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「ああ、行ってしまったわね、緋色様……」
光とともに二人の人間が消えた移動陣の辺りを見ながら、聖女ローラはポツリと呟く。
この世界ではまずお目にかかれない、神秘的な黒目黒髪の勇者緋色。
どこか浮世離れした雰囲気の中性的な美しさを持っており、エシャールの牽制がなくとも王女であるのにおいそれと話し掛けることが出来なかった。
性格は控え目で、とても穏やか。
平和な世界からやってきたという通り血を見るのが苦手で、ひとりにすれば直ぐ騙され売られてしまうだろうと想像に難くない、お人好し。
人を疑うことを知らない、美しい心と容姿を持った勇者と、本当はもっと親しくなりたかった。
けれども、緋色に対して無駄に近づこうものなら、エシャールがどんな行動に出るかわからない。
だから三年の間、しっかりと距離を置いて、勇者を見守ってきた。
聖女は本来、手を翳して傷を癒すのだが、緋色に対してそれをすることは許されなかった。
許されるのは、旅の合間に精製した超回復薬をエシャールに渡すことだけ。
緋色にそれを使用するのはエシャールだったし、そもそも緋色への攻撃はエシャールが全て遮り完璧に守っていたから、その回復薬すらせいぜい緋色個人で動いてついてしまった擦り傷に使われる程度だった。
「仕方がないわよ、緋色様が召喚された時点で、こうなることは決まっていたようなものよ」
「それは、そうだけれども」
ため息と共にそう言った王女セーラと、残念そうな顔で同意する聖女ローラの腰から、「ご無礼を失礼いたしました」と言いながら戦士のカヌイと護衛騎士のウィランが手を外す。
彼ら二組のカップルは正確には恋人同士ではなく、エシャールに命じられてそのようなフリをしていたのである。
「エシャールが本気を出せば、私たちにはどうすることも出来ませんから」
何にも興味を示さなかった、世界で一番の魔力量を誇るエシャールがはじめて笑顔を見せたのは、緋色の召喚に成功した日だった。
召喚された緋色に嬉々とした様子で近づくエシャールを見て、その場にいた者達は皆我が目を疑ったものだ。
「次の魔王候補ですしね」
「本当に、厄介なやつらだよ。魔術師ってのは」
エシャールの前の筆頭魔術師が、愛する人を失って魔王と化した。
こうして十数年に一度、我を失った魔術師が魔力の暴発によって魔物を動かし、魔王となる。
力の弱い魔術師であってもリミッターが外れた状態の能力は数十倍に膨れ上がるので、それが筆頭魔術師ともなれば世界の災厄となり得るのだ。
世界に数えるほどしかいない魔術師は、その個々の能力の高さから、国の抱える一軍に匹敵する強さを保有する。
そんな魔術師を亡き者にしようとする者たちもいるが、この国のように抱え込んでおく支配者層も多いのだ。
魔術師たちは基本、そのスキルを魔力に全振りしているせいか、感情に乏しい。
だから権力にも頓着しないのだが、唯一執着するのが、自分が召喚した相手だと言われている。
「緋色殿はエシャールのアキレス腱だからな。囲っておかないと不安なんだろ」
「そうだな。普段からひとりじゃないと絶対に寝ないやつが、旅の間中、緋色様とはテントもずっと一緒だったしな」
カヌイとウィランはそう言いながら、テントには毎回しつこいまでの保護魔法と防音魔法がかけられていたことを思い出した。
保護魔法に関してはよくわかるが、果たして防音魔法をかける必要はあったのだろうか。
「エシャールが緋色殿を特別に思っていることは違いない。緋色殿がいる限り、この世界は平和だろうよ」
「ああ、そうだな。本当にありがたいことだ」
深く考えてはいけない。
二人の男はそう判断して、二度とその姿を見ることはないであろう勇者の幸せを陰ながら祈った。
光とともに二人の人間が消えた移動陣の辺りを見ながら、聖女ローラはポツリと呟く。
この世界ではまずお目にかかれない、神秘的な黒目黒髪の勇者緋色。
どこか浮世離れした雰囲気の中性的な美しさを持っており、エシャールの牽制がなくとも王女であるのにおいそれと話し掛けることが出来なかった。
性格は控え目で、とても穏やか。
平和な世界からやってきたという通り血を見るのが苦手で、ひとりにすれば直ぐ騙され売られてしまうだろうと想像に難くない、お人好し。
人を疑うことを知らない、美しい心と容姿を持った勇者と、本当はもっと親しくなりたかった。
けれども、緋色に対して無駄に近づこうものなら、エシャールがどんな行動に出るかわからない。
だから三年の間、しっかりと距離を置いて、勇者を見守ってきた。
聖女は本来、手を翳して傷を癒すのだが、緋色に対してそれをすることは許されなかった。
許されるのは、旅の合間に精製した超回復薬をエシャールに渡すことだけ。
緋色にそれを使用するのはエシャールだったし、そもそも緋色への攻撃はエシャールが全て遮り完璧に守っていたから、その回復薬すらせいぜい緋色個人で動いてついてしまった擦り傷に使われる程度だった。
「仕方がないわよ、緋色様が召喚された時点で、こうなることは決まっていたようなものよ」
「それは、そうだけれども」
ため息と共にそう言った王女セーラと、残念そうな顔で同意する聖女ローラの腰から、「ご無礼を失礼いたしました」と言いながら戦士のカヌイと護衛騎士のウィランが手を外す。
彼ら二組のカップルは正確には恋人同士ではなく、エシャールに命じられてそのようなフリをしていたのである。
「エシャールが本気を出せば、私たちにはどうすることも出来ませんから」
何にも興味を示さなかった、世界で一番の魔力量を誇るエシャールがはじめて笑顔を見せたのは、緋色の召喚に成功した日だった。
召喚された緋色に嬉々とした様子で近づくエシャールを見て、その場にいた者達は皆我が目を疑ったものだ。
「次の魔王候補ですしね」
「本当に、厄介なやつらだよ。魔術師ってのは」
エシャールの前の筆頭魔術師が、愛する人を失って魔王と化した。
こうして十数年に一度、我を失った魔術師が魔力の暴発によって魔物を動かし、魔王となる。
力の弱い魔術師であってもリミッターが外れた状態の能力は数十倍に膨れ上がるので、それが筆頭魔術師ともなれば世界の災厄となり得るのだ。
世界に数えるほどしかいない魔術師は、その個々の能力の高さから、国の抱える一軍に匹敵する強さを保有する。
そんな魔術師を亡き者にしようとする者たちもいるが、この国のように抱え込んでおく支配者層も多いのだ。
魔術師たちは基本、そのスキルを魔力に全振りしているせいか、感情に乏しい。
だから権力にも頓着しないのだが、唯一執着するのが、自分が召喚した相手だと言われている。
「緋色殿はエシャールのアキレス腱だからな。囲っておかないと不安なんだろ」
「そうだな。普段からひとりじゃないと絶対に寝ないやつが、旅の間中、緋色様とはテントもずっと一緒だったしな」
カヌイとウィランはそう言いながら、テントには毎回しつこいまでの保護魔法と防音魔法がかけられていたことを思い出した。
保護魔法に関してはよくわかるが、果たして防音魔法をかける必要はあったのだろうか。
「エシャールが緋色殿を特別に思っていることは違いない。緋色殿がいる限り、この世界は平和だろうよ」
「ああ、そうだな。本当にありがたいことだ」
深く考えてはいけない。
二人の男はそう判断して、二度とその姿を見ることはないであろう勇者の幸せを陰ながら祈った。
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