魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第504話 トレーニングとスウラの仕事

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「……何ですかコレ、新手の地獄絵図?」

「おめーの弟とその仲間達の訓練風景だよ」

 とある用事により、ミナト達の拠点『キャッツコロニー』を訪れたノエル。

 ターニャにミナトの居場所を聞いて、戦闘訓練用の施設『スタジアム』にやってきた彼女が……その内部で行われている『訓練風景』を見て思わず発したのが、冒頭のセリフだった。

 クローナの口から聞かされた事実に『マジで?』と驚きつつ、ノエルは改めてその『地獄絵図』を見下ろす。

「……この訓練場、あんな形してましたっけ?」

「もともと色んな地形に変化させられるように作ってあったんだよ。色々な場所での戦闘を想定して訓練できるようにってな」

「いや、それでも……限度ってありますやん。何ですか、あの……山?」

 スタジアムの内部、フィールドの中心には今……高さ十数mはあろうかという岩山ができていた。
 大小さまざまな岩があるそこに、ミナトを除いた『邪香猫』の主要メンバーが散らばり……フィールド全域にあふれ出して襲い掛かってくる人工モンスター達と戦っている。

 そのモンスター達は、フィールドの各所にある『スライムタイル』から精製されたものだ。つまりやっていることは、かつてクローナの邸宅でミナト達がつけてもらった稽古と同じ……精製した人工モンスター達と延々戦い続けるという、実戦形式のトレーニングである。

 飛びかかってくる巨大な熊をシェリーが斬り捨て、空中を飛んでいるワイバーンをナナが狙撃で撃ち落とす。

 エルクは『サテライト』で常に周辺を警戒し、物陰から奇襲を受けないようにしつつ、全体に気を配っている。ミュウは、目には目を、とばかりに『召喚獣』を呼び出して戦わせる。
 セレナは主に、その2人の護衛。必要に応じて前に出て、魔物を斬りふせ、叩き返す。

 それらの派手な戦闘を囮に、地形を利用して死角から死角へ動き、ザリーやサクヤが暗殺者のように魔物の命を刈り取っていく。

 そんな戦いが繰り広げられている最中、ミナトはというと……『スタジアム』の地形やモンスターの出現頻度・内容を操作できる制御室にいた。補佐として、クロエとネリドラもいる。
 そこで、『エクリプスジョーカー』に変身し、4つの『魔法式縮退炉』を稼働させてエネルギーを供給しつつ……この訓練の要となる『魔粒子』を生み出している。

 生み出した魔粒子は、スタジアムの床を解して送信され、メンバー達がつけている『指輪』を目印にして収束し、彼女達の体に充填されていっている。

 ミナトの『他者強化』は、ミナトが作り出した『魔粒子』を他人に注ぎ込むことで発動するが、欠点として、注ぎ込むには常に相手に触れていなければならない。そうしないと、短くて数秒、長くとも数分で解除されてしまう。

 訓練中、全員と手をつなぐなり体に触れるなりしていることはできないし、1人ずつやったのでは非効率的だとして、ミナトが即興で作り上げたのが、遠隔で『魔粒子』を供給するこのシステムだった。これにより、エルク達は常に『他者強化』を発動させていられる。

 加えて、『魔粒子』はほとんど純粋な魔力なので、体の強化に使った余剰分は、エルク達の魔法などを使う際に流用できる。『縮退炉』から生み出されるほぼ無尽蔵の『魔粒子』を、だ。
 簡単に言えば、この訓練中、エルク達は魔力無限状態。魔法使い放題、ということだ。

 流石に肉体的・体力的な限界はあるが、それも身体強化系の魔法や回復魔法である程度カバーできてしまう。大火力で、全力で、思い切り延々と戦い続けられるという中々ない好条件で、彼女達は思う存分技を磨いていた。

『はーい、じゃあそろそろステージ変えるよー』

 エルク達がおよそ全ての魔物を駆逐し終えた頃、スピーカーからミナトのそんな声が響いた。
 直後、ズズズズズ……という地響きのような音と共に、フィールドの中心に鎮座していた岩山が床に沈んで消えていく。

 ほんの十数秒で完全に沈み切り、平坦な地面が残ったが……それはむしろ一瞬。次の瞬間、またも景色が様変わりしていく。

 パキパキと音を立てて地面が凍り始め、上空(天井部)からは雪が降ってきた。かなり強めの風も出てきて、地面にはなだらかな起伏ができた。あっという間に真冬の雪原の出来上がりだ。

