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第一章 「お江戸いけめん番付」の色男
捌 ガタンゴトン、ガタンゴトン
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「そろそろだな」
殷慶は、ひとりごちると法衣を脱ぎ、下帯も解いて、すっぽんぽんになった。隠し棚から細い小竹の筒を二本取り出し、競馬に興じるおっさんのように耳に掛ける。浴室への戸口をガラリと開けて、
「児玉さま、お湯加減は如何かな?」
「おお、ご住職!」
突然、熊のように大柄な住職が、すっぽんぽんで大をぶらぶらさせながら浴室に這入ってきて、驚かない男はあるまい。五郎もご多分にもれず、湯槽からふらふらと立上がった。だが、五郎は八百院の上客とはひと味異っていた。ぼうっとした頭でも、殷慶に負けじと屹立した魔羅を突きだし、勝負に出たのだった。五郎の肉刀は、上反であった。
「児玉さま、裸かの附合いはどうですかな。魔羅を見せあって隠すものなしであれば、ココロの悩みもすっかり打ち明けられましょう」
もっともらしいことを云いながら、殷慶は中腰になって掛け湯をした。柿の実のような玉冠部が、簀子の板床についている。立上るときに、湯を切るフリをしてこれ見よがしに下からはたきあげ、ブルルンと揺らせてみせた。
「ほう。『板舐め』でござるか」
「児玉さまほどでは……。仏に仕える身ですので、女人との交わりもございません。この黒茄子を持て余すのが修行のようなものです」殷慶は、湯槽に脚を入れるついでに、さり気なく五郎の魔羅を握りしめた。「さすがお江戸一番の色男。女人をずいぶんと斬ったのでございましょうなあ」
「うはは」
五郎は満更でもないようすだった。
ふたりは同時に湯槽に浸かった。ざあざあと湯があふれた。脚を複雑に絡ませあいながら、向かいあわせに腰を落ち着けた。
世間話も尽きた頃、五郎が慎重に語りはじめた。
「ところでご住職。僧侶と云えば衆道と噂に聞きますが……」
「遠まわしにおっしゃる必要はございません。団子屋の看板娘のことでございましょう?」
五郎は黙りこんでしまった。図星だったようだ。殷慶の聞き及ぶ範囲では、この町内には団子屋が三軒あるが、そのすべてが蔭間茶屋である。女人としか経験のないノンケ男が、いきなり蔭間に惚れこんだとなれば悩むのも無理はなかろう。治療のし甲斐がありそうだ、と殷慶は心のなかでガッツポーズを取った。
「さあさあ、児玉さま。お背中をお流ししましょう。垢とともに悩みも掻き落として差しあげますよ」
殷慶は先に湯槽を出ると、湯桶に湯と石鹸を入れ、シャカシャカと泡を立てた。それから天井の梁に掛けてあった吊り輪をふたつ、だらりと垂らした。
「ご住職、その輪はなんでござるか?」
殷慶は、ニヤリと笑って、
「ガタンゴトン、ガタンゴトン。次は『裏湯島天神』……」
すると五郎は催眠術に掛けられたように湯槽からガバッと飛びだし、両手でその輪をつかんだ。
「ガタンゴトン、ガタンゴトン」
殷慶は念仏のように唱えながら、耳に挟んだ竹筒のひとつを手にとった。左の腋窩の茂みにある、例のツボに押しあて、トン、と突いた。
「はあっ……!」
五郎が叫んだ。禁断のツボに透明な鍼が刺さっている。
殷慶は続けて右の脇腹を撫でさすり、ツボを見つけると、もうひとつの竹筒をそこに押しあて、同じように、トン、と突いた。
「ひいぃっ……!」
五郎がまた叫んだ。天井に顔をあげ、恍惚とした表情を泛べている。殷慶は、満足げに種明かしをした。
