魔拳のデイドリーマー

osho

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最終章 エピソード・オブ・デイドリーマーズ

第608話 クローナ

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「そう……それは、寂しくなるわね」

 母さん達……もとい、リリン達がいるお客様用区画に行って、『明日帰る』旨を伝えた。
 そしてその関係で、この船も一緒に持って帰ることになるので……申し訳ないが、明日の日中に引き払ってもらわないといけない旨も伝えた。

 未来の母さんから来たメール通りなら、僕らが未来に呼び戻されるのは、明日の午後8時。
 それまでに、リリン達には船から退散していてもらわないと……一緒に未来に連れ帰っちゃうことになるからね。
 そんなことになったら、同じ時代に違う時代の母さんが2人とか存在することになっちゃうし。

「また、急な話じゃの? いや、わしはあくまで間借りして世話になっとる立場であるからして、出ていくこと自体は何も問題はないのじゃが……」

「その言い方だと、もうこのへんからは引き払って……君達が元居たところに帰っちゃう、ってことでいいのかニャ? しかも、聞く限り……相当遠くのどこかのようニャけど」

「うん、まあ……簡単に会えるような場所じゃないのは確かだね」

 物理的な距離どころか、時間が違うからね……『遠い』って表現が正しいのかどうかもわかんないよ。

「おいおいそんな、つれないこと言うなよ……こちとら世話になりっぱなしで、お礼もできてないんだぜ?」

「いや、お礼なんてそんな……」

「はいそこ、謙遜しない。チーム全員が命を救われておいて何も返さないなんて、ボクらをそんな吝嗇な集団にしないでおくれよ……全く、君はいささか自己評価が別な意味で甘いというか、変な方向にぶっ飛んでるところがあるね。リリンと……うちのリーダーといい勝負だ」

「ちょっとお、どういう意味よ。でも……いくら何でもそんな急な……もう少しくらいいいじゃない、私達まだ、何も……ていうか、むしろこれからどんどん楽しくなると思ってたところだったのに……」

「………………」

 とまあ、軽口が飛び交いつつも……光栄なことに、リリン達からは引き留められた。
 別れを惜しんだり、もっと仲良くなって色々な冒険を一緒にしたいとか言ってくれて……うん、僕個人としてはすごく嬉しいです。56
 ぶっちゃけ、彼女達と過ごす時間は……僕と彼女達のもともとの関係性(親子、および親の友人)を抜きにしても、すごく楽しかったし。

 彼女達にしても、出会い方こそアレだったけど、関わってみれば気兼ねせず話せる間柄の友人になって、毎日楽しく過ごせたわけだし。
 僕だけじゃなく、エルクやシェリーといった『邪香猫』の面々とも打ち解けてた。実力に少々開きはあるものの、結構話ないし波長は合うから一緒にいて楽しかったみたい。

 それに、当時はそんなのいないと思われていた、自分達に並ぶ、あるいは和/上回るくらいの強さを持っていたこともあり、どこか退屈さを覚えていた日々のいい刺激になったって。
 あと同時に、『まだまだ自分達も頑張って鍛えなきゃ』とも思ったそうだ。

 なお、『鍛えなきゃ』の部分については……今回の一件で、ラスボスとして出てきた『M2』及び『バイラス(複製)』との戦いで、やられっぱなしだったことから、反省点としてもそう思ったそうだけど。

 そんな感じで、僕らとの別れを惜しんで引き留めてくれたんだが……こればっかりはどうにもならないんだよなあ。
 何せ、一方的に未来の母さんからそう告げられちゃったわけだし。『24時間後に』って。

「引き留めてもらえるのはホントに光栄っていうか、嬉しいんだけど……ごめん、もう決まっちゃったことで、キャンセルできないんだよ」

 こっちから未来に通信を飛ばして、予定の変更を打診ないし交渉するすべがない以上、これはもうどうにもならない。嫌だと思ったところで、明日の午後8時には、僕らはこの時代におさらばすることになるんだから。

