魔拳のデイドリーマー

osho

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最終章 エピソード・オブ・デイドリーマーズ

第599話 白いミナト

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 冒険者チーム『女楼蜘蛛』。
 史上初の、構成メンバー全員が『Sランク』であり、名実ともに最強の冒険者チームとしてその名を知られている、伝説の6人。

 冒険者界隈のみならず、大陸全土にその名は知れ渡っており、同業者である冒険者達からのみならず、戦いの世界や探求の世界に生きる多くの者達から尊敬される存在。

 言うまでもなくその実力は名前負けなどする者ではなく、むしろ『全員Sランク』という言葉を使ってもなお、彼女達の強さを的確に表すことなどできていないと言えた。
 そのことは、正しい歴史において、後に彼女達6人のためだけに、新たなる『SSランク』という階級が新設されたことからもうかがい知ることができた。

 ……ゆえに、その事実を知っている者達からすれば……この光景は、目を疑うものだろうと言えた。

「ちょっと……何なの、コイツ……!?」

「ミナトと同じ見た目だけど……まあ、本人じゃニャいのは確かだけど……」

「いや、コレ……ヤバすぎないかい……!?」

 その6人は……たった1人の、まだ幼さの残る顔立ちの少年、あるいは青年に……圧倒されているという、この光景は。

 つい今しがた、偽物のリリンの中から誕生した……偽物のミナト。
 白髪に黄緑色の目という、ミナト本人とは逆と言っていいようなカラーリングに、纏っている異様な気配。そして何より、誕生の仕方からして……まともな人間かどうかも疑わしい存在だというのは、彼女達もすぐに察することができた。

 故に、油断なく構えてそれを迎え撃ったつもりだったが……足りていなかったのだ。
 警戒や覚悟はもとより……そもそもの、力が。

 文字通り生まれたままの姿である白いミナト……バイラスが『M2』と名付けていたそれは、武器も防具も何一つ身に着けていないにも関わらず、リリン達をその身1つで圧倒していた。

 その首を刈り取るべく、テーガンが矛を振るう。
 相当な実力者でも見切るどころか、降りぬかれることにすら気づけないレベルの速さで、地形を変えるレベルの威力が込められた威力の刃が、M2の首に迫るが……M2はそれを、表情一つ変えずに受け止める。
 防具もつけていない手をすっと突き出し、その手の甲でガキン、と硬質な音を立てて止めた。

「……っ……!?」

 二重の意味で目を見張るテーガン。
 渾身の一撃が容易く受け止められたことも驚きだったが、それと同時に……その刃を止めている手の甲に、まるで竜の鱗を思わせる、硬質な装甲のような何かが浮き出ていた。それをさらに魔力で強化して、刃を受け止めていた。

 一瞬後、ガキン、と音を立てて刃をはじき……同時に鋭くこちらに踏み込んでくるM2。

 テーガンの胸元を狙って突き出された手刀。
 そのまま行けば、胸を貫通して背中まで抜かれかねない威力だと悟ったテーガンは、こちらも魔力を全開にして矛で防ごうとするが……手刀が矛に触れるか触れないかという瞬間、M2は大きく軌道を変えてテーガンの真横に回り込んだ。
 そしてその手刀は、胸ではなく首元を狙って突き出され……

 ―――ガギィン!!

 間一髪そこに割り込んで間に合ったエレノアが飛び蹴りでその手刀をはじく。
 横に大きくそれたその一撃は、テーガンの鼻先すれすれのところを、空気を切り裂く音と共に抜けていった。

「……っ、すま―――」

 しかし、テーガンが『すまん、助かった』と言うよりも早く、M2は目にもとまらぬ速さでその腕を引き戻し、振りぬかれた直後だったエレノアの足をガシッとつかむ。

 そしてそのまま、まるで武器でも扱うかのようにその小柄な体を振り回し……思い切りテーガンめがけて大上段から叩きつけた。

 一瞬、とすら呼べない間に振り回されて理解が追いついていないエレノア。
 それを、まさか矛で受け止めるわけにもいかず、テーガンはキャッチするように受け止めようとするが……失敗。
 まさしく鈍器で殴りつけられたように、直撃を受けたテーガンは、踏みとどまれずその場になぎ倒される。

