魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第535話 理解不能な戦い

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「……前に、さ、お義母さんが言ってたじゃない? ミナトが初めて『アルティメットジョーカー』に変身した時に」

「うん?」

 チーム『邪香猫』の旗艦『オルトヘイム号』、その甲板の上。
 そこに集まっている、エルクをはじめとした『邪香猫』のメンバー達。

 その中心で、エルクがぽつりと呟くように言った。

「ミナトが変身した時の金髪や緑色の目は……お義母さんの色に近づけた結果だって」

「ああ、そう言えばそんな話したことあったっけ」

「ミナトさんにとって、『最強=リリンさん』っていう認識ですから……強化変身を使うと、無意識に自分の姿をリリンさんに近づけちゃうんですよね。でもそれは、ミナトさんがリリンさんの背中を追っている姿勢の表れでもあるから……」

「お義母様を追う姿勢じゃなくて、本当にミナト自身の強さを追及して力を使えるようになれば、その分、お義母様に似る要素が減っていくはずだ……っていう話だった」

 エルクに続いて、シェリー、ナナ、ネリドラと、もうずいぶん前に聞いた話を思い出しながら。

 もう1年以上前、『リアロストピア』の一件の時に、初めて『ザ・デイドリーマー』の扉を開き、ミナトが『アルティメットジョーカー』に変身した時に、リリンやクローナも交えて交わした考察の中で行き着いた結論。

 事実その通りに……『アルティメット』では、ミナトは前半分の髪が金色に変わり、瞳は全体が緑色になっていた。

 その後発現したさらなる強化形態『エクリプス』では、黒髪の中に、メッシュのようにひと房だけ金髪があり、瞳の緑色は縁取りだけになっていた。

 ……そして、今。
 エルク達の目の前で、ミナトはその2形態を経た上で、またしても姿を変え……

「なら、さ……今のミナトの姿……あれは、つまり……」

「そういうことだろーな。いつもと同じ姿に限りなく近いが……全くの別物だ」

 いつの間にか戻ってきていたクローナも加わって、『邪香猫』の面々は、ウェスカーと相対してたたずんでいるミナトの姿を見ていた。

 その姿は、普段のミナトとほとんど変わらない。
 髪は黒、瞳も黒……若干紫がかっている気はするが、その程度。
 その他の違いと言えば、僅かに服装の色が違っている程度で……クローナの言う通り、外見だけなら、普段の姿とほとんど違いはない。

 それでも、その姿……『ナイトメアジョーカー』は、これまでとは決定的に違う、と……不思議と、そこにいる全員が悟っていた。

 ところで、なぜ今まで、他の戦闘員や召喚獣の相手をしていたメンバーが、ここに集合で来ているのかと言えば……それは、相手がいなくなったからである。

 しかしそれは、全滅させたからというわけではない。
 正確には、財団の『改造人間』である戦闘員は全滅させたが、ウェスカーが召喚して配置していた召喚獣達に関しては、戦っている最中に突如として召喚を解除されていった。

 それはつまり、その召喚や維持、強化に使っていた分の力も全てウェスカーが自分に集結させたため。
 あるいは、ウェスカーが自分との戦いにそれらの召喚獣を使うために呼び戻したため……ということだろうと、彼女達は見ていた。

 ゆえに、正真正銘、これがここ『サンセスタ島』における、最後の戦いになる。
 言葉にせずとも、皆がそれをわかった上で、視線を集中させる中で……先に動いたのは、ウェスカーだった。



(あれが新たな『強化変身』ならば、何をしてくるかわからない……うかつに攻め込むのは愚策と言うべきですね……ならば)

 ウェスカーは瞬時に足元に複数の魔法陣を展開し、そこに……先程、島の各所での戦いから回収してきた『召喚獣』達を呼び出した。
 それらはどれも、この時の戦いのために用意してきた、1体でも小国の1つ2つを容易く滅ぼすことができるであろう、規格外の実力を持つ存在。

