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第20章 双月の霊廟
第476話 病か、加護か
しおりを挟む昨日一晩かけて読み解いた、あの本……『龍世の書』とやらについては、朝食の席で皆に話して情報共有は済ませた。
龍神文明が、どんな形で龍と人が共存していたのか、その仕組み。
『龍の巫女』や『龍の戦士』と呼ばれていた……しかしその実態は、『龍化病』あるいは『ドラゴノーシス』と現在呼ばれている病の罹患者。その彼らを待ち受けていた運命。
龍の巫女は代々、龍の言葉を翻訳して、信託を告げるように人々に伝え……この手記を綴り……そして、その身が『熟しきる』――恐らくは、病が極限まで進行して末期になると――龍に餌としてその身を捧げていた。
それと引き換えに、龍によって、様々な外的脅威から身を守ってもらっていた。
……コレを読む限り、実態はただ単に家畜扱いだったに等しいようだけど。
まあ、その当時のその人達の価値観に、今更何を言う気もない。討論なら、コレを報告した後に、考古学者の方たちにでもやってもらえばいいし、興味もそんなにない。
そしてどうやら『龍神文明』は、『ドラゴノーシス』が魔物や他の亜人とかにまで広がり、それが原因で龍側が戦力的に押され始めて……不利を悟った龍が、人間を切り捨てて撤退した、という形で滅んだらしいな。
そしてその後、最後に生まれた『龍の巫女』……もとい、『ドラゴノーシス』感染者が、『ザ・デイドリーマー』の使い手だった。人間の父と夢魔の母の間に生まれ、病に身を蝕まれ、その命の際になって、火事場のバカ力的に発動させて……その国の全てを異空間に封じ込めた。
それが、それこそがこの『双月の霊廟』の正体ってわけだ。
「なるほど、色々な謎が解けたわけだな。だが、外側だけ建築様式や年代が違っていたというのは……封じ込めた後に外側だけ、別な時代に作られたということなのか?」
「多分だけど、この異空間というか、『ランダムダンジョン』は……今まで、全く外部から誰も入らなかったってわけじゃないんじゃないかな? かつて、国だか『天領』だががあった跡地に、あの『中庭』の部分が入り口として存在してて……それを外部から隠すとか守るために、その時代に誰かが外側の、聖堂みたいなあの壮大な建物を作ったんだと思う」
「1000年位前の、既に滅んだ別な古代文明、だったわよね? その手掛かりとかも残ってればいいんだけど……いや、無理か。この中身は数万年前のものなんだもんね」
「そのあたりは、過去の資料やら文献を、専門の考古学者に見て調べてもらう他あるまい。……我らにできるのは、こうして『異空間』に隠されたものを暴くことだけだ」
「それも……さっきの書物の話を聞いた後だと、墓荒らしみたいでちょっと気が引けますけどね」
「だが、そうする価値のある場所だ。俗物的な理由があるのも否定はできないが……それでも、今の社会にとっても大きな価値のある情報や事実も、これまでに多く発見できている。『龍神文明』の新たな事実や、『龍化病』に関する新たな事実などだな」
「ダンジョン探索は続けよう。昔の人とか、この本の最後の著者の彼女にはちょっと悪いけど……こっちもこっちの都合で冒険してるわけだしね」
食休みしてコンディションを万全にした後は、諸々後片付けを終えて、外に出る。
結界も、警備役の『デストロイヤー』もそのままだ。特に何も問題なく――問題になるようなレベルの敵襲はなかった、という意味で――朝を迎えられたようだ。
昨日の夜、確かに夜だった村は、きちんと朝になっていた。
……ここだけ見ると何言ってんのかわからないよねコレ……まあ、『ダンジョン内なのに、外の時間と合致した形で時が流れてるんだ』ってのは、やはり確かだったわけだ。
恐らくこれも、『ザ・デイドリーマー』で国を丸ごと封印したがためなんだろうね。かつての時代の自然の営みが、魔物も合わせてそのまま保管・再現されてるんだ。
ちなみに、下の階層に行くための階段は、昨日のうちに師匠が見つけていた。
例の『龍世の書』を見つけたという、そこそこ大きな建物……おそらくは、この村の重役の住処、あるいは仕事場だったと思しきそこにあった。建物がボロボロなのに、地下通路的に開いているこの階段部分だけはしっかりした作りなのが、またアンバランスだな……。
ま、気にしても仕方ない……十分に注意・警戒しつつ、次に進もう。
さて、お次は第5階層。何が待ち受けているのかな、っと……
☆☆☆
第5階層に到着。
つくりは……第2階層と同じ、RPGのラストダンジョンみたいな感じのアレである。
ただ、空中に浮いた陸地同士がつながってる、って感じの滅茶苦茶な構造ではなく……『神殿』みたいな、きちんと陸続きの形状になってた。
このくらいなら……少なくとも見てくれだけは、十分に常識的なダンジョンの範疇に入るかな。
豪華さと、大きさ、そして……出てくるモンスターの異常さに目をつぶれば、だけど。
第2階層では、かなりの数の、それも相当に強いモンスターが、結構な頻度で襲い掛かって来たっけ。
僕らであれば対応可能な程度ではあったけども……相応に苦労はさせられた。
が、今回こうして襲ってきている魔物は……量より質、ってことなのかな?