「う、がっ……」

「っ、放す、ニャ……っ!」

 こちらも叩きつけられた衝撃で意識が飛びそうになりながらも、エレノアは『猫の手』に変化させた手を振りぬいてカマイタチを起こし、M2を切り刻もうとするが、こちらは防御すらせず直撃したにもかかわらず、そよ風ほども気にしていないようだった。
 魔法すら切り裂ける威力の風の刃は、M2の体に痕すら作ることもできずに霧散し空に溶けた。

 ただ、何も感じなかったわけではないようだ、ちらりとエレノアに視線を向ける。
 まだ意識があるのか、とでも言いたげな……しかし、本当に一瞬だけだったその視線の後、エレノアは再び自分の体が大きく振り上げられるのを感じた。
 自分の足を握っている手を蹴飛ばしても、微塵も力が緩む気配はない。

 そのまま叩きつけられるのか、あるいは投げ飛ばされるのか……そう考えはしたが、覚悟を決めて身をこわばらせるより先に、その体は宙を舞っていた。どうやら、後者だったらしい。

「っ……全くもう! 的確に邪魔してくれるね!」

 回転しながら飛ばされる最中、エレノアは、アイリーンが手元にチャージしていた攻撃魔法をキャンセルして、代わりに展開した障壁魔法で自分を受け止めるのを見た。

 そして、その横をすり抜けるようにクローナとリリンが駆け出し、M2に向かっていく。
 そのさらに後ろからは、テレサが何十本ものレーザーを放って2人を援護していた。

 完璧なタイミングで左右から同時に攻撃を仕掛け……たかと思えばクローナはフェイントを入れており、タイミングをずらして死角からM2に攻撃を加える。
 咄嗟にそれに反応しようとすれば、リリンに対応できない。リリンに対応しようとすれば、クローナに対応できない。

 そしてそのいずれであっても、追いかけてくるレーザーが確実に支援しダメージを叩きつけることになる。
 さらには、今のわずかな間に起き上がったクローナが追い打ちをかけることもできた。

 どれかを防げば残りの全てを確実に食らう。そんな凶悪な波状攻撃を……しかし、





「うっそ……でしょ……」

 2秒後。
 そこには……なぎ倒されて地に伏している『女楼蜘蛛』の面々の姿があった。

 その中心に立ち、拳を振りぬいた姿勢になっているM2は……無傷。
 いや、いくつか傷は負っていたようだが、すぐに再生してしまったらしく……無傷になっている、という方が正しいようだ。

 体に走る激痛をこらえて見上げるリリンの目の前で、その腕を浅くだが切り裂いて走っていた傷が、逆回しのようにふさがっていったのが見えていた。

 何が起こったのかと言えば……だ。

 彼の『母親』にそうしたように、巨大な光の大剣を振り下ろして蒸発させようとしたリリンを……片腕で受け止めつつ、闇の魔力を流し込んで光の刀身を侵食・破壊。
 それにリリンが気付くより先に、至近距離からの『ジャイアントインパクト』……拳の衝撃波で吹き飛ばす。

 コンマ秒遅れて飛び込んできたクローナの振るった『殺傷力の権化』を、龍の鱗を出現させた手で放った裏拳で破壊。
 そのままクローナの頭を掴んで地面にたたきつけ、同時に超高圧電流を手から放って内部から焼き、動きが止まったところで蹴り飛ばす。

 テレサのレーザーは1発もよけずにノーガードでその身で受け、まるで小雨か何かのように全く意にも介さず。
 しかし、術者であるテレサの方に視線を向けると、その目から漆黒のレーザーを放ってその肩を貫く。

 背後から突貫してきたテーガンは、突如として大きく伸びて広がった髪の毛で大矛ごとからめとり、クローナと同じように電撃で動きを止め、後ろ回し蹴りで蹴飛ばして壁に叩きつけた。

 ほんの数秒……にも満たない時間で、必殺と呼んですらよかったコンビネーションでの波状攻撃が突き崩されたことに、遅れて気づかされ……ショックを隠せないリリン。

 こちらが負わせた傷といえば、自分の攻撃をM2が防いだ時にできた、腕のわずかな傷のみ。
 それも、ものの数秒で治癒してしまった。魔法を発動したのか、それとも……素の治癒力があのレベルなのかはわからないが。

 するとその直後、リリン達の体を不思議な浮遊感が包んだ。

 M2による攻撃……ではない。
 自分達の体を包むのは、よく知る仲間の魔力だった。

 そして次の瞬間には……アイリーンが発動させた転移魔法によって、リリン達は今いた地下施設から地上に脱出していた。

「……よかった、上手くいった」

 相当な焦りと危機感の中でどうにか発動させたのだろう。アイリーンは、いつもの笑みを顔に『どうにか』張り付けながらも、肩で息をしていた。
 6人全員、無事に脱出させることができ……ひとまずは敵から逃れることができた。

