魔拳のデイドリーマー

osho

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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇

第407話 『冥界』の話とミュウの不安

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「本来なら直接出向いてお話しするはずだったところ、このような形になってしまい、申し訳ありません……ロクエモンおじ様」

『何……聞いている通りのことが起こったのならば、それもやむを得まいよ。気にすることはないぞ、タマモ嬢ちゃん』

 場所は、タマモの私室。
 そこでタマモは、マジックアイテム『双月の水鏡』を使い、遠く離れた『マツヤマ』の地にいる、八百八狸の総大将にして『八妖星』の一角……『隠神刑部狸』のロクエモンと、簡易的な会談を行っていた。

 タマモの目の前にある、化粧台ほどの大きさの台座に取り付けられている鏡。
 そこに移っているのは、タマモ自身の顔ではなく、巨大な狸の妖怪だった。

 野山を歩き回っているようなかわいらしいそれではなく……昔ながらの定食屋や商店などに置いてありそうな、いわゆる『たぬきの置物』に見られる姿のそれである。
 それを、眼を細く鋭くしたり、毛を逆立てたり、爪を長くとがらせたりして、より禍々しくしたかのような見た目の、身長4mほどもありそうな巨体。それが、このロクエモンという大妖怪の姿だった。

 その中身は、真面目ではあるが割と気さくな部分もある好々爺であることを、タマモは知っているが。

 本来ならば今日、相手を尋ねる形で直接顔を突き合わせ、夕食を共にしながら、自分の所にいるサキの近況などを報告して世間話などをしつつ……本題である『四代目酒呑童子』の件を話すはずだった。

 しかし、途中で……推測ではあるが、『麒麟』なる妖怪の移動か何かに巻き込まれ、一瞬にして『キョウ』の付近へ転移してしまうというとんでもない転移事故が起きたことにより、その直接の会談はご破算、やむなくこのような手段を取ることとなっていた。

 もっとも、ロクエモンの方もそれをきちんと理解しているようで、少し残念そうにはしつつも、咎めるようなことを言いはしなかった。

『しかし、その話の通りなら驚きじゃのォ……あちらこちらで語られる、突然人やモノ、妖怪が消える『神隠し』の類の真相……それが、異なる世界を駆ける妖の仕業だとは』

 本題である『四代目酒呑童子』のことも聞き、一息ついたところで、そう感心したように言うロクエモン。

「先程も申し上げました通り、今の段階では推測にすぎませんが……」

『いや、恐らくそれは間違いではあるまいよ。なるほどのう……『異なる世界の獣』と来たか。しかも『麒麟』とな……わしも『鳳凰』も、そこには思い至らなんだわ』

「……? どういうことですか、おじさま? あの『麒麟』……ないしはあの『異空間』について、何か心当たり、ないし知っていることでも?」

 ロクエモンの妙な言い回しを不思議に思ったタマモがそう問い返すと、ロクエモンは少し考えた後に、『うむ』と短く返事を返した。

『これこそ推測……というより、言い伝えや、まったく時や場所の異なるそれらをより合わせたかのようなものなのじゃが……今、嬢ちゃんが話してくれた事柄について、少し心当たりがあるでな。よければ聞いていくか? 繰り返すが、先の話と同じように、これもまた『推測に過ぎん』が』

「ぜひお願いします。何か1つでも情報・手がかりが手に入るのであれば大助かりですので」

『よかろう……少し長い話じゃ、楽にして聞きなさい』


 ☆☆☆


「『冥界』……?」

「ええ……ロクエモンおじさまはそう言っていたわ」

 そんな呼び方するんだ、ってこっそり思いながらタマモさんに聞かされたのは……なんだかまた別方向に突拍子もない話だった。
 異空間の話かと思ったら、今度は『冥界』て……『あの世』ってことっすか?

