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1章 ローヌの決闘
20.パニシエの名医
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パニシエは、今までの村の中でも一番大きな村だとすぐに感じた。
人出も多く、村の中央には井戸があって水を求めて並んでいる姿を見かけた。
村の中央には、2階建ての大きな建物があった。病院なのだろう、トーチに続いて入ると独特の薬草の匂いがした。
建物の中に個室はなく、患者は整然と並べられているベットの上に横たわっていた。
その一つに、トーチの父親がうめき声を上げて横になっていた。片手で腰の辺りを抑え、苦しんでいる。
「トーチ!」
「母さん、もう大丈夫、例の医者を連れてきたから。」
ハードルあげないで。医者じゃないって言ってるだろー!
と思うが、トーチの母親らしき女性に丁寧に頭を下げられ、すがるような目で見つめられると、訂正することができなかった。
トーチの父親を見てすぐに急性腰痛症、つまりぎっくり腰だと思った。内臓疾患の可能性もゼロではないが、確率的にはぎっくり腰であることのほうが多い。
村長と聞いていたがトーチの父親は思ったより若かった。白い毛は混じっているが大半の髪の色は黒かった。肉付きもよく肌の様子からしても壮年期。つまり、働き盛りのおっさんということだ。
「どうだ?! この痛がり方、魔獣に噛まれた時だってこんなに痛がることはなかったのに…。」
この人、そんな危険なことするおっさんなんだ…。
「いやいや、たぶん魔獣に噛まれるより痛いと思う。なった人しかわからない激痛らしいから。」
「治るか?」
「残念だが、治し方は無いんだ。痛みが引くのを待つしか無い。」
日本なら痛み止めや神経を麻痺させる注射などがあったが、この世界にはない。
「なに! 嘘だと言え!」
「やめなさい!トーチ!」
トーチがオレに掴みかかったところで、母親がトーチを止めた。
「私は覚悟はできてます。一緒に、見守りましょう。ウウウウ」
「母さん。ウウウウ」
声を上げて泣き崩れる母と子。
おい。。。ぎっくり腰で死ぬことはないぞ。。。
なんて感情的な親子なんだ。
そんな親子には構わず、トーチの父親の世話をしている女がいた。苦しむ父親の汗を拭いたり、腰に当てられた布を取り替えたりしている。布は桶の水に浸され、軽く絞ってから、再び腰に当てられていた。
オレは不思議に思い、桶の水に触れてみた。とても冷たかった。
「ちょっと待った。この水は変えたほうが良い。お湯にしたほうがいい」
「なんだって? お前は人によって、『水』か『お湯』かを決めるのか?」
トーチが不満そうにいった。
何言っているんだろう?
「ベスネでお前が助けた子は、冷たい水で痛みが引いたと聞いたぞ。」
「あ、なるほど。それで間違えたのか。」
オレは、トーチの父親の腰に当てられていた冷たい布を取り去り、自分の手を腰の患部に当てた。
「うっ!」
父親がうめいたので「何をする!」と、トーチが怒った。
「ううう…。気持ちいい…。」
それまで苦悶の表情を見せていたトーチの父親の表情が初めて緩んだ。
「弱った筋肉は温めたほうがいいんだ。腰の筋肉は弱りやすい。だから、何かの弾みで腰痛が起きるんだ。
逆に骨折や打撲のときとは健康な筋肉が痛むから熱が出る。だから冷やしたほうが良い。
試しにここを触ってみてくれ。」
トーチは、父親の腰の皮膚に手を置いて驚いた。
「冷たい…。」
「筋肉が弱っているから冷たいし痛みも引かないんだ。温めて様子をみて、痛みがやわらいだら、リハビリ、、、じゃなくて、軽い運動をして腰周りの筋肉を鍛える。
そうすると予防になるんだ。」
「わ、わかった。ありがとう。」
トーチは、父親の腰をさすって温め始めた。母親は、お湯を用意しにいった。
オレは、二人に何度も感謝された。
これで、パニシエでの仕事は終わりだと思ったのだが、終わらなかった。
ここは病院。
「俺も見てくれ。」
「うちの主人も見てくれませんか」
「先生、ぼくの母さんを助けて!」
患者や患者の家族に懇願され、更には病院内の医官までもが「お願いします」と言い始めたので、逃げられなくなった。
「オレがわかる症状だけです」