 しかも中には、『財団』の研究部門が腕を振るったのであろう、明らかに人工の……作られた存在だとわかる魔物も混じっていた。

 その中の1体……おぞましい魔力を纏い、手に持った巨大な鎌を振りかざして襲い掛かってくる『死神』のような魔物。
 名を『ハイエロファントリッチ』と呼ばれる、アンデッド系屈指の上位種族は、龍の鱗による守りすら両断し、受け止めたとしても呪いによって相手を蝕む大鎌を振るい、ミナトの首と胴体を泣き別れにせんと迫り……

 その刃が首元に触れそうになった瞬間、パキィン、という乾いた音が響いて……鎌の方が木端微塵に砕け散った。
 一瞬のことに、白骨の見た目で表情など存在しないリッチの顔にも、動揺の色が浮かんでいるように見えた。

 その直後、ミナトは鋭く『ハイエロファントリッチ』の懐に飛び込み、手刀の形にした右手を突き出し……肋骨に、肘まで深く突き刺し……
 それと同時に、爆炎が吹き上がって、白骨の死神を内側から粉砕した。

 刀を振るって血を落とすような仕草で、ミナトは腕を振るって煙と、僅かにまとわりついた骨のかけらや、淀んだ魔力を払って散らした。

(……まあ、彼ならこのくらいはできて当然でしょう……驚くほどのことでもないですね)

 仮にも今突撃させたのは、その昔、例えでも誇張でもなく、かつて1つの国を滅ぼして住人を次々とアンデッドに変え、この世の地獄を作り出したと記録上で言われる怪物なのだが、ミナト相手では時間稼ぎにもならないとウェスカーは見ていたし、実際にならなかった。
 予想できていた以上、そのことに特段感情を揺らすこともなく、次々にウェスカーは突撃の指示を出す。

 龍が、獣が、不死者が、悪魔が、魔法生物が、次々にミナトに襲い掛かる。

 しかし、ミナトはその全てを難なく返り討ちにしていく。

 真正面から突っ込んできて、手に持った大斧を叩きつけてこようとした悪魔を、ストレートパンチで斧ごと粉々に粉砕し……それと同時に立ち上った灼熱の火柱で灰にした。

 横合いから飛びかかってその体を食いちぎろうとしていた獣を、薙ぎ払うように放った裏拳で、こちらはまるで火薬でも詰まっていたかのような爆発で飲み込んで木端微塵にした。

 周囲の空間を埋め尽くす勢いで殺到してきた、半透明の亡霊の軍団を、腕を軽く振っただけで光り輝く風を引き起こして浄化・消滅させ、

 地響きを起こすほどの足踏みと共に突撃してきた巨大な岩石のゴーレムは、その踏みつけの一撃を微動だにせずに片手で受け止め、その手のひらから発した衝撃波で瓦礫の山に変えた。

 そして、上空から今まさに襲い掛かろうとしていた龍目掛けて腕を突き出すと、そこから漆黒の破壊光線が放たれてドラゴンの頭に直撃……したかと思うと、当たっていない部分まで含めた体全体が大爆発を起こして木端微塵になった。

(相変わらず、デタラメな攻撃力だ……カムロの一件で知ってはいたが、災害級の魔物をワンアクションでぽんぽんと葬っていく。しかし、何でしょう? 先程から、何か違和感が……)

 召喚した第一陣の魔物が、いともあっさりと全滅させられていく。その果てに判明したのは、『途轍もなく強い』+『何をやってくるかわからない』という点のみ。
 何もわかっていない、とも言う。そんなことは、変身どころか戦う前からわかり切っていた。

 ゆえに、タイミングを見極めて……動く。

 けしかけた最後の1匹……『ヤマト皇国』で仕入れた、虎の腕とサルの体、尾が蛇になっているキメラ型の妖怪である『鵺』を、ミナトが超高電圧を込めた膝蹴りで消し炭にした……その瞬間、ミナトの反応・反撃が絶対に間に合わないであろうタイミングで、ウェスカーは斜め後方から、4本ある光刃翼全てを振りかざして切りかかる。

 膝蹴りのおかげで、ミナトの動きは前方に突き出す形になっていて、どうしても後ろからの攻撃へは反応がワンテンポ遅れるはず。
 この一撃で仕留めることはできないだろうが、まずは一撃入れてペースをつかむ。

 そんな考えと共に放たれた、ウェスカーの最初にして渾身とも言っていい一撃は……しかし、


 ―――ギュルン! ドゴォ!


