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第六章 親分はボディガード
沖縄でお紅茶カレーをいただくの
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「黒尽くめのお年寄りだって!」
「しかしあのニュース、ギリギリを攻めてたよな。真夏にハロウィンの仮装をしたお年寄りって、悪意丸出し」
「あれで自称広報担当だもんな」
「そのうち署長の耳にも届くんじゃね?」
大交代が了った。待機室のある三階に向うあいだ、隊員たちは萬屋の話題で持ちきりだった。
これで二、三日は大人しくしてくれるだろう。健悟は頭痛のタネがなくなって、ひと安心した。階段を登る足取りも心なしか軽い。
三階へと続く踊り場に小雪が立っていた。健悟を待っていたらしい。健悟はチラリと水上を見た。水上は軽く頷いて、黙っています、と合図した。
小雪が健悟に駆け寄って、活動服の袖をつかんだ。
「親分さん、大変です。食堂で萬屋さんが!」
「病院で寝てるんじゃなかったのか?」健悟は引っ張られるようにして階段を上がった。
小雪は健悟の後ろに回って背中を押した。「とにかく来てください」
「わかった。おめえら、出動だ。俺について来い」健悟が吼えた。
「はい! 親分!」隊員たちが声を合わせた。
健悟が先頭に立って、食堂に乗りこんだ。健悟の背中に隠れるようにして小雪がついてゆき、隊員たちは、ふたりのあとに続いた。
「あら、『毛組』の皆さん、ごきげんよう」
萬屋が厨房を我が物顔で占領していた。鍋を火に掛け、怪しげな料理を作っている。厨房の外では、昼食の料理当番である若い隊員たちが立ち尽くしていた。
彼らは一斉に健悟の顔を見て、何とかしてくれと訴えた。
健悟は彼らに向って頷いた。カウンターの前に進みでて、
「昨日、救急車で運ばれたらしいな。まだ寝てなくていいのか?」
萬屋は上機嫌で鍋をかき回しながら、
「あたし、健人クンに助けてもらったのよ」
と勝ち誇ったように云った。「熱中症で倒れたのは本当よ。でもあたしの健人クンが、救急車を呼んでくれたの」
「ほう。それはそれは」健悟は大げさに反応してやった。
萬屋は続けた。「救急車のなかで、あたしの手を握ってずっと元気付けてくれてたのよ?」
どうやら幻覚を見たらしい。健悟はニヤリと笑った。「それで、そのお礼にお料理ってことか? 残念だが、今日はここにはいないぞ」
「中卒のあなたにはわからないのも無理はないわね」萬屋は、鼻の穴をぶわんと広げて、フンガーフンガーと鳴らした。「今日、あたしの健人クンがいないことぐらい調査済みよ。でもね、ここでお料理するから意味があるんじゃないの」
「へえ」健悟は両手を腰に当てた。
健悟の背中から小雪が囁いた。「これから沖縄に行くんですって」
「沖縄?」
健悟は話がどうなっているのかわからない。柳川は北海道に向っているはずだ。もっとも、このお紅茶マダムが勘違いしているのであれば、それはそれで構わない。むしろ大歓迎だ。
萬屋は鍋を火にかけたまま、あはは、あはは、と楽し気に踊りながら、
「あたしの健人クンを誑かしている悪い小娘が、昨日SNSで匂わせていたの。明日から沖縄で撮影です、ってね」
と云った。よろけながら三度ターンし、ぐらつきながらポーズを決める。「何故だかおわかり? 簡単な推理よ。だけど、中卒のあんたにわかるかしらねえ?」
俺は高卒だ、と云い返したいのをぐっと堪えて健悟は云った。「へぇ、教えてもらおうじゃないか」
「あたしの健人クンが沖縄に行くからよ。止めてもムダよ。パスポートも持ってるし、ボーディングパスも手配済みよ」
萬屋は、パスポートとボーディングパスを巻き舌英語風に発音した。
若い隊員たちがザワついた。「沖縄にパスポート?」と口々に呟く。
健悟は笑いだしそうになるのを堪えて、