骨折、打撲、筋肉や関節の異常については、まるで専門医のようにオレが担当することになってしまった。
そのうち、止血のための患部の布当てもオレが行うようになり、医官たちに習って他の治療も手伝うようになってしまう。
オレは、結局、この村で数日間も滞在することになり、その間にも『医者』として名声が上がっていった。
ローヌ中の怪我人がオレの治療を求めてパニシエに訪れるようになり、毎日が大忙しだった。
はじめのうちは病院で寝泊まりしていたが、ある日、治療中のトーチの父親が空き家をリフォームしたと言って、戸建ての家をくれた。
「この腰のコルセットのおかげで、ようやく一人で歩けるようになりました。
病院内ではできないこともあるでしょう。
ぜひ、この家を使ってください。」
丁重に断ろうとしたが、ずっと病院内で生活するわけにも行かず、結局、オレはその家に住むことになってしまった。
早速、その家で必要な道具や材料を揃えて、装具の作成も開始した。
「コルセットが必要なお年寄りが、二人待っている。
手首のサポーターは予備であと3つは欲しい。」
と、病院で仕事がないときは自宅で装具作りに励んだ。
治療以外の依頼も多かった。
オレが大きな熊を仕留めたという話を聞いた村人から、近くで出た魔獣や獣を倒してほしいと言われ、討伐に出かけたのがきっかけだった。
最初の頃は討伐自体にはあまり興味はなかった。それで怪我人が減るならばと思うくらいだった。
だが、魔獣や獣から回収できる素材が装具作りに役立つことがわかったので、話があれば討伐にも進んで出かけるようになった。
どの魔獣も獣も、クルジの熊ほど強くなく倒しやすかった。伊達に戦闘訓練を受けてきたわけでないようだ。
こうやって日時がまたたく間に過ぎていき、オレは『潜入』という当初の役目も忘れてしまっていた。
オレは『パニシエの名医』と呼ばれるようになり、充実した日々を過ごした。
人出も多く、村の中央には井戸があって水を求めて並んでいる姿を見かけた。
村の中央には、2階建ての大きな建物があった。病院なのだろう、トーチに続いて入ると独特の薬草の匂いがした。
建物の中に個室はなく、患者は整然と並べられているベットの上に横たわっていた。
その一つに、トーチの父親がうめき声を上げて横になっていた。片手で腰の辺りを抑え、苦しんでいる。
「トーチ!」
「母さん、もう大丈夫、例の医者を連れてきたから。」
ハードルあげないで。医者じゃないって言ってるだろー!
と思うが、トーチの母親らしき女性に丁寧に頭を下げられ、すがるような目で見つめられると、訂正することができなかった。
トーチの父親を見てすぐに急性腰痛症、つまりぎっくり腰だと思った。内臓疾患の可能性もゼロではないが、確率的にはぎっくり腰であることのほうが多い。
村長と聞いていたがトーチの父親は思ったより若かった。白い毛は混じっているが大半の髪の色は黒かった。肉付きもよく肌の様子からしても壮年期。つまり、働き盛りのおっさんということだ。
「どうだ?! この痛がり方、魔獣に噛まれた時だってこんなに痛がることはなかったのに…。」
この人、そんな危険なことするおっさんなんだ…。
「いやいや、たぶん魔獣に噛まれるより痛いと思う。なった人しかわからない激痛らしいから。」
「治るか?」
「残念だが、治し方は無いんだ。痛みが引くのを待つしか無い。」
日本なら痛み止めや神経を麻痺させる注射などがあったが、この世界にはない。
「なに! 嘘だと言え!」
「やめなさい!トーチ!」
トーチがオレに掴みかかったところで、母親がトーチを止めた。
「私は覚悟はできてます。一緒に、見守りましょう。ウウウウ」
「母さん。ウウウウ」
声を上げて泣き崩れる母と子。
おい。。。ぎっくり腰で死ぬことはないぞ。。。
なんて感情的な親子なんだ。
そんな親子には構わず、トーチの父親の世話をしている女がいた。苦しむ父親の汗を拭いたり、腰に当てられた布を取り替えたりしている。布は桶の水に浸され、軽く絞ってから、再び腰に当てられていた。
オレは不思議に思い、桶の水に触れてみた。とても冷たかった。
「ちょっと待った。この水は変えたほうが良い。お湯にしたほうがいい」
「なんだって? お前は人によって、『水』か『お湯』かを決めるのか?」
トーチが不満そうにいった。
何言っているんだろう?