「ぐっ、は……!?」

 前に飛び出していたはずの勢いを、無理やり上へ、そして後方へと変えた……ミナトのオーバーヘッドキックによって容易く粉砕された。4本の光刃翼ごと、粉々に。

 しかも、円運動を終えて動きのベクトルをゼロにしたミナトは、空中で蹴りの勢いを利用してウェスカーに向き直り、そのまま追撃の飛び蹴りまで叩き込んで、その体を大きく後ろに蹴り飛ばす。

 蹴飛ばされて地面に転がることとなったウェスカーだが、即座に体勢を立て直して、光刃翼も4本とも復活させ、ミナトに向き直る。
 意外にも追撃を仕掛けてくる様子はなく、ミナトは再度拳を握り、利き足を軽く前に出す形で構えなおしていた。

 ウェスカーは今度は、左手に持っていた光の剣を消滅させ、その分の魔力を練り上げて充填し……左の手のひらをミナトに向ける。
 そこに出現した、直径がウェスカー自身の身長ほどもある魔法陣から、十重二十重の光の奔流があふれ出し、ミナトに殺到する。

 幾重にも束ねられた、分厚い岩盤すら貫くであろう破壊光線の奔流に向け、ミナトは手をかざし……そこに金色の光が渦を巻くようにしてできた障壁を発生させ、危なげなく防ぎ切ってみせた。

 ……どころか、発生させたその障壁を、あろうことか「おりゃあ!」蹴飛ばして、防いでいたウェスカーの光線もろとも叩き返してぶつける始末。
 直前でそれを察してかわしたウェスカーだったが、障壁+破壊光線は1つの爆弾か何かのように飛んでいって、着弾地点の地面に盛大なクレーターを作って爆散した。

「まったく、あいかわらずデタラメな……!」

 最後まで言い切るより先に、ミナトの腕が、今度は弓を引き絞るように後ろ側に引かれている……そしてその手元に、まばゆいばかりの光が収束し始めているのを見て、ウェスカーは青ざめる。

 そして次の瞬間、その手が……拳が、正拳突きのように勢いよく前に突き出されると同時に、収束していた光は、今のお返しと言わんばかりの破壊光線になってウェスカー目掛けて放たれた。

 先程のミナトと同じように、ウェスカーも障壁を張ってそれを防ごうとするが……着弾直前に背筋が寒くなるのを感じたウェスカーは、自らが張った障壁の背後から飛びのくようにして、その交戦自体の射線から離れた。

 その瞬間、いともたやすく障壁が砕け、ミナトが放った破壊光線は島を横断するほどの距離を、地表をえぐりながら飛んでいった。

 そして、それに戦慄する暇すら与えられない。
 破壊光線が収まるより先に……というよりも、自分と同じく、発射されている最中から既に動き出していたのだろう。ウェスカーが回避して跳んだ先に、ミナトがすでに回り込んできていた。

 しかしウェスカーはそこにあえて突っ込み、4本の光刃翼と、両手に持った剣、合計6つを組み合わせた乱舞でミナト目掛けて真っ向から切り込んでいった。

 それをミナトは、両手両足に闇色の電撃を纏わせて迎え撃つ。

 四方八方から襲い来る光の刃を、闇の拳で受け流し、粉砕し、カウンターを狙って拳を突き出し、それを住んでのところで受けて、反撃とばかりに薙ぎ払う。

 やはり、召喚獣や遠距離での攻撃ではろくな成果は出せない。
 そう判断して、危険と判断してなお飛び込んでインファイトを仕掛けたウェスカーだったが……その中にあって、ウェスカーは何か、妙な違和感のようなものを感じ取っていた。

 目の前でこちらの攻撃を全てさばき切り、当たってもまるで効いていないミナト。
 その、強さや手札の多彩さも恐ろしいのは確かだが……こうして戦っていて、何か別な部分がおかしい気がする。しかし、それが何なのかはわからない。

(何だ、この違和感は……!? 何かが起きている、しかし、何が起きているのかがわからない!?)
 
