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第14章 混沌庭園のプロフェッサー
第253話 『天戟』と『燻天』の本気
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あとがきおよび『活動報告』で連絡があります。
もっとも……あとがきではちらっと触れている程度なので、直接活動報告の方を見ていただければそちらの方がはやいかもしれません。
どうぞよろしくお願いします。
では、第253話、どうぞ。
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「さて、では……『アルティメットフレア』」
言うと同時に、アクィラの杖から、すさまじい炎があふれ出し、まるで渦巻く銀河のような形をなして射出された。ドレークはそれを、横に跳躍してぎりぎりでかわす。
結果、煌く橙色の火炎の螺旋は、地を焼きながらすさまじい勢いでミナトに迫る。
「ったく……いきなりこんな凶悪な技を!」
言うと同時に、ミナトは右腕を横に凪ぎ、飛んできた火炎を払いのけ、弾き飛ばしてしまう。
火炎弾は明後日の方向に飛んでいき、地面に着弾して爆散した。
そこに突き出されるドレークの戟を、ミナトは殴って軌道をずらしてかわす。
そして同時に、その勢いを利用して回し蹴りでカウンターを狙う。
ドレークはそれを、少し上体をそらして避け、返す刃で袈裟懸けにミナトを切りつける。
が、その一撃は、突き出されたミナトの左腕の装甲に阻まれて止まる。
しかも、『魔力共振バリア』と同じような力場が発生していたのか、叩きつけた以上の衝撃を上乗せして返された。驚きもあり、一瞬ドレークはたたらを踏む。
しかし、ミナトは追撃することなくバックステップで飛び退り……その直後、アクィラが放った火炎の大蛇が、器用にドレークをよけて襲来。一瞬前までミナトがいた場所の地面にその牙を突き立て、大地をドロドロに溶解させた。
その際に発生した土煙に紛れ、横合いに回り込んだドレーク。
しかし、惑わされることなく目で終えていたミナトは、先程と同じように装甲で受け止めようとして……直後に背筋に寒気を感じとった。
防御を中止し、回避に移行。真横に飛び退って離脱する。
その瞬間、ドレークの逆袈裟に斬り上げる軌道の一撃が振るわれ……
――ドガァァアアァアッ!!
斬撃と共に発生した衝撃波が、地割れのごとき亀裂を地面に刻みながら飛び、間一髪かわしたミナトの横を通り抜けていった。
そのあまりの威力に冷や汗を流すミナト。
今程度の威力ならば、防ぐことはできるし、いなすこともおそらくはできるだろうとミナトは見ていた。
しかし同時に、これが本気であるはずはない、まだまだ上がある、とも予想できていた。
何よりもミナトが恐ろしいと思ったのは……今のが、魔力も何も乗っていない、ただの『高威力で刃を振るった結果起こった衝撃波』だったことだ。
いうなれば、ただの余波である。それでありながら、あそこまでの威力。
仮に、もしアレそのものに魔力が乗り、ちゃんとした『遠距離攻撃』として放たれていたらと考えると……想像するのも難しい威力となる。
横をすり抜けていった衝撃波が、減衰しつつ消えていく様子を見ながら、ミナトはそう思った。
しかし、そこに感嘆を覚える暇もなく、さらに襲い掛かる追撃。
魔力をまとい、強化されたドレークの戟が、袈裟懸けにミナトを斬り裂かんと襲い掛かる。
ミナトはそれを殴って軌道を反らしつつ回避するが、たったそれだけでも予想外の反動を拳で感じとれた。
『ハイパーアームズ』装備前であれば、満足に反らすこともできなかったであろう威力。
しかもその直後、即座に切り返して追撃を見舞ってくる。
距離と立ち位置からして、避けるのは難しい一撃。避けるとすれば後ろだが、それでも衝撃波は飛んでくる。もしそこに追撃を合わせられれば、撃墜は免れない。
そう考えたミナトは、ぐるん、と体を勢い良く回転させて、その勢いで肘鉄を叩きつけ、戟をはじきつつ距離を取った。
さらに、そこへ追撃としてドレークが放った、縦一線の斬撃が生んだ衝撃波……しかも、今度はそれに魔力が乗っている――を、
「――ぅるあっ!!」
魔力を込めた拳で横合いから殴りつけて粉砕する。
と同時に、その拳を裏拳の逆軌道で、裏拳の要領でもう一度振るい、衝撃波の軌道に隠して飛んできたアクィラの魔法……不可視の風の砲弾を叩き砕く。
そして、それとほぼ同時に地面を蹴って前に跳ぶと、戟を構えるドレークの懐に潜り込まんと突貫。振るわれる戟と、その余波の衝撃波をかいくぐって間合いを詰める。
かがみ、転がり、跳び……時に、拳で強引に活路を開く。
その最中、あと数mで、というところで、ぞくりとミナトの背筋を悪寒が走った。
目の前には、弓弦を弾き絞るように、半身に引いて戟を構えるドレーク。
その刃は、緑色の燐光をまとっている。
運悪く地を蹴った直後であり、方向転換が間に合わないタイミングだと悟ったミナトは、右腕に魔力を収束させて練り上げていく。
拳に、腕に、肘に、肩に……周囲の空間と大気が悲鳴を上げるほどに魔力が膨れ上がる。
それを見て、感じ取ったドレークだが……微塵も動揺するそぶりは見せず、むしろ、面白い、とでも言いたげな笑みを、その口元に浮かべていた。
―――行くぞ。
言葉を交わす暇などない、文字通り刹那の攻防。のはず。
にもかかわらず……ミナトの耳には、そんな声が届いたような気がした。
その瞬間、翡翠の暴風と漆黒の闇が、ドレークの刃とミナトの拳が正面から激突し……膨大な運動エネルギーを宿した物理攻撃と、同時に解き放たれた凄まじい魔力がぶつかり合った。
その結果起こったのは……周囲半径数十mに広がって地面に亀裂を入れるほどの、炎なき爆発。それは空気を震わせ、引き裂き、土埃を巻き上げ、しかしそれを一瞬で吹き飛ばした。
下手な近代兵器を使うよりもよほど大きな破壊をもたらした激突。
その爆心地にいた2人は、一瞬の硬直の後、弾かれたように互いに跳んで距離を取る。
直後に、ミナトにのみ襲い掛かる、追撃の魔法。
アクィラが連続で放つ『ヴォルケーノランス』――『フレイムランス』の上位互換魔法。溶岩でできた槍を放ち、質量と超高熱で相手を貫いて焼き殺す――を、暴風をまとった拳で砕き、叩き落しながら、ミナトは耐性を立て直す。
普通なら、近づいただけでも灼けるほどの高熱。直接触れでもしたら、人間の体など、その瞬間燃えて溶けて崩れ落ちるだろう。運が悪ければそこに溶岩が付着し、焼き潰され、回復魔法でも治癒が不可能なほどの傷となり、その者の命を、あるいは未来を奪うに違いない。
だがミナトは、当然のように溶岩槍を拳で叩き落している……どころか、今、飛んできた2本の槍を両手で1本ずつキャッチして、片方を投げ返して別な一発を撃墜した。
そしてもう1本を、突貫して来ようとしたドレークめがけて投げつけてけん制する始末。
それを当然のように真っ二つに切り払うドレークもドレークだが。実に無茶苦茶な光景である。
が、『まあこれくらいはやるだろう』とあたりをつけていたため、それに特に驚くこともなく……アクィラは次なる魔法を練り上げ始める。
それを感じ取ったドレークは、攻め入るタイミングをずらすことに決めた。
アクィラの杖の先に、膨大というのもおこがましいほどの魔力が収束していく。
弱い者ならば、その魔力の余波だけで頭が痛くなり、最悪、気絶してしまうかもしれないほどの量と密度……そして、それが『火』の魔力であることによる、高熱。
陽炎が発生し、周囲の空間がゆがむ。さらには、周囲の地面に自然発火現象までもが起こる。
そして、練り上げられた魔力は、炎に姿を変えてミナトを襲う……かと思いきや、アクィラはその魔力を、攻撃ではなく、別な魔法の術式に沿ってくみ上げ始めた。
これはさすがに予想外だったミナトが一瞬戸惑う前で、瞬く間に術式が完成し……それと同時に、ようやくミナトは姉の意図を察することができた。
今まさに完成した術式。それは……
「まさか……召喚術!?」
「ご明察。出てきなさい、『グランイフリート』」
「ぐら……はっ!?」
その呼び声と同時に、アクィラの眼前に現れる、炎を吹き出す巨大な魔法陣。
そこから、巨人――否、『鬼』が現れた。
筋骨隆々の肉体に、燃える炎のように赤く、光沢を放つ肌。水牛のように婉曲した角と、鋼鉄をも容易く切り裂けそうな鋭い爪と牙は、どちらも黒曜石のように黒光りしている。
目は爛々と凶暴かつ凶悪な輝きを放ち、呼気に混じって黒煙と火炎が噴き出していた。
魔法陣から最後に出てきた、その鬼の下半身は……先の騒乱の中でも戦った亜人・ラミア族のように、蛇の下半身になっている。
いや、形状からして……蛇というよりも、龍のそれかもしれない。
炎の精霊種の最上位……『イフリート』。1体で町一つ、瞬く間に焼き尽くせる存在。
その更に上位。突然変異によって進化した、いわば亜種。それが『グランイフリート』。
何というものを従えているのか、と驚愕するミナトに、グランイフリートの攻撃が迫る。
巨体を空中に浮遊させるグランイフリートは、大きく息を吸い込むと……次の瞬間、ドラゴンのそれをはるかに上回る勢いと威力の、炎のブレスを吐き出した。
その規模、攻撃の範囲から、回避は不可能だと判断したミナトは、魔力を込めた両手を前に突き出し、吹き付ける爆炎を受け止めて防御した。
かつて受けたウェスカーの『ディヴェルティメント・フレア』や、ギャナーガスの『シャグナトル・ラグナ』をも上回る威力。しかし、『ハイパーアームズ』を身にまとったミナトの防御力と耐久力をもってすれば、ほぼ無傷で防ぎきれる威力だった。
が、その最中に横合いから飛んできた衝撃波はまた別だった。
前方を集中して防御しているところに、魔力で強化されたドレークの戟の一閃が襲い掛かり……とっさに拳を振るって威力を減衰させたものの、見事にミナトは吹き飛ばされた。
その結果として、グランイフリートのブレス攻撃からは逃れることができていたが、盛大に体勢を崩した上に吹き飛ばされている今の状況を考えれば、喜べるようなことではない。
どうにか空中で体をひねってうまく着地したものの、眼前にはすでに、暴風に乗って加速したドレークの戟が近づいている。
と同時に、アクィラが放った重力魔法により、突如としてミナトの体が急激に重くなる。それによって動きが鈍り、ドレークの攻撃の回避が絶対的に不可能になった。
そこに大上段から、魔力を込めて振り下ろされるドレークの戟。
暴風をまとい、斬撃と同時に全てを切り刻むであろう威力を秘めた一撃がミナトに迫る。直撃すれば、死にはしないまでも……間違いなく戦闘不能になるであろうそれが。
だというのに、そこにさらにアクィラが、重力魔法を維持したまま、追い打ちをかけてくる。
火属性最上級魔法の1つ――『クリムゾン・ロンギヌス』。炎をそのまま固めて鍛え上げたかのような灼熱の大槍が飛んでくる。
そして、そのアクィラが呼び出したグランイフリートは、頭の2本の角の先端に、赤い光を収束させ……次の瞬間、全てを焼き尽くす熱線にして、ミナトに放つ。
3方向から襲い掛かる、どれか1つとっても必殺級の攻撃。
防御してもリタイアになってしまう可能性の方が高い、この絶体絶命の状況下で……
「――『モードコンパート』」
ぼそっ、とそうつぶやくと同時に、ミナトが立っていた場所に、火炎と暴風が殺到。大爆発を起こし、大きなクレーターを作り上げた。
☆☆☆
「やったか!?」
「……アクィラ、何だ、その抑揚も何もない声は?」
「ああ、いえ、ただ言ってみたかっただけなので」
しれっと返すアクィラ。
その意図と言っていることはよくわからなかったが、ドレークは気にしないことにして、爆心地に向けたままの目をわずかに細める。
ドレークもアクィラも、もとより今ので『やった』とは思っていない。
着弾の直前、瞬間的に感じ取れた、正体不明の魔力。
ドレークとアクィラのいずれもが、今までに見たことも感じたこともないものだった。
それがどういうものかはわからないが、ただのこけおどしということはないだろう、と2人とも見ていた。ましてや、それをやったのは、あのミナトなのだから。
そこまで思考が至った瞬間……はっとして、弾かれたように背後を振り向くアクィラ。
振り向きながら、半ば反射的に魔法障壁を多層展開し……背後から叩きつけられた、ミナトの掌底をどうにか防ぐことに成功していた。
それでも、一瞬で8枚展開した障壁は、6枚目まで貫通し、7枚目にひびが入っていた。
正面にとらえていたはずのミナトが、いつの間にか……それこそ、瞬間移動でもしたかのように背後に回り込んでいたことに驚くアクィラ。そしてそれは、ドレークも同様だった。
目で追えないほどの超高速で動いたのか、はたまた、本当に転移したのか。
