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第一章 「お江戸いけめん番付」の色男

漆 児玉さまは誰のもの?

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「児玉さま、刀をお預かりいたしましょう」殷慶いんけいは五郎から大刀と小刀を受けとると、壁の刀架とうかに丁重に掛け、三人の弟子を紹介した。「この者たちは、わたくしの弟子にございます。大切な刀の見張りをさせていただきます」
「なるほど。僧侶であれば殺生は禁じられているので、刀に手を出すことはないと」
 はひふへ咆哮で酩酊状態の五郎が、眠たそうな声でこう云うと、殷慶は大きく頷いた。
 鎮光ちんこうが乱れ籠を持って立上り、五郎の傍らに正坐した。「十手とお召し物はこちらに」頭を下げ、脱衣を促す。
「児玉さま、わたくしがお手伝いいたしましょう。そのまま立っていただけますかな」
 殷慶が着流しの帯にさっと手を伸ばした。勿論、指を銜えてもの欲しそうに見ている芳恵ほうけいを睨みつけるのも忘れない。しゅるしゅると小気味の好い音を立てて、帯が殷慶の手に落ちた。殷慶はそれを鎮光に渡した。着流しも同じように、かさかさと樹々の葉がそよ風に擦れあうような音とともに剥がされ、殷慶の手から鎮光の手へ渡り、乱れ籠のなかに収められた。
 五郎は下帯ひとつの見事な体軀で、脱衣場に立っていた。
 鎮光が乱れ籠を手に下がり、芳恵と丹清たんしょうが控えているところに戻る。芳恵と丹清が立上って、屏風絵を開き、その陰に三人の姿を隠すようにした。屏風絵の上部から刀掛けが見えるくらいの高さだった。
「おや。児玉さま」五郎の前で跪いていた殷慶が、わざと小声で云った。「下帯に汚れが……」
 腋窩にひそむ禁断のツボを突いたときの先走りであった。
「夏ですので、すぐに乾きます。湯浴みのあいだに洗っておきましょう」
「か、かたじけない……」
 江戸時代、下帯は『損料屋そんりょうや』(=レンタルショップ)で洗濯済みのものを借り、着用後にそのまま返却するのがふつうであった。布が大変高価であったためである。
「下帯を解かれましたら、あちらの屏風絵に背を向けて、ぽん、とお投げください」
 殷慶は、五郎からすっと離れ、湯殿の扉に手を添えた。五郎は、誰にも見られていないことに安心して、勢いよく下帯を解いて丸め、屏風絵の向こうに後ろ向きに投げた。ふわりと下帯が宙に舞った。
「児玉さま、ごゆっくりと汗を流してください」
 殷慶が扉を開いた。五郎は、さり気なく片手で股間を隠し、走り込むようにして湯殿へ消えた。殷慶が扉を閉じたそのとき、屏風絵の裏でキャーキャーと騒がしい声と、ドタバタと暴れる音がした。
「児玉のアニキは、拙僧ぼくのものだってばぁ~」
「芳恵! 初顔は先輩が担当するものです。その下帯をよこしなさい」
「ここはジャンケンで公平に……」
こまらはすっこんでろ!」
 鎮光と芳恵が声をあわせた。
 この騒動がのちに西洋に伝わり、結婚式で花嫁が行うブーケトスに変化したと云われている。
 まったく、騒がしいやつらだ。
 殷慶は、ため息をついた。このなかで誰が五郎との『カップリング』に相応しいか考えぬいた。そして屏風絵の奥に這入り、『きゃっとふぁいと』を繰り広げる弟子たちに告げた。
「続きは天井裏でやれ。まずは俺からだ!」
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