 もちろんそんなところの事情まで全部話すわけにはいかないので、ちょっとずつ誤魔化し誤魔化し説得する。

「そっか……なら、仕方ないわね。無理に引き留めるわけにもいかないし……」

「迷惑かけ続けてんのはこっちだしねえ……最初の出会い方からしてさ」

「あ、いや、そこまで別に掘り下げるつもりはないからね?」

「わかってるよ、冗談冗談。とは言いつつ、わがまま言って迷惑かけてるって部分はホントなわけで……これ以上君達を困らせるわけにはいかないか」

 やれやれ、とでも言いたげに肩をすくめてアイリーンさんがそう言った後……さっきからなんか、怖い顔をしてずっと黙っていたクローナが、

「おい、1ついいか」

「あい?」

「お前らがもう帰らなきゃいけないってのはわかった。……で、その後……何の用事なのかは知らねえけど、それが済んだらまたここに戻ってくんのか?」

「え!? あ、いや、それは……用事っていうかそもそも、むしろここに来てたのが用事があったからで、僕らとしては帰る場所はあっちっていうか……」

「えーちょっと、寂しいこと言わないでよミナトー! 私達の仲じゃない!」

「こらこら、困らせるようなこと言うんじゃないリリン。まーでもミナト君、要するにだよ、帰る場所がどこか云々は置いといて……クローナが聞きたいのは、またいつか会えるかどうか、ってことだと思うよ。だろ?」

「…………ふん」

 なぜか面白くなさそうにするクローナ。
 しかし、どうやらそれであってるっぽい。

 ……うーん、そう聞かれてしまうと……

「言いよどむ、ということは……それも難しいのか?」

「もう会えない、ということ? ミナト君達の本来の拠点とやらは、そんなに遠くにあるの? ……今まで何度聞いても、はぐらかされて応えてくれなかったけれど」

「ああいや、もう二度と会えないってことはないよ……一応」

 会えるにはあえるよそりゃ。むしろ、確定でまた会うことにはなると思うよ。
 ただ、150年くらい経った後でよければ、だけど。

 ……でもそれで『大丈夫、また会えるよ』って答えていいもんなのかどうか、ってさすがに思って……言いよどんでしまった。それをなんか悪い感じにとらえられたらしい。

 ちょっとばかり追求の手が厳しくなったものの、それもどうにか誤魔化す。

「む~……わかったわよ……。でもじゃあ、絶対にいつかまた会いましょうね! ってか可能な限り早く会いに来て! 来襲とかでも全然いいから」

「そらさすがに無理、というか無茶じゃろ……」

「そのくらいに早く私は帰ってきてほしいの! まだまだ一緒に冒険し足りないんだから! いいミナト、もしあんまり長く待たせるようだったら、私達の方であなた達の拠点でも何でも探して乗り込んでやるんだからね! Sランク冒険社6人に襲撃かけられたくなかったら……あだっ!」

「脅すな、おバカ」

 とまあ、そんな感じで、一応は納得してもらえました。
 いや、正確に言えば、納得できたのはあくまで一部で、残りはどうにか一時的に抑えてくれただけ……みたいな感じではあったんだけどさ。

 ともあれ、一応は話はついたと判断して僕が部屋を後にして……

「…………うん? 何だコレ?」


 ☆☆☆


 その夜。午前0時。
 僕は……1人で、『お客様区画』の一角にあるホールに来ていた。

 何でこんな時間にこんなところにいるかって言うと……遡ること約3時間前。
 リリン達を説得してその部屋を出た時にさかのぼる。
 『うん? 何だコレ?』の部分です。

 そこで僕は、いつの間にかポケットに、1枚の手紙が入っていたことに気づいた。
 どうやら、知らないうちに誰かに入れられてたっぽいんだよね。

 で、そこには『午前0時にホールに来い』(原文ママ)って書いてあったので、一応来てみたら……そこに待っていたのは……

「……だからベッド抜け出しちゃダメでしょクローナ……」

「……うっせえな、仕方ねえだろ……もう時間ねえんだから」

 相変わらず全身包帯だらけでボロボロのクローナでした。
 さっきよりちょっとだけ顔色よくて、血色も戻った……かな? さすがは吸血鬼の再生力……峠を越えてからの回復はやっぱり早いようだ。
 晩御飯もきちんと美味しくて栄養のあるものたっぷり食べてもらったからかもね。

 けど、それでも当分安静にしておいてほしい――追い出そうとしておいて言うことじゃないかもだが――んだけど……何でこんな時間に呼び出したの?