2人ともそれはわからなかったが、それでも熟練者の強みか反応は素早い。
アクィラは足に魔力を込め、後衛の魔法使いという立ち位置からは想像しづらい素早さで飛び退る。並の前衛職ならば置き去りにできそうな速さである。
同時に、自分とミナトの間に無数の火炎弾を発生させ、それをぶつけたり、意図的に空中で炸裂させたりして防御と妨害をするが、ミナトを足止めするには完全に威力不足である。
体表面の『魔力共振バリア』に防御を任せて強行突破するミナト。
その速度はアクィラが飛び退るよりも早く、ドレークも間に合わない。掩護攻撃も、この位置ではアクィラを巻き込んでしまう。
するとアクィラは、驚くべき行動に出る。
先程と同じように眼前に魔法障壁を……それも、円錐状になっていて、尖った先がミナトに向いた特徴的な形のそれを作り出すと、それを押し出すようにしてぶつけた。
それも、先程以上に構成が甘かったがゆえに、裏拳の一発で砕かれてしまうが、その一瞬の隙が生じた間に、アクィラは杖の先に魔力を収束させ……光の刃を作り出した。
装飾の施されている杖の頭についているのは、まるで夜空の三日月をそのまま取って取り付けたかのような、鋭い輝きを放つ光刃。それでいて、月光のように優しく柔らかくもあり、不思議というか、不可解で神秘的な武器だった。
その光景に、まさか、と思うミナトの眼前で、アクィラは法衣を翻し、手首から先を巧みに動かして杖を切り返すと……横一文字にその光の鎌を振るった。
とっさに殴ってその軌道を反らしたミナトだが、拳から伝わってきたその予想外の威力に驚きを隠せない。しかも、その殴られた勢いすら利用してアクィラは追撃をかける。
円を描くような軌道で迫る次なる一撃を、ミナトは今度は真剣白羽取りの要領で受け止め――ようとしたその瞬間に、光でできた刀身が、突如として飛び道具のように射出された。
それでもキャッチには成功したものの、今度は手の中で強烈な光と共に爆散。
さらに、それを目隠しにアクィラは何発もの火炎弾を、まるで焼夷弾のように周囲にまき散らし……さらにそれに紛れ込ませた『ヴォルケーノランス』でミナトにたたらを踏ませた。
『ヴォルケーノランス』以外はミナトに対して痛打にはなりえず、その溶岩の槍も蹴りの一撃で爆散してしまったのだが……それら全てをミナトがさばき終えるころには、アクィラは自分に得意な間合いへと距離を放してしまっていた。
「ふぅ……危ない危ない。危うくやられてしまうところでした」
「……アクィラ姉さんって、接近戦もできたんだね。知らなかったよ」
体についたすすを払いながら、呟くように言うミナト。
今の攻防の中でミナトが感じたアクィラの近接戦闘能力は、仮にそれに絞った戦い方だとしても、冒険者ランクにしてAAAは軽くいくであろうレベルだった。
けん制と回避・離脱に充填を置いた立ち回り方だったが……もし仮に攻めようとすれば、十分に実戦で通用する実力を発揮できるだろう。
「ええ、『近距離か遠距離のどっちかしか得意じゃないなんてダメでしょ』って、お母さまにがっちり叩き込まれましたからね。あなたもでしょう、ミナト?」
「ああ、そりゃそうか……っていうか、多分うちは全員そうだろうね」
それが、あの無敵の母親の教育方針に由来するものだと知って納得するミナトの視界の端に、何かが動くのが見えた直後……いくつもの風の刃が飛来した。
奇襲気味のその一撃を、右腕一本でミナトがさばく間に……ふっとその周囲の地面に影が差す。
見ると、今の間に接近したらしい『グランイフリート』が、膨大な熱量をまとわせた右拳を、ミナトめがけて打ち下ろさんと振りかぶっていた。
さらにそこに、逃がさんとばかりに地面が隆起し、岩石の牢獄のようなものが形成されたかと思えば、その全体が赤熱・溶融を始め、溶岩のオーブントースターと化した。
最早それは、技として『拘束』の類に分類できるものではないだろう。内部の温度は数百度になり、常人なら即座に全身大火傷の上、血液が沸騰して即死である。
「ホントに殺す気で来てないか?」とぼそりとつぶやきつつ、ミナトは拳を突き出した衝撃波で、溶岩の牢獄をたやすく粉砕する。
さらに、振り下ろされようとしている炎の鉄拳を視界にとらえた……その瞬間、
「モードコンパート『虚数』……スタートアップ!」
先程と同じセリフをミナトがつぶやいた瞬間、その身に異変が起きる。
全身の装甲の縁の部分、あるいはそのつなぎ目にある溝から、紫色の光が漏れだした。
同時に、装甲の一部がスライドしたり展開して変形、その下に隠れていた、鮮やかなメタリックパープルの魔法金属の装甲があらわになった。
全体的に、先程までよりもややシャープで、機械装甲を思わせるフォルムに変化を遂げた。
そして、その部分から光と共に猛烈な勢いであふれ出すのは、紫色の光の粒子。
拡散し、その周囲に広がる光粒は、少し距離を漂うと消えるものの、その周囲の空間を微妙にゆがませ、何らかの形で干渉している。
そして同時に、アクィラとドレークの2人は、先程と同じ魔力を肌で感じ取った。
直後、空間に光の波紋のような痕跡を残し……ミナトが消えた。
と同時に、ドゴォン、という轟音が響いたかと思うと……そこには、今まさに空中で飛び膝蹴りを放ち、グランイフリートの拳を蹴り上げ、弾き飛ばしたところだった。
そのままミナトは『スカイラン』で空を蹴って急激に下降すると、体勢を崩しながらも反撃しようと、口腔内に火炎のブレスをチャージし始めたグランイフリートの額に着地。
そこで、大地を穿たんばかりの威力の震脚を叩きつけた。
グランイフリートの脳天から、地面に接している龍のような胴体までを、特大の衝撃が貫き……なおも衰えぬ勢いが、地面に細かな無数の亀裂を入れた。
体を一直線に内側から破壊されたに等しい状態となっているグランイフリートは、さすがにひとたまりもなく、ゆっくりとその巨体を傾かせ……たところに、ミナトが飛び上がって放ったとどめの『ダークネスキック』が炸裂。胸板を、胴体を貫通して背中側に抜けた。
それによって、炎の鬼は完全に沈黙。轟音と共に大地に倒れ、ゆっくりと消滅していった。
アクィラの『召喚獣』であり、また契約の様式から、このような形で倒されても、時間をおけば再生して再度召喚できるようになるものの……この戦いからの離脱は確実である。
しかし、ドレークとアクィラの関心はそこではなく、別な部分に向けられていた。
特に、何度か隙を見出しつつもあえて戦いに加わらず、ミナトを観察していたドレークは……その眉間にしわを寄せ、不可解なものを見るような目で、着地したミナトを見続けている。
ドレークは、ミナトが装甲を展開して『何か』をした、と思われた時も、その直後にいきなり消えた時も……当然ながら、観察を続けていた。
しかし、消えた瞬間には、完全にその姿を見失ってしまったのだ。先程と同じように。
周囲の土埃が散った様子がないこと、音速突破による衝撃波なども発生していないことから、ドレークでも視認が不可能なほどの超高速で動いたというわけではないとわかるが、それならばそれで不可解であった。
今回も妙な魔力は感じたが、転移魔法を使ったような気配ではなかった。術式から感じ取れる魔力の気配が違ったし……直前に見たミナトの動きに、違和感を覚えた。
まるで、グランイフリートめがけて今から跳躍するように、軽く膝を折っていたからだ。
そして次の瞬間、消えて、現れたと思ったら……グランイフリートの拳を蹴り飛ばしていた。
そこで、ドレークは気づく。
もし仮に、ミナトがあのまま『跳躍して』『蹴り飛ばして』いたとすれば……ちょうど、先程のような形になったのではないだろうか、と。
となれば……と、ドレークの頭の中で、ミナトの謎の魔法に関する仮説が組みあがり……それを確かめるため、ドレークは地を蹴った。
それを迎え撃たんとするミナト。
恐らく、先程は発動後に元に戻ったのであろう、その装甲は……今度は閉じられることなく、紫色の光と光粒を放ち続けたままである。
暴風を身にまとい、音を超える速さで……その際に発生した衝撃波すら自分の武器にしながら迫るドレーク。さらに、掩護射撃にアクィラの放った溶岩槍までもが飛ぶ。
自分めがけて飛ぶ溶岩槍を見据え、ミナトは不敵に笑う。
そして、ドレークの意図を察してかどうかはわからないが……まさにドレークが見極めんとしている『魔法』……ではなく、正確には『技能』といった方がいいそれを行使。
ひときわ強く地面を蹴ったミナトが、光の波紋を残して消え去り……その瞬間、ドレークが戟を振るって放った衝撃波が飛んでいく。
すると、溶岩槍を挟んで逆側に、それらをすり抜けたかのように姿を現したミナトが……迫ってきた衝撃波を蹴り砕きながら着地した。少し驚いたような表情と共に。
そしてその直後、またしてもミナトが姿を消すと……今度はドレークは、横一線に飛ぶように衝撃波を放った。
すると、視界の端のあたりで……何もなかった空間に出現したミナトが、飛んできた衝撃波を手甲ではじくのを確認できた。
それを見て……ドレークは、ミナトの技が何なのかを確信した。
消えて、現れるというプロセスを踏んでいるが、転移魔法の類ではない。消えてから出現するまでは、コンマ数秒以下のわずかな時間であるが、差があるのだ。
加えて……ミナトは、消える直前に見られた挙動から予測できる場所に現れている。
前方に駆け出した瞬間に消えれば、その先……前の位置で現れた。横に跳躍するような体制になった直後に消えれば、横方向に少し行ったところに出現した。
だがしかし、高速移動の類でもない。間に明らかに障害物があったにもかかわらず、消えてからそれを無視して現れて見せたし、先程述べたように、衝撃波や土埃の霧散などの、超高速で動いた際に付随して起こる現象が起こっていない。
ドレークが予想したその正体は、ある意味では単純なもの……その2つの組み合わせだった。
超高速移動の要領で跳躍し、その瞬間に転移魔法に似た術式を発動。そのまま高速移動したとしたら、そしてその間に障害物がなかったとしたら、という過程で行き着く場所に現れる。
最も、なぜそのような形になっているのか、という理由まではわからなかったが……それは無理もないことだろう。
ドレークは、ミナトが使っている第9の属性を……通常は知覚することすらできない、この世界の『裏側』に干渉し、そこを通じて表側にも、本来は不可能なやり方で干渉し、ありえない事象を引き起こすことを可能にする、『虚数属性』を知らないのだから。
そして、ミナトが繰り出す『虚数属性』の牙は、まだまだ全容を見せてはいない。
戦い方そのものはともかく、ドレークとアクィラにとってここから先は……正真正銘、未知の領域である。
☆☆☆
「虚数……属性?」
「そ。今、ミナトが使ってる魔法の……言ってみれば、ミナトだけの9番目の属性だよ」
一方その頃、観客席では……ミナトが使って見せた謎の技法について、議論や推察が巻き起こっていた。
200年以上もの間、幾多の戦いを潜り抜け、様々な魔法の術式を見てきた母・リリンですらわからないその正体が何なのか。誰もそれにつながる答えを出せない中……『僕知ってるよ?』と挙手したミシェルに注目が集まり……冒頭に続く。
特にミナトから口止め等もされておらず、『信頼できる相手にならいーよ、話しても』と言われていることだったため、簡単にではあるがミシェルが説明を始めていた。
『虚数属性』……ミナトが『ザ・デイドリーマー』と『霊媒能力』の両方に目覚めた結果生み出された、この属性の本質は……『干渉不可能への干渉』である。
ミナトがこの属性を『虚数』と名付けた語源にもなっていることだが、この世界には、確かに存在するはずだが、干渉はおろか認識することもできない領域ないし分野というものがある。
例えば、『マイナス』の数。
帳簿や数式上では存在するし扱える『-3』というような負の数であるが、実際に目にすることができる数値かと言われれば、否だ。リンゴを3個並べろと言われれば普通に並べればいいが、『マイナス3個並べろ』と言われては、『何だそれは』ということになるだろう。
まあそれも、『ここにリンゴが3個あったけど、なくなってしまったから今の状態はマイナス3個である』とか、『お使いで持たされたお金が足りなくて自腹を切った。その出費の分が赤字=マイナスの額だ』といった形で、強引に目に見える形で表せなくもないが。
ともかく、このような『存在はするはずだが、認識も干渉もできない領域』というものが、数学に限らずこの世の中にはいくつも存在しているわけだが……ミナトの新しい力は、そこに干渉できた。今まで不可能とされていたことを、可能にできたのである。
例えば今のミナトの瞬間移動は、本質的には高速移動である。脚力を強化し、『リニアラン』なども使って超高速で動き、走って目的の場所に行っただけの、極めて普通の移動だ。
ただ、そこに至るまでに……『虚数空間』を通っただけで。
