魔拳のデイドリーマー

osho

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第22章 双黒の魔拳

第542話 ミナトVSハイロック

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 僕が構えた盾は、次の瞬間、ふっとその場で消えてなくなった。

 ハイロックはそれを見ても、動揺する様子は見せなかった。さっきいきなり盾が現れて、自分の拳を止めても、動揺しなかったのと同じように。
 大方、収納空間に入れたか何かしたと思ったんだろう。

 ……だとしたら残念、違うんだなこれが。

 既に僕は、『ナイトメアジョーカー』を発動させている。
 そして、その能力は……特に能力名とか決めてなかったからざっくり雑に言っちゃうと『やりたいことを全部やる』こと。
 本来は両立しえない複数の『可能性の未来』を、1つの時間軸に顕現させることだ。

 ウェスカーとの戦いで僕はその力で、『前から殴りながら』『後ろから蹴り飛ばし』『蹴飛ばした先にあらかじめ回り込んでいて』『さらに2方向から同時に攻撃』……なんて無茶苦茶な1人連携攻撃を叩き込んだりもした。
 あるいは、異なる属性の魔力を同時に使って『炎のパンチ』『氷のパンチ』『風のパンチ』『雷のパンチ』『闇のパンチ』『光のパンチ』の同時攻撃なんてものすら使った。

 そしてそれは……何も素手格闘だけに限った話ではないようで。

 今再び、矢のような……なんてものじゃない速度で、しかも3回フェイントまで入れつつ、僕の首めがけて貫手を放とうとするハイロック。

 僕はそれを、さっきと同じように、手に盾を出して防御……おっとこれもフェイントだったのか。
 一瞬でハイロックは貫手を握り拳に変え、それを薙ぎ払いの要領でふるって盾を横にはじく。それでわずかに僕が体勢を崩したところを見逃さず、もう一方の手で拳を突き出してきて……

 そっちの手はしかし、突き出されるより先に、機先を制する形で僕が……『盾で防御ではなく、剣で迎撃』を選択した僕が繰り出した薙ぎ払いに防がれた。

「何……!?」

 一瞬だけとはいえ、僕が2人同時に現れたことに驚くハイロックは、今度はわずかに動揺して隙を見せた。

 僕はそこに、手に持った『ゲオルギウスの双剣』を、交差させるようにして切りかかるが、瞬きほどの時間よりも早くハイロックは切り替えて防御する。
 同じように顔の前で交差させたハイロックの両腕は、僕の振るった剣をたやすくはじいた。さすがは『スローン族』……肉体強度は鎧の比じゃないな。

 が、そのハイロックの眼前に、ほとんど同時に……双剣をふるった軌跡が消えるよりも下手したら早く、また別な僕が構えた『ウロボロスの大砲』の砲口が向く。

「……っ……!?」

 さすがに顔がこわばって見えたハイロックに、遠慮も躊躇もなしに、発射。
 超凝縮された魔力がこめられたエネルギーの砲弾がさく裂し、その場からハイロックを大きく吹き飛ばす。

 踏ん張り切れなくて大きく後退したが……大した傷にはなってないな。

 ……とまあ、こんな風に僕の新能力『オーヴァーロード』は……素手での戦いだけじゃなく……武器や道具を使ったという『可能性の未来』すら顕現できる。

 際限なく何でも『可能性』としてできるわけじゃないだろう。あくまで僕が手札として持っていて、実行しうる可能性をそのまま形にしているわけだから。
 持ってもいない能力、作ってもいない武器を使った攻撃はできないだろうな。

 けどそれは、逆に言えば……持ってさえいれば、作ってさえあれば、いくらでも使えるわけで。
 そして僕は普段から、思いつくままにアイテムや武器、能力を作って所有しているわけで。

 恐らく、僕の能力の詳細を把握したわけじゃないだろう。
 しかしハイロックは、少なくとも、この戦いで『何が起こるかわからない』という言葉以上に、僕が何をしてくるかわからない……それも、複数同時に、という点は察したようだ。さっきまでよりも表情がこわばり、緊張感が増しているのを感じる。

 しかしそれでも、戦意は微塵も揺らいでいないあたり、古参の幹部としての実力やら覚悟やら……そのへんがうかがえるな。

「……覚悟してはいたが、どうやら、この戦いは……どちらかが死ぬまで終わらなそうだな」

 ハイロックはつぶやくようにそう言うと、三たびこちらに突っ込んでくる。
 今度は……構えのようなものはほとんどとっていない。手か、脚か、それとも肩や肘、膝かどこをどう使って攻撃して来るかが読めない。フェイントがあるかどうかもわからない。

