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第三章 親分の長い非番日 ※【地雷:男女恋愛】
親分、小雪の素描(デッサン)モデルになる(下編2/3)
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小雪は、健悟の顔が描きたい、と云った。
すでに袖をまくっていることだし、力こぶのひとつでも作ってみせようと思っていた健悟は、この提案に拍子抜けしてしまったが、いきなり小雪に頬を両手に挟まれて、考えをかえた。
スキンシップも悪くない。
「このアングルかな……」左右に健悟の顔をゆすり、手をはなすと左右から覗きこんで確認した。そして真正面から健悟を見た。「親分さん、ちょっとしたを向いてくれますか?」
健悟は顎を引いた。眉間に力が入る。自然と睨みつけるような表情になった。
「やっぱりうえを向いたほうが好いのかなあ」小雪が呟いた。
健悟は、顎先に右手をおいてそのまましゃくりあげ、うえから小雪を見おろすようにした。我ながらセクシーなポーズだ。さりげなく、熱い視線を送る。
小雪は、うしろ髪を器用にまとめて後頭部にお団子を拵え、そしてペンシルを挿しこんだ。
「親分さん。一分だけそのままでいてください」
「それ、さっき俺の眉を描いたやつじゃないのか?」
小雪は慌ててペンシルを抜いた。
可愛い女だ……。思わず頬が緩む。健悟は、お団子を拵えている小雪に、こんどは愛でるような視線を送った。
小雪は準備を了えて、ペンシルを手にとった。こんどは健悟用のものだった。小雪は、健悟の顔をしばらく見つめ、それからスケッチブックに線を描きはじめた。
一分か……。出動までの時間と同じだ。健悟は、引きつづき小雪を見た。胸の位置でスケッチブックを構えているので、進行状況がわからないのがもどかしい。
「なあ、小雪。俺の顔って、一分で描けるくらい単純なのか?」悪気なく訊いた。
「本格的な素描のまえに、まず大まかな線を描いて全体像を把握するんです」
「本番のまえのぜ――」前戯と云おうとして、健悟は口をつぐんだ。「全体像把握ってやつだ」なんとか誤魔化した。
一分は、あっという間だった。
「できました。こんな感じです」
白い紙のうえに、大胆な線で描かれた健悟の顔があった。
「うまく特徴を捉えているなあ。大したもんだ」
何度も線をなぞったらしく、少し誇張気味に描かれた鼻梁が、いちばん目立っていた。
また別のアングルも、あれこれと試した。芸術家の卵にすっかり変貌した小雪は、よりいっそう大胆になって、アングルを決めるときに健悟の顔に手を触れるばかりか、遠慮なしに上下左右、四方八方に動かしさえした。健悟は、ただされるがままの状態で、一方的だが愛らしく不可避なスキンシップを、思う存分楽しんだ。
素描のポーズが決まった。
健悟は、背筋を伸ばして窓の外の待機宿舎を見つめるポーズを取った。
「親分さんのさっきの表情が、いちばん、好かったから」小雪が云った。
健悟は、ふっ、と軽く笑って応えた。眉間の力がほぐれ、ぎゅっと結んだ唇が崩れた。
「そう。その表情。親分さん、そのまま」小雪はペンシルを動かしはじめた。
それから長いあいだ、紙のうえでペンシルが疾る音と、紙の表面がこすられるような音があった。健悟は横目で小雪を見た。いつになく熱い視線で見つめられている。
健悟は、さっき小雪の手が顔じゅうを自由自在に這いまわっていたのを思い出した。今、自分は目による愛撫を受けている。そのようすが白い紙のうえに描き写されて、そこでも愛撫を受けている。白い紙のなかの自分に小雪の吐息がかかる。もうひとりの自分に命が吹きこまれる。しだいに白い紙のなかに閉じこめられていく。
主導権は俺が握る。この場でも、画のなかでも。健悟は目を閉じた。
ひとつの映像が泛びあがる。
――白い紙が、糊のきいた清潔なシーツにかわった。横顔の健悟に命が吹きこまれ、そして動きはじめた。シーツの底から腕が飛びだして小雪の腰をかき抱き、素描のなかに引きいれる。素描のなかで、ふたりは自然に、ヌードになっていた。激しい絡みあいや縺れあいの画ではなかった。安らかな表情で眠りにつく、大人の男女の画だ。健悟が仰向けになり、両手を枕のしたで組んで眠っている。小雪は健悟の左肩に頭をのせ、左手を健悟の右胸にそっと添えるようにして抱きついている。写実的に描かれているのは上半身だけで、腰からしたは未完成だった。――