裏の世界だとか、別次元だとか言われる『虚数空間』……位相を異にして、この世界と同じだけ広がっている、本来ならば干渉不可能の領域。ミナトは、空間をゆがませて、ごくわずかな間だけとはいえそこに飛び込み、トンネルのようにそこを通って移動したのである。
術式の構築に、多少なり転移魔法を参考にしているため、瞬時に使おうとすれば、ある程度その地点が見えていることが条件になるが、それさえ満たせば、障害物を無視した移動が可能。
これを使ってミナトは、消えるがゆえに感知もされない移動を実現していた。
他にも、ミナトが『キャッツコロニー』の竣工に利用した『マテリアルブロック』。
積み重ねて処置を施すと、最初からそうだったかのように、継ぎ目がなく全体が一体化した状態になるあの資材も、『虚数属性』の魔法によるものであった。
あのブロックは、虚数領域から干渉して加工・整形されたものだった。
そのまま普通のやり方で資材として使うこともできるが、その場合は切り出したり、積み上げて固めたりといった使い方ができるだけ。本当に、普通の石材と変わらない。
が、もともと虚数属性の魔法によって加工されたものは、虚数属性の魔法によってのみ、後から干渉して状態を改変することができるのである。
普通、いくら切断面がきれいだからといって、一度切った石材を元通りに、後もなくつなげるなどということはできない。だが、虚数属性による干渉ならばそれが可能なのだ。
全く別な『2つ』だった資材を、つなぎ目ひとつない自然な状態の『1つ』にできる。
人が干渉できる理の外から、物体に、空間に、魔法に、そして世界そのものに干渉することができ、常識で考えてどうやっても不可能な奇跡すら起こせる魔法。それが『虚数』。
地球における『虚数』の概念とは多少なり異なる部分もあるのだが、まあそのへんは適当でいいだろう、と割り切ったミナトがそう名付けたのでどうしようもない。
「とまあ……こんなとこかな。あ、これ以上詳しく説明しろって言われても無理だからね? ミナトに付き合って色々実験としたとはいえ、僕もきっちり仕組みとかまでわかってるわけじゃないし……そもそもミナト自身、まだ検証途中でわかってない力も多いそうだから」
ミシェルの説明を聞いた結果、驚愕を主とした色々な感情により、一同唖然とするキャドリーユ家の兄弟姉妹たちだが……その中で唯一、ほぼ動揺を現すことなく、聞きながらミナト達の試合を見続けていたアイドローネが、
「……佳境」
そう、ぼそっとつぶやいた。
その言葉に、何人かがはっとしてバトルフィールドに視線を戻すと、そこでは……先程までにまして、熾烈な戦いが繰り広げられ始めていた。
☆☆☆
観客席で行われたミシェルの説明会が聞こえるはずもなく、依然としてミナトの『虚数魔法』が謎な技能のままであるドレークとアクィラであったが、どうやら後回しにしたらしい。
興味深くはあるし、要注意の技能であろうが、考えてもわからない以上、注意して戦う他ない。それよりも、おそらくはこの後もその技能が使われていくであろうこの戦いの中で、どれだけ弟の実力を知ることができるか……そちらの方が大事だ、と、2人とも判断した。
考えても無駄なので、とりあえず全力で戦おうと割り切った……と言い換えられなくもない。
といっても、別にそれは横着したとかやけになったがゆえの行動などではない。
ある面から考えれば、合理的であり……それ以上に、2人とも、よく慣れ親しんだやり方であるからだ。
ドレークとアクィラとて、最初から今の地位にいたわけではない。騎士団の、そして魔法院の兵卒末席から駆け上がって今の地位に上り詰めたのだ。
そしてそこに至るまでに、何度も『実戦』というものを経験している。
時に市街地で、時に戦場で……幾度も、繰り広げた戦いの中では、今まで見たこともないような魔法や技能を使う者など、そう珍しくもない。2人とも、何度も経験している。
そういった場合、慎重に挑むことも必要だが、かと言って及び腰になれば戦況は終始こちらに不利となるだろうし、その隙を突かれて痛打を食らう可能性も高いのだ、と知っている。
もっとも、上り詰めた地位に来てからは、実践に出る機会もほとんどなくなり、それに伴ってそういった経験をすることもなくなったが……2人は久々に、その時の空気を味わっていた。
慎重たれ。されど、弱腰になるなかれ。
若いころを思い出し、つい気合いが入ってしまう2人を、責めることはできないだろう。
……いや、それによって手加減を誤れば、少々どころでなく洒落にならないレベルの大破壊を引き起こしうる使い手でもあるので、やはり少しはあるかもしれない。
幸いなのは、その相手をしている少年もまた、同格と言っていい実力者だということか。
「――はッ!!」
音速突破の踏み込みと共に、袈裟懸けに振り下ろされるドレークの戟。
空気を切り裂き、地面ごとミナトをたたき割る勢いで迫るその刃には、さらに暴風までもが相乗されており……受け止めて防いだり、攻撃を叩き込んで反らすことすら困難。
受け止める剣や盾の方が弾かれるか、最悪砕けてしまうことすら考えられる。
だがそんな凶悪な一撃を、暴風など意にも介さずに、ミナトはサマーソルトキックで強引に弾いて反らす。
その瞬間、文字通り蹴散らされ、行き場を失って暴発する形となった暴風が暴れだし、周囲の全てを薙ぎ払い、吹き飛ばす勢いで吹き荒れたが……ドレークもミナトも、それによって体勢を崩したりすることはなかった。
ドレークは全身に風をまとわせてその暴風を受け流して無効化。種族として風の扱いが得意だということもあり、この程度なら造作もなく行える様子である。
対するミナトは、こちらは持ち前の身体能力に加え、またしても『虚数魔法』による技能。
体表面から、『虚数魔法』によって変換・発生させた特殊な魔力の波動を発して無効化した。
それはいうなれば、『風のマイナス魔力』とでも呼ぶべきもの。
通常、風属性の逆と言うと、相性の問題から土属性が上がる。しかしそれは、性質として反対というだけの話であり、プラスとマイナスと呼べるような力関係にあるわけではない。
それに対して、ミナトが発した『マイナス魔力』は、対存在、反物質とでも言うべきもの。
正の魔力にぶつければ、お互いがお互いを打ち消し、最終的に『消滅』する。
ミナトはそれを利用して、自分に吹き付ける暴風を端から『負魔力』で打ち消すことで、空中にいながら吹き飛ばされることなく耐えたのである。
それがわかったかどうかはわからないが、ドレークはすぐさま次なる攻撃に移る。
手首をうまく使って戟を切り返し、その瞬間に再び自分の周囲と刃の部分に暴風を発生させ……さらにそこに、今度は雷までもまとわせて横一文字に振りぬいた。
ドレークの膂力と技量に加え、暴風の後押しをも受けて繰り出された一撃の速度は、先程までに比べてすらさらに数段早く、斬撃と同時に周囲の空間をきしませ、圧縮し、空気の壁を砕いて膨大な衝撃波を生み出した。
そしてそれら全ては、前方の空間を切り刻み、砕き割って蹂躙しながらミナトに迫る。
それを見たミナトは体を半身に構え、右手を掌底にして一度引き絞るようにすると、そこに魔力を込めて勢いよく突き出した。
その瞬間、迫りくる衝撃波がミナトに、その突き出された掌にあたるよりも先に、ミナトの前方にある空気・空間そのものが爆ぜたかのように、震えた。
ミナトの手に込められた『風』と『雷』、そして『水』の魔力は、掌底に乗って空気そのものを叩いて震わせ、ドレークのそれと同等以上の衝撃波を発生させていた。それによって、一瞬遅れて届いたドレークの攻撃を消し飛ばす形で相殺したのである。
そしてその直後、今度はミナトが攻めに出る。
足に力をこめ、地面を蹴ったその瞬間に『虚数空間』に突入。
一瞬で世界の裏側の、十数mの距離を踏破して再出現する――ドレークの真横に。
外角からねじ込むように放たれたミナトの拳がドレークに襲い掛かるが、即座に反応したドレークは手首を翻し、石突きを使ってその拳を横合いから打ち据えて軌道を反らす。
同時に自分はその反対側に半歩下がり、最小限の動きで攻撃を回避した。
しかしミナトの攻撃はそこで止まらず、素手であるがゆえの小回りや切り返しの速さを生かしれ連続攻撃を叩き込んでいく。再度ステップ等を交えてのその連打は、前方180度のあらゆる角度から怒涛の如く襲い掛かった。
しかし、その全てをかわすか防ぐかして対処しきったドレークは、一瞬の隙をついてミナトを蹴飛ばして間合いを放す。
その瞬間に、戟の石突きでがつん、と地面をたたいた。
すると、その足元から、先端が鋭くとがった岩石の槍が何本も勢いよく生えてミナトを襲い……しかしそれらは全て、ミナトが放った震脚の衝撃で根元から砕けていく。
が、ドレークの目的は攻撃ではなく、その石の槍を足場にしての跳躍だった。
全てが砕ける前に、暴風を上乗せして上空十数mまで一気に跳びあがると、ワンテンポ遅れて同じようにミナトの周囲に何本もの石の槍が、それも先程よりも巨大なものが出現。ミナトを取り囲んで逃がさない牢獄と化した。
もっとも、ミナトが本気でやれば脱出など造作もないだろうが、その前にドレークの戟と、それを持っていない方の手に、それぞれ違った属性の魔力が急速に収束していく。
戟には暴風が、そしてミナトに向けられる掌の方には……雷の魔力が。
その直後、ミナトの周囲を取り囲んでいた岩石の柱が発光を始めたかと思うと、ドレークの手から放たれた雷撃がそこに避雷針のように降り注ぎ、帯電。そこで増幅されたのか、岩石の牢獄の中は、一気に高圧電流が全てを破壊し焼き尽くす殺戮空間と化した。
が……ミナトに対してそれは悪手。
その程度の電圧ではびくともしないことに加え、先程と同様に魔力を吸収して自分の力に変えてしまう。
しかし、ドレークの狙いは雷撃によるダメージではなかった。
そもそも、雷撃が通じないことも、それを吸収するであろうことも、ドレークは読んでいた。
それでもミナトに対して雷の牢獄を使ったのは……ミナトの性格を利用したからだ。
「……うげ、まずったか」
直後、ミナトは自分の失策に気づく。
吸収できるからという理由で、脱出できるはずの牢獄の内部にわざわざとどまって、相手に時間を与えてしまったことに気づいて。
その結果……おそらくはアクィラとドレークが協力して作り上げたのであろう、より強力な結界が、岩石槍の牢獄の外側に出現し、完全にミナトは閉じ込められた。
しかも、ただの結界ではない。物理的な壁を作って閉じ込めるのではなく……渦潮のように空間をゆがませて、内部のものを外に出さないようにするタイプだ。
実体がないため、通常の手段で破壊することは不可能だし、込められた魔力が続く限り結界の機能が持続するので、力技で突破するのも難しい上、転移魔法による脱出すら不可能。その上、後から魔力を追加で注いで強化・延長もできるタイプだ。
そして、狙ってやったのかどうかはわからないが……縦横無尽に走る電撃と土埃により、周囲が見えづらく……『虚数跳躍』も使えなくなっている。
それでも、ミナトの力なら、多少時間はかかるが強引に突破できないこともないし、いざとなれば伝家の宝刀『ザ・デイドリーマー』もある。
しかし残念ながら、そのいずれも使うだけの時間はなかった。
結界完成の直後、ドレークは何と転移魔法で即座に離脱した。
それによってがら空きになっていた上空に……恐らくは魔法によって生み出されたのであろう、巨大な岩塊が形成されている。
ただの岩塊ではない。火山の火口を思わせる猛烈な紅炎と黒煙をまとい、岩石自体も全体を赤熱させ、表面に至っては一部が溶解している……まるで隕石である。
込められている魔力も膨大。アレがそのまま落下したら、ミサイルどころではない大破壊が引き起こされることは想像に難くない。
「うふふふふ……あくまで一端ではありますが、『燻天』の二つ名の語源たる私の十八番……とくとご堪能なさい、ミナト。『メテオ・ジャッジメント』!」
その掛け声とともに、高速で落下を始める巨石。
その真下で、さすがに冷汗を流し――電撃ですぐに蒸発したが――苦笑いを浮かべるミナト。
「これはさすがにやばいって……あぁーもう、しょうがないな! 『エンドカウンター』!」
落下までのわずかな時間、逃げることもできない中で、ミナトは……先程と同じように、左手を握って前に突き出す。
すると、薬指にはめられた指輪が輝いたかと思うと……そこから幾筋もの光のラインが伸びて手に、手首に巻き付いて束になり……変化した。
現れたのは、アウトドア用のものを思わせる、重厚な見た目の腕時計のようなもの。
カラーリングは黒と金。中心に、電子画面を模した円形の結晶板が埋め込まれている。
変身アイテム……『エンドカウンター』。
『あの姿』になるために、必要な装備や術式をすべて組み込んである、ミナト自作の腕時計型マジックアイテムだ。