「ありがと、アイリーン……ガチで助かった」

「どういたしまして。……しかし、最後の最後にとんでもないのが出てきちゃったねえ……」

 額に浮かんだ汗を袖で拭いつつ、負傷した面々の治療にあたっていくアイリーン。
 幸い、そこまで負傷がひどい者はいないため、すぐに回復させることができるだろうと、彼女もリリンも見ていた。

 ただ、負傷自体はまだ大したことはなくても……事態は十分に深刻だった。

「何じゃと思う、あの小僧? まともな生まれというか、生き物ではないのは確かじゃが……」

「見た感じ、あの研究所っぽい地下施設は、人造の人間やら魔物を作り出すためのもんだ……そこで生まれたってことは、直前に戦ったリリンの偽物も含めて、あの施設で作られた人工生命体……ってことなんだろうよ」

「……あんな怪物、人為的に作れるもんなのかニャ?」

「作れちまってる……というか存在してんだから、気にしてもしょうがねえだろ。……というか、問題はあいつがミナトと同じ見た目してやがるってことだよ。十中八九……ありゃ、ミナトを元にして作られた存在だ。ってことは……」

「……最悪、ミナトと同じくらい強いってこと?」

「いや、しかし……ミナトでもあそこまでわしらを圧倒するような戦い方はできておらんかったぞ? それなりに戦いになっておった自負もあるし……それに何やら、明らかに普通の人間にはなさそうな身体的特徴もあった。鱗だの、爪だの、牙だの……の」

「いやまあ、ミナト自身も十分人間離れしてると思うけどな。……というか、鱗はともかく……爪? 牙? そんなんあったか?」

「うむ、よく見ないとわからんかったかもしれんが……手の爪が長く鋭くなっていて、口元には……肉食動物のそれのような鋭い牙が何本もあった。どちらも本物のミナトにはなかったものじゃ」

「……もしかして、ミナトと何かを混ぜて強化する感じで作った……ってこと? だからあんな風に、私達が一方的にやられちゃうほど強く……」

「……つまりアイツ、ミナトより強いってことか?」

「どうだろうね……ボクとしては、違うんじゃないかと思うけど」

 と、なぜかわずかに声を震わせながら、アイリーンがリリン達の会話に割り込んで言う。

「……後衛から見てた感想みたいになるんだけどね……あいつ、単純なパワーやスピードはともかく、動き自体は単純で……ミナト君みたいに洗練された感じじゃなかったよ。テーガンが言ってた異形の部分……『混ざった』何かがあるから正確ではないにしても、少なくともさっきの戦闘を見る限りでは、ミナト君より強いとは……仮にそうでも、そこまで大きな差があるとは思えないな」

「……でもじゃあ、私達がああまで手も足も出なかったのは……?」

「…………ああ、逆ってことかよ」

 そこで、何かに気づいて納得したように……同時に、吐き捨てるようにクローナは言った。

「……元々、俺らと戦ったときのミナトが全力じゃなかった、ってことか」

「……ああ、だからわしら、ミナトとはそれなりに戦えておったのに、あのミナトもどきとの戦いでは一方的に……ミナトの奴、あの時そこまで手加減しとったのか? それにしては、割と必死に戦ってるように見えたが……」

「もしかしたら、それ自体無意識にかもニャ。ミナト君達って、なんか私達に独特な視線とか態度で接して来るし。理由は教えてくれないけど……無意識に力をセーブしてたとかありそう」

「……そういえばあの子、絶対に私達の顔は狙わなかったし、致命傷になるような攻撃もアイテムも、戦ってる間は使ってなかったわね。その後、一緒に行動するようになってからは、クローナもポカンとするようなのポンポン使ってたのにさ」

「俺を比較対象に出すなボケ。っ、ぐ……!」

 話している途中で、クローナが苦しそうに呻くのを聞いて、視線が集中する。
 リリンは、アイリーンにクローナの治療も頼もうとして……ふと、違和感に気づく。

 先ほどからアイリーンが、会話にほとんど参加してこない……負傷者の治療と言って、テレサにかかりきりになっているのは知っていた。
 それが……いつまで経っても終わらない。

