見習い義肢装具士ルカの決闘(デュエル)

ノバト

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1章 ローヌの決闘

21.戦争の知らせ

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 ある日の早朝、パニシエのオレの家に顔中にひげをはやした物乞ものごいのような男が訪ねてきた。激しく戸を叩いて「ルカ殿、ルカ殿!」と呼んでいたので、戸を開けた。

「用事があるなら病院に行ってください。後でオレも行くので。」

 オレはまだ眠たくて訪問者に病院で待つように伝えたかった。これまでもオレの家に直接訪ねてくるものはいたが、皆同じ対応をしていたし、大抵の訪問者は素直に従ってくれた。
 だが、この物乞ものごいはオレが戸を開けると、なだれ込むようにして家に上がりこんできた。そして、すぐに戸の内鍵を掛け、窓のそばに立つと家の外の様子をうかがった。
 
「ここでは診療しんりょうできませんよ。」

 オレは不機嫌ふきげんな口調で言った。早く治療してほしいのかもしれないが、強引に求められるのはルール違反だ。

「忘れたのか、私はローヌ方面隊隊長ルジュマンだ。」

「だれだって?」

「ルジュマンだ。お前の隊長だ。…正確に言えば…お前の所属は第一兵団であるからして…ちがうが…。」

 家の前にいたときは腰を曲げて弱った物乞ものごいのように見えた男が、家の中に入ると背筋が伸びて声にも貫禄かんろくがある。仕草しぐさもシュブドーの軍人らしかった。
 
「隊長ってそんな名前だったんですね。記憶にありませんでした。」

「…仮の隊長であっても上官の名を忘れるとは懲罰ちょうばつものだ。だが、忘れたことを正直に云うところは忠誠のあらわれとも言える。」

「それで、なにか御用ごようですか?」

御用ごようだと? きさまは任務を忘れたのか?」

「あ、そっか、隊長も治療を受けに来られたのかと思いました。」

「……だが、この国に溶け込んでいるのは勲章くんしょうものの快挙かいきょである。」

 オレは仕方なく就寝用のローブを羽織はおったまま、お茶を入れた。茶葉ちゃばではなく薬草から作った薬草の湯なのだが、住民もオレも総称して『お茶』と呼んでいるものだ。
 その時の体調や気分によって薬草を変えることができる。味は、日本のお茶には到底とうてい及ばないが、健康には良いと思う。今は、朝なので頭がすっきりする薬草を使った。

「なぜ、連絡しない? 今までどうしていたのだ?」

「忙しくてそれどころじゃなかったんですよ。どうやってここで暮らすようになったのかは、話が長くなるので省略させていただきます。」

「任務放棄ほうきはなはだしい。
 だが、潜入には成功しているようなものなので、任務放棄とは言えないか…。
 報告義務は?
 いや、報告よりも潜入のほうが大事だ。報告を急ぐあまり、潜入失敗になっては元も子もない。
 だが、これまでの経過を報告しないのは大問題ではないのか?
 だが、端的たんてきに説明することは大事だ。これは端的たんてきと言えるのではないか?
 いや、しかし…」

「ズズズズー。ちょっと苦いけど、朝はこのお茶がいいですね。」

「ズズ、ズズ。うむ、悪くない。」

「隊長も苦労したんですね、そんなにひげをはやして」

「これは変装だ。自毛じげではない。」

 隊長は口ひげをがして見せた。そしてすぐに元に戻した。

「お前が消えてから一ヶ月が経ち、捜索隊を派遣したが、道に迷ったり魔獣に負傷したりして、消息をつかむことはできなかった。
 二ヶ月目、王都からお前の消息と潜入状況の報告を求められ、私自身も捜索に加わった。
 三ヶ月目、ようやくお前がここで医者と呼ばれていることを知った。」

「もう、3ヶ月もったんですね。ズズ…」

「苦労した。ズズズ…。」

「それで、何しに来られたんです? 任務終了ですか? オレはこのままでも別に良いかなーって思ってますけど?」

 隊長は、眉間みけんにシワを寄せた。その表情を見て、最初に会った頃の隊長のイライラした雰囲気を思い出した。
 そのころに比べると、眉間みけんのシワが和らいでいるような気がした。変装の影響だろうか?

「王都から連絡が来た…。」

「どんな…?」

「ここが戦場になるかもしれない。」

「え?」

「シュブドーは、ローヌに宣戦布告せんせんふこくする。」

「なんで? まだ、魔王軍と繋がっているかもわかってないんでしょ?」

「わからん。少なくとも私のところには情報は入ってきてない。だが、別のルートで王様は何かを知られたのかもしれん。
 だが、ただ、戦争したいだけかもしれん。今度の王様は戦争も決闘デュエルも好きお方のようだからな。」

 トカゲのような白い顔が目に浮かんだ。王は無邪気むじゃきな子どものように見えた。心の奥はわからない。だが無邪気むじゃきさは、ときに残忍な一面を見せることもある。

「戦争になりますか?」

「それはローヌ次第だ。ローヌは決闘デュエルを望むだろう。そして、ローヌには無敵の戦士がいるので、簡単には負けぬだろう。
 だが、我が国の王があきらめるとは思えない。
 負けても何度でも挑戦するかもしれない。その結果、最終的には戦争になる可能性もあるし、決闘デュエルの結果を尊重しなかったということで、天罰てんばつが下るかもしれない。」

天罰てんばつ?」

決闘デュエルの結果を守らぬものは、アルの資格を失い、国は滅ぶと言われている。」

「そんな冗談みたいな話、ありえないでしょ?」

「私にもわからない。
 だが、多くの王はこの伝説を信じ恐れているから、決闘デュエルの結果を尊重してきたのだ。例え、国を奪われることになってもな。
 古い記録によれば、実際に滅んだ国もあるという。」

「……」

「伝説が偽りでもローヌの地は戦場になるかもしれないし、もし伝説が本当なら我が国は滅ぶ。
 だから、戦争を回避するためにはローヌの秘密を探り、シュブドーが決闘デュエルに勝たねばならぬのだ。
 ローヌは非戦国家だ。決闘デュエルで敗れれば、おきてに従いくだるだろう。ローヌ王が下れば、住民も敗北を認め抵抗しないだろう。
 ローヌには気の毒だが、それしか道はないと思う。」

「その後はどうなるんです?」

 隊長は、一層、眉間のシワをよせた。

「わからない。だが…
 少なくとも多くの血は流れないで済む。」

「隊長は、ローヌを、敵国を心配しているのですか?」

 隊長は、つけひげをなでて整えた。

「お前を探すために変装して村々を回ってきた。
 赴任ふにんする前は、ただの他国の住人だと思っていたが、接してみると親切だった。裕福でもないのに食べ物を分けてくれたり、この防寒着もくれた。
 戦争になれば迷わず戦うつもりだが、回避できるならば、それに越したことはない。
 意外か?
 第一兵団の上官に報告するか?」

 オレは笑った。

「いえ、変な上官だと思ってましたが、最高の上官でした。」


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