その外縁部、12時、4時、8時の個所にはめ込まれた宝玉が輝きを放ち、それぞれからあふれ出した光が3方向に伸び、その伸びた先で魔法陣に変わった。
それらは、ミナトを囲むような位置に展開し……
『Walpurgis! Georgius! Uroboros! Operation……Ultimate!!』
「アルティメットジョーカー!!」
魔法陣から飛び出した、骸骨、龍、蛇の幻影。それら3つと、3つの魔法陣がミナトを中心に集まり……その瞬間、膨大な闇の魔力が渦を巻く。
その中心にいるミナトがまとっている、ロングコート基調の装甲が、光と共に外れて解けるようにして霧散し……
直後、真上に一気に跳躍し……そのままの勢いで叩き込んだアッパーカットにより、灼熱の隕石が空中で粉々に爆散。
それを貫く形で空中に姿を現したミナトは……髪の毛の前半分が金色にそまり、目が翠色に変わり、その身に『アルティメットジョーカー』の装甲をまとった姿に変身していた。
それだけでも、燃え盛る岩石が周囲に飛散し、自然発火を起こすような高温の大気が広がっていくが……その飛散圏内にいるドレークもアクィラも、それを気にも留めようとしない。
降り注ぐ飛礫を切り払い、あるいは暴風で散らし、すぐさま動き出す。
アクィラの『メテオ・ジャッジメント』が……かつての戦で、幾重もの障壁で守られた敵国の砦を一撃で粉砕し、王国に勝利をもたらしたアクィラの大技が、拳で打ち砕かれたことは衝撃ではあったが、それでも、いやだからこそ動きを止めるわけにはいかない。
ミナトが、話に聞いた最強形態となっている以上、なおさらである。
アクィラは杖を振り、降り注いだ岩石の豪雨を押し流す勢いの、鉄砲水のごとき濁流を発生させてミナトを飲み込まんとするが、ミナトは振り下ろした手刀でそれを真っ二つにする。
まるで、地球で言うモーセの紅海の奇跡のように割れた水流の中心にミナトは降り立ったが、次の瞬間ドレークの斬撃がさらにそれを横一文字に真っ二つにした。
ミナトはそれを手で払って防ぎつつ、崩れて氾濫しそうになっている水塊を、冷気を叩きつけて凍らせる。そして、計4つできた巨大な氷塊を、ドレークとアクィラそれぞれに2つずつ蹴飛ばし……ドレークはそれをも切り払い、アクィラは暴風で明後日の方向に吹き飛ばす。
直後にアクィラが浮遊魔法で空に飛びあがり、杖を振るうと……そのすぐ下の地面からうねるように波紋が広がったかと思えば、見る見るうちに周囲の地面が赤熱していき……あたり一面を、火の海どころか、溶岩で満たされたマグマオーシャンに変えた。
そして、そこからマグマを引き出して弾丸にして打ち出したり、竜巻を起こして巻き上げてそれを飛ばしたり、膨大な量のマグマそのものを大津波のように叩きつけたりして攻撃してくる。
それを蹴飛ばしたり振り払ったりして防ぎつつ走るミナト。当然のようにマグマの海を走る。
熱で焼け死ぬこともなく、マグマの大津波も拳の一撃で爆散させられる彼からすれば、それそのものは大きな脅威ではないが、そう見抜いたアクィラは途中にいくつもトラップを仕掛け、マグマオーシャンを足止め用のフィールド、あるいは有利に戦うための地形として利用した。
潮流のように流れを生じさせて足を取る、マグマの粘性を操作して足を取りかく乱する、不可視の可燃ガスを発生させて突如爆発を起こす、黒煙を生じさせて視界を塗りつぶす、等々。
そうして徹底的にミナトを、超がつくほど攻撃的に足止めしている間に……ドレークの持つ戟に異変が起こっていた。
これまでにないほどの魔力の高まりを感じたミナトが、迫るマグマの大津波を拳で爆散させつつ目をやると……ドレークの周囲の空間が不自然にゆがみ、ガガガガガ、バリバリバリ……と、破滅的な音を周囲に響かせている。
そして空間のゆがみは、戟の刃の周囲がひときわ大きく……周囲の空間を巻き込んで渦を巻くようにしながら、時折、プラズマか何かのような強烈な光をもほとばしらせていた。
まるで見せつけるかのように、ゆっくりとその戟を、円を描くかのような軌道で動かし――ミナトが心の中で思わず『満月斬り!?』とツッコんだことはさておく――たったそれだけの動作で、空間がさらに歪んで、地面や大気が激しく震え、砕け、引き裂けていく。
今、ドレークの手元にどれだけのエネルギーが収束しているのか、一体どんな術式で戟を強化しているのか――そもそも強化なのかすら定かではないが――想像もつかないことだらけ。
ミナトには聞こえないが、観客席では、『ちょ、おま』『え、あれって……だよね?』『いや、おい……兄貴、アレ使うの?』などといった声が上がっていたりする。
そうとは知らないミナトであるが、少なくとも悠長に構えていられるような攻撃ではないとは悟ったらしく……同じようにその拳に、かつてないほどの膨大な魔力を収束させていく。
黒と紫、そして黄金の魔力が渦を形作りながら、腕から型にかけてこめられていく。
その周囲の空間が震え、ねじ曲がり、張り裂け……空間そのものが物理的な破壊力を持っているかのように、周囲の地面がひび割れては崩壊していく。
マグマオーシャンの妨害すら、それに阻まれて消し飛んでいた。
どちらもよく似た、絶望的かつ壊滅的な光景を展開する両者。
視線を交え、瞬きすらせず、一瞬たりとも気を抜かぬまま、互いににらみ合う。
そして……ドレークの戟の刃の周囲の空間が急速に圧縮され、それによって発生したプラズマと過剰な魔力によってまばゆいばかりに刃が輝く。それに加え、ミナトにはなぜかはわからないが……その戟そのものに、すさまじいまでの迫力があふれていた。
魔力とは違うようだし正体はわからないが、確かにそこにある、恐ろしく危険な力。
ミナトは後でから知ることになるのだが、ドレークの本領は接近戦と風の魔法、そして『空間魔法』である。
かつて戦ったウェスカーのように、手にした得物で鋭く切り込んで攻撃しつつ、随所に魔法攻撃や、空間転移による移動とそれによる奇襲を混ぜ込んで戦うやり方だ。シンプルではあるが、錬度次第でいくらでも強くなるし、応用が利く戦闘方法と言える。
しかし、ドレークの攻撃で本当に恐ろしいのは……今まさに放たんとしている技。
『空間魔法』を使った戟での一撃である。
時に、空間をゆがませて長距離を一瞬で移動することを可能にする『空間魔法』。ドレークはそれを応用し、手にした戟に、膨大な『運動エネルギー』を上乗せして放つことができる。
今、ドレークは攻撃のための予備動作として、戟の頭をゆっくりと動かしている。
それはせいぜい、距離にして2、3m程度の移動だが……その軌道上に『空間魔法』を発動させて空間をゆがめている状態にした結果、実際はその数百倍~数千倍の距離を、加速度をつけて移動したに等しい運動エネルギーがその戟に乗っている。
わかりやすく言うと、このように手元で戟をゆっくりと動かしてから相手にたたきつけるという行為は、数千m上空から超高速で落下してきた金属塊を叩きつけるに等しい。
それはもはや、先程のアクィラの『メテオ・ジャッジメント』をも上回る破壊力であり、放つ場所次第では大規模な地形変動すら引き起こす、恐ろしい威力の攻撃。
実際にドレークはかつての戦の中で、戟の一振りで、敵国の城塞を、それが建っている丘陵地帯の小山1つごと真っ二つにし、結果そこに新しい川と湖、そして『谷』を作ってしまった。
彼の二つ名……『天戟』の所以たる武勇伝の1つである。
だが、危険度で言えばミナトも負けてはいない。今もまさに。
拳にすさまじい魔力を収束させた後、『サンシャインパンチ』の要領で魔力の核融合を相乗、さらに胸の『魔法式縮退炉』からあふれ出る魔力をも充填。その結果……まるで拳から腕に竜巻をまとい、さらにそこを中心に漆黒の台風が発生しているような形になる。
さらにそこに『虚数魔法』により……魔力がより精密かつ背正確な指向性を持ったことで、普段以上の威力が生み出された上、『裏側』こと虚数空間でも同じ現象を起こして、『表側』に干渉させたことにより……ペンで書いた字をマジックでなぞったように、さらに威力が倍増。
そして、共に放てば小さな村や町程度なら跡形もなく消し飛ばせるであろう威力の一撃を、互いが互いの武器に装てんした、次の瞬間……
「ルシファー……パンチ!!」
「覇山……崩天!!」
正拳突きと共に放たれる、大砲のような闇の奔流。
刃の軌道に乗って発生する閃光と爆風、そして衝撃を伴う斬撃。
解き放たれた2つの力が激突し……閃光と衝撃が全体を蹂躙しつつ広がっていく。
秒間に幾度もはじけて広がる魔力の波紋は、それそのものが下手な攻撃魔法をはるかに上回る破壊力をもち……それを浴びて、地面が砕けてめくりあがり、空気が張り裂けて暴風が吹き荒れる。暴れ回る魔力乱流や衝撃波が、その空間に存在する全てを粉々に砕いて消滅させていく。
その中心で拳と刃をせめぎ合わせるミナトとドレークは、押し負けまいと互いの武器を押し出し続けるも……終焉は、唐突に訪れた。
せめぎあい、まき散らされつつも、徐々に収束を続け……その中心では臨界点近くにまで高まっていた、暴虐的なまでの魔力。存在するだけで周囲の全てを消し飛ばす、破壊力そのもの。
もし暴発すれば、恐ろしい破壊がまき散らされるであろう、そのせめぎあいの中……
「はい、たいむあーっぷ!!」
と、轟音の中でもなぜかよく通った声と共に、その周囲の魔力乱流をものともせず、横合いから突如飛び込んできたリリンが、ミナトの拳とドレークの戟をガギィン! と真上に蹴り飛ばし、同時にその周囲の魔力乱流をも文字通り蹴散らして消し飛ばした。
その衝撃と、唐突にそんなことが起こった驚愕もあり、2人とも大きく弾かれて後ずさりし……たところを狙って、リリンの体から、それだけでフィールド全体の空気を震わせる魔力の波動がはなたれ、強引にすべての現象を収束させた。
同時に、その衝撃でミナト、ドレーク、そしてその後方にいたアクィラが3人ともにたたらを踏む。
リリンは、今ので全ての破壊現象が収まったのを確認すると、
「これ以上はいくら何でもだーめ。アレが破裂したら、どっちも無事じゃすまなかっただろうし……『スタジアム』が持たないわ。クローナ呼んで限界まで強化してもらったバリアも軋んできてたしね。それに、ちょうど30分よ。今回は引き分け、いいわね?」
突然のことに唖然とする3人に言い放ち……それをもって、模擬戦は終了となった。
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えー……もうご存知の方も多いかもしれませんが……本日夕方に運営から通知のあった『ダイジェスト禁止』の件について、活動報告でひとこと申し上げさせていただいております。
もっとも、内容が伴っているかはわかりませんが……
重要なことなので、活動報告の記事の方をお目通しいただければ幸いです。
もっとも……あとがきではちらっと触れている程度なので、直接活動報告の方を見ていただければそちらの方がはやいかもしれません。
どうぞよろしくお願いします。
では、第253話、どうぞ。
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「さて、では……『アルティメットフレア』」
言うと同時に、アクィラの杖から、すさまじい炎があふれ出し、まるで渦巻く銀河のような形をなして射出された。ドレークはそれを、横に跳躍してぎりぎりでかわす。
結果、煌く橙色の火炎の螺旋は、地を焼きながらすさまじい勢いでミナトに迫る。
「ったく……いきなりこんな凶悪な技を!」
言うと同時に、ミナトは右腕を横に凪ぎ、飛んできた火炎を払いのけ、弾き飛ばしてしまう。
火炎弾は明後日の方向に飛んでいき、地面に着弾して爆散した。
そこに突き出されるドレークの戟を、ミナトは殴って軌道をずらしてかわす。
そして同時に、その勢いを利用して回し蹴りでカウンターを狙う。
ドレークはそれを、少し上体をそらして避け、返す刃で袈裟懸けにミナトを切りつける。
が、その一撃は、突き出されたミナトの左腕の装甲に阻まれて止まる。
しかも、『魔力共振バリア』と同じような力場が発生していたのか、叩きつけた以上の衝撃を上乗せして返された。驚きもあり、一瞬ドレークはたたらを踏む。
しかし、ミナトは追撃することなくバックステップで飛び退り……その直後、アクィラが放った火炎の大蛇が、器用にドレークをよけて襲来。一瞬前までミナトがいた場所の地面にその牙を突き立て、大地をドロドロに溶解させた。
その際に発生した土煙に紛れ、横合いに回り込んだドレーク。
しかし、惑わされることなく目で終えていたミナトは、先程と同じように装甲で受け止めようとして……直後に背筋に寒気を感じとった。
防御を中止し、回避に移行。真横に飛び退って離脱する。
その瞬間、ドレークの逆袈裟に斬り上げる軌道の一撃が振るわれ……
――ドガァァアアァアッ!!
