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第一章 「お江戸いけめん番付」の色男
参 小食の風景
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朝である。厨では殷慶の指示のもと、鎮光、芳恵、そして丹清が、それぞれ手分けをして小食(=朝食)の準備をしていた。昨夜の『ぷれい』のおかげか、皆、肌にツヤがある。少し眠そうではあるけれども。
「和尚さまぁ、『一の粥』の具合を……」
鎮光が云った。
『一の粥』とは、麦粥のことである。中央にスッと疾る黒い筋を漢字の『一』に見立てて、こう呼ぶ。
……知らんけど。
「どれどれ、木べらで掬ってみなさい」
鎮光が、麦粥を木べらで掬って傾ける。とろと焚かれた白い粥が、ぽたりと鍋に落ちた。
「如何でしょう?」
「うむ。好い出来だ。ふっくらと炊けているじゃねえか」殷慶は、鎮光の尻の肉を撫でながら微笑むと、こんどは芳恵と丹清に声をかけた。「おまえら、何ぐずぐずしてんだ。折檻してほしいのか?」
「もう少しですぅ」
あたり鉢を両手で抑えた芳恵が云い、長芋を皮ごとあたっている丹清が、腰をくねくね回しながら、
「和尚さまぁ、なぜいつも皮ごと千回スリスリするんですか?」
と云った。
すると兄弟子の鎮光が呆れた顔をして、
「そのほうが手が痒くなくてすむじゃないか」
「いや、鎮光。こやつらは、カラダで覚えたほうが早い。芳恵、今日こそ皮を剥いてやろう」
殷慶が穏やかな顔でドスをきかせると、
「朝からご勘弁をぉ」
満更でもないようすで芳恵が頬を赤らめた。
「和尚さまぁ、それよりも今朝のお漬物を」
鎮光が壺を持ってきて、殷慶の前に置いた。
「おお、そうだった。皆んな集まりなさい」
殷慶は、壺の蓋をあけた。三人の弟子が糠床を覗きこむ。殷慶が右腕を高く振りあげた。
ずぶり。
殷慶は、糠床の奥に腕を豪快に突っ込み、ぐるぐるとかき混ぜはじめた。
「何が出るかな。ナニが出るかな」
四人は、声をあわせて唱えながら、今朝のお漬物に期待をふくらませた。やがて殷慶の壺弄りが止まった。何かをつかんだようだ。
「行くぞ! どおりゃあ!」
殷慶が叫んだ。
すぽん。
大の茄子が出てきた。色艶も申し分なく、ヌラヌラと黒光りしている。よく漬かっているらしく、見るからに美味しそうだ。
殷慶は、茄子のお漬物を鎮光に渡した。蓋を閉じ、壺を片手に抱え、すっと立上った。
「それではお膳の準備をしなさい」
鎮光が手早くお漬物を切り揃えて小鉢に盛り、芳恵が『一の粥』を器に盛ってその上に千擦した長芋をとろりと掛け、丹清が小皿に胡麻塩を盛った。見事な『ちぃむぷれい』である。てきぱきと小食のお膳を準備する弟子たちの姿を、殷慶は、目を細めて見つめた。
「和尚さまぁ、『一の粥』の具合を……」
鎮光が云った。
『一の粥』とは、麦粥のことである。中央にスッと疾る黒い筋を漢字の『一』に見立てて、こう呼ぶ。
……知らんけど。
「どれどれ、木べらで掬ってみなさい」
鎮光が、麦粥を木べらで掬って傾ける。とろと焚かれた白い粥が、ぽたりと鍋に落ちた。
「如何でしょう?」
「うむ。好い出来だ。ふっくらと炊けているじゃねえか」殷慶は、鎮光の尻の肉を撫でながら微笑むと、こんどは芳恵と丹清に声をかけた。「おまえら、何ぐずぐずしてんだ。折檻してほしいのか?」
「もう少しですぅ」
あたり鉢を両手で抑えた芳恵が云い、長芋を皮ごとあたっている丹清が、腰をくねくね回しながら、
「和尚さまぁ、なぜいつも皮ごと千回スリスリするんですか?」
と云った。
すると兄弟子の鎮光が呆れた顔をして、
「そのほうが手が痒くなくてすむじゃないか」
「いや、鎮光。こやつらは、カラダで覚えたほうが早い。芳恵、今日こそ皮を剥いてやろう」
殷慶が穏やかな顔でドスをきかせると、
「朝からご勘弁をぉ」
満更でもないようすで芳恵が頬を赤らめた。
「和尚さまぁ、それよりも今朝のお漬物を」
鎮光が壺を持ってきて、殷慶の前に置いた。
「おお、そうだった。皆んな集まりなさい」
殷慶は、壺の蓋をあけた。三人の弟子が糠床を覗きこむ。殷慶が右腕を高く振りあげた。
ずぶり。
殷慶は、糠床の奥に腕を豪快に突っ込み、ぐるぐるとかき混ぜはじめた。
「何が出るかな。ナニが出るかな」
四人は、声をあわせて唱えながら、今朝のお漬物に期待をふくらませた。やがて殷慶の壺弄りが止まった。何かをつかんだようだ。
「行くぞ! どおりゃあ!」
殷慶が叫んだ。
すぽん。
大の茄子が出てきた。色艶も申し分なく、ヌラヌラと黒光りしている。よく漬かっているらしく、見るからに美味しそうだ。
殷慶は、茄子のお漬物を鎮光に渡した。蓋を閉じ、壺を片手に抱え、すっと立上った。
「それではお膳の準備をしなさい」
鎮光が手早くお漬物を切り揃えて小鉢に盛り、芳恵が『一の粥』を器に盛ってその上に千擦した長芋をとろりと掛け、丹清が小皿に胡麻塩を盛った。見事な『ちぃむぷれい』である。てきぱきと小食のお膳を準備する弟子たちの姿を、殷慶は、目を細めて見つめた。
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