 横目で見えた、肩を貫かれる程度の怪我なら、魔法薬も併用した治療なら、ほとんど間を置かずに治癒することができるはずなのに……だ。

 見ると、アイリーンは笑みを浮かべながらも緊張感を持った、ある意味器用な表情になっていて……横たわって苦しそうに表情を歪めるテレサに、回復魔法をかけ続けていた。
 それも、1種類ではなく……何種類も並行して。単純な治癒の他にも、解毒や解呪、浄化などの魔法も次々に使っていて……しかし、一向にテレサの容態がよくならない。

「アイリーン……テレサは?」

「わからない……あの黒いビームで貫かれただけのはずなんだけど、ただの攻撃じゃなかったみたいだ。治癒が阻害される上に、どんどんコレ……侵食? まるで毒みたいに広がって……っ……食い止めるのが精いっぱい、か……」

 アイリーンだけでなく、テレサ自身も自身の魔力と魔法で対抗しているが……一向にその、毒か呪いのような何かを退けることができていない。
 『女楼蜘蛛』の魔法使いとして2トップといってもいい、アイリーンとテレサが揃って、だ。

 もっとも……いかに優秀な使い手とはいえ、さすがに知識のない状態では、テレサの実をむしばんでいるのが『邪気』というもので、しかもそれが、『不死身』の再現のために極めて高密度に精製されたものであること。
 そして、それに対処する難しさというものを理解できていない以上、無理もないことだが。力ずくでどうにかできるようなものではないのだから。少なくとも、この時点の彼女達には。

 しかも、視界の端で……どうやらクローナにも、何やら異変が起きていた。

 こちらはテレサとは違い、『邪気』ではなく、『毒魔力』によるものだったが……徐々に全身に広がって蝕んでいくその毒性の強さに、自然治癒はもちろん、治癒魔法でも抵抗できていない。

 遅ればせながらそれを把握したリリン達の頬に、冷や汗が流れる。
 偽ミナトから逃げ出せたのはいいものの、危機がまだ去っていないことを察して。

「……これからどうするニャ? 色んな意味で」

「あの偽ミナト放っておくわけにはいかないけど、今の私達じゃちょっと勝ち目なさそうだし……テレサとクローナもこのままだとやばそうだし……ここは撤退するしかないよね。その後は……」

「ギルドに報告かい? したとしても、アレをどうにかできる戦力が、ギルドどころかこの大陸中どこ探してもあるとは思えないけど……」

 ここにいる『女楼蜘蛛』は、慢心でもなんでもなく、この大陸で最強と言っていい6人。
 それがほとんど手も足も出なかったのだ。割と初見殺しや不意打ちの要素があったとはいえ……仮にベストコンディションだったとしても、勝てるかどうか。

(世の中って、広かったんだな……)

 ここ最近で複数回『敗北』を経験しているリリンは、これが終わったら鍛え直さなければならないかも、と考えていた。
 しかし、それよりも今は

「……心当たりがあるとすれば、1つだけだニャ」

「……だね。ミナトに相談しよう。わけのわかんない薬とかアイテムいっぱい持ってるし……あの偽ミナトについても何か知ってるかも。対抗策含めて」

「もしかしたら、ミナト君が何かしらボクらに隠してることとも関係あったりするかもね。案外、ミナト君達、まさにあいつらを探したり追ってるとかじゃないかな? ……それをボクらに秘密にしてた理由はわかんないけど」

「巻き込みたくなかったとかかなあ。全く、水臭い……いやまあ、実際こうしてボロボロになっちゃってるんだけどね、私達。全く、情けな―――」


 ―――ドゴォオオォオオォン!!


「「「……っ!?」」」

 その瞬間、町の中心部の地面がはじけ飛び、直径10mはゆうにあろうかという大穴が開いた。

 そしてその中から勢いよく跳躍し、先ほどまで相対していた、偽ミナトことM2が姿を現す。
 その姿は、先ほどまでとは大きく違っていた。

 生まれたままの姿ではなく、純白の軍服を思わせる仕立ての服に身を包み、ロングコートのようになって伸びているそれが着地の勢いで翻る。
 手足にはそれぞれ、白と金のカラーリングの手甲と脚甲を身に着け、首元にはマフラーかスカーフのようなものを巻いていた。