第2階層ほどの数も頻度もない。が、出てくる魔物はどれも、最低でAA後半とかAAA程度の強さを持っている。例によって統一性はないけど……いや、1つだけあるな。
奇妙な、そして強烈過ぎる共通点が、ある。
身の丈数mはあろう巨大な熊や、唸り声を上げて迫ってくる虎、神殿の壁や天井すら走って距離を詰めてくる狼、けたたましい鳴き声を上げて飛びかかってくる巨鳥。
それらのモンスターは全て……体のどこかに、『龍』を思わせる何かしらの特徴があった。
おそらく、これが……
「ひょっとして『龍化病』……いや、『ドラゴノーシス』に感染した魔物……か?」
「なるほどね、あの本に書かれてた奴……一緒に封印されてたわけだ。で、ご丁寧に同じ階層にまとめられてた、と」
セレナ義姉さんはそう言いながら、あらためて目の前にいる魔物達に目をやっていた。僕も同じくする。
熊は、両腕の肘部分から先が龍の腕に変わっている。長く鋭い爪と、強靭な鱗に覆われていて、まるで手甲みたいだ。……カムロの奴の腕もあんな感じだっけな。
あと、牙もなんか長くて鋭い気がする。熊の本来の牙よりもさらに。
虎は、顔の上半分から背中くらいにかけて鱗に覆われてて、角も生えてる。いや、それだけじゃないな……鱗の下にはおそらく甲殻とかがある。普通の虎の骨格とか筋肉の付き方じゃないし。
そして狼は……いやコレ、今更だけど狼でいいんだよな?
なんか、虎と違って顔が完全に龍のそれになってて……しかも背中から翼生えてるし、手足と体が狼になった龍、みたいな表現の方が合ってそうなんだけど。口から火炎ブレス出すし。
なるほど、あの本に書かれていた『龍の加護を盗んだ獣』か……よく言ったもんだ。
そして、これもあの本の記述の通り……こいつら、強い。
恐らく、元になっている魔物は、どれもAランクとかそのへんの強さだと思うんだが……『龍化病』に感染した影響だろう、戦闘能力がかなり底上げされている。
これについては、前にカムロと戦ってるから既に知ってる。『ドラゴノーシス』に感染しても死なずに生き残り、適合した個体は、龍の強靭な肉体を手に入れた、という扱いになり……戦闘能力や生命力が爆発的に上がる。
同じことがこいつらにも起こった結果……こうして『ドラゴン化』したモンスターが誕生した。
それらに押されて、『龍神文明』は劣勢に陥り、支配者階級だった龍は地上から撤退した、と。
「なるほど……確かに、龍をてこずらせるだけのことはあるのかもしれん……なっ!」
言いながら、クレヴィアさんは手に持った剣を横凪に振り抜く。
が、しかしその剣はガギン、という音共に弾かれ、狼の首を断ち切るには至らなかった。
龍の鱗がなければ、間違いなくその体を両断した上で、纏わせている電撃で内部から焼き尽くし、絶命させていただろう。しかし、単純な防御スペックだけとっても、今の『ドラゴン化』した狼はけた違いのようだ。
剣の軌道から察するに……龍の部分が強靭なのはわかってるから、クレヴィアさんもきちんとそうじゃない部分を狙って剣を出したはず。
しかし、一瞬早く身をひねって、狼の方が鱗の部分で刃を受けたのだ。その結果、防がれてしまった。
同時に放った電撃は通ったようだけど、致命傷には程遠いようだ。
もっともその直後に、背後に控えていたナナとレムさんが放った狙撃が急所にヒットして、今度は確実に致命傷を与えて仕留めていたけども。