斬撃と共に発生した衝撃波が、地割れのごとき亀裂を地面に刻みながら飛び、間一髪かわしたミナトの横を通り抜けていった。
そのあまりの威力に冷や汗を流すミナト。
今程度の威力ならば、防ぐことはできるし、いなすこともおそらくはできるだろうとミナトは見ていた。
しかし同時に、これが本気であるはずはない、まだまだ上がある、とも予想できていた。
何よりもミナトが恐ろしいと思ったのは……今のが、魔力も何も乗っていない、ただの『高威力で刃を振るった結果起こった衝撃波』だったことだ。
いうなれば、ただの余波である。それでありながら、あそこまでの威力。
仮に、もしアレそのものに魔力が乗り、ちゃんとした『遠距離攻撃』として放たれていたらと考えると……想像するのも難しい威力となる。
横をすり抜けていった衝撃波が、減衰しつつ消えていく様子を見ながら、ミナトはそう思った。
しかし、そこに感嘆を覚える暇もなく、さらに襲い掛かる追撃。
魔力をまとい、強化されたドレークの戟が、袈裟懸けにミナトを斬り裂かんと襲い掛かる。
ミナトはそれを殴って軌道を反らしつつ回避するが、たったそれだけでも予想外の反動を拳で感じとれた。
『ハイパーアームズ』装備前であれば、満足に反らすこともできなかったであろう威力。
しかもその直後、即座に切り返して追撃を見舞ってくる。
距離と立ち位置からして、避けるのは難しい一撃。避けるとすれば後ろだが、それでも衝撃波は飛んでくる。もしそこに追撃を合わせられれば、撃墜は免れない。
そう考えたミナトは、ぐるん、と体を勢い良く回転させて、その勢いで肘鉄を叩きつけ、戟をはじきつつ距離を取った。
さらに、そこへ追撃としてドレークが放った、縦一線の斬撃が生んだ衝撃波……しかも、今度はそれに魔力が乗っている――を、
「――ぅるあっ!!」
魔力を込めた拳で横合いから殴りつけて粉砕する。
と同時に、その拳を裏拳の逆軌道で、裏拳の要領でもう一度振るい、衝撃波の軌道に隠して飛んできたアクィラの魔法……不可視の風の砲弾を叩き砕く。
そして、それとほぼ同時に地面を蹴って前に跳ぶと、戟を構えるドレークの懐に潜り込まんと突貫。振るわれる戟と、その余波の衝撃波をかいくぐって間合いを詰める。
かがみ、転がり、跳び……時に、拳で強引に活路を開く。
その最中、あと数mで、というところで、ぞくりとミナトの背筋を悪寒が走った。
目の前には、弓弦を弾き絞るように、半身に引いて戟を構えるドレーク。
その刃は、緑色の燐光をまとっている。
運悪く地を蹴った直後であり、方向転換が間に合わないタイミングだと悟ったミナトは、右腕に魔力を収束させて練り上げていく。
拳に、腕に、肘に、肩に……周囲の空間と大気が悲鳴を上げるほどに魔力が膨れ上がる。
それを見て、感じ取ったドレークだが……微塵も動揺するそぶりは見せず、むしろ、面白い、とでも言いたげな笑みを、その口元に浮かべていた。
―――行くぞ。
言葉を交わす暇などない、文字通り刹那の攻防。のはず。
にもかかわらず……ミナトの耳には、そんな声が届いたような気がした。
その瞬間、翡翠の暴風と漆黒の闇が、ドレークの刃とミナトの拳が正面から激突し……膨大な運動エネルギーを宿した物理攻撃と、同時に解き放たれた凄まじい魔力がぶつかり合った。
その結果起こったのは……周囲半径数十mに広がって地面に亀裂を入れるほどの、炎なき爆発。それは空気を震わせ、引き裂き、土埃を巻き上げ、しかしそれを一瞬で吹き飛ばした。
下手な近代兵器を使うよりもよほど大きな破壊をもたらした激突。
その爆心地にいた2人は、一瞬の硬直の後、弾かれたように互いに跳んで距離を取る。
直後に、ミナトにのみ襲い掛かる、追撃の魔法。
アクィラが連続で放つ『ヴォルケーノランス』――『フレイムランス』の上位互換魔法。溶岩でできた槍を放ち、質量と超高熱で相手を貫いて焼き殺す――を、暴風をまとった拳で砕き、叩き落しながら、ミナトは耐性を立て直す。
普通なら、近づいただけでも灼けるほどの高熱。直接触れでもしたら、人間の体など、その瞬間燃えて溶けて崩れ落ちるだろう。運が悪ければそこに溶岩が付着し、焼き潰され、回復魔法でも治癒が不可能なほどの傷となり、その者の命を、あるいは未来を奪うに違いない。
だがミナトは、当然のように溶岩槍を拳で叩き落している……どころか、今、飛んできた2本の槍を両手で1本ずつキャッチして、片方を投げ返して別な一発を撃墜した。
そしてもう1本を、突貫して来ようとしたドレークめがけて投げつけてけん制する始末。
それを当然のように真っ二つに切り払うドレークもドレークだが。実に無茶苦茶な光景である。
が、『まあこれくらいはやるだろう』とあたりをつけていたため、それに特に驚くこともなく……アクィラは次なる魔法を練り上げ始める。
それを感じ取ったドレークは、攻め入るタイミングをずらすことに決めた。
アクィラの杖の先に、膨大というのもおこがましいほどの魔力が収束していく。
弱い者ならば、その魔力の余波だけで頭が痛くなり、最悪、気絶してしまうかもしれないほどの量と密度……そして、それが『火』の魔力であることによる、高熱。
陽炎が発生し、周囲の空間がゆがむ。さらには、周囲の地面に自然発火現象までもが起こる。
そして、練り上げられた魔力は、炎に姿を変えてミナトを襲う……かと思いきや、アクィラはその魔力を、攻撃ではなく、別な魔法の術式に沿ってくみ上げ始めた。
これはさすがに予想外だったミナトが一瞬戸惑う前で、瞬く間に術式が完成し……それと同時に、ようやくミナトは姉の意図を察することができた。
今まさに完成した術式。それは……
「まさか……召喚術!?」
「ご明察。出てきなさい、『グランイフリート』」
「ぐら……はっ!?」
その呼び声と同時に、アクィラの眼前に現れる、炎を吹き出す巨大な魔法陣。
そこから、巨人――否、『鬼』が現れた。
筋骨隆々の肉体に、燃える炎のように赤く、光沢を放つ肌。水牛のように婉曲した角と、鋼鉄をも容易く切り裂けそうな鋭い爪と牙は、どちらも黒曜石のように黒光りしている。
目は爛々と凶暴かつ凶悪な輝きを放ち、呼気に混じって黒煙と火炎が噴き出していた。
魔法陣から最後に出てきた、その鬼の下半身は……先の騒乱の中でも戦った亜人・ラミア族のように、蛇の下半身になっている。
いや、形状からして……蛇というよりも、龍のそれかもしれない。
炎の精霊種の最上位……『イフリート』。1体で町一つ、瞬く間に焼き尽くせる存在。
その更に上位。突然変異によって進化した、いわば亜種。それが『グランイフリート』。
何というものを従えているのか、と驚愕するミナトに、グランイフリートの攻撃が迫る。
巨体を空中に浮遊させるグランイフリートは、大きく息を吸い込むと……次の瞬間、ドラゴンのそれをはるかに上回る勢いと威力の、炎のブレスを吐き出した。
その規模、攻撃の範囲から、回避は不可能だと判断したミナトは、魔力を込めた両手を前に突き出し、吹き付ける爆炎を受け止めて防御した。
かつて受けたウェスカーの『ディヴェルティメント・フレア』や、ギャナーガスの『シャグナトル・ラグナ』をも上回る威力。しかし、『ハイパーアームズ』を身にまとったミナトの防御力と耐久力をもってすれば、ほぼ無傷で防ぎきれる威力だった。
が、その最中に横合いから飛んできた衝撃波はまた別だった。
前方を集中して防御しているところに、魔力で強化されたドレークの戟の一閃が襲い掛かり……とっさに拳を振るって威力を減衰させたものの、見事にミナトは吹き飛ばされた。
その結果として、グランイフリートのブレス攻撃からは逃れることができていたが、盛大に体勢を崩した上に吹き飛ばされている今の状況を考えれば、喜べるようなことではない。
どうにか空中で体をひねってうまく着地したものの、眼前にはすでに、暴風に乗って加速したドレークの戟が近づいている。
と同時に、アクィラが放った重力魔法により、突如としてミナトの体が急激に重くなる。それによって動きが鈍り、ドレークの攻撃の回避が絶対的に不可能になった。
そこに大上段から、魔力を込めて振り下ろされるドレークの戟。
暴風をまとい、斬撃と同時に全てを切り刻むであろう威力を秘めた一撃がミナトに迫る。直撃すれば、死にはしないまでも……間違いなく戦闘不能になるであろうそれが。
だというのに、そこにさらにアクィラが、重力魔法を維持したまま、追い打ちをかけてくる。
火属性最上級魔法の1つ――『クリムゾン・ロンギヌス』。炎をそのまま固めて鍛え上げたかのような灼熱の大槍が飛んでくる。
そして、そのアクィラが呼び出したグランイフリートは、頭の2本の角の先端に、赤い光を収束させ……次の瞬間、全てを焼き尽くす熱線にして、ミナトに放つ。
3方向から襲い掛かる、どれか1つとっても必殺級の攻撃。
防御してもリタイアになってしまう可能性の方が高い、この絶体絶命の状況下で……
「――『モードコンパート』」
ぼそっ、とそうつぶやくと同時に、ミナトが立っていた場所に、火炎と暴風が殺到。大爆発を起こし、大きなクレーターを作り上げた。
☆☆☆
「やったか!?」
「……アクィラ、何だ、その抑揚も何もない声は?」
「ああ、いえ、ただ言ってみたかっただけなので」
しれっと返すアクィラ。
その意図と言っていることはよくわからなかったが、ドレークは気にしないことにして、爆心地に向けたままの目をわずかに細める。
ドレークもアクィラも、もとより今ので『やった』とは思っていない。
着弾の直前、瞬間的に感じ取れた、正体不明の魔力。
ドレークとアクィラのいずれもが、今までに見たことも感じたこともないものだった。
それがどういうものかはわからないが、ただのこけおどしということはないだろう、と2人とも見ていた。ましてや、それをやったのは、あのミナトなのだから。
そこまで思考が至った瞬間……はっとして、弾かれたように背後を振り向くアクィラ。
振り向きながら、半ば反射的に魔法障壁を多層展開し……背後から叩きつけられた、ミナトの掌底をどうにか防ぐことに成功していた。
それでも、一瞬で8枚展開した障壁は、6枚目まで貫通し、7枚目にひびが入っていた。
正面にとらえていたはずのミナトが、いつの間にか……それこそ、瞬間移動でもしたかのように背後に回り込んでいたことに驚くアクィラ。そしてそれは、ドレークも同様だった。
目で追えないほどの超高速で動いたのか、はたまた、本当に転移したのか。
2人ともそれはわからなかったが、それでも熟練者の強みか反応は素早い。
アクィラは足に魔力を込め、後衛の魔法使いという立ち位置からは想像しづらい素早さで飛び退る。並の前衛職ならば置き去りにできそうな速さである。
同時に、自分とミナトの間に無数の火炎弾を発生させ、それをぶつけたり、意図的に空中で炸裂させたりして防御と妨害をするが、ミナトを足止めするには完全に威力不足である。
体表面の『魔力共振バリア』に防御を任せて強行突破するミナト。
その速度はアクィラが飛び退るよりも早く、ドレークも間に合わない。掩護攻撃も、この位置ではアクィラを巻き込んでしまう。
するとアクィラは、驚くべき行動に出る。
先程と同じように眼前に魔法障壁を……それも、円錐状になっていて、尖った先がミナトに向いた特徴的な形のそれを作り出すと、それを押し出すようにしてぶつけた。
それも、先程以上に構成が甘かったがゆえに、裏拳の一発で砕かれてしまうが、その一瞬の隙が生じた間に、アクィラは杖の先に魔力を収束させ……光の刃を作り出した。
装飾の施されている杖の頭についているのは、まるで夜空の三日月をそのまま取って取り付けたかのような、鋭い輝きを放つ光刃。それでいて、月光のように優しく柔らかくもあり、不思議というか、不可解で神秘的な武器だった。