 同時に、雪の中から――正確には、雪に埋もれてその下になった『スライムタイル』から――様々な魔物が出現し始める。
 純白の体毛が雪景色に溶け込む『ホワイトウルフ』や、雪原の足場の悪さをものともせずに跳ね回る猿人『イエティ』、ものによっては鋼鉄を上回る硬さの氷の体を持つ巨像『アイスゴーレム』など、氷属性を持ち、ステージに適した魔物達が現れる。
 無論、その設定を操作しているのは、制御室にいるミナト達だ。

 それを確認したエルク達はすぐさま陣形を組み替え、氷雪系に有利なシェリーや、ミュウの炎属性の召喚獣を前面に出して構える。それ以外は後方支援に徹する構えだ。

 シェリーが炎を纏った剣で豪快に敵を切り払い、ミュウが呼び出した『ファイアドレイク』が火炎ブレスで焼き尽くしていく。
 それに加えて、こちらも『アイスゴーレム』を召喚し、環境と相性の有利さを利用した壁役にしている。寒冷な環境であれば、『アイスゴーレム』は強靭さを増すし、自身が氷属性のため、同じ氷属性の攻撃にも強い。

「……順調そうですね」

「今んとこな。ハイテク設備を惜しみなく使い、常時魔力を供給し続けてぶっ続けで何時間も戦い続けてる。『指輪』には魔力を使って体力やスタミナの回復を後押しする機能も備わってるしな。加えて、使ってる武器は、見てくれはいつもの自分達の武器と同じだが、訓練用の特別製だ」

「訓練用? 刃を潰した武器……ってことやないですよね?」

「ああ、刃引きはしてない。重量や重心もいつものと同じ。強度ないし頑丈さも同等かそれ以上。ただ、魔力の通りや収束性、変換効率とかを意図的に悪くしてあるから、魔力で強化したり、魔法を使いづらくなってる。きちんと意識して、強めに魔力を流さないと有効打にはならない」

「なるほど……ゆくゆくはそれを意識せずにやれるレベルまで行くのが目標。そうすれば、普段のスペックの武器でならそれ以上のパフォーマンスが見込める、と」

「高地トレーニングやウエイトトレーニングと同じ、仕組みは簡単なもんさ。規模を違くすれば、似たようなことはむしろ普段からやってるしな。というか、何か用があってここに来たんじゃねえのか?」

「あっ、せやった」

 それから少し待って、雪のフィールドでの訓練が終盤に近付いた=魔物が少なくなってきたタイミングを見計らって、ノエルは制御室のミナトを訪ねた。

 そこで用件を聞かされたミナトは、その場にいたクロエとネリドラ、そして、ちょうど雪山の魔物達を全滅させたところだったエルク達に『ちょっと休憩』と伝え、ノエルについて出て行った。


 ☆☆☆


 特訓は概ね順調に進んでいる。
 スタミナ常時回復、魔力無限の状態を作り出し、武器を『使いづらいもの』にすることで体に負荷をかけての無限スパーリング。環境や相手にする魔物は毎回変えて、とにかく色々な状況で色々な魔物と戦い続ける。
 シンプルイズベスト。師匠のところでつけて修行もらった時と同じ、『1に実戦、2に実戦、3、4がなくて5に実戦。最低でも実戦、最高でも実戦、兎にも角にもとりあえず実戦』だ。

 そんな感じのトレーニング……を、ちょっと中断して、今僕は、ノエル姉さんと一緒に、ホームのリビングにやってきた。
 するとそこには、久しぶりに見る人が待っていた。

 ソファに座っていた彼女は、僕の僕と目が合うと、微笑を浮かべながらすっくと立ちあがり、

「久しぶりだな、ミナト殿」

「あー、お久しぶりです、スウラさん!」

 水色の髪に、青を基調とした軍服と装備が特徴的な、ネスティア王国の女軍人……スウラさん。
 僕が駆け出し冒険者だった頃からの、割と長い付き合いの人だ。

 最近はあんまり会う機会もなくなってしまった――お互い仕事が忙しいし、片や依頼、片や任務であっちこっち行くから――けど、たまに会ったり、連絡を取り合ったりは今もしている仲だ。
 一応彼女も、ギーナちゃんと同じく、ネスティアからこの『キャッツコロニー』への派遣・交流要員の1人だしね。イーサさんの次にここにいる時間短いけど。

 特に最近は……どうやらスウラさん、出世コースに乗ってきてるらしくて、そのための実績づくりやら経験積みやらであちこち行ってたらしいから、余計に会う機会なかったんだよな。

 しかし最近連絡があり、近々ここで会う予定にはなっていたんだけど……

「会うの、4日後の予定じゃなかったでしたっけ? それに、こっちから迎えに行くはずで」

 ご存じの通り、この『キャッツコロニー』は、AAAランクの魔物が跋扈する危険区域に周囲を囲まれているもんで、普通の手段で出入りするのは不可能に近い。
 それこそ、そこを力ずくで突破できるような、Sランク以上の猛者でもない限りは。