残る2匹のうち、熊はザードさんが攻撃を受け止めている間に、これまた後衛からニコラさんとアルバが魔法をぶつけて倒した。
虎の方は、サクヤが手のひらから出した糸で張ったトラップに突っ込んで身動きが取れなくなったところを、シェリーが炎の剣で輪切りにした。
……うん、対応は可能だ。問題ない。
ただ……体のつくりや、他のパーツのスペックに対して、ドラゴン部分のスペックが不自然に高いから、そこで予想しづらい動きや攻撃が来る点にだけ、気を付けていればいいかな。
例えるなら、見た目や体の大きさは普通の猫サイズだけど、前足の筋力だけは野生の虎並み、みたいな生き物がいたとして……普通にちょこちょこ歩くかと思いきや、前足で地面を蹴った時にはとんでもない速さと勢いでジャンプして、猫パンチで成人男性を一撃で殺せるわけだ。
……怖いというか、気持ち悪いな。
当然、動きとかも不自然な感じになるだろう。前足と後ろ足のスペックに違いがありすぎるんだから、普通の猫と同じような動きになるはずがない。
そのへんが、戦闘時に思わぬ動きとか対応をしてくるパターンにつながるわけで。
うん、要注意だな。
「……とか言ってる間に次が来ましたねぇ」
と、ミュウが言ったのを聞いて、その視線の先を見ると……お、ホントだ。
ダンジョンの曲がり角、その向こうから……豚の頭にでっぷりとしたボディを持つ怪物が、のっしのっしと歩いて来ていた。
『オーク』か……ファンタジー界隈、あとその他一部の界隈でも有名な魔物だな。
色々な理由で、特に女性からは敵視されている魔物であるけども……はっきり言って、強さ的にはザコである。油断しなければ、初級冒険者でも十分に勝てる程度の強さしかない。
ただ、曲がり角から出て来たオークは……やはりというか、普通のオークじゃない。
こちらに気づいた様子で、威嚇するように唸り声を上げながら振り向き……体の右半分しか見えていなかった、その全容が明らかになる。
すると……
「……何、あの……なんだ、合体事故でも起こしたキメラみたいなの……」
「まあ、龍の特徴は出てる上で生き残ってるから、『龍化病』による強化としては成功……なんでしょうか?」
思わず僕が言ってしまったことに対して、ナナは一応見解を述べてはくれるものの……アレを成功、と言っちゃいけない気が……。
何せ、その全容が明らかになったオークは……右半身は普通のオークだが、左半身が見事なまでに異形だった。
顔の左側がびっしり鱗が生えてて、口元からは鋭く長い牙が見えている。
腕は龍の腕で、不自然に膨張していて、右腕よりも2周りほど大きい。もちろん、鱗びっしり。
そして足なんか、右足と長さも、骨格からして違うせいで、めっちゃ歩きにくそうなんだけど。
……あえてもう一度言おう。アレを成功と言っちゃダメだろ……事故だよ事故。
戦闘能力は……普通のオークよりは高いのかもしれないけどさ。
普通のオークは『ブー』とか『プギィー』みたいな豚っぽい濁った声なんだけど、聞こえてくるコイツの唸り声は『グルルルル……』という、腹の底に響いてきそうな低くて重い声だ。
完全にこちらを敵として認識したようで、走って襲い掛かってくる。情欲とかは全然感じない、殺意とか敵意だけがビンビン感じられる……生態もコレ違っちゃってんのかな?