 それならばと、僕はこちらも武器は出さず、拳を勢い良く突き出して……その衝撃波『ジャイアントインパクト』で遠距離から攻撃。

 しかしハイロックは、それを腕ではじくようにして砕いて防いでしまい……しかもその、僕が拳をふるった瞬間に加速して、僕の側面に回り込んだ。僕が攻撃後の体勢から、立て直すより先に攻撃するために。

 しかしその瞬間には、『ハーデスフォルム』の僕が巨大な鎌をもって正面に現れ、その刃をハイロックの首めがけて振るう。
 が、ハイロックはこれも回避。前に倒れこんでくぐるようにして、最小限の動きで。タイムラグもほとんどなく。

 その横合いから、今度は『焔魔橙皇』を構えた僕が突きを繰り出すも、それすらも体をわずかにひねってそのままよけて……すごいなほんとに、こいつのテクニック。
 同時に多方向から攻撃されることを理解して、いつどこからどんな風に攻撃されても即座に反応することで対処とするわけか。

 そのあと出現した4人目……すでにクロスレンジってことで、拳で直接迎撃しようとした僕の攻撃もよけて、僕の首筋めがけて、刈り取るような鋭い蹴りを放ち……

「……まあ、技術で負けてるのはわかってたし……なっ!」

 ――― ゴ ッ !!

 とっさに頭突きで迎撃する僕。
 僕の額と、ハイロックの脛。人体の中でもかなり固い部分同士がぶつかって、硬質な音を立てる。

 押し負けたのは……ハイロックの方。僕の頭突きの方が競り勝って体勢を崩させた。
 負傷にこそならなかったようだが、この隙は小さくない……と、思っていたんだけど。

 なんとハイロック、その蹴りの反動や、僕の頭突きの衝撃で生じたエネルギーすら利用して、空中で体勢を立て直し……しかもその直後、空気を蹴ってこちらに再度跳んできた。今度は額じゃなく顔面目掛けて、突き出された膝が迫ってくる。

 とっさに僕はバック宙するような動きでそれを回避し、そのまま足で……サマーソルトキックの要領で蹴り上げ。
 しかしまたしてもハイロックは、素早く腕を振ってその勢いで体勢を変え、定格から放った僕の攻撃を迎撃して防いでしまった。

 そして再度空気を蹴るハイロック。その勢いで僕を踏みつぶして殺そうと足を振り下ろす。
 体をひねってそれをよけ……ようとしたけど追ってくるので、腕で防ぐ。

 それと同時に、『そのまま転がって回避した』未来の僕を2人出して体制を立て直させ、そのまま飛び上がってカウンターよろしく反撃させる。
 「ちっ」と舌打ちの音が聞こえて、ハイロックは今度は飛び退って距離をとった。

 ……なお、ここまでのやり取り、詳細に解説すると結構長い感じになったけど……時間にしてわずか1~2秒の間に交わされた攻防である。
 本当にこいつとんでもないな……攻撃や駆動自体の速さ・正確さはもちろん、一瞬で状況を判断してどう動くかを導き出す、その思考速度や反射神経も。

 こっちはフィジカルにものを言わせて無理やり対応し、さらに『オーヴァーロード』をくみあわせてどうにか突き返すことができている状態だ。わかっちゃいたが、『熟練度』ってものにすさまじいほどの差がある。

 それに、今のやり取りの中で何気に痛感したんだけど……

「同時に何人もの貴様を出し、異なった動きで攻撃して来る……どういう仕組みかわからんが、驚異的な能力だ。……だが、付け入るスキがないわけではなさそうだな」

 と、ハイロックが静かに口にした。おっ、何に気づいた?

「その能力……確かに強力ではあるが、貴様が意識して使っていることに変わりはないのだろう。力を使う余裕、ないし暇がないペースで攻撃すれば、発動を妨害できる……そして」

 そこで言葉を区切って、また突っ込んでくるハイロック。
 今度は、大きく回り込んで側面から。狙いは……腹。

 振るわれようとした脚を、手甲で受け止め……ようとした瞬間に起動が変化し、上段へ。僕のあごを打ち抜こうと狙ってきた。

 もう片方の手で防ぎつつ、こっちから飛び込んで反撃……しようとした瞬間、伸び切って隙をさらしたと思っていた足が膝から折りたたまれて素早くハイロックのもとに戻る。

 そしてその瞬間、真正面から殴りかかった、僕の拳を手でいなしてかわし、同時に体をひねる。
 背後に回り込んでいたもう1人の僕の攻撃を回避。目で見てない。音と気配だけで察知したか。