「三人で仲良くそのカレーを喰うのか?」
「さすが中卒ね」萬屋は、両の手のひらを上に向けて肩をすくめた。「こんな美味しい英国式お紅茶カレーを三人で? あたしと健人クンのふたりでお召し上がりするに決まってるじゃないの! ひとくちでイチコロよ!」
「『イチコロ』って何ンだ?」
「英国式のネットスラングか?」
若い隊員たちがまたザワついた。
いつの間にか合流していた白洲が云った。「昭和の流行語です」
健悟の背中に隠れていた小雪がくすりと笑い、その拍子に彼女の額が健悟の背中を、とんっ、と叩いた。
「そこにも小娘がいたわね」萬屋が嫌味ったらしく云った。「何か云いたいことがあるのかしら?」
小雪が健悟の背中から顔だけをそっと出して、
「あの……ご存知でしょうけれど沖縄って広いんですよ。どこで会うつもりなんですか?」
「だからあんたは若いだけの役立たずのどうしようもない小娘なのよ」
隊員たちがよりいっそうザワついた。「俺たちのアイドルに向って丙午が何を云っているんだ」といういつもの空気だ。
萬屋はすでに異世界にいるのか、同じ空気を吸っていないようだった。「国際通りに行けばすぐよ。沖縄って国際通りしか人が行くところはないの。ちなみに鹿児島の天文館も同じね。みんなそこでシロクマ食べてるわ。それしかすることないの」
沖縄県人と鹿児島県人を敵に回すような発言だが、萬屋は自分は格上の英国レディだと云わんばかりに、また不恰好なダンスを始めた。
「あたしの健人クンとトロピカルな南国であたしの英国式お紅茶カレーでランデブーよ!」
健悟は手の甲を額に当ててため息を吐いた。
——なあ、相棒。こいつイカれてんな。
——ああ、自分で『乱れたデブ』って云ってらあ。
健悟はそのまま厨房に目を遣った。鍋から煙が立っている。
「おい、鍋が焦げてんじゃねえのか?」
「これは焦げないお鍋なの。通販で買ったのよ」萬屋は踊りながらコンロに近づき、振りつけらしい手つきで火を止めた。「さあ、英国式お紅茶カレーの出来上がり!」
健悟は火災報知器に目を疾らせた。「ところで、米は現地で炊くのか?」
「これだから中卒は……」鍋を傾けて英国式お紅茶カレーを保存用パックにドボドボと流し入れながら萬屋が云った。「前もってスコーンを焼いてあるの。冷めても美味しいのよ?」
そろそろ厨房から出て行ってもらおうか。
健悟は胸の前で両腕を組んだ。「それで、飛行機の時間は?」
萬屋は保存用パックをトランクに入れながら、
「云われなくても出て行くわよ。英国式お紅茶カレーも出来たことだし、こんな厨房もう用済みよ! 白洲、小娘! ちゃんとあと片付けしておきなさい。あと、病欠届を出しておくのを忘れないで」
「病欠届だって?」健悟が首を傾げた。「ずいぶんと元気そうだが?」
「後遺症で息苦しいのよ。だから沖縄にリハビリに行くの。あたしの健人クンと英国式お紅茶カレーに匹敵するリハビリがあるかしら?」
こう云い捨てて萬屋はトランクをゴロゴロと押しながら厨房を出ていった。
食堂に静寂が戻った。
小雪と白洲が、お騒がせしました、と頭を下げ、厨房に這入った。
「おまえら、小雪たちを手伝うぞ」健悟がすかさず号令を掛けた。
「はい!」隊員たちが応えた。
小雪と白洲がコンロの周りを拭き、健悟が鍋を洗った。隊員たちは換気扇を回し、床に落ちた食材をかき集め、そしてアルコールで隅々まで消毒した。
「これ、忘れ物かな?」小雪が手提げの紙袋を見つけた。
健悟がそれを受け取って、
「どれどれ」
フリマサイトで見た下品でグロテスクな形をしたスコーンのパッケージが這入っていた。健悟は白洲を呼んだ。
「親分さん、どうしましたか?」
「証拠品だ。おまえのダンナに渡してやってくれ」
「わかりました。今すぐ取りに来るようにします」白洲はその場で連絡を取った。
小雪が心配そうな顔をして健悟に訊いた。「親分さん。証拠品って、ずいぶん物騒な話ですけれど……大丈夫ですか?」