 そして、その違和感の正体に気づいたのは……戦っている当事者であるウェスカーではなく……それを離れた場所から見ていた、エルク達だった。

「なんていうか……意外と普通ね」

「そうですね。まあとんでもなく強いのはわかりますけど……今までミナトさんが何かやらかすたびに起こっていたような、奇想天外な事態が起こっていないっていうのは……逆に不自然な気も」

 シェリーとナナが、ある意味でミナトをよく理解しているようなことを言った直後、続けてネリドラが少し考えて、

「まだ本気出していなくて、準備運動なのかもしれない。私でも目で追えるくらいの動きだし」

「……ん?」

 その瞬間、エルクが何かに気づいて……ハッとしたような表情になった。

「……ねえ、それ……変じゃない?」

「? 何が、エルクちゃん?」

「……何で、私達……ミナトの戦いを目で追えてるの?」

 その言葉に、一緒に見ていた一同は『どういう意味?』ときょとんとする。先程、同じようなことを言っていたネリドラも含めて。

「? それは多分、ミナトがまだ本気じゃないから……じゃないの?」

「いや、それにしたって限度あるでしょ……前の『ヤマト皇国』の戦いの時思い出して見なさいよ。あいつが『ジョーカー』シリーズ使うような戦いじゃ……私やネリドラみたいなレベルならまだしも、シェリーやナナもついていけなかったのよ?」

 そう言われて思い出してみれば、確かに、とシェリー達も思い至った。

 ヤマト皇国での、ミナトが『妖怪大戦争』と呼ぶあの戦い……特にその、『セキガハラ』での最終決戦においては、中途半端な実力を持つ者達では、割り込むことなどできないような、超が5、6個つくようなハイレベルの戦いが繰り広げられていた。

 簡単に地形が変わり、周りを盛大に巻き込む火力、
 目で追うこともできない速さでの移動や攻撃、防御の応酬、
 前後左右上下から何が飛んでくるかわからず、わかったとしてもどう対応すればいいのかわからないような、奇想天外極まる武器・術・式神その他諸々の嵐、

 本当に最後の最後、『エクリプスジョーカー』となったミナトと、怪人と化した上で完全に力を馴染ませたカムロとの戦いでは……エルク達が『何かが起こった』と気づくことすらできない刹那の間に、攻撃と反撃、返り討ちの応酬が複数行われていたほどのことも起こっていた。
 彼女達から図れば、誇張も冗談も抜きに、『気がついたら攻撃が終わっていた』というようなレベルの光景だったのだ。

 ゆえに、エルクは解せない。
 今のミナトは、おそらくはその時をしのぐであろう力を持つ形態でありながら……なぜ自分達はその戦いを普通に目で終えているのか。

「いやだから、それはミナト君がまだ本気じゃないからで……」

「ミナトがそうでも相手はそうじゃないでしょ? あんな風に姿を変えて……さっきなんか注射器でやばそうな薬まで使ってたし、明らかにあの時のカムロって奴と同等かそれ以上よ?」

 一応人の形はとどめているものの、明らかに普通ではない変容をして、背中から光の翼まで生やしているウェスカーを見て、指さして、そう言い切った。
 感じ取れる気配からして、その見立てがそう間違っていないものだというのを、そこにいる者達も理解できていた。

「仮にミナトが様子見で本気出してなかったとしても、ウェスカーまでそれに合わせてゆっくり、手加減して動いたり戦ったりするなんてことありえないでしょ。ましてやアイツからすれば、ミナトが本気出してないうちに全力で攻撃して仕留めた方がいい、くらいに思うだろうし」