 さらに、回避した先に回り込んでいた、さらに別な僕の攻撃を防ぎながら離脱した。

「今の一瞬の間に……私の死角となる斜め後ろから攻撃を受けていれば痛打になっていた可能性が高い……しかし、そうはしなかった。それ以外にも、今の動きや、出現した分身、その動きや攻撃のパターン……そして何より、問答無用でこちらの防御を無視して出現させ攻撃するような使い方をしないところを見ると……分身の利用にまったく制限がないわけでもないな?」

「…………!」

「その分身……武器の有無はともかくとして、出現させた時点から見て、貴様がとりうる動きしかできないようだな。察するに、複数ある貴様の攻撃の選択肢……それらから1つ選ぶことなく、全て同時に実行することができる能力、とでも見るべきか」

 ……すごいな……ほぼノーヒントの状態から当てたよこいつ……。なんちゅう洞察力だ。

 さすがは数百年にわたって拳1つで『ダモクレス財団』の最高幹部を張り続けた男……戦いに関して、単純な戦闘能力のみならず、あらゆる面でキャリアが違うと思い知らされる。年の功って、異世界でもやっぱり馬鹿にできないもんだな。

 そりゃ数百年も己を鍛えて戦いの中にいれば、わけのわからない能力や魔法を使ってくる敵なんて、1度や2度じゃなく目にしてきてるだろうし……そのたびに、こうして冷静に考えて。見極めて、そして食い破ってきたんだろう。

 主目的はともかく、ここまで積み上げられ、練り上げて高められた、ハイロックの純粋な『強さ』ってものには……正直僕も、尊敬すら覚えてしまう。

 …………まあでも……

「タネはわからんし、そもそもあるのかないのかも不明だが……仕組みと法則が分かれば、いくらでもやりようはある。貴様自身の動きを予測して見切り、それら全てに対応できるように動けばいいのだからな……容易くはないが、できんことはない」

「あんたならマジで可能なんだろうね。数百年の研鑽ってのは怖いわあ……ホント、僕みたいな若造とは全然違うんだなって痛感させられるよ」

「ならばどうする。この空間を解除してお開きにするか? 私はそれでも一向にかまわんが」

「はっはっは……それこそ冗談でしょ。それにそっちこそ……こっちを甘く見すぎだよ」

 挑発的になるのは承知で、そう言い返し……構えなおす僕。

 ハイロックは、構えず自然体。その眼光には、闘争心やら何やらに加えて……どこか呆れのようなものが見え隠れしている気がした。
 奴には僕が、自分が不利な状況を認めず、強がっているように見えているのかもしれない。

 まあ、実際そうと言えなくもないんだけどね……確かに僕の技量や戦闘経験値じゃ、ハイロック相手に、攻撃や防御の読み合いやら駆け引きやら、そういった部分で対抗するのは難しい。
 さっきも言ったけど、向こうが積み重ねてきた数百年の経験・計算は伊達じゃないってことなんだろう。『オーヴァーロード』の力を加味した上でも。

 けど、それでもだ。

 僕は、ただの虚勢や虚仮脅しであんなことを言ったわけじゃない。

 読み合い・駆け引きに勝つのは、確かに難しいだろう……ただしそれは、あいつが思っているような、まともな戦いの中でのことなら、という話だ。

 直後、これまでと同じように突っ込んでくるハイロック。
 やはり構えは取らず、可能な限り自然体。そのせいで、どう出るか読みづらい。

 減速せず、正面から突っ込んでくるが……こいつの場合、その技量ゆえに、超クロスレンジからでもフェイントに移行してこっちの防御を突破してこようとするからな。
 そして、僕はそれを……直前になるまで気づいて、見切ることができない。

 それに対して僕は、こちらも自然体で構えて読まれないように……なんて素人考えで真似するようなことはしない。
 付け焼刃で対抗できるような相手じゃないのは、ここまでの戦いで身をもって知ってる。

 けど確かに、『読まれないようにする』っていうのは確かにいいアイデアだと思うので……別な角度からそうしてみようと思った。
 僕なりの、ないし、僕らしいやり方で。

 自分で言うのもなんだけどね……今言った通り、ハイロックは甘く見すぎだ。僕を。
 僕の、技量とかその辺じゃなく……そもそも僕自身が『何をやってくるのかわからない』っていう……普段から財団でも言われているんであろう、その評価の意味を。そしてレベルを。

 痛感してもらおうじゃないの。僕……ミナト・キャドリーユを相手取るにあたって、一番警戒すべきことがなんであるかを。身をもって。
 『デイドリーマー』を敵に回すことの……恐ろしさを。そして、どうしようもなさを。



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