その光景に、まさか、と思うミナトの眼前で、アクィラは法衣を翻し、手首から先を巧みに動かして杖を切り返すと……横一文字にその光の鎌を振るった。
とっさに殴ってその軌道を反らしたミナトだが、拳から伝わってきたその予想外の威力に驚きを隠せない。しかも、その殴られた勢いすら利用してアクィラは追撃をかける。
円を描くような軌道で迫る次なる一撃を、ミナトは今度は真剣白羽取りの要領で受け止め――ようとしたその瞬間に、光でできた刀身が、突如として飛び道具のように射出された。
それでもキャッチには成功したものの、今度は手の中で強烈な光と共に爆散。
さらに、それを目隠しにアクィラは何発もの火炎弾を、まるで焼夷弾のように周囲にまき散らし……さらにそれに紛れ込ませた『ヴォルケーノランス』でミナトにたたらを踏ませた。
『ヴォルケーノランス』以外はミナトに対して痛打にはなりえず、その溶岩の槍も蹴りの一撃で爆散してしまったのだが……それら全てをミナトがさばき終えるころには、アクィラは自分に得意な間合いへと距離を放してしまっていた。
「ふぅ……危ない危ない。危うくやられてしまうところでした」
「……アクィラ姉さんって、接近戦もできたんだね。知らなかったよ」
体についたすすを払いながら、呟くように言うミナト。
今の攻防の中でミナトが感じたアクィラの近接戦闘能力は、仮にそれに絞った戦い方だとしても、冒険者ランクにしてAAAは軽くいくであろうレベルだった。
けん制と回避・離脱に充填を置いた立ち回り方だったが……もし仮に攻めようとすれば、十分に実戦で通用する実力を発揮できるだろう。
「ええ、『近距離か遠距離のどっちかしか得意じゃないなんてダメでしょ』って、お母さまにがっちり叩き込まれましたからね。あなたもでしょう、ミナト?」
「ああ、そりゃそうか……っていうか、多分うちは全員そうだろうね」
それが、あの無敵の母親の教育方針に由来するものだと知って納得するミナトの視界の端に、何かが動くのが見えた直後……いくつもの風の刃が飛来した。
奇襲気味のその一撃を、右腕一本でミナトがさばく間に……ふっとその周囲の地面に影が差す。
見ると、今の間に接近したらしい『グランイフリート』が、膨大な熱量をまとわせた右拳を、ミナトめがけて打ち下ろさんと振りかぶっていた。
さらにそこに、逃がさんとばかりに地面が隆起し、岩石の牢獄のようなものが形成されたかと思えば、その全体が赤熱・溶融を始め、溶岩のオーブントースターと化した。
最早それは、技として『拘束』の類に分類できるものではないだろう。内部の温度は数百度になり、常人なら即座に全身大火傷の上、血液が沸騰して即死である。
「ホントに殺す気で来てないか?」とぼそりとつぶやきつつ、ミナトは拳を突き出した衝撃波で、溶岩の牢獄をたやすく粉砕する。
さらに、振り下ろされようとしている炎の鉄拳を視界にとらえた……その瞬間、
「モードコンパート『虚数』……スタートアップ!」
先程と同じセリフをミナトがつぶやいた瞬間、その身に異変が起きる。
全身の装甲の縁の部分、あるいはそのつなぎ目にある溝から、紫色の光が漏れだした。
同時に、装甲の一部がスライドしたり展開して変形、その下に隠れていた、鮮やかなメタリックパープルの魔法金属の装甲があらわになった。
全体的に、先程までよりもややシャープで、機械装甲を思わせるフォルムに変化を遂げた。
そして、その部分から光と共に猛烈な勢いであふれ出すのは、紫色の光の粒子。
拡散し、その周囲に広がる光粒は、少し距離を漂うと消えるものの、その周囲の空間を微妙にゆがませ、何らかの形で干渉している。
そして同時に、アクィラとドレークの2人は、先程と同じ魔力を肌で感じ取った。
直後、空間に光の波紋のような痕跡を残し……ミナトが消えた。
と同時に、ドゴォン、という轟音が響いたかと思うと……そこには、今まさに空中で飛び膝蹴りを放ち、グランイフリートの拳を蹴り上げ、弾き飛ばしたところだった。
そのままミナトは『スカイラン』で空を蹴って急激に下降すると、体勢を崩しながらも反撃しようと、口腔内に火炎のブレスをチャージし始めたグランイフリートの額に着地。
そこで、大地を穿たんばかりの威力の震脚を叩きつけた。
グランイフリートの脳天から、地面に接している龍のような胴体までを、特大の衝撃が貫き……なおも衰えぬ勢いが、地面に細かな無数の亀裂を入れた。
体を一直線に内側から破壊されたに等しい状態となっているグランイフリートは、さすがにひとたまりもなく、ゆっくりとその巨体を傾かせ……たところに、ミナトが飛び上がって放ったとどめの『ダークネスキック』が炸裂。胸板を、胴体を貫通して背中側に抜けた。
それによって、炎の鬼は完全に沈黙。轟音と共に大地に倒れ、ゆっくりと消滅していった。
アクィラの『召喚獣』であり、また契約の様式から、このような形で倒されても、時間をおけば再生して再度召喚できるようになるものの……この戦いからの離脱は確実である。
しかし、ドレークとアクィラの関心はそこではなく、別な部分に向けられていた。
特に、何度か隙を見出しつつもあえて戦いに加わらず、ミナトを観察していたドレークは……その眉間にしわを寄せ、不可解なものを見るような目で、着地したミナトを見続けている。
ドレークは、ミナトが装甲を展開して『何か』をした、と思われた時も、その直後にいきなり消えた時も……当然ながら、観察を続けていた。
しかし、消えた瞬間には、完全にその姿を見失ってしまったのだ。先程と同じように。
周囲の土埃が散った様子がないこと、音速突破による衝撃波なども発生していないことから、ドレークでも視認が不可能なほどの超高速で動いたというわけではないとわかるが、それならばそれで不可解であった。
今回も妙な魔力は感じたが、転移魔法を使ったような気配ではなかった。術式から感じ取れる魔力の気配が違ったし……直前に見たミナトの動きに、違和感を覚えた。
まるで、グランイフリートめがけて今から跳躍するように、軽く膝を折っていたからだ。
そして次の瞬間、消えて、現れたと思ったら……グランイフリートの拳を蹴り飛ばしていた。
そこで、ドレークは気づく。
もし仮に、ミナトがあのまま『跳躍して』『蹴り飛ばして』いたとすれば……ちょうど、先程のような形になったのではないだろうか、と。
となれば……と、ドレークの頭の中で、ミナトの謎の魔法に関する仮説が組みあがり……それを確かめるため、ドレークは地を蹴った。
それを迎え撃たんとするミナト。
恐らく、先程は発動後に元に戻ったのであろう、その装甲は……今度は閉じられることなく、紫色の光と光粒を放ち続けたままである。
暴風を身にまとい、音を超える速さで……その際に発生した衝撃波すら自分の武器にしながら迫るドレーク。さらに、掩護射撃にアクィラの放った溶岩槍までもが飛ぶ。
自分めがけて飛ぶ溶岩槍を見据え、ミナトは不敵に笑う。
そして、ドレークの意図を察してかどうかはわからないが……まさにドレークが見極めんとしている『魔法』……ではなく、正確には『技能』といった方がいいそれを行使。
ひときわ強く地面を蹴ったミナトが、光の波紋を残して消え去り……その瞬間、ドレークが戟を振るって放った衝撃波が飛んでいく。
すると、溶岩槍を挟んで逆側に、それらをすり抜けたかのように姿を現したミナトが……迫ってきた衝撃波を蹴り砕きながら着地した。少し驚いたような表情と共に。
そしてその直後、またしてもミナトが姿を消すと……今度はドレークは、横一線に飛ぶように衝撃波を放った。
すると、視界の端のあたりで……何もなかった空間に出現したミナトが、飛んできた衝撃波を手甲ではじくのを確認できた。
それを見て……ドレークは、ミナトの技が何なのかを確信した。
消えて、現れるというプロセスを踏んでいるが、転移魔法の類ではない。消えてから出現するまでは、コンマ数秒以下のわずかな時間であるが、差があるのだ。
加えて……ミナトは、消える直前に見られた挙動から予測できる場所に現れている。
前方に駆け出した瞬間に消えれば、その先……前の位置で現れた。横に跳躍するような体制になった直後に消えれば、横方向に少し行ったところに出現した。
だがしかし、高速移動の類でもない。間に明らかに障害物があったにもかかわらず、消えてからそれを無視して現れて見せたし、先程述べたように、衝撃波や土埃の霧散などの、超高速で動いた際に付随して起こる現象が起こっていない。
ドレークが予想したその正体は、ある意味では単純なもの……その2つの組み合わせだった。
超高速移動の要領で跳躍し、その瞬間に転移魔法に似た術式を発動。そのまま高速移動したとしたら、そしてその間に障害物がなかったとしたら、という過程で行き着く場所に現れる。
最も、なぜそのような形になっているのか、という理由まではわからなかったが……それは無理もないことだろう。
ドレークは、ミナトが使っている第9の属性を……通常は知覚することすらできない、この世界の『裏側』に干渉し、そこを通じて表側にも、本来は不可能なやり方で干渉し、ありえない事象を引き起こすことを可能にする、『虚数属性』を知らないのだから。
そして、ミナトが繰り出す『虚数属性』の牙は、まだまだ全容を見せてはいない。
戦い方そのものはともかく、ドレークとアクィラにとってここから先は……正真正銘、未知の領域である。
☆☆☆
「虚数……属性?」
「そ。今、ミナトが使ってる魔法の……言ってみれば、ミナトだけの9番目の属性だよ」
一方その頃、観客席では……ミナトが使って見せた謎の技法について、議論や推察が巻き起こっていた。
200年以上もの間、幾多の戦いを潜り抜け、様々な魔法の術式を見てきた母・リリンですらわからないその正体が何なのか。誰もそれにつながる答えを出せない中……『僕知ってるよ?』と挙手したミシェルに注目が集まり……冒頭に続く。
特にミナトから口止め等もされておらず、『信頼できる相手にならいーよ、話しても』と言われていることだったため、簡単にではあるがミシェルが説明を始めていた。
『虚数属性』……ミナトが『ザ・デイドリーマー』と『霊媒能力』の両方に目覚めた結果生み出された、この属性の本質は……『干渉不可能への干渉』である。
ミナトがこの属性を『虚数』と名付けた語源にもなっていることだが、この世界には、確かに存在するはずだが、干渉はおろか認識することもできない領域ないし分野というものがある。
例えば、『マイナス』の数。
帳簿や数式上では存在するし扱える『-3』というような負の数であるが、実際に目にすることができる数値かと言われれば、否だ。リンゴを3個並べろと言われれば普通に並べればいいが、『マイナス3個並べろ』と言われては、『何だそれは』ということになるだろう。
まあそれも、『ここにリンゴが3個あったけど、なくなってしまったから今の状態はマイナス3個である』とか、『お使いで持たされたお金が足りなくて自腹を切った。その出費の分が赤字=マイナスの額だ』といった形で、強引に目に見える形で表せなくもないが。
ともかく、このような『存在はするはずだが、認識も干渉もできない領域』というものが、数学に限らずこの世の中にはいくつも存在しているわけだが……ミナトの新しい力は、そこに干渉できた。今まで不可能とされていたことを、可能にできたのである。
例えば今のミナトの瞬間移動は、本質的には高速移動である。脚力を強化し、『リニアラン』なども使って超高速で動き、走って目的の場所に行っただけの、極めて普通の移動だ。
ただ、そこに至るまでに……『虚数空間』を通っただけで。
裏の世界だとか、別次元だとか言われる『虚数空間』……位相を異にして、この世界と同じだけ広がっている、本来ならば干渉不可能の領域。ミナトは、空間をゆがませて、ごくわずかな間だけとはいえそこに飛び込み、トンネルのようにそこを通って移動したのである。