「言われてみればそうね……」

「ミナトさんって時間を与えれば与えるほど、何やってくるかわかんなくて怖いですもんね。敵として相手取る時は特に……味方でも若干怖いくらいですし」

「それにさっきから、ウェスカーは割と必死の形相で戦ってるし……あれなら本気出して戦ってるって言われても不自然じゃないくらいに」

「……んー、確かに。でもそれだと余計に不自然ですねえ……」

 と、どうやらミュウも、エルクの言わんとしていることを理解したらしい。

「シェリーさんやナナさんならともかく、私やネリドラさんが、推定本気出して戦ってるウェスカーの動きや、表情まではっきり見える……本気でなくてもそんなことできるかどうか怪しいのに?」

 戦闘要員として確固たる実力を持っているシェリー達と違い、どちらかと言えば後方支援要員であるミュウや、非戦闘員であるネリドラが、Sランクどころではない実力を持っていることが確実であろうウェスカーの動きが、表情が、はっきり見えて、どんな戦いをしているかもわかる。

 本来であれば、ミナトとウェスカーの戦いなど、たとえ双方様子見で本気でなくても、自分などでは目で追うこともできないだろう。ここ数週間の『特訓』でそれなりに実力を上げている自覚はあるとしてもだ。

 そう理解すると、この状況の不自然さがよくわかる。

 なぜ自分達は、自分達よりもはるか上のレベル同士で行われている、世界最強クラスの戦いに……見ているだけとはいえ、平然とついていけているのか?

 正確にその『違和感』を認識してしまえば、絶対にありえないことが起こっているとわかる。
 わかる、が……全く理由はわからない。

 わからない、が……予想はできた。
 こういう、『ありえない』『絶対おかしい』ことには……たいていの場合、その中心にいるあの男が関わっているのだから。

「……クローナさん、わかります?」

 そしてエルクは、素直にこの場は……ここにいるうちで唯一、そういった超常の現象に多少は理解を持っているであろう、もう1人の絶対者に意見を求めた。

 クローナは、ちら、と一瞬だけ、聞いてきたエルクに……そして同様に、期待するような視線を自分に向けている『邪香猫』の面々を見やって、はあ、とため息を1つ。

「まあ間違いなく、原因はミナトだろうよ」

「でしょうね、それは私達も多分そうだろうなとは思ってました。……ちなみに、何が起こってるのか、はわかったりしますか?」

「……予想でしかないが……恐らく、認識とか時間感覚をゆがめてるんだろうな」

 顎に手を当てて、考えながら、という様子でクローナは語りだした。

「動体視力や思考速度といった知覚系能力っていう部分で……お前らの中でも、戦闘要員と非戦闘員じゃあ、天と地ほどにも違う。その両者が、同じ戦いを同じ感覚で見ていられるなんてことは……率直に言ってあり得ねえ」

 例えば、シェリーにとってちょうどよく目で追える、反応できる程度の戦いであれば。
 ナナやセレナならば同じように見れるだろうが、エルクだとついていくのは難しいだろう。ミュウやネリドラであれば、何が起こっているかもわからず、目で追うこともできないだろう。

 逆にミュウやネリドラがきちんと目で終える程度の戦いというのは、それは言っては何だが余程レベルが低い。シェリーやナナにとっては、きちんと目で追えるのはもちろんだが、率直に言ってじれったいレベルだろう。

 それらの中間、誰にとってもある程度は目で追える、というレベルがないというわけではないだろうが、少なくとも今回の戦い……ミナトとウェスカーにはそれは当てはまらない。
 ともすれば本来は、ヤマト皇国でのカムロとの一戦と同様、シェリーやナナ達でさえ反応が追いつくかどうか怪しいというレベルの戦いなのだから。
 それこそ、目で追える、反応できるのは、クローナくらいのものだろう。

 そんな戦いを、シェリーやナナも、ミュウやネリドラも、全員が等しく……『何が起きているか』『どう戦っているか』きちんと認識できる。
 言葉にすればするほど『ありえない』『意味が分からない』状況だとわかる。