 なので、スウラさんはこっちから迎えに行くつもりだったんだけど……今日、ちょうどノエル姉さんがこっちに来る用事があったので、それに同行して一緒に来たらしい。

「すまないな……事前に連絡すべきだとは思ったんだが、急に決めたもので、手紙も出しそびれてしまって」

「まあ、別にいいですけど……何か、急ぎの用事でもありました?」

「ふふっ……少しでも早く、君に会いたかったから……ではダメかな?」

 柔らかな微笑を浮かべながら、そんなことを言ってくるスウラさん。
 あの……反応というか、返事に困るんですが。

 スウラさんみたいに奇麗な人に、そういうこと言われると……こっちとしてもやっぱり緊張するというか、恥ずかしい部分はあるし……正妻も愛人もいても、この辺の性格、僕は変わらないんだよ、未だに。

 幸い、と言っていいのか微妙だが、すぐにスウラさんは『冗談だよ』と茶化すように言った。

「といっても、なるべく早く会っておきたかった、という部分は本当なんだがね……実は、これから少々仕事が忙しくなりそうで、しばらく会えなくなりそうなんだ」

「? また、研修か何かですか? それとも、遠征系の任務とか?」

「どちらかと言えば後者だな……しかも場所が、あの北の国の国境付近だ」

 それを聞いて、さっきまでの弛緩した空気が一気に張り詰めたのを感じた。
 今現在、この大陸でもっともヤバいことになろうとしている……あるいは、もう既になっているあの国の近くでの任務。それを聞けば……こうもなる。

 そんな場所で、スウラさん……一体何の任務が? まさか、国境の防衛にでも就くとか?

「いや、そういう現場に行くこともあるが……私はあくまで、部下を率いて裏方の仕事だよ。工作隊や輜重隊などの護衛が主だな」

「なるほど、確かに、直接戦うことはあんましなさそうですけど……でも、それって……」

 『工作隊』は確か、戦闘の際の陣地の設営や、軍関係の建物や設備の補修なんかを手掛ける部隊だ。時には、戦場に罠を仕掛けたり、支援的な立場で戦闘に関与することもあったはず。
 『輜重隊』は、食料や武器なんかの物資を運んで、基地や砦、前線に届ける部隊だったな。

 スウラさんの仕事は、それらの護衛……そして、『工作隊』や『輜重隊』が動くってことは……いよいよあの国との国境がきな臭くなって来たってことじゃないのか?
 ……とてもじゃないけど、気楽とか安全とは縁遠い任務に思える……不安を禁じ得ない。

「ドレーク総帥経由で、イオ氏に話を通してある。『ローザンパーク』を中継拠点に、あの国との国境部分のあちこちを回って、色々と雑事を片づけていく予定だ。まだ何かあの国が派手に動く様子はなさそうだから、大丈夫だとは思うがね」

 スウラさんはそう言うが……決して油断していい任務じゃないだろうな。

 今は確かに静かかもしれないけど、それはいわゆる『嵐の前の静けさ』だ。これから先、あの国は『嵐』を起こすつもりなのは間違いないというか、ほぼ確定なんだから。
 そしてその『嵐』がいつ、どこに来るかはわからない。近づくなら、警戒は絶対に必要だろう。

「……気を付けてくださいね」

「ああ、ありがとう。……ふふっ、もし私が死んだり、チラノースに捕まったりでもしたら……その時はミナト殿、仇を取ってくれるかい?」

「やめてくださいよ、縁起でもない……その時は僕、あの国物理的に消し飛ばしてでもスウラさんのこと助けますからね」

「…………それは安心だな」

 安心できてない顔でそう言うスウラさん。笑顔が引きつってます。
 たぶん、僕なら本当にやりかねない、とでも思ってるんだろうな……大当たりである。

 まあ、消し飛ばすって言っても……流石に国土丸ごと消し飛ばすのは難しいから、向かってきた軍隊と、関係各所を、くらいに留まるとは思うけど。

 だから、ちゃんと無事に帰ってきてください。でないと遠慮なく暴走するからね、僕。

「でもマジで何かあったら、その時は『指輪それ』、上手く使ってくださいね。前に説明した通り、色々便利機能ついてますから」

 スウラさんにも、僕の関係者ってことで『指輪』は渡してある。左手の人差し指にはめられているそれを指さして、僕はそう言っておいた。

「そうだな、そうさせてもらうよ……と言いつつ、もう既に普段から色々世話になってるんだがな。『収納』とか」

 うん、じゃんじゃん使ってくださいね。
 無事に任務が終わることをお祈りしてます。



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