術式の構築に、多少なり転移魔法を参考にしているため、瞬時に使おうとすれば、ある程度その地点が見えていることが条件になるが、それさえ満たせば、障害物を無視した移動が可能。
これを使ってミナトは、消えるがゆえに感知もされない移動を実現していた。
他にも、ミナトが『キャッツコロニー』の竣工に利用した『マテリアルブロック』。
積み重ねて処置を施すと、最初からそうだったかのように、継ぎ目がなく全体が一体化した状態になるあの資材も、『虚数属性』の魔法によるものであった。
あのブロックは、虚数領域から干渉して加工・整形されたものだった。
そのまま普通のやり方で資材として使うこともできるが、その場合は切り出したり、積み上げて固めたりといった使い方ができるだけ。本当に、普通の石材と変わらない。
が、もともと虚数属性の魔法によって加工されたものは、虚数属性の魔法によってのみ、後から干渉して状態を改変することができるのである。
普通、いくら切断面がきれいだからといって、一度切った石材を元通りに、後もなくつなげるなどということはできない。だが、虚数属性による干渉ならばそれが可能なのだ。
全く別な『2つ』だった資材を、つなぎ目ひとつない自然な状態の『1つ』にできる。
人が干渉できる理の外から、物体に、空間に、魔法に、そして世界そのものに干渉することができ、常識で考えてどうやっても不可能な奇跡すら起こせる魔法。それが『虚数』。
地球における『虚数』の概念とは多少なり異なる部分もあるのだが、まあそのへんは適当でいいだろう、と割り切ったミナトがそう名付けたのでどうしようもない。
「とまあ……こんなとこかな。あ、これ以上詳しく説明しろって言われても無理だからね? ミナトに付き合って色々実験としたとはいえ、僕もきっちり仕組みとかまでわかってるわけじゃないし……そもそもミナト自身、まだ検証途中でわかってない力も多いそうだから」
ミシェルの説明を聞いた結果、驚愕を主とした色々な感情により、一同唖然とするキャドリーユ家の兄弟姉妹たちだが……その中で唯一、ほぼ動揺を現すことなく、聞きながらミナト達の試合を見続けていたアイドローネが、
「……佳境」
そう、ぼそっとつぶやいた。
その言葉に、何人かがはっとしてバトルフィールドに視線を戻すと、そこでは……先程までにまして、熾烈な戦いが繰り広げられ始めていた。
☆☆☆
観客席で行われたミシェルの説明会が聞こえるはずもなく、依然としてミナトの『虚数魔法』が謎な技能のままであるドレークとアクィラであったが、どうやら後回しにしたらしい。
興味深くはあるし、要注意の技能であろうが、考えてもわからない以上、注意して戦う他ない。それよりも、おそらくはこの後もその技能が使われていくであろうこの戦いの中で、どれだけ弟の実力を知ることができるか……そちらの方が大事だ、と、2人とも判断した。
考えても無駄なので、とりあえず全力で戦おうと割り切った……と言い換えられなくもない。
といっても、別にそれは横着したとかやけになったがゆえの行動などではない。
ある面から考えれば、合理的であり……それ以上に、2人とも、よく慣れ親しんだやり方であるからだ。
ドレークとアクィラとて、最初から今の地位にいたわけではない。騎士団の、そして魔法院の兵卒末席から駆け上がって今の地位に上り詰めたのだ。
そしてそこに至るまでに、何度も『実戦』というものを経験している。
時に市街地で、時に戦場で……幾度も、繰り広げた戦いの中では、今まで見たこともないような魔法や技能を使う者など、そう珍しくもない。2人とも、何度も経験している。
そういった場合、慎重に挑むことも必要だが、かと言って及び腰になれば戦況は終始こちらに不利となるだろうし、その隙を突かれて痛打を食らう可能性も高いのだ、と知っている。
もっとも、上り詰めた地位に来てからは、実践に出る機会もほとんどなくなり、それに伴ってそういった経験をすることもなくなったが……2人は久々に、その時の空気を味わっていた。
慎重たれ。されど、弱腰になるなかれ。
若いころを思い出し、つい気合いが入ってしまう2人を、責めることはできないだろう。
……いや、それによって手加減を誤れば、少々どころでなく洒落にならないレベルの大破壊を引き起こしうる使い手でもあるので、やはり少しはあるかもしれない。
幸いなのは、その相手をしている少年もまた、同格と言っていい実力者だということか。
「――はッ!!」
音速突破の踏み込みと共に、袈裟懸けに振り下ろされるドレークの戟。
空気を切り裂き、地面ごとミナトをたたき割る勢いで迫るその刃には、さらに暴風までもが相乗されており……受け止めて防いだり、攻撃を叩き込んで反らすことすら困難。
受け止める剣や盾の方が弾かれるか、最悪砕けてしまうことすら考えられる。
だがそんな凶悪な一撃を、暴風など意にも介さずに、ミナトはサマーソルトキックで強引に弾いて反らす。
その瞬間、文字通り蹴散らされ、行き場を失って暴発する形となった暴風が暴れだし、周囲の全てを薙ぎ払い、吹き飛ばす勢いで吹き荒れたが……ドレークもミナトも、それによって体勢を崩したりすることはなかった。
ドレークは全身に風をまとわせてその暴風を受け流して無効化。種族として風の扱いが得意だということもあり、この程度なら造作もなく行える様子である。
対するミナトは、こちらは持ち前の身体能力に加え、またしても『虚数魔法』による技能。
体表面から、『虚数魔法』によって変換・発生させた特殊な魔力の波動を発して無効化した。
それはいうなれば、『風のマイナス魔力』とでも呼ぶべきもの。
通常、風属性の逆と言うと、相性の問題から土属性が上がる。しかしそれは、性質として反対というだけの話であり、プラスとマイナスと呼べるような力関係にあるわけではない。
それに対して、ミナトが発した『マイナス魔力』は、対存在、反物質とでも言うべきもの。
正の魔力にぶつければ、お互いがお互いを打ち消し、最終的に『消滅』する。
ミナトはそれを利用して、自分に吹き付ける暴風を端から『負魔力』で打ち消すことで、空中にいながら吹き飛ばされることなく耐えたのである。
それがわかったかどうかはわからないが、ドレークはすぐさま次なる攻撃に移る。
手首をうまく使って戟を切り返し、その瞬間に再び自分の周囲と刃の部分に暴風を発生させ……さらにそこに、今度は雷までもまとわせて横一文字に振りぬいた。
ドレークの膂力と技量に加え、暴風の後押しをも受けて繰り出された一撃の速度は、先程までに比べてすらさらに数段早く、斬撃と同時に周囲の空間をきしませ、圧縮し、空気の壁を砕いて膨大な衝撃波を生み出した。
そしてそれら全ては、前方の空間を切り刻み、砕き割って蹂躙しながらミナトに迫る。
それを見たミナトは体を半身に構え、右手を掌底にして一度引き絞るようにすると、そこに魔力を込めて勢いよく突き出した。
その瞬間、迫りくる衝撃波がミナトに、その突き出された掌にあたるよりも先に、ミナトの前方にある空気・空間そのものが爆ぜたかのように、震えた。
ミナトの手に込められた『風』と『雷』、そして『水』の魔力は、掌底に乗って空気そのものを叩いて震わせ、ドレークのそれと同等以上の衝撃波を発生させていた。それによって、一瞬遅れて届いたドレークの攻撃を消し飛ばす形で相殺したのである。
そしてその直後、今度はミナトが攻めに出る。
足に力をこめ、地面を蹴ったその瞬間に『虚数空間』に突入。
一瞬で世界の裏側の、十数mの距離を踏破して再出現する――ドレークの真横に。
外角からねじ込むように放たれたミナトの拳がドレークに襲い掛かるが、即座に反応したドレークは手首を翻し、石突きを使ってその拳を横合いから打ち据えて軌道を反らす。
同時に自分はその反対側に半歩下がり、最小限の動きで攻撃を回避した。
しかしミナトの攻撃はそこで止まらず、素手であるがゆえの小回りや切り返しの速さを生かしれ連続攻撃を叩き込んでいく。再度ステップ等を交えてのその連打は、前方180度のあらゆる角度から怒涛の如く襲い掛かった。
しかし、その全てをかわすか防ぐかして対処しきったドレークは、一瞬の隙をついてミナトを蹴飛ばして間合いを放す。
その瞬間に、戟の石突きでがつん、と地面をたたいた。
すると、その足元から、先端が鋭くとがった岩石の槍が何本も勢いよく生えてミナトを襲い……しかしそれらは全て、ミナトが放った震脚の衝撃で根元から砕けていく。
が、ドレークの目的は攻撃ではなく、その石の槍を足場にしての跳躍だった。
全てが砕ける前に、暴風を上乗せして上空十数mまで一気に跳びあがると、ワンテンポ遅れて同じようにミナトの周囲に何本もの石の槍が、それも先程よりも巨大なものが出現。ミナトを取り囲んで逃がさない牢獄と化した。
もっとも、ミナトが本気でやれば脱出など造作もないだろうが、その前にドレークの戟と、それを持っていない方の手に、それぞれ違った属性の魔力が急速に収束していく。
戟には暴風が、そしてミナトに向けられる掌の方には……雷の魔力が。
その直後、ミナトの周囲を取り囲んでいた岩石の柱が発光を始めたかと思うと、ドレークの手から放たれた雷撃がそこに避雷針のように降り注ぎ、帯電。そこで増幅されたのか、岩石の牢獄の中は、一気に高圧電流が全てを破壊し焼き尽くす殺戮空間と化した。
が……ミナトに対してそれは悪手。
その程度の電圧ではびくともしないことに加え、先程と同様に魔力を吸収して自分の力に変えてしまう。
しかし、ドレークの狙いは雷撃によるダメージではなかった。
そもそも、雷撃が通じないことも、それを吸収するであろうことも、ドレークは読んでいた。
それでもミナトに対して雷の牢獄を使ったのは……ミナトの性格を利用したからだ。
「……うげ、まずったか」
直後、ミナトは自分の失策に気づく。
吸収できるからという理由で、脱出できるはずの牢獄の内部にわざわざとどまって、相手に時間を与えてしまったことに気づいて。
その結果……おそらくはアクィラとドレークが協力して作り上げたのであろう、より強力な結界が、岩石槍の牢獄の外側に出現し、完全にミナトは閉じ込められた。
しかも、ただの結界ではない。物理的な壁を作って閉じ込めるのではなく……渦潮のように空間をゆがませて、内部のものを外に出さないようにするタイプだ。
実体がないため、通常の手段で破壊することは不可能だし、込められた魔力が続く限り結界の機能が持続するので、力技で突破するのも難しい上、転移魔法による脱出すら不可能。その上、後から魔力を追加で注いで強化・延長もできるタイプだ。
そして、狙ってやったのかどうかはわからないが……縦横無尽に走る電撃と土埃により、周囲が見えづらく……『虚数跳躍』も使えなくなっている。
それでも、ミナトの力なら、多少時間はかかるが強引に突破できないこともないし、いざとなれば伝家の宝刀『ザ・デイドリーマー』もある。
しかし残念ながら、そのいずれも使うだけの時間はなかった。
結界完成の直後、ドレークは何と転移魔法で即座に離脱した。
それによってがら空きになっていた上空に……恐らくは魔法によって生み出されたのであろう、巨大な岩塊が形成されている。
ただの岩塊ではない。火山の火口を思わせる猛烈な紅炎と黒煙をまとい、岩石自体も全体を赤熱させ、表面に至っては一部が溶解している……まるで隕石である。
込められている魔力も膨大。アレがそのまま落下したら、ミサイルどころではない大破壊が引き起こされることは想像に難くない。
「うふふふふ……あくまで一端ではありますが、『燻天』の二つ名の語源たる私の十八番……とくとご堪能なさい、ミナト。『メテオ・ジャッジメント』!」
その掛け声とともに、高速で落下を始める巨石。