「これは薬湯を凍らせた氷鍼だ。どうだ、カラダの奥底にズンズン響くだろ?」殷慶は、言葉づかいまで荒々しくなった。「さあて、児玉の。ちぃとばかりオメエさんのカラダを楽しませてもらうよ」
殷慶は、ひとりごちると法衣を脱ぎ、下帯も解いて、すっぽんぽんになった。隠し棚から細い小竹の筒を二本取り出し、競馬に興じるおっさんのように耳に掛ける。浴室への戸口をガラリと開けて、
「児玉さま、お湯加減は如何かな?」
「おお、ご住職!」
突然、熊のように大柄な住職が、すっぽんぽんで大をぶらぶらさせながら浴室に這入ってきて、驚かない男はあるまい。五郎もご多分にもれず、湯槽からふらふらと立上がった。だが、五郎は八百院の上客とはひと味異っていた。ぼうっとした頭でも、殷慶に負けじと屹立した魔羅を突きだし、勝負に出たのだった。五郎の肉刀は、上反であった。
「児玉さま、裸かの附合いはどうですかな。魔羅を見せあって隠すものなしであれば、ココロの悩みもすっかり打ち明けられましょう」
もっともらしいことを云いながら、殷慶は中腰になって掛け湯をした。柿の実のような玉冠部が、簀子の板床についている。立上るときに、湯を切るフリをしてこれ見よがしに下からはたきあげ、ブルルンと揺らせてみせた。
「ほう。『板舐め』でござるか」
「児玉さまほどでは……。仏に仕える身ですので、女人との交わりもございません。この黒茄子を持て余すのが修行のようなものです」殷慶は、湯槽に脚を入れるついでに、さり気なく五郎の魔羅を握りしめた。「さすがお江戸一番の色男。女人をずいぶんと斬ったのでございましょうなあ」
「うはは」
五郎は満更でもないようすだった。
ふたりは同時に湯槽に浸かった。ざあざあと湯があふれた。脚を複雑に絡ませあいながら、向かいあわせに腰を落ち着けた。
世間話も尽きた頃、五郎が慎重に語りはじめた。
「ところでご住職。僧侶と云えば衆道と噂に聞きますが……」
「遠まわしにおっしゃる必要はございません。団子屋の看板娘のことでございましょう?」
五郎は黙りこんでしまった。図星だったようだ。殷慶の聞き及ぶ範囲では、この町内には団子屋が三軒あるが、そのすべてが蔭間茶屋である。女人としか経験のないノンケ男が、いきなり蔭間に惚れこんだとなれば悩むのも無理はなかろう。治療のし甲斐がありそうだ、と殷慶は心のなかでガッツポーズを取った。
「さあさあ、児玉さま。お背中をお流ししましょう。垢とともに悩みも掻き落として差しあげますよ」
殷慶は先に湯槽を出ると、湯桶に湯と石鹸を入れ、シャカシャカと泡を立てた。それから天井の梁に掛けてあった吊り輪をふたつ、だらりと垂らした。
「ご住職、その輪はなんでござるか?」
殷慶は、ニヤリと笑って、
「ガタンゴトン、ガタンゴトン。次は『裏湯島天神』……」
すると五郎は催眠術に掛けられたように湯槽からガバッと飛びだし、両手でその輪をつかんだ。
「ガタンゴトン、ガタンゴトン」
殷慶は念仏のように唱えながら、耳に挟んだ竹筒のひとつを手にとった。左の腋窩の茂みにある、例のツボに押しあて、トン、と突いた。
「はあっ……!」
五郎が叫んだ。禁断のツボに透明な鍼が刺さっている。
殷慶は続けて右の脇腹を撫でさすり、ツボを見つけると、もうひとつの竹筒をそこに押しあて、同じように、トン、と突いた。
「ひいぃっ……!」
五郎がまた叫んだ。天井に顔をあげ、恍惚とした表情を泛べている。殷慶は、満足げに種明かしをした。
「これは薬湯を凍らせた氷鍼だ。どうだ、カラダの奥底にズンズン響くだろ?」殷慶は、言葉づかいまで荒々しくなった。「さあて、児玉の。ちぃとばかりオメエさんのカラダを楽しませてもらうよ」
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