 あ、ちなみに今、僕ら『邪香猫』メンバーに加え、タマモさんの側近たちも集まって、タマモさんの屋敷の一室で話を聞いてます。

「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわね。何と言えばいいか……いわゆる、寺の坊主が説法の時に語るような、『極楽浄土』とか『地獄』とかを指して言う言葉ではなさそうよ?」

「聞くにそれらは、一面に花が咲き乱れて、水の澄んだきれいな川が流れ、様々な楽器の音色が鳴り響くとか……罪人の魂が行きつく先であり、地獄の獄卒である鬼が、罪人たちを永劫責め立てる場所である、などと聞くでござるが……そういったものを指して言うのではないと?」

「ええ。ただ、『死者の魂が行きつく先』という意味ではそうかもしれないわね……」



 タマモさんが話してくれた……ロクエモンさんに聞いた『冥界』とやらは、まとめると次のような場所らしい。

 さっき言った通り、伝承とか言い伝えレベルでしか見聞きすることはできず、公式に何か研究された資料とかがあるものではないんだけど……『冥界』とは、さっきタマモさんがちらっと言った通り、『死者の魂が死後に行く世界』であるらしい。

 ただし、おとぎ話とか宗教的な意味で言う『あの世』『極楽』『地獄』を指して言うのではない。あくまで、死んだ人間の魂が行く先というだけの『異なる世界』ないし『空間』らしい。

 死者の霊魂は、この世にそれ単体で存在することはできない。
 死を迎え、肉体を離れた霊魂は、天に昇っていく……のではなく、空気に溶け込むようにしてその空間から消え、隣り合う位置にあるが決して交わらない異空間である『冥界』に行く。そこが、肉体を失った霊魂達の行きつく先であるからと。

 そこは暗く、何もない寂しい場所。音も、光も、匂いも……どこまでいっても、薄暗い、しかしなぜかよく見えるだけの不思議な空間が広がっているのだという。

 霊魂たちはそこへ行き……何もなく寂しいが、同時に生前さいなまれていた苦難や苦痛もない、無という安らぎを得られる場所として、そこを安息後にする。そして、何も考えることなく、永遠に安らかな静寂を味わいながら、その世界を漂い続けるんだとか。

 そして、そんなことがどうしてわかるのか、なぜそんな『言い伝え』が存在しているのかというと……何人か、その『冥界』に行ってなお、この世に帰ってきた……すなわち『臨死体験』というものを経験した人や妖怪がいたことから、『死後の世界とはこんなところだった!』という話が出回ったためだそうだ。

 まあ、そんな話なんて、現代日本にもいくらでも転がってるし、その多くはデマとか勘違い、白昼夢の類以外の何物でもないんだろうけどね……

 ただ、そんな『ただの噂じゃない?』って、人によっては一笑に付されてしまいそうな話を、そのロクエモンさんがわざわざしてくれた理由は……なんと、ロクエモンさん自身がその『冥界』を見たことがあるという話だからだ。

 かつてまだやんちゃだった頃(本人談)、とある妖怪との戦いで重傷を負い、七日七晩死の縁を彷徨った経験があるらしいロクエモンさんは、その間に不思議な体験をした。
 言わずもがな、『冥界』に迷い込んだ臨死体験である。

 大昔のことであるために、もう記憶も所々あいまいだそうだが……そこを訪れたロクエモンさんは、確かに、感覚として……こう思ったそうだ。

 『ここは、命ある者のいるべき領域ではない』と。

 ロクエモンさん自身が、半死半生の状態で、完全には死んでいなかったからそう感じたのか……魂がその世界に馴染まなかったからそう思えたのかはわからない。

 しかし、以前から聞いていた話と、その時の体験……あるいは『体感』を元にして、ロクエモンさんはそれ以後、その領域ないし空間を『冥界』と呼ぶことに、何のためらいもなくなった。

 もちろん、それが『極楽』とか『地獄』的な、いわゆる死の世界なのだとは限らない。
 霊魂となった死者だけが、この世に馴染めなくなった魂だけが行ける、単なる異空間なのかもしれない……そんな領域があるとして、『単なる』で片づけていいものかはおいといて。

 だとすれば、僕がそれを感知できたのは……ひょっとして、『霊媒師シャーマン』の能力があるおかげだろうか? 死者の霊魂と会話することすら可能だった凄腕である、アドリアナ母さんから受け継いだ……霊魂や精霊魔法に精通し、『虚数』の制御の一角を担う、この能力の。

 あるいは……

(僕自身が……一度死んだ人間、ないし魂の持ち主だから……とか?)

 もう転生して19年が過ぎた今、そのことを思いだすのも、むしろ今更感があるくらいになってきてるんだがな……関連性が疑われる以上は、それを頭から追い出すわけにも行かないか。

 しかし……各地でそういう伝承があるってことは、どこか特定の地域にあるとか、特定の場所からアクセスできるってことじゃないんだよな。

 『臨死体験』や『神隠し』がどこで起こってるのかにもよるけど(今度調べてみよう)、もし場所を選ばない現象なのであれば……本当に、何か巨大な、あるいは存在そのものが当然ないし必然と言える『世界』が、この世界と隣接するように広がっている可能性がある。
 それも、僕が観測し干渉している『虚数空間』とはまた別に、だ。

 ……気になるなあ、マッドとしては。
 何かこう、触れちゃいけないもの的な危険さは感じるんだけど……それでもなお、好奇心自体は収まることもなく……って感じでさ。

「……行くとは言わないまでも、どうにかして観測したり、干渉したりできないもんか……。あの時、巻き込まれる形とはいえ、一旦はそれを観測できたんだから、不可能じゃ……」

 ――どんっ!

「……うん?」

 ふいに、腕に衝撃……と呼ぶのもあれなくらいにささやかなものではあるけど、何かがぶつかってきたのを感じた。
 振り向いて見ると、そこにいたのは……

「? ミュウ?」

 僕の仲間の中で、アルバを除けば最も小柄な……ゆるふわ金髪の女の子だった。

 そのミュウが、なぜか今、僕の腕に飛びつくようにして突撃してきた(らしい)のに加え、僕の左腕をガシッとつかんで抱き着くようにして……

「……だめ、です……そこに行っちゃ、だめ……!」

「……は?」

 なぜか……目に涙をいっぱいにためて潤ませ、こっちを見上げ……首を横に振って、必死に懇願するように、そう言っていた。

 突然のことに、僕はもちろん……エルクやシェリーも、師匠やタマモさんも、その他そのにいる全員が、『何?』と聞きたげな視線を向けている。僕の腕にしがみついている、ミュウに。

 えっと、かくいう僕もそんな疑問が頭にあるところなんだけども……一体、何?


 ☆☆☆


「なるほどね……ここ最近、微妙に様子が変だったのは、そういうことだったの」

「はい……ごめんなさい……。こんなこと、誰にも相談できなくて……当たってるかもわからないただの占いや、夢だけが根拠ですから……」

 少し落ち着いたところで、ミュウから事情を聴いた。

 それによると……どうやら、あの、まだ船の上にいた時にやった『占い』が全ての発端らしい。

 あの時僕が聞かされた、若干不名誉な占い結果――これ以上人間やめるなとか何とか、だった気が……――の他に、彼女にはあるものが見えていたらしい。

 それは……『僕が死ぬ』というイメージ。

 しかもそのイメージ、あの水晶玉占いのときばかりでなく、この『キョウ』に来てから、たびたび夢でも見るようになったんだとか。
 占いと同じ内容を見ることから……『予知夢』じゃないかって、これもミュウは怖がっていた。

 夢に見えるイメージは、直接的に僕が死ぬ瞬間とかじゃないんだけど……それを連想させるような、直感的に『死』が待っているとしか思えないようなシーンであり、その夢が怖くてこの所やや寝不足だ、とまで言っていた。

 けれど、それしか根拠も何もないのに、いたずらに不安を煽るかもしれないことを言うわけにもいかず、僕ほどの実力者がそう簡単に死ぬはずない、と自分に言い聞かせてきた。
 しかし、今の話を……『死後の世界』に通じる暗闇の空間という、夢のイメージそのままの話を聞いて、恐ろしくなり……もう我慢できなくなったって。

「夢に見るのも、まさにその『何もない暗い空間』なんです……だから、もしミナトさんがそこに行ってしまったら……もう、戻ってこなくなるんじゃ、ないかと……思って……」

「……ありがと、ミュウ。心配してくれて」

 落ち着きはしたけど、僕の腕を放してくれる気配のないミュウ。
 その頭にそっと、空いている方の手……右手を乗せて、ぽんぽん、と優しく叩く。

「大丈夫だよ。ホントにヤバそうだと思ったら……そりゃ僕だって死にたくなんかないし、きちっと逃げるとか、避けるとかするって。確かに僕、マッドだし、そういう面白そうな研究対象を前にして、ちょっと暴走する癖とかがあるのは事実だけど……そもそも、そういう調査の時だって僕、普段から色々、対策とか取った上でやるようにしてるしさ」

「……わかりました、信じます。でも、それなら1つ条件があります」

 うん? 条件?
 何だろ……ってか、何に対しての条件? 危ないことしないって信じることにかな?

「まあいいけど……条件って、何?」

「今夜から……3日に一回でいいです。夜、一緒に寝てください」

「「「え!?」」」

 それを聞いて、僕だけじゃなく、エルクやシェリー、ナナ、その他数名も驚いたような声を上げた。
 声を上げずに驚いている者もいるが。ネリドラとか、タマモさんとか。

 平然としてるのは……師匠くらいだな。
 いや、タマモさんも、驚き方は軽いかな? 『ほう』って感心してる感じだし。

 いや、まあそれはいいとして……ミュウ? えっと、それ一体どういう意味?

「……最初に言っておきますと、あっちの意味じゃないですのでご安心を。夜、寝る時に見る予知夢は……予知の対象とくっついて寝ていた方が、詳しい内容がわかるようなんです。ですから、そのためです」

「え、そうなの?」

「へえ……でもミュウ、あんた『予知夢』見始めたのここ最近が初めてなんでしょ? そんな性質よく知ってるわね?」

「この性質に気づいたのは偶然です。実は、ちょっと前に怖くて1人で眠れなくて、シェーンちゃんに一緒に寝てもらった日が何度かあったんですが……その時、シェーンちゃんの翌日の出来事を『予知』できましたから。次の日、予知の通りにシェーンちゃんは、ミナトさん達を驚かせようと密かに練習していた和食を作って『実は私が作りました』ドッキリを大成功させていました」

「おいちょっと待て、あの日お前がいやに朝から微笑まし気な表情で私を見ていたのはそれが理由か!?」

 ちょっと顔を赤くしてツッコミを入れるシェーンに、いつものいたずらっ子っぽい調子を取り戻して『ふふふ……』と笑うミュウ。よかった、元に戻ったみたいだな……少なくとも、表面上は。

 ……しかし、そんな風に心配かけてたとか、不安に思ってくれていたとか……いや、僕が何かした結果としてそうなったわけじゃないけど……そんな変化に気づけなかったなんて、猛省だな。ミュウを、長いこと1人で苦しませてしまった。
 『邪香猫』のリーダーとして、きちんと彼女達の様子を見ていないといけない立場だってのに。
 
 ……しかし、そこまで本気になって心配されちゃうとなると……僕自身もちょっとばかり怖い気がしてくるな。さっきまでも、珍しく『二の足を踏む』ような意識が自覚できたり、そもそもそれらに共通して、ぞっとするような感覚を覚えてたりしたから……。

 ……この件、調査するなら、慎重に慎重を重ねた方がいいのかもしれないな。なんとなく、そう思えてきた。
 僕だってそんな……死にたくはないしな。










 ……この数日後、事態は色々な意味で急展開を迎えることとなる。
 それをまだ……僕らは、誰一人知らなかった。




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