 あちこちに本物のミナトを意識したような装備があるが、本物と比べてやや堅苦し気な装束を身にまとっているM2を前に、リリン達は身をこわばらせる。

「のんびり着替えてから追ってきたのかニャ……余裕だね、随分」

 強気な物言いをしつつも、実際、余裕がないのは自分達の方であるとわかっているエレノアは……その直後、

「……え」

 『超電磁砲(レールガン)』の要領で加速したM2は、エレノアが、『偽ミナトが消えた』と近くするより早く動いて、至近距離に飛び込んでいた。
 そして、闇をまとって突き出された拳は、そのみぞおちに叩き込まれていた。

 一瞬後には、体を『く』の字に折り曲げて吹き飛び……その先にあった廃屋を貫通して裏通りにまで飛んで墜落した。

「あ、ぐ……!」

「……っ!? さっきまでと、動きが、全く……!?」

 衝撃で崩れた廃屋の向こうに見えるエレノアは、どうにか立ち上がろうとしているが……それと同時に、テレサを蝕んでいるのと同じ『邪気』が体に広がっていき、力が抜けるのか上手く動けないでいるようだった。

 それを見て、『毒』にせよ『邪気』にせよ、偽ミナトの攻撃が一発くらえば即終了になってしまうような危険なものだと嫌でも認識させられつつ……それでいて、さっきまでよりもさらに速くなっていることに、リリン達は戦慄していた。

「……先ほどまでの戦い、まだ寝起きで寝ぼけまなこじゃったらしいな……」

「そんな低血圧みたいな状態の奴にボクら、壊滅させられたのかい? 笑えないね……」

 そんなことを言いつつ、アイリーンは再度、転移魔法を発動させようとするが……その直前に、M2がダン!と地面を踏み鳴らすと……まるでその衝撃が空間に伝わったかのように、アイリーンが構築した魔法が破壊され、霧散してしまった。

「……ええ……そんなのアリかよ」

 茫然とした……ようなことは言いつつも、最大限目の前の敵を警戒し続けるアイリーン。

 現状は、テレサとエレノアがどうやら毒か何かによって戦闘不能。
 クローナも同様だが、こちらはどうも別な何かによるものに見える。2人ほど深刻ではないが、それでも戦力大幅減。

 まともに戦えそうなのは、リリン、テーガン、アイリーンの3人だけ。
 その3人も……原理のわからない、あの毒のようなものを込められた攻撃を受ければ……よくて弱体化、悪ければ戦闘不能となるだろう。

(クローナが言ってた通りなら、ミナトをベースに色々『混ぜて』作ったのがあのミナトもどき……似たような毒、そういえば、ミナトも使ってたっけ……アレ、本気で使えばあんな風に私達でも無力化できちゃえたのかな? だとしたら……本当に手加減してくれてたんだなあ)

 記憶の中で無邪気に笑う……つい最近、自分の思いを自覚した彼について、そんなことを考えた……その一瞬が隙だった。

 隙を見せたつもりはなかったし、緊張感も警戒も途切れさせてはいなかった。
 そもそも、隙と呼べる隙でもなかったのかもしれない。

 それでも、リリンが反応できない一瞬の間に、

「っ!?」

 飛び込んできたM2が、リリンの目の間で拳を握っていた。
 一瞬後には、リリンの顔面に突き刺さるであろう軌道だとわかった。
 回避は……間に合わない。

「―――っっあああ危っぶなあぁああ!!」

 間に合わないそれを……先ほど覚醒した、彼女にも正体がわからない奇妙な力……『ザ・デイドリーマー』で無理やり回避する。
 『回避が間に合った』という可能性の未来を手繰り寄せて、すり抜けるようにその必殺の一撃の軌道から外れて、M2の背後に回り込み……

「―――え?」

 瞬きするよりも早く、
 振り返る素振りもなく、
 先程まで拳を振りぬいて空振りした姿勢だったM2は……まるでカットアンドペーストのように、さっきと同じ姿勢で、拳を握って目の前に迫っていた。

 リリンが回避することを見切ってのフェイントか。
 あるいは、空振りした後でのリターンが普通に間に合ったのか。

 答えを出す時間は、リリンにはなかった。

 再度回避する。
 追いついてくる。

 回避する。
 追いついてくる。

 回避する。
 追いついてくる。

 回避する。
 追いついてくる。

 回避……できなかった。
 目覚めたての『ザ・デイドリーマー』では対応できないところまで、ついてこられた。

 その数瞬の攻防の間にどうにか反応できたテーガンが、止めようとして背後から斬りかかるが、背後からの一撃を見切って回避し、その頭を掴んで地面にたたきつける。クレーターができる勢いで叩きつけられ……それだけならともかく、例にもれず流し込まれた『毒』―――『邪気』によって動けなくなるテーガン。