小雪があのスコーンを見たら卒倒するだろう。
健悟は穏やかな顔を作って云った。「あれは柳川の違法グッズだ。萬屋が無許可で作って、フリマサイトで売りさばいているらしい」
「しかしあのニュース、ギリギリを攻めてたよな。真夏にハロウィンの仮装をしたお年寄りって、悪意丸出し」
「あれで自称広報担当だもんな」
「そのうち署長の耳にも届くんじゃね?」
大交代が了った。待機室のある三階に向うあいだ、隊員たちは萬屋の話題で持ちきりだった。
これで二、三日は大人しくしてくれるだろう。健悟は頭痛のタネがなくなって、ひと安心した。階段を登る足取りも心なしか軽い。
三階へと続く踊り場に小雪が立っていた。健悟を待っていたらしい。健悟はチラリと水上を見た。水上は軽く頷いて、黙っています、と合図した。
小雪が健悟に駆け寄って、活動服の袖をつかんだ。
「親分さん、大変です。食堂で萬屋さんが!」
「病院で寝てるんじゃなかったのか?」健悟は引っ張られるようにして階段を上がった。
小雪は健悟の後ろに回って背中を押した。「とにかく来てください」
「わかった。おめえら、出動だ。俺について来い」健悟が吼えた。
「はい! 親分!」隊員たちが声を合わせた。
健悟が先頭に立って、食堂に乗りこんだ。健悟の背中に隠れるようにして小雪がついてゆき、隊員たちは、ふたりのあとに続いた。
「あら、『毛組』の皆さん、ごきげんよう」
萬屋が厨房を我が物顔で占領していた。鍋を火に掛け、怪しげな料理を作っている。厨房の外では、昼食の料理当番である若い隊員たちが立ち尽くしていた。
彼らは一斉に健悟の顔を見て、何とかしてくれと訴えた。
健悟は彼らに向って頷いた。カウンターの前に進みでて、
「昨日、救急車で運ばれたらしいな。まだ寝てなくていいのか?」
萬屋は上機嫌で鍋をかき回しながら、
「あたし、健人クンに助けてもらったのよ」
と勝ち誇ったように云った。「熱中症で倒れたのは本当よ。でもあたしの健人クンが、救急車を呼んでくれたの」
「ほう。それはそれは」健悟は大げさに反応してやった。
萬屋は続けた。「救急車のなかで、あたしの手を握ってずっと元気付けてくれてたのよ?」
どうやら幻覚を見たらしい。健悟はニヤリと笑った。「それで、そのお礼にお料理ってことか? 残念だが、今日はここにはいないぞ」
「中卒のあなたにはわからないのも無理はないわね」萬屋は、鼻の穴をぶわんと広げて、フンガーフンガーと鳴らした。「今日、あたしの健人クンがいないことぐらい調査済みよ。でもね、ここでお料理するから意味があるんじゃないの」
「へえ」健悟は両手を腰に当てた。
健悟の背中から小雪が囁いた。「これから沖縄に行くんですって」
「沖縄?」
健悟は話がどうなっているのかわからない。柳川は北海道に向っているはずだ。もっとも、このお紅茶マダムが勘違いしているのであれば、それはそれで構わない。むしろ大歓迎だ。
萬屋は鍋を火にかけたまま、あはは、あはは、と楽し気に踊りながら、
「あたしの健人クンを誑かしている悪い小娘が、昨日SNSで匂わせていたの。明日から沖縄で撮影です、ってね」
と云った。よろけながら三度ターンし、ぐらつきながらポーズを決める。「何故だかおわかり? 簡単な推理よ。だけど、中卒のあんたにわかるかしらねえ?」
俺は高卒だ、と云い返したいのをぐっと堪えて健悟は云った。「へぇ、教えてもらおうじゃないか」
「あたしの健人クンが沖縄に行くからよ。止めてもムダよ。パスポートも持ってるし、ボーディングパスも手配済みよ」
萬屋は、パスポートとボーディングパスを巻き舌英語風に発音した。
若い隊員たちがザワついた。「沖縄にパスポート?」と口々に呟く。
健悟は笑いだしそうになるのを堪えて、
「三人で仲良くそのカレーを喰うのか?」
「さすが中卒ね」萬屋は、両の手のひらを上に向けて肩をすくめた。「こんな美味しい英国式お紅茶カレーを三人で? あたしと健人クンのふたりでお召し上がりするに決まってるじゃないの! ひとくちでイチコロよ!」