「親分さん、ちょっと休憩しませんか?」
小雪が云った。
すでに袖をまくっていることだし、力こぶのひとつでも作ってみせようと思っていた健悟は、この提案に拍子抜けしてしまったが、いきなり小雪に頬を両手に挟まれて、考えをかえた。
スキンシップも悪くない。
「このアングルかな……」左右に健悟の顔をゆすり、手をはなすと左右から覗きこんで確認した。そして真正面から健悟を見た。「親分さん、ちょっとしたを向いてくれますか?」
健悟は顎を引いた。眉間に力が入る。自然と睨みつけるような表情になった。
「やっぱりうえを向いたほうが好いのかなあ」小雪が呟いた。
健悟は、顎先に右手をおいてそのまましゃくりあげ、うえから小雪を見おろすようにした。我ながらセクシーなポーズだ。さりげなく、熱い視線を送る。
小雪は、うしろ髪を器用にまとめて後頭部にお団子を拵え、そしてペンシルを挿しこんだ。
「親分さん。一分だけそのままでいてください」
「それ、さっき俺の眉を描いたやつじゃないのか?」
小雪は慌ててペンシルを抜いた。
可愛い女だ……。思わず頬が緩む。健悟は、お団子を拵えている小雪に、こんどは愛でるような視線を送った。
小雪は準備を了えて、ペンシルを手にとった。こんどは健悟用のものだった。小雪は、健悟の顔をしばらく見つめ、それからスケッチブックに線を描きはじめた。
一分か……。出動までの時間と同じだ。健悟は、引きつづき小雪を見た。胸の位置でスケッチブックを構えているので、進行状況がわからないのがもどかしい。
「なあ、小雪。俺の顔って、一分で描けるくらい単純なのか?」悪気なく訊いた。
「本格的な素描のまえに、まず大まかな線を描いて全体像を把握するんです」
「本番のまえのぜ――」前戯と云おうとして、健悟は口をつぐんだ。「全体像把握ってやつだ」なんとか誤魔化した。
一分は、あっという間だった。
「できました。こんな感じです」
白い紙のうえに、大胆な線で描かれた健悟の顔があった。
「うまく特徴を捉えているなあ。大したもんだ」
何度も線をなぞったらしく、少し誇張気味に描かれた鼻梁が、いちばん目立っていた。
また別のアングルも、あれこれと試した。芸術家の卵にすっかり変貌した小雪は、よりいっそう大胆になって、アングルを決めるときに健悟の顔に手を触れるばかりか、遠慮なしに上下左右、四方八方に動かしさえした。健悟は、ただされるがままの状態で、一方的だが愛らしく不可避なスキンシップを、思う存分楽しんだ。
素描のポーズが決まった。
健悟は、背筋を伸ばして窓の外の待機宿舎を見つめるポーズを取った。
「親分さんのさっきの表情が、いちばん、好かったから」小雪が云った。
健悟は、ふっ、と軽く笑って応えた。眉間の力がほぐれ、ぎゅっと結んだ唇が崩れた。
「そう。その表情。親分さん、そのまま」小雪はペンシルを動かしはじめた。
それから長いあいだ、紙のうえでペンシルが疾る音と、紙の表面がこすられるような音があった。健悟は横目で小雪を見た。いつになく熱い視線で見つめられている。
健悟は、さっき小雪の手が顔じゅうを自由自在に這いまわっていたのを思い出した。今、自分は目による愛撫を受けている。そのようすが白い紙のうえに描き写されて、そこでも愛撫を受けている。白い紙のなかの自分に小雪の吐息がかかる。もうひとりの自分に命が吹きこまれる。しだいに白い紙のなかに閉じこめられていく。
主導権は俺が握る。この場でも、画のなかでも。健悟は目を閉じた。
ひとつの映像が泛びあがる。
――白い紙が、糊のきいた清潔なシーツにかわった。横顔の健悟に命が吹きこまれ、そして動きはじめた。シーツの底から腕が飛びだして小雪の腰をかき抱き、素描のなかに引きいれる。素描のなかで、ふたりは自然に、ヌードになっていた。激しい絡みあいや縺れあいの画ではなかった。安らかな表情で眠りにつく、大人の男女の画だ。健悟が仰向けになり、両手を枕のしたで組んで眠っている。小雪は健悟の左肩に頭をのせ、左手を健悟の右胸にそっと添えるようにして抱きついている。写実的に描かれているのは上半身だけで、腰からしたは未完成だった。――
「親分さん、ちょっと休憩しませんか?」
小雪が云った。
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