 そのまま、アイリーンからの援護射撃を完全に無視し、こんどこそリリンめがけて跳躍する。
 そして、先ほどまでの焼き直しのように、回避と追跡を続け……また、先ほどまでの焼き直しのように、限界が来る。
 今度は、助けは来ない。

 一瞬後には、その拳が自分の顔面に直撃すると、リリンにはわかった。
 わかったが、反応できなかった。体が動かなかった。

 リリンであれば、一瞬あれば防御なり回避なりすることは容易だった。
 しかし、今、リリンに残された時間は……実のところ、『一瞬』などという表現すら生ぬるいほどのわずかな時間しかなかったのである。

(……あ、コレ、あれだ。死ぬ直前に時間がゆっくりになるっていう……しかも今日2回目)

 知覚できているのに、体がついてこないという、不思議な状況の理由を理解し……しかし、理解したところでどうにもならない。
 しかも、感覚的に……これまでのどの攻撃よりも凶悪な量の魔力が、そして……『毒』が込められているのがわかった。
 さらには、腕の形状が変化し、龍の腕のようなそれになっている。いかにも強い力を出せそうな形態だ。本気で自分を殺しに来ているのがありありとわかった。

(なんか殺意すご……ああそうか、お母さんを殺した仇だと思ってんのね。実際そうだし……?)

 逃れようがない未来を理解し、どこか他人事のように考えるリリン。

(……だめだコレ。死ぬわ……みんな、ごめん。コレさすがに無理)

 ゆっくりと、だが確実に、拳が……『死』そのものが迫ってくる。

(悔しいなあ……嫌だなあ……まだまだ皆と一緒に、楽しく冒険者やってたかったのに。まだまだやりたいことたくさんあったし、食べたいものもあったし……それに、せっかく最近、面白そうな子に出会えたところだったのに……っていうか、また頭の中にミナトの顔浮かんでくるな?)

(……やっぱ私、ミナトのこと好きだったのかな? こんな死の間際に何度も思い出しちゃうくらいだし……でも自覚ないのになんか不思議な感じ。でももしそうなら、こんなことになるなら……告白とかしとけばよかったのかなあ? いやでも、そもそも自覚してなかったのにそりゃ無茶ってもんよね……あー、合わせて悔しいかも……)

(もし告白してたら、ミナト、OKしてくれたかな? ……どうだろうな……ミナトも私のこと、悪く思ってはなかったと思うし、なんなら懐いてくれてたように思うけど、好きな子を見るような目じゃなかったと思うし……いつも隣にいるエルクちゃんがもうなんか正妻の貫禄出してたよね。あれってやっぱり……? そもそも、何でミナトってば私になついてたんだろ。結局、そのへんの理由もわからずじまいだったな……苗字すら教えてくれなかったもんな……)

(…………あー、ちくしょー。この時間、何気に残酷……死ぬならさっさと死なせてっての)



(……やっぱやだ、死にたくない)

(……でも、どうにもならない。どうにもできない)

(……どうして、これで、終わり、なんて。私、まだ……)



(…………ミナト……)





「―――たすけて」





 言葉4文字も話せるような、そんな時間などなかったのは確かだった。
 音よりも何倍も早く振りぬかれる拳は、もう鼻先にまで迫っていたのだから。

 ……それでも、確かに。



 その、助けを求める声を……聞き届けた者がいた。



 ―――ゴシャッ!!



 最初、リリンは……自分の頭が吹き飛んだ音かと思った。
 しかし、すぐに違うと気づいた。

 目の前で、M2の顔面に……黒い手甲に覆われた拳が吸い込まれるようにヒットしていたから。

 一瞬の拮抗の後……M2の体は、今まさにリリンに叩き込まれるはずだった拳もろとも、吹き飛んでいった。
 大通りをまっすぐ、地平線の彼方まで飛ぶのではないかという勢いで飛び……町の端にあった建物にぶつかって、それを粉砕した。

 そして、同時に……



「何してんだお前、僕の母さんに」



 それをやってのけたミナトに、倒れそうだった自分の体が抱きかかえられていることにも、気づけた。

 そのミナトが――言っていたことはちょっとよくわからなかったが――この上なく……今まで、見たこともないほどに、怒りをあらわにしているということにも。



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