「正確な仕組みはわからないが……あの2人の戦いは、俺から見た感じ、お前らが言う通りのレベルの戦闘にちゃんとなってる。だが、恐らくそれに合わせて、見ているお前らの感覚やら何やらが『調整』されてんだ。反応できる出来ないはともかくとして、動きも、音も、きちんと認識できるように……そしてそれでいて、ただ見てる分には何の違和感も不快感もないように」

 例えば、ビデオのスロー再生ならば。
 目に追えないほど速い動きも、動きだけは遅くなって見えるようになるだろうが、加減次第では遅すぎて妙に違和感のある動きになるだろうし、その時に喋っている言葉などは、同時に音も引き延ばされるために、まともに聞こえなくなるだろう。

 ただ単に動体視力だけが優秀でも、その戦いそのものをきちんと把握することはできない。

 速くても見える目、聞こえる耳、それらを脳に伝える神経伝達、見えて聞こえたものを処理し、理解させる脳の処理速度。
 それらの能力に、素人と達人では隔絶した差があるからこそ、戦いというものは、見る者によって見え方が違ってしまうのだ。

 それらの力を……直接干渉しているのか、あるいは特殊なフィールドを作ってのことなのか……ミナトは、この場にいる全員が認識が可能になるように『調整』している。

 本来は見ることも叶わないはずの戦いが、よく見えて、理解できるように。

「それが本当なら……幻術とか感覚干渉の類ですから、とんでもない高等技術ですよね。支援魔法として、これ以上ないくらいの……」

「ああ、そうだな。本来、『戦いについてこれない』はずの、戦いに入り込めないはずの奴が、それに『ついてこれる』レベルまで……認識能力を引き上げられるんだからな。ただ……」

「ただ?」

「俺にはどうも……あいつがそれを狙ってやってるようには見えねえんだよな。このトンチキ効果は恐らく、無意識のものか……もっと言えば、単なる余波やオマケだと思う。つか、あいつ自身、こんなことが起こっていることに気付いてねえ可能性が高い」

「……えぇえ……?」

 クローナのその言葉に、エルクも流石に困惑せざるを得なかった。

 最強レベルの戦いについてこれるまでに、仲間の認識能力を引き上げる。
 ともすれば、支援系魔法の極致とも言ってもよさそうな、そんな能力……それをミナトは、無意識でやっているのだという。

 てっきりエルクは、あの変身の能力は『自分だけでなく味方も強化する』ものなのかという結論に至りかけていたところだったのだが、そこに盛大に水を差された形だ。

「じゃ、じゃあだとしたら……何で、余波って……え? 一体ミナト、あの……『ナイトメアジョーカー』でしたっけ? これ以上どんな力を持ってたら、余波でこんなことが起こるんですか?」

「俺が知るわけねえだろうが。だがまあ、予想するとしたら……この現象を起こすのに不可欠な要素……能力の底上げ……精神や時間間隔への干渉……ただ単に色々と強化するだけじゃ、こんな現象を起こすのは無理……まして、被施術者に何の負担もなく、だ。十中八九『ザ・デイドリーマー』による理不尽な補正が入ってる……となると、時間操作か、事象操作。あるいは、因果り……」

 聞きながらエルクは『なんか聞いたこともないような、けど絶対ヤバい部類の単語が並んでる』と冷汗をかいていたのだが……クローナの中で結論が出るより先に……


 ―――ドッ……ゴォン!!

 
 戦場の方から派手な音……恐らくは攻撃音と、それに伴う破壊音が聞こえた。

 はっとして、少しの間目を離していた、ミナトとウェスカーの戦いの場に目をやると……

 そこにいたのは、膝をついてうずくまるような形になりつつも、戦意の衰えぬ……しかし、困惑していることがよくわかる表情になっているウェスカーと、

 その正面で、拳を握って構えている―――





 ―――……3人に増えたミナトの姿だった。





「……ごめん誰か教えて。何がどうなってアレ、あんなことになってんの!?」

 自他ともに認める『正妻』も、流石に今回は彼が何をしたのか、全く分からなかった。


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