まあ、どっちでもいいが……さっきの3匹同様、さくっと倒すとしよう。
そして、この階層で倒した敵の死体は、極力全部回収して持って帰るようにしよう。
何せ、全てのモンスターが『龍化病』に感染していて、その体組織は恐らく研究用のサンプルとして使えるものだ。この病気に関する研究を大きく進められるかもしれない。
そういう意味では、また1つ、このダンジョンに挑んだ意味があったってことになるのかな。
☆☆☆
その数時間後、迷宮状になっている第5階層も、どうにか無事に突破できた。
まあ、迷宮に関しては、毎度おなじみ『サテライト』であってないようなもんという扱いにできるので、苦労はしなかったけど……道々で襲って来た『ドラゴン化モンスター』が結構色々いて……
これも別に苦戦とかはしなかったけど、種類が豊富で、どういう攻撃をしてくるかわからなかったから少し慎重にはなったな。
ジャガーとかライオン的な獣型モンスターに、体の各所にドラゴン化した部分があって、強靭なフィジカルを前面に押し出して襲い掛かってきたり、
小さな狐やリスを思わせるモンスターの、四本の足と尻尾がドラゴンっぽくなってて、強力な魔法を使って攻撃してきたり、
見た目はただの鳥型モンスターにもかかわらず、厄介なことに体の中がドラゴン化してて、火炎ブレスで攻撃してきたり、くちばしの内側にずらっと鋭い牙が並んでたり、ホントに色々いた。
あのオークみたいな合体事故的な見た目のものもいれば、すごいいい感じで融合して、個人的に『カッコいい』という感想を抱くことができたものまで、様々いた。
一番びっくりしたのは、おそらく『ケルベロス』が『龍化病』に感染したと思しき奴だった。第1階層の闘技場で襲って来た、三つ首の犬の魔物だ。
それが何と、背中に龍の翼が生え、前足と後ろ脚の肘・膝部分から先が龍になってるのに加え……3つある首のうちの1つが犬のままで、1つが上半分だけ龍になっていて、最後の1つが完全に龍のそれになっているというもの。
ぶっちゃけアンバランスではあるが、変なカッコよさというか、ベストマッチ感があった。
『ケルベロス』自体、本来は1つしかない頭が3つついてるって言う異常さが売りの魔物だから、逆にその不気味さ、不自然さがマッチしたのかもしれないな。
そして、元々がSランクの危険度だけあって、そこにさらに龍の力が足された強さは、この階層でも最強と言っていいものだった。
ぶっちゃけ、下手な龍族の魔物より全然強かった。
剛腕と鋭い爪による攻撃は、魔法金属の装甲でも紙同然に切り裂く、あるいは粉々に砕くであろう威力だったし、3つある口からは超高熱の火炎ブレスを吐き出した。
通路が狭いから――いや、十分に広いは広いんだが、ドラゴン化ケルベロスの体がもともと大きいからなあ――見れなかったけど、多分、背中の翼を使えば飛ぶこともできたんだろう。
それこそ、成体のディアボロス亜種とか、最上位のドラゴンでもなければ太刀打ちできないような魔物になってたぞ。
こんなのが誕生したとしたら、そりゃあ……龍でも駆逐されるわな。
最終的には、両腕を砕いて動きを止めたところで、師匠が大鎌を一閃……いや、二閃させて、頭1つずつって感じで体を三分割して倒したけど……
(偶発的にとはいえ、こんな魔物が生まれるとは……『ドラゴノーシス』っていう病気についても、少し力を入れて調べてみる必要があるかもな……)
以前、シャラムスカでウェスカーからもらった資料によれば、感染・発症のメカニズムは一切が不明だという話だ。
というか、そもそも『感染』するような病気なのかすら疑わしいという。長期間、看病のために一緒にいた者にも全く感染する気配がなかったりしたそうだし、故意に移そうと、体液その他の接触を行わせてみても、成功はしていない。病原体となる物質も見つかっていない。
かと思えば、感染者どころか龍との関わりすら全くないところで突然感染者が出たりしたこともあったそうだし……現状、僕のこの病気については、後回しにしてたせいであんまりよくは知らないんだよなあ……。
『ヤマト皇国』でカムロっていうどでかい障害ないし敵対者がでたことから、調べなきゃとは思ってたんだけど……
……そういえば、このダンジョンには、『龍神文明』の時代の中心都市である『天領』が丸ごと封印されてるんだったな。
なら、この『ドラゴノーシス』……当時は大仰に『龍の加護』とか呼ばれていたそれについても、何か資料みたいなものが残されてるかも……?
『龍世の書』みたいに、読める状態で残されているといいんだけどな……
そう願いつつ、さあ、休憩が終わったら第6階層に行こう。
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