「ベスネでお前が助けた子は、冷たい水で痛みが引いたと聞いたぞ。」
「あ、なるほど。それで間違えたのか。」
オレは、トーチの父親の腰に当てられていた冷たい布を取り去り、自分の手を腰の患部に当てた。
「うっ!」
父親がうめいたので「何をする!」と、トーチが怒った。
「ううう…。気持ちいい…。」
それまで苦悶の表情を見せていたトーチの父親の表情が初めて緩んだ。
「弱った筋肉は温めたほうがいいんだ。腰の筋肉は弱りやすい。だから、何かの弾みで腰痛が起きるんだ。
逆に骨折や打撲のときとは健康な筋肉が痛むから熱が出る。だから冷やしたほうが良い。
試しにここを触ってみてくれ。」
トーチは、父親の腰の皮膚に手を置いて驚いた。
「冷たい…。」
「筋肉が弱っているから冷たいし痛みも引かないんだ。温めて様子をみて、痛みがやわらいだら、リハビリ、、、じゃなくて、軽い運動をして腰周りの筋肉を鍛える。
そうすると予防になるんだ。」
「わ、わかった。ありがとう。」
トーチは、父親の腰をさすって温め始めた。母親は、お湯を用意しにいった。
オレは、二人に何度も感謝された。
これで、パニシエでの仕事は終わりだと思ったのだが、終わらなかった。
ここは病院。
「俺も見てくれ。」
「うちの主人も見てくれませんか」
「先生、ぼくの母さんを助けて!」
患者や患者の家族に懇願され、更には病院内の医官までもが「お願いします」と言い始めたので、逃げられなくなった。
「オレがわかる症状だけです」
骨折、打撲、筋肉や関節の異常については、まるで専門医のようにオレが担当することになってしまった。
そのうち、止血のための患部の布当てもオレが行うようになり、医官たちに習って他の治療も手伝うようになってしまう。
オレは、結局、この村で数日間も滞在することになり、その間にも『医者』として名声が上がっていった。
ローヌ中の怪我人がオレの治療を求めてパニシエに訪れるようになり、毎日が大忙しだった。
はじめのうちは病院で寝泊まりしていたが、ある日、治療中のトーチの父親が空き家をリフォームしたと言って、戸建ての家をくれた。
「この腰のコルセットのおかげで、ようやく一人で歩けるようになりました。
病院内ではできないこともあるでしょう。
ぜひ、この家を使ってください。」
丁重に断ろうとしたが、ずっと病院内で生活するわけにも行かず、結局、オレはその家に住むことになってしまった。
早速、その家で必要な道具や材料を揃えて、装具の作成も開始した。
「コルセットが必要なお年寄りが、二人待っている。
手首のサポーターは予備であと3つは欲しい。」
と、病院で仕事がないときは自宅で装具作りに励んだ。
治療以外の依頼も多かった。
オレが大きな熊を仕留めたという話を聞いた村人から、近くで出た魔獣や獣を倒してほしいと言われ、討伐に出かけたのがきっかけだった。
最初の頃は討伐自体にはあまり興味はなかった。それで怪我人が減るならばと思うくらいだった。
だが、魔獣や獣から回収できる素材が装具作りに役立つことがわかったので、話があれば討伐にも進んで出かけるようになった。
どの魔獣も獣も、クルジの熊ほど強くなく倒しやすかった。伊達に戦闘訓練を受けてきたわけでないようだ。
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