その真下で、さすがに冷汗を流し――電撃ですぐに蒸発したが――苦笑いを浮かべるミナト。
「これはさすがにやばいって……あぁーもう、しょうがないな! 『エンドカウンター』!」
落下までのわずかな時間、逃げることもできない中で、ミナトは……先程と同じように、左手を握って前に突き出す。
すると、薬指にはめられた指輪が輝いたかと思うと……そこから幾筋もの光のラインが伸びて手に、手首に巻き付いて束になり……変化した。
現れたのは、アウトドア用のものを思わせる、重厚な見た目の腕時計のようなもの。
カラーリングは黒と金。中心に、電子画面を模した円形の結晶板が埋め込まれている。
変身アイテム……『エンドカウンター』。
『あの姿』になるために、必要な装備や術式をすべて組み込んである、ミナト自作の腕時計型マジックアイテムだ。
その外縁部、12時、4時、8時の個所にはめ込まれた宝玉が輝きを放ち、それぞれからあふれ出した光が3方向に伸び、その伸びた先で魔法陣に変わった。
それらは、ミナトを囲むような位置に展開し……
『Walpurgis! Georgius! Uroboros! Operation……Ultimate!!』
「アルティメットジョーカー!!」
魔法陣から飛び出した、骸骨、龍、蛇の幻影。それら3つと、3つの魔法陣がミナトを中心に集まり……その瞬間、膨大な闇の魔力が渦を巻く。
その中心にいるミナトがまとっている、ロングコート基調の装甲が、光と共に外れて解けるようにして霧散し……
直後、真上に一気に跳躍し……そのままの勢いで叩き込んだアッパーカットにより、灼熱の隕石が空中で粉々に爆散。
それを貫く形で空中に姿を現したミナトは……髪の毛の前半分が金色にそまり、目が翠色に変わり、その身に『アルティメットジョーカー』の装甲をまとった姿に変身していた。
それだけでも、燃え盛る岩石が周囲に飛散し、自然発火を起こすような高温の大気が広がっていくが……その飛散圏内にいるドレークもアクィラも、それを気にも留めようとしない。
降り注ぐ飛礫を切り払い、あるいは暴風で散らし、すぐさま動き出す。
アクィラの『メテオ・ジャッジメント』が……かつての戦で、幾重もの障壁で守られた敵国の砦を一撃で粉砕し、王国に勝利をもたらしたアクィラの大技が、拳で打ち砕かれたことは衝撃ではあったが、それでも、いやだからこそ動きを止めるわけにはいかない。
ミナトが、話に聞いた最強形態となっている以上、なおさらである。
アクィラは杖を振り、降り注いだ岩石の豪雨を押し流す勢いの、鉄砲水のごとき濁流を発生させてミナトを飲み込まんとするが、ミナトは振り下ろした手刀でそれを真っ二つにする。
まるで、地球で言うモーセの紅海の奇跡のように割れた水流の中心にミナトは降り立ったが、次の瞬間ドレークの斬撃がさらにそれを横一文字に真っ二つにした。
ミナトはそれを手で払って防ぎつつ、崩れて氾濫しそうになっている水塊を、冷気を叩きつけて凍らせる。そして、計4つできた巨大な氷塊を、ドレークとアクィラそれぞれに2つずつ蹴飛ばし……ドレークはそれをも切り払い、アクィラは暴風で明後日の方向に吹き飛ばす。
直後にアクィラが浮遊魔法で空に飛びあがり、杖を振るうと……そのすぐ下の地面からうねるように波紋が広がったかと思えば、見る見るうちに周囲の地面が赤熱していき……あたり一面を、火の海どころか、溶岩で満たされたマグマオーシャンに変えた。
そして、そこからマグマを引き出して弾丸にして打ち出したり、竜巻を起こして巻き上げてそれを飛ばしたり、膨大な量のマグマそのものを大津波のように叩きつけたりして攻撃してくる。
それを蹴飛ばしたり振り払ったりして防ぎつつ走るミナト。当然のようにマグマの海を走る。
熱で焼け死ぬこともなく、マグマの大津波も拳の一撃で爆散させられる彼からすれば、それそのものは大きな脅威ではないが、そう見抜いたアクィラは途中にいくつもトラップを仕掛け、マグマオーシャンを足止め用のフィールド、あるいは有利に戦うための地形として利用した。
潮流のように流れを生じさせて足を取る、マグマの粘性を操作して足を取りかく乱する、不可視の可燃ガスを発生させて突如爆発を起こす、黒煙を生じさせて視界を塗りつぶす、等々。
そうして徹底的にミナトを、超がつくほど攻撃的に足止めしている間に……ドレークの持つ戟に異変が起こっていた。
これまでにないほどの魔力の高まりを感じたミナトが、迫るマグマの大津波を拳で爆散させつつ目をやると……ドレークの周囲の空間が不自然にゆがみ、ガガガガガ、バリバリバリ……と、破滅的な音を周囲に響かせている。
そして空間のゆがみは、戟の刃の周囲がひときわ大きく……周囲の空間を巻き込んで渦を巻くようにしながら、時折、プラズマか何かのような強烈な光をもほとばしらせていた。
まるで見せつけるかのように、ゆっくりとその戟を、円を描くかのような軌道で動かし――ミナトが心の中で思わず『満月斬り!?』とツッコんだことはさておく――たったそれだけの動作で、空間がさらに歪んで、地面や大気が激しく震え、砕け、引き裂けていく。
今、ドレークの手元にどれだけのエネルギーが収束しているのか、一体どんな術式で戟を強化しているのか――そもそも強化なのかすら定かではないが――想像もつかないことだらけ。
ミナトには聞こえないが、観客席では、『ちょ、おま』『え、あれって……だよね?』『いや、おい……兄貴、アレ使うの?』などといった声が上がっていたりする。
そうとは知らないミナトであるが、少なくとも悠長に構えていられるような攻撃ではないとは悟ったらしく……同じようにその拳に、かつてないほどの膨大な魔力を収束させていく。
黒と紫、そして黄金の魔力が渦を形作りながら、腕から型にかけてこめられていく。
その周囲の空間が震え、ねじ曲がり、張り裂け……空間そのものが物理的な破壊力を持っているかのように、周囲の地面がひび割れては崩壊していく。
マグマオーシャンの妨害すら、それに阻まれて消し飛んでいた。
どちらもよく似た、絶望的かつ壊滅的な光景を展開する両者。
視線を交え、瞬きすらせず、一瞬たりとも気を抜かぬまま、互いににらみ合う。
そして……ドレークの戟の刃の周囲の空間が急速に圧縮され、それによって発生したプラズマと過剰な魔力によってまばゆいばかりに刃が輝く。それに加え、ミナトにはなぜかはわからないが……その戟そのものに、すさまじいまでの迫力があふれていた。
魔力とは違うようだし正体はわからないが、確かにそこにある、恐ろしく危険な力。
ミナトは後でから知ることになるのだが、ドレークの本領は接近戦と風の魔法、そして『空間魔法』である。
かつて戦ったウェスカーのように、手にした得物で鋭く切り込んで攻撃しつつ、随所に魔法攻撃や、空間転移による移動とそれによる奇襲を混ぜ込んで戦うやり方だ。シンプルではあるが、錬度次第でいくらでも強くなるし、応用が利く戦闘方法と言える。
しかし、ドレークの攻撃で本当に恐ろしいのは……今まさに放たんとしている技。
『空間魔法』を使った戟での一撃である。
時に、空間をゆがませて長距離を一瞬で移動することを可能にする『空間魔法』。ドレークはそれを応用し、手にした戟に、膨大な『運動エネルギー』を上乗せして放つことができる。
今、ドレークは攻撃のための予備動作として、戟の頭をゆっくりと動かしている。
それはせいぜい、距離にして2、3m程度の移動だが……その軌道上に『空間魔法』を発動させて空間をゆがめている状態にした結果、実際はその数百倍~数千倍の距離を、加速度をつけて移動したに等しい運動エネルギーがその戟に乗っている。
わかりやすく言うと、このように手元で戟をゆっくりと動かしてから相手にたたきつけるという行為は、数千m上空から超高速で落下してきた金属塊を叩きつけるに等しい。
それはもはや、先程のアクィラの『メテオ・ジャッジメント』をも上回る破壊力であり、放つ場所次第では大規模な地形変動すら引き起こす、恐ろしい威力の攻撃。
実際にドレークはかつての戦の中で、戟の一振りで、敵国の城塞を、それが建っている丘陵地帯の小山1つごと真っ二つにし、結果そこに新しい川と湖、そして『谷』を作ってしまった。
彼の二つ名……『天戟』の所以たる武勇伝の1つである。
だが、危険度で言えばミナトも負けてはいない。今もまさに。
拳にすさまじい魔力を収束させた後、『サンシャインパンチ』の要領で魔力の核融合を相乗、さらに胸の『魔法式縮退炉』からあふれ出る魔力をも充填。その結果……まるで拳から腕に竜巻をまとい、さらにそこを中心に漆黒の台風が発生しているような形になる。
さらにそこに『虚数魔法』により……魔力がより精密かつ背正確な指向性を持ったことで、普段以上の威力が生み出された上、『裏側』こと虚数空間でも同じ現象を起こして、『表側』に干渉させたことにより……ペンで書いた字をマジックでなぞったように、さらに威力が倍増。
そして、共に放てば小さな村や町程度なら跡形もなく消し飛ばせるであろう威力の一撃を、互いが互いの武器に装てんした、次の瞬間……
「ルシファー……パンチ!!」
「覇山……崩天!!」
正拳突きと共に放たれる、大砲のような闇の奔流。
刃の軌道に乗って発生する閃光と爆風、そして衝撃を伴う斬撃。
解き放たれた2つの力が激突し……閃光と衝撃が全体を蹂躙しつつ広がっていく。
秒間に幾度もはじけて広がる魔力の波紋は、それそのものが下手な攻撃魔法をはるかに上回る破壊力をもち……それを浴びて、地面が砕けてめくりあがり、空気が張り裂けて暴風が吹き荒れる。暴れ回る魔力乱流や衝撃波が、その空間に存在する全てを粉々に砕いて消滅させていく。
その中心で拳と刃をせめぎ合わせるミナトとドレークは、押し負けまいと互いの武器を押し出し続けるも……終焉は、唐突に訪れた。
せめぎあい、まき散らされつつも、徐々に収束を続け……その中心では臨界点近くにまで高まっていた、暴虐的なまでの魔力。存在するだけで周囲の全てを消し飛ばす、破壊力そのもの。
もし暴発すれば、恐ろしい破壊がまき散らされるであろう、そのせめぎあいの中……
「はい、たいむあーっぷ!!」
と、轟音の中でもなぜかよく通った声と共に、その周囲の魔力乱流をものともせず、横合いから突如飛び込んできたリリンが、ミナトの拳とドレークの戟をガギィン! と真上に蹴り飛ばし、同時にその周囲の魔力乱流をも文字通り蹴散らして消し飛ばした。
その衝撃と、唐突にそんなことが起こった驚愕もあり、2人とも大きく弾かれて後ずさりし……たところを狙って、リリンの体から、それだけでフィールド全体の空気を震わせる魔力の波動がはなたれ、強引にすべての現象を収束させた。
同時に、その衝撃でミナト、ドレーク、そしてその後方にいたアクィラが3人ともにたたらを踏む。
リリンは、今ので全ての破壊現象が収まったのを確認すると、
「これ以上はいくら何でもだーめ。アレが破裂したら、どっちも無事じゃすまなかっただろうし……『スタジアム』が持たないわ。クローナ呼んで限界まで強化してもらったバリアも軋んできてたしね。それに、ちょうど30分よ。今回は引き分け、いいわね?」
突然のことに唖然とする3人に言い放ち……それをもって、模擬戦は終了となった。
************************************************
えー……もうご存知の方も多いかもしれませんが……本日夕方に運営から通知のあった『ダイジェスト禁止』の件について、活動報告でひとこと申し上げさせていただいております。
もっとも、内容が伴っているかはわかりませんが……
重要なことなので、活動報告の記事の方をお目通しいただければ幸いです。
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