも──明らかに事切れた家族が、目の前に倒れているからか。
いつも「公女様」と笑って私を可愛がってくれる家臣達は、皆一様に気まずそうに目を逸らす。
ねぇ、何故私の家族はあんなに真っ赤に染まって寝ているの?
……誰か、冗談だと言ってくれないの?
私にただ一人、背中を向けていた逞しい身体つきの男が血の滴る剣を握ったまま、振り向いた。
男の身体も赤く染まっていたが、それが全て返り血であることは、その男の様子で直ぐにわかる。
「公女……?」
「……はい。この公国の一人娘、エフィナです。お久しぶりです、ロイアルバ様」
場違いであることは重々承知で、私はその男に対して最敬意の礼をとる。
いつ何時でも、相手に動揺を見せてはいけない。声は震わせない。
そう、お母様から習った。
そのお母様は、自分が刺された時も、声を震わせなかったのだろうか。
そうして礼をとった後、私は殺意を込めてその男を睨んだ。
目の前にいるのは、我が公国へと隣国から遣わされた使者。
我がグシャナト公国よりもずっと大きな国である隣国、リンダンロフ帝国の第一王子だ。
以前は一年に一度外交に来られていたものだが、最近はめっきり姿を見なかった。
グシャナト公国は、元々リンダンロフに良い印象を持っていない。
大国ではあるが、悪魔と取引しているだの何だの、公国内では色々な噂が飛び交っていた。
私は昔、少し話したくらいで、リンダンロフに対してあまり悪い印象はなかったのだが、我が公国の君主であるお父様とお母様は、この男のことを脳筋の筋肉ダルマと揶揄していた。
その時はあまりにも失礼だと思っていたけれども──まさか本当に、悪魔だったとは。
「ロイアルバ様、これはどういうことか……ご説明願えますか?」
私が睨みつけたままそう言えば、男はわざとらしく肩を竦めた。
「うん? 見ての通りだ。君の両親はこの通り私に討ち取られたので、これからこの公国は我が国の属国となる……いや、元々我が国から自治国として独立したのだから、元に戻るだけか?」
確かに、グシャナト公国はリンダンロフ帝国から独立している。
けれどもそれは、百年も昔のこと。
一国の主を殺しておいて、元に戻るだけとは、随分乱暴な発言だと私は握り拳を作った。
152
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
絵麻
恋愛
桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。
父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。
理由は多額の結納金を手に入れるため。
相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。
放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。
地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる