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第19章 妖怪大戦争と全てを蝕む闇
第422話 突入、そして開戦
しおりを挟む「さて……打ち合わせはすでに終わっているから、多くは言わない。私から言うことはただ1つ……全員、生きてここへ帰れ! 以上!」
「僕からも同じく! 家に帰るまでが遠足です!」
「「「応ッ!!」」」
『遠足じゃないだろ』なんてツッコミが入ることもなく、皆……『邪香猫』メンバーも、タマモさんの部下たちも、僕とタマモさんの飛ばした口上に力強く返してくれた。
今日は、作戦開始前日。つまり、明日がついに『鬼』との決戦の時なわけだ。
決戦って言っても、正々堂々と戦場で戦うわけじゃなく、相手のボスがいるであろう所に強襲をかけてその首を取る、っていう……暗殺ないし奇襲じみた攻撃だけどね。
まあ、もう何度も議論されているように、手段を選んでいられない状況なので、やむなし。
そのためのメンバーの選定も済んでるし、その土地の協力者たちに話も通した。
そして、強襲をかけるための手段……もとい、そこまで一気に行くための『足』も用意した。
というか、ついさっきようやく用意できた。
「で? 『うまくいくかわからないから』って知らされてなかったけど……結局、どうやって行くことになったの?」
「やっぱり、『オルトヘイム号』ですか?」
と、エルクとミュウの疑問。
今回、僕らが行く先は、『エゾ』『トーノ』『エド』『イズモ』と、かなり広範囲にばらけている。
しかもそこをほぼ同時に、なにより迅速に奇襲しなくちゃいけないし、移動中に戦闘に突入することもあり得る。そのため、乗り物を何にするか、っていうのも結構重要になるわけだ。
それなりに高速で動くことができ、数人から十数人を一度に運ぶことが可能。戦場に飛び込めるくらいには頑丈さがあり、可能ならそのまま戦闘に入れる攻撃ないし戦闘性能があるとなおよし。
そういう要件を満たす優秀な乗り物が、4カ所分……つまりは4つ要る。
一番に候補として浮かんだのは、もちろん『オルトヘイム号』だ。
速度、戦闘能力共に優秀で、機体そのものも頑丈だし、その気になれば常時周囲にバリアを張っておけるので、防御面もほぼ心配いらない。
次に、タマモさんとかが使う移動手段の中に、妖怪関係のいいものがないか聞いたところ……心当たりはあるにはあるが、用意できても1つだそうだ。
『朧車』っていう奴らしく、牛車に顔がついたような見た目の妖怪なんだが、結構大きいので、十人くらいまでなら一度に乗れるし、攻撃を受けてもちょっとやそっとじゃ傷つかないくらいには頑丈。おまけに空まで飛べるという優秀さらしい。
欠点は……見た目がキモい所くらいか。
残る2つだが……そのうちの1つは、クロエにパイロットをやってもらって、オルトヘイム号に搭載していた魔力式戦闘機『ヤタガラス・改』を使うことにした。
『リアロストピア』の時にクロエが搭乗し、八面六臂というかオーバーキルそのものの活躍を見せたこの戦闘機。万が一に備えて、改造してパワーアップさせた上で積み込んでおいたものだ。
座席を増設して複数人数乗せられるようになっているので、今回使うことにした。
ただ注意点として、アレ速すぎるからな……本気で加速したら軽く音速超える。
まあ、それでもコクピット内へのGは最小限になるようにしてあるけど、全くないわけじゃないから、適度にクロエに調整して飛んでもらわないとな。
そして、最後の1つだが……ついさっき、それが完成したところだ。
「『トーノ』に『朧車』、『イズモ』に『ヤタガラス・改』、『エド』には『オルトヘイム号』で行く。で、残る『エゾ』には……こいつを使ってもらう」
そう言って僕は……『収納』から、『あるもの』を取り出して、皆に見せた。
目の前に出されたそれを見た、皆の反応は……
「「「…………本?」」」
そうです。本です。
文庫本くらいの大きさの、小さな本。製本テープで簡単にとじて作られたって感じの見た目の。
当然……ただの本じゃないけどね。
この『本』の制作者である、僕とネリドラ、リュドネラ、そしてミフユさんは、コレの正体を知った時の皆の反応を想像して、ニヤリと笑っていた。
……そして、その時は来る。
☆☆☆
場所は、ヤマト皇国北東部……『エゾ』の地。
『八妖星』の一角……『白雪太夫』のミスズ率いる軍と、『鬼』の軍の戦は、国内で最大規模に展開しているものだった。
支配する土地の広さゆえに、住む人間の数も多ければ、土着の妖怪の数も種類も多い。そしてその分だけ、両方の『派閥』に分かれる者達が出てきている。
今のミスズの支配をよく思っていない妖怪達は……かつて勢力争いで負けた過去を持つ者達や、『エゾ』の地の妖怪がもっと広い範囲に勢力を進出させるべきだという野心を持つ者達が主だ。鬼達はそういった者達に、『我らの主は、真の強者が力で全てを手に入れることができる世をもたらすだろう』とささやいて、今の状況への不満を煽り、反旗を翻させた。
その戦乱の規模の大きさに加え、ここ『エゾ』では他の土地以上に、人間と妖怪が普段から密接に結びついており、その敷居が低い。多くの人里での生活の中に、何の違和感もなく妖怪たちが紛れ込んで暮らしており、そこに住む人々は何の疑問も抵抗も抱いていない。
ゆえに、と言っていいものか……この戦乱においても、『朝廷軍』と『反乱軍』の戦いの中に、当然のように双方に味方する妖怪たちが入り込んで力を振るっている。というよりも、強力・連携して戦っているというべき状況だ。
それだけ双方の被害も大きく……元々の数が多くとも、徐々にその爪跡の大きさは目に見えるものになってきている。
ミスズはそのことに心を痛め、対する鬼達は、順調に死者が増え、『百物語』の礎になっていることをほくそえんでいた。
一刻も早くこの戦況を打開しようにも、なまじ戦乱の規模が大きすぎるがために、人間同士の戦争に近い形となっているこの戦は、各地で軍と軍がぶつかり合う戦いが繰り返され……しかしその場に出てくるのは、両軍共にせいぜいが、幹部か準幹部級までのみ。
討ち取ることで勝敗や大勢を決することができるような大物首は現れず……ゆえに、互いに損耗が増えるまま、決着をつけられずにいる。
そもそも、鬼の軍はどうやら頭目の居場所を徹底的に秘匿している上、定期的に移しているようであり……戦域の単純な広さと、それゆえの防備の厚さもあって、そこを一点ついて戦いを終結させるという方法が取れなかったのだ。
…………その日までは。
「報告いたします。北部の戦線にて、反乱軍の大部隊が敗走したとのことです」
「敵方の防衛線が手薄だと聞いて、こちらの指示に従わず、功を焦って突出した連中だな」
「は……そのようです。現在、朝廷軍の追撃を受けながら後退している様子です。先方は我々へ、受け取った情報が誤りであったことに対する謝罪と、ただちに援軍を送って現地の軍勢を助けるようにと要請を出しておりますが」
「捨ておけ。戦略のせの字も知らん阿呆が率いたことが原因だ、かける情けもない……」
「ですが、壊走状態の軍であれば、こちらの手勢を派遣すれば、効率よく『百物語』の贄を回収することもできるかと思われますが?」
「この『エゾ』の地は広い……生贄ならそこらにいくらでもいる。我らを軽んじた愚か者共など、贄にも要らん。それに、そんな連中に対して甘い顔をすればより調子に乗るだけだ」
「かしこまりました。では、周辺の軍にも動かないよう通達を出します」
広大な『エゾ』の地の中、とある山の中腹にある武家屋敷。
古く歴史を感じる作りではあるが、決して立派とも豪奢とも言えないようなその屋敷に、『鬼』の軍勢は現在、本営を張っていた。
その中心に座し、その軍を統括している男……切れ長の目に、瞳は鮮やかな緑色の瞳。青みがかった黒色の髪が特徴的で……頭頂部に小さな角が1本生えた『鬼』。
既に『キョウト』での戦いで負った傷も癒え、その身にまとう禍々しい怨念の力も復活させた、酒吞童子軍幹部……『天邪鬼』のサカマタがそこにいた。
入れ替わり立ち代わり入ってくる、『鬼』の部下たち。
そこから上がってくる報告を1つ1つ聞き、それら全てに的確かつ冷徹な判断を下していく。
時に利用し、時に切り捨て……より多くの質のいい生贄が集まるように、より『鬼』の軍の益になるように。
「戦場の規模自体もそうだが、流石は土着の妖怪と人間の結びつきが元々強い地だ……戦いにも必然強者が現れやすく、『贄』を集めやすい。……歴史ばかりで期待外れだったどこかとは違うな」
「『百物語』による我が方の精鋭達の強化も順調です。このまま戦線を前後させて戦いを続けさせ、戦を長引かせる方針を続行、でよろしいですか?」
「それで問題ない。……もとよりこの地での本命の狙いは別にある。そこの監視だけは怠るな」
「了解です」
キリツナに無断で『キョウト』へ同行し、サクヤを狙ってミナト達と一戦交えたことを咎められ、その罰として最近まで別の戦地にいたサカマタが、この『エゾ』の地に来たのは、ごく最近のことだった。
規模の大きさ、戦域の広さゆえに展開が遅いこの地の戦いは、もともとの『鬼』陣営の目的もあり、そうことを急いで進める必要はない。むしろ、時間をかけて双方の戦いを激化させ、出来るだけ多くの死者を出した方が都合がいい。
戦域が広すぎて全てを管理しきれないことが悩みと言えば悩みだが、その取捨選択もまた、サカマタに任された仕事の1つだった。
そのために、現地で取り込んだ『反乱軍』及びそれに与する妖怪勢力を統率し、裏から指示を出す立場を取っている。
もっとも、サカマタからすれば、等しく彼らも『手駒』か『贄』に過ぎないのだが。
加えて、今呟くように言っていた通り、サカマタには……もとい、『鬼』陣営には、もう1つ別な目的があった。
究極的に言えば、ただ長引かせて戦っていれば達成される『百物語』の強化と違い、こちらの目的は、『八妖星』側の警戒が厳しく、すぐに簡単に達成できるものではない。
ゆえに、どちらかと言えば今注力すべきはこちらであるとサカマタは認識していた。
(『封印』の場所はすでに特定している。おいそれと移動できるものでもない以上、見失う心配はしなくていい。だが、そこの守りは決して薄くはない。一山いくらの雑兵では返り討ちにされてしまうだろうな……そうなると私が出向く他ないが、どちらにせよ、手を出そうとすれば確実に『白雪太夫』が出てくる。私を含めた総力でも、さすがに奴には勝てるかどうか……いずれは挑むにしても、戦自体が佳境にも入っていない今は、まだ早いな。ひとまずは隠れ続けて、機会を待たねば)
戦を長引かせ、『百物語』のための生贄を生み出し続けるため。
そして、もう1つのターゲットである『封印』なるものを手にするため、
サカマタは、居場所を悟られぬよう、不定期に拠点をあちこちに移し……広い『エゾ』の地を転々とすることで、自分を含む『鬼』陣営のトップ集団が刈り取られるのを防いでいた。
彼はこのままそれを続け、しばらくの間時間を稼ぐつもりでいた。
…………しかし、
「…………?」
終焉は時に、何の前触れもなく訪れる。
(……何かが、来る……!?)
それに気づいたのは、サカマタただ1人だった。
周囲を見ても、自分以外に何かを感じ取った者は誰もいない。皆、何も事もないように普段通りに過ごしている。
しかし、今の違和感を無視することができなかったサカマタは、突如立ち上がると、何事かと驚く部下たちを置き去りにして外に出た。
季節は冬。雪の積もる中庭に、足元も気にせず草履一つで立つと、はらはらと雪が降っている、雲に覆われて白い空を見上げる。
一面、雪雲が広がるばかり。太陽の光を通さないほどの厚みのそれが広がっているばかりだ。
しかし、部下の『どうしました?』という呼びかけにも答えないまま、待つこと十数秒後。
サカマタの目は……雪雲の中心……すなわち、この拠点の位置の真上に、何かが現れたのをたしかに捕らえた。遥か空高くから、雪雲を貫いてそれが降りて来たのを。
最初、1つの小さな点に過ぎなかったそれが、徐々に大きくなり……はっきりと、その形が見え始める。
「鳥? いや…………鶴、か?」
そこまでくると、他の者達にも肉眼でも見えるほどに、その姿は大きくなっていた。
それは、光り輝く体を持ち、大空に力強く羽ばたいて舞い降りてくる、巨大な一羽の鶴……のように見える、どこか幻想的で、非現実的に思える『何か』だった。
そして、その巨大な鶴の背に乗る……数人の人影。
赤い髪に色黒の肌、そして、鬼の怨敵たる『ハイエルフ』を思わせる長い耳を持つ女。
手には、炎を纏った両刃の剣を持ち……その顔には、獰猛な笑みを浮かべている。
橙色の髪を頭の後ろで束ねた、人間と思しき青年。
手に持っているのは、これまた両刃の短剣。そしてよく見ると、その周囲に砂が渦巻いている。真冬の風から男を守るように。
やや短めの灰色の髪の、こちらも人間に見える少女。前2人に比べるとやや表情が硬く、緊張しているかのようだ。
手甲脚甲を身に着けており、他に武器らしい武器は持っていない。
そして……
「……やられたな。すでに嗅ぎつけられていた、というわけか」
巨大な鶴の背に乗っている、最後の1人。
青白い色彩の着物を身にまとい、流れるような黒髪を冬の風にたなびかせている、色白の美女。
しかし、見る者を虜にするような美しい容姿でありながら……その女は、全身から身も凍るような、冷風にも似た冷たい殺気を放ち、それは地上にいるサカマタにも届くほど。
何よりその顔は、敵軍の最重要人物として、サカマタが記憶に焼き付けているそれに相違ない。
それを認識した瞬間、サカマタは、逃げることが不可能であることと、ここで戦わなかければならないことを悟り、腰の刀に手をかけた。
「よかろう……今よりここが戦場だ。来い……『白雪太夫』!!」
サカマタがそう吠えるとほぼ同時に、その『鶴』はひと際大きな動きで羽ばたき、同時にその翼から何十枚、何百枚もの羽を散らす。
それらの羽は、ひらりひらりと舞い降りていく……かと思いきや、まるで放たれた矢のように、一直線に地面目掛けて飛んで落ちていき……地面に落ちると同時に……なんと、爆発を起こす。
幾百枚の羽根の爆弾があたり一帯に降り注ぎ、まるで爆撃のようにして浴びせられた先制攻撃を皮切りに……『エゾ』の地での戦いは始まった。
☆☆☆
同時刻、『トーノ』。
雲を突き抜け、超高高度から降りてくる『朧車』。
その周囲に、マツリやイヅナが放ったのであろう『式神』や、ミュウが呼び出したのであろう『召喚獣』を軍勢のごとく随行させて、牛車とは思えないスピードで急降下してくる。
その目指す先にあるのは……ここ『トーノ』を責めるために構築された『鬼』の陣地。
突然現れ、一直線に自分達の所を目指して突き進んでくる軍勢の出現に、拠点の守りについている鬼達の中には、戸惑いを隠せない者も多かった。
そんな中にあって、この拠点を預かる身である『幹部』は……1人、拠点にしている屋敷の屋根の上に上がり、一切取り乱すことなく、迫ってくる『朧車』と軍団を見据えていた。
当然『鬼』である。
背中まで届くほどの長い黒髪と、切れ長の鋭い目が特徴的な女だ。角は額のあたりから2本生えていて、やや弧を描いて上を向いている。
普段来ている豪奢な装束ではなく、自分用に誂えさせたのであろう鎧に身を包んでいた。
女は、その背に背負っていた……長身なれど細身の体におよそ不釣り合いにも見える、太く肉厚で、重量感のある大薙刀を手にすると、直後、眼前の空間を薙ぐように一閃させる。
その瞬間、振りぬいた刃が、目にも留まらぬ速さで飛んできた『何か』を捕らえ、切り払って消滅させた。
「……この距離で届くのか。大陸には面妖な武器か、あるいは術が存在するのだな」
呟くように言いつつ、その視線は遥か彼方の『朧車』を……
その横の出入り口と思しき部分から身を乗り出し、スナイパーライフルを構えて狙撃を行ったナナを、じっと見据えていた。スコープ越しに、両者の目が合っている。
超高速で飛来した魔力弾丸をこともなげに切り払った女の名は……タキ。
『酒吞童子』の直属、鬼の軍の幹部の一角であり、『滝夜叉姫』と呼ばれて恐れられる女鬼。
自らもここ『トーノ』の出身であり、その土地勘と土着の妖怪たちとの縁ゆえに、この地の攻略を任せられた彼女は、ふん、と鼻を鳴らしながら、眼下で戸惑う部下たちに檄を飛ばす。
「狼狽えている場合か、大馬鹿者共! 直ちに武器を取り陣を敷け! おそらくは『キョウ』からの客人だ……腑抜けた『トーノ』の老いぼれ共とはわけが違うぞ。気を抜いた者から死ぬと知れ!」
言いながら、自分は懐から何枚かの『おふだ』を出し、それに妖力を込めて空中に放り投げる。
それらは、手を離れてすぐに……ジャボジャボと水を吹き出しながら膨らんでいき、その形を変えていく。タキの妖力で生み出された、式神としての姿に。
数秒もしないうちに、放られた札の全てが、巨大な『ガマガエル』になった。
座った状態でも、その全高が滝の身長を超えるほどの大きさであり、その重量に見合った馬力を持っているのだろうと見た目からでもわかる、重々しく力強い式神だった。それが、屋根の上に、あるいはその下の地面に、何体も現れ……その主と共に、空中から来る敵を見上げ、睨みつける。
「来るがいい。もっとも……今更来たところで、最早全ては遅いがな……! むしろ好都合と言ったところだ……!」
そう、独り言のように、あるいは呪詛のように呟きながら、タキは薙刀を片手で持ち、下段に構える。そして、空いている方の手を、合図するようにバッと振った。
その瞬間、式神のガマガエル達が口を開き、一斉に火炎を、水を、妖力の光を……多種多様なブレスと思しき攻撃を吐き出す。『朧車』と、その周囲の軍勢目掛けて。
下りてくる者達もまた、一斉に魔力弾を放ち、矢を射かけ、あるいは見たことも無い鉄の筒か塊のようなものを飛ばしてくる(ミュウの召喚獣が放つミサイル型の攻撃である。当然その出元は、ミナトのCPUMだ)。
互いの攻撃が空中でぶつかり、撃ち漏らした攻撃が互いの軍勢に襲い掛かる。
轟音と共に、戦いは幕を開けた。
☆☆☆
『ヤマト皇国』北西部……『イズモ』の地。
この地での戦は、山中にて繰り広げられていた。
朝廷軍は、山間部に建てられた城に陣を敷き、反乱軍を迎え撃っている。攻め込みにくい天然の要塞として機能する山や川といった地形をうまく利用し、被害を少なく抑えていた。
同時に、山中では正規軍の『表向きの』戦いとは別に、妖怪同士の戦いも起こっている。
『イズモ』のみならずその周辺一帯、『マツヤマ』など四国の部分をも含む、『八妖星・隠神刑部狸』の勢力下にある妖怪達と、『鬼』の軍勢に加担する妖怪達との戦い。
多彩な妖術を使いこなす狸の軍は、力技や単純な攻撃の術を主体とする鬼の軍を、正面から馬鹿正直に相手取ることはせず、数の利を生かした上でなお、絡め手を使って戦っていた。
単純な力では勝つことはできない以上、そのような戦い方に行きついたのは必然だろう。
時に自然を操り……草木の蔦や蔓を絡みつかせて動きを封じ、霧を起こして視界を封じ、動きが鈍ったところで、手持ちの武器や、水や風を刃にして飛ばして攻撃する。
時に敵である鬼に化けて近づき、油断させて奇襲したり、呪薬と組み合わせた幻影の術でかく乱する。
『化け狸』の名に恥じぬ多彩な術の数々は、単純な戦闘能力で大きく勝る『鬼』を見事に抑え込むものだった。
だが、それで全てが決するほど、この闘いは簡単ではなかった。
『隠神刑部狸』の軍は数でこそ勝っており、妖力や術においても優秀な者達が揃っているが、対する鬼の軍勢は強力な力をもつ『個』を多く投入しており、時に多勢に無勢を力でひっくり返す。
しかも、何も考えず突っ込んでくる猪武者というわけでもなく、確たる戦略を立て、狸の軍の隙を絶妙につくような奇襲をかけてきたり、策を食い破ってきたりすることもあった。地の利があるはずの山中で、地形を利用して逆襲されることすらあった。
鬼側にも優秀な頭脳を持つ者がいることに疑いはなく、油断が許されない戦いとなっていた。
そこに一石を投じたのは……超音速で飛来した鉄の鳥だった。
「ひゃっひゃっひゃ……長生きはしてみるもんだねえ、あんなもので乗り込んでくるなんて、流石にあたしも思いもしなかったわい」
数十秒前、轟音と共に飛来したその鉄の鳥……魔力式戦闘機『ヤタガラス・改』は、出会い頭に鬼の軍の拠点にミサイルを撃ち込み、その一撃で建物を半壊させた。
やや古いものではあるが、趣のある日本家屋を爆炎で消し飛ばし、炎上させ、そこにいて油断していた――といっても、超音速で飛来する敵の攻撃を察知しろと言うのも無理な話だが――鬼達を大勢巻き込んで火の海にした。
しかしその直後、何の前触れもなく、局地的に……というよりも、その拠点一体に雨が降り始め、たちまち炎を消し止めてしまう。
その中心に立っていたのは、後頭部から角を生やした、『鬼』の老婆だ。
「じゃが、最近の若いもんはわびさびってもんを知らなくていかん」
腰が曲がり、右手に持った杖に体重を預けるようにしているが、同時に不気味な存在感を放っているその老婆……鬼の軍の幹部にしてこの『イズモ』の軍の指揮官・オウバ。
その小さな体目掛けて、上空の『ヤタガラス・改』は、再びミサイルを放つ。今度は、消火する暇も与えずその場所を徹底的に破壊するべく、何発ものミサイルを一度に打ち出し、殺到させる。
自分目掛けて飛んでくるそれらを見ていてもオウバは怯むこともなく、法衣のような服の、長い袖をばさっと翻すようにして、短い腕を振るう。
その瞬間、地中から尖った岩が無数に飛び出し、着弾直前のミサイルに弾幕のごとく殺到。
その全てを空中で迎撃し、誘爆させてしまった上……同時に巻き起こった風が、その際の爆風と飛礫からオウバを完全に守りきった。
「派手な技に頼るばかりが戦いではない。このババがひとつ教えてやるとしようかの」
こつん、と、杖で地面を軽くたたく。
その直後、今しがた振った雨でぬかるんだ地面、その至る所から、茶色の湯気が吹き上がった。
泥水がそのまま霧になったかのような濁った煙、そのまま空まで上がっていき、『ヤタガラス・改』が飛んでいる一帯を覆うように雲を作ってしまった。
「ひひひ……泥と粘土をたっぷり含んだ雲じゃえ。前は見えぬし、鳥など三度、四度も羽ばたけば羽にこびついて飛べなくなろう。まあ、鳥の翼とは違うようじゃが、飛ぶ邪魔になるのに変わりはなし。さあ、降りておいで、『キョウ』の小娘どもよ」
小柄な体に見合わぬ存在感を醸しだしながら、オウバは『泥雲』の中に突っ込んでいった戦闘機を見上げ、薄気味悪く笑っていた。
☆☆☆
そして、『エド』上空。
邪香猫の旗艦、『浮遊戦艦オルトヘイム号』は、その巨体に似合わぬ船速で空中を駆け、防衛線を軽々と突破して『鬼』達の拠点目掛けて突き進んでいくところだった。
この船もまた、超高高度から奇襲をかけて敵の不意を突いた……わけではなかった。
こちらに関しては、他とは逆。
敵が警戒しているよりも、もっとずっと低いところから進んできて、奇襲をかけた形だった。
遡ること数十分前。
『エド』の港のうち、反乱軍と鬼の軍が共同で軍港として利用している、とある港町。
その湾内に……突如として、深海を隠れて航行してきた『オルトヘイム号』が急浮上し、そのまま周囲の防衛設備や軍艦を、その多彩な兵装で一掃してしまったのだ。
側面の魔力砲が火を噴き、甲板に展開する発射台から無数のミサイルが放たれ、船底近くの発射口から魚雷が飛び出し、
それらを掩護射撃代わりに、大量に放たれた『式神』や『召喚獣』、『CPUM』達が一斉に襲い掛かって全てを破壊した。
ものの数分で軍港1つを使い物にならなくしてのけたその勢いのまま――後始末その他は後詰めとして来ることになっている朝廷軍に任せて――進軍する黒い浮遊戦艦。
途中で慌てたように現れる迎撃部隊を、その圧倒的な火力で蹴散らし、防衛線をことごとく、スルーするかのようにあっさりと食い破る。
敵からの攻撃は、その全周を覆う強力な障壁が一切通さない。
そのままほとんど止まることなく最大船速で進み……そして今、いよいよ本気になった鬼の軍の迎撃を前にしていた。
「好き勝手暴れてくれたな、『キョウ』の妖怪共! ここより先へは行かせんぞ!」
鬼の軍勢に所属しているのであろう、飛行能力を持つ様々な妖怪たち。
その背に乗ったり、肩に乗ったり、あるいは抱えられるようにして空中に陣取っている鬼の軍団が、『オルトヘイム号』の前に立ちはだかっていた。
その中心に立つのは、今しがた堂々と啖呵を切った『鬼』の男。
そこまで大柄ではないが、かなりがっしりした体格の男。
短く刈り込んだ坊主頭の頭頂部付近に、小さめの『角』が1本あり、その表情は厳しく引き締められ、眉間にしわが寄り、口は真一文字に結ばれている。
重厚な鎧に身を包み、両手に1本ずつ大小の刀を持っているこの男の名は、リグン。
この区域の前線指揮官を任されている、鬼の幹部格である。
その前後左右に布陣しているのは、様々な形で飛行する妖怪に騎乗している無数の鬼達。
中には、『百物語』により強化されていることを示す、黒い『怨念』のオーラを纏っている者も少なくない数おり……しかしその多くは、理性を失うなどの事態にはなっていない、自我をしっかりと保っている者達だった。
それはすなわち、鬼の軍の中でも精鋭に分類される者達だということだ。
この場にいる者達の、その総戦力は……正規軍を一方的に蹂躙できるレベルのそれだろう。
「このリグンが出て来たからには、これより先はない! ここが貴様らの墓場となる! その船共々、地に落ちて我らが贄となるがいい!」
既に抜き身で握られている両手の二刀を構えながら言い放つリグン。それに応えるように、周囲に布陣する妖怪たちも雄たけびを上げ、その士気を高めていく。
今まさに突撃命令が出されんという時になり……それらの視線が集中する先、『オルトヘイム号』の甲板に、扉を開けて、幾人かの人影が現れた。
「籠城、ないし防衛線に出てくるかと思ったら、正面切って打って出てくるとは……ちょっと予想が外れましたね」
「そうかしら? この船の攻撃力なら、生半可な城壁などないも同然なのは、少し考えればわかることよ。それならばいっそ、野戦に打って出よう……と考えても不思議ではないわ」
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「出てくるのはアレを倒した後、でしょうね。お望み通り、相手になってあげるとしましょう」
片や、金色の毛並みの、狐耳と9本の尻尾を持つ、言わずと知れた『キョウ』の妖怪の総大将……『九尾の狐』こと、タマモ。
片や、黒髪黒目に黒い武装を持ち、服も黒装束に身を包んだ年若い少年。大陸からやってきた、ある種のイレギュラーたる存在……ミナト。
半ば予想していたことではあるが……敵対する軍において、最も注意が必要だという情報がもたらされていた2人が現れたことに、リグンは顔をこわばらせ……しかし、怯んだり怖気づいてしまうことはない。
どのみちいつかはぶつかるとわかっていた相手だ。この戦場に出て来たというのであれば、もとの予定や予想がどうあれ、やるべきことはただ1つである。
「総員……かかれェ!!」
開戦の火ぶたを、リグンはその手で切って落とした。
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