「『イチコロ』って何ンだ?」
「英国式のネットスラングか?」
若い隊員たちがまたザワついた。
いつの間にか合流していた白洲が云った。「昭和の流行語です」
健悟の背中に隠れていた小雪がくすりと笑い、その拍子に彼女の額が健悟の背中を、とんっ、と叩いた。
「そこにも小娘がいたわね」萬屋が嫌味ったらしく云った。「何か云いたいことがあるのかしら?」
小雪が健悟の背中から顔だけをそっと出して、
「あの……ご存知でしょうけれど沖縄って広いんですよ。どこで会うつもりなんですか?」
「だからあんたは若いだけの役立たずのどうしようもない小娘なのよ」
隊員たちがよりいっそうザワついた。「俺たちのアイドルに向って丙午が何を云っているんだ」といういつもの空気だ。
萬屋はすでに異世界にいるのか、同じ空気を吸っていないようだった。「国際通りに行けばすぐよ。沖縄って国際通りしか人が行くところはないの。ちなみに鹿児島の天文館も同じね。みんなそこでシロクマ食べてるわ。それしかすることないの」
沖縄県人と鹿児島県人を敵に回すような発言だが、萬屋は自分は格上の英国レディだと云わんばかりに、また不恰好なダンスを始めた。
「あたしの健人クンとトロピカルな南国であたしの英国式お紅茶カレーでランデブーよ!」
健悟は手の甲を額に当ててため息を吐いた。
——なあ、相棒。こいつイカれてんな。
——ああ、自分で『乱れたデブ』って云ってらあ。
健悟はそのまま厨房に目を遣った。鍋から煙が立っている。
「おい、鍋が焦げてんじゃねえのか?」
「これは焦げないお鍋なの。通販で買ったのよ」萬屋は踊りながらコンロに近づき、振りつけらしい手つきで火を止めた。「さあ、英国式お紅茶カレーの出来上がり!」
健悟は火災報知器に目を疾らせた。「ところで、米は現地で炊くのか?」
「これだから中卒は……」鍋を傾けて英国式お紅茶カレーを保存用パックにドボドボと流し入れながら萬屋が云った。「前もってスコーンを焼いてあるの。冷めても美味しいのよ?」
そろそろ厨房から出て行ってもらおうか。
健悟は胸の前で両腕を組んだ。「それで、飛行機の時間は?」
萬屋は保存用パックをトランクに入れながら、
「云われなくても出て行くわよ。英国式お紅茶カレーも出来たことだし、こんな厨房もう用済みよ! 白洲、小娘! ちゃんとあと片付けしておきなさい。あと、病欠届を出しておくのを忘れないで」
「病欠届だって?」健悟が首を傾げた。「ずいぶんと元気そうだが?」
「後遺症で息苦しいのよ。だから沖縄にリハビリに行くの。あたしの健人クンと英国式お紅茶カレーに匹敵するリハビリがあるかしら?」
こう云い捨てて萬屋はトランクをゴロゴロと押しながら厨房を出ていった。
食堂に静寂が戻った。
小雪と白洲が、お騒がせしました、と頭を下げ、厨房に這入った。
「おまえら、小雪たちを手伝うぞ」健悟がすかさず号令を掛けた。
「はい!」隊員たちが応えた。
小雪と白洲がコンロの周りを拭き、健悟が鍋を洗った。隊員たちは換気扇を回し、床に落ちた食材をかき集め、そしてアルコールで隅々まで消毒した。
「これ、忘れ物かな?」小雪が手提げの紙袋を見つけた。
健悟がそれを受け取って、
「どれどれ」
フリマサイトで見た下品でグロテスクな形をしたスコーンのパッケージが這入っていた。健悟は白洲を呼んだ。
「親分さん、どうしましたか?」
「証拠品だ。おまえのダンナに渡してやってくれ」
「わかりました。今すぐ取りに来るようにします」白洲はその場で連絡を取った。
小雪が心配そうな顔をして健悟に訊いた。「親分さん。証拠品って、ずいぶん物騒な話ですけれど……大丈夫ですか?」
小雪があのスコーンを見たら卒倒するだろう。
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