「…………ミナト。いいか……一回しか言わねーぞ」

「……? うん」

 何だろ、いつになく真剣な表情。
 怪我の痛みで苦しくて表情がこわばってるとかじゃ断じてない。何か、言いづらいことを……しかし、我慢して、というか決意して言い出そうとしているのがわかる。そんな顔だ。

 なんなら、未来の世界の師匠を相手にしてても一度も見たことない感じの表情である。一体、何をそんな……

「……ミナト……」





「……俺、お前のことが好きだ。だから……俺のものになれ」





「………………」

 …………………………はい?
 えっと……今何て言った? え?

「……え、クローナ……え? ……もう1回言ってもらっt」

「1回しか言わねーっつっただろうが!!」

「ほげぶぁ!?」

 ケガ人のそれとは思えないくらいの腕力で僕の顎にアッパーカットが決まった。
 顎への衝撃の直後、飛びすぎて天井に激突して、受け身も取れずに床に墜落して背中からどしゃっと落ちてしまった。い、一瞬にして3カ所が痛い……!

 いや、『痛い』ってことは……これはまず夢ではないのは確実として。
 いやいやいやいや……今マジで師匠何言った? ……僕の気のせいじゃなきゃ……『すき』とか何とか……

 隙? 鋤? スキー? ……違うよな明らかにどれも。

 ……やっぱり……『好き』?

 え……!? 僕、今……告白された?
 ……師匠に!?

「……っ……んだよ、その表情は。俺がこんなこと言うのそんなにおかしいかよ……!?」

 見ると、夜中、小さい照明でうす暗い中でも分かるほどに、師匠は顔を赤くしていて……態度的にも言動的にもあきらかに恥ずかしがってテンパっているその姿は、僕の予想が合っているということを如実に伝えて来ていた。

 いや、その……おかしいって言うか、あまりにも予想外で。想像だにしなかった展開過ぎて……

 いやでも実際ほら、未来の僕らの関係性云々を抜きにしてもさ!?  そんな気配なんて微塵も……この時代で『クローナ』との付き合いの中で、そんな素振り全然なかったよね!?


 ☆☆☆


「……今頃ミナト、クローナに告られてる頃かニャ」

「じゃろうな。そんで、思いもしなかった展開に仰天しとるところではないかの」

「ミナト君、そういう方面の感覚てんで鈍そうだったもんね。『そんな素振りなかったよね!?』とか思ってるんじゃない? ……ボクらから見れば、全然まるわかりだったけどね」

「そうよね。あのクローナが自分から積極的に他人に、しかも男性に絡みに行くことなんて滅多に……いや、滅多にどころかまずありえない光景だものね」

「クローナ以上の知識量で、あいつの技術屋トークについていけるという時点でかなり好感触だったようじゃの。加えて、これはわしらにも言えることじゃが……『女楼蜘蛛』としてのわしらを見てるわけでなく、普通に知人や友人として接して来とるのがわかったし、それも肩肘はらんでいい関係で心地よかった」

「さらにあれだけ強いんだもんニャ……クローナからすれば、一緒にいて楽しい、居心地がいい、戦っても遊んでも研究しても有意義な時間を過ごせる初めての異性だっただろうしニャ」

「おまけに、それでいつの間にか暴走気味になっとるクローナがあれだけわがまま言って振り回しても、ツッコミはしても嫌な顔一つせず、むしろ自分から楽しんで振り回されてる感じだったものね……まるで、そういうのに慣れてるようだったわ」

「何から何まで初めてづくし、気づいたら隣にいることが当たり前になっていた……おまけに絶体絶命のピンチに陥ったところを助けてくれて……。凱旋した彼をお出迎えした時に、ほんのり自覚した特別な感情……これからも楽しい時間は続くんだと思っていた矢先、突如降ってわいた別れの刻! ……そりゃまあ、告白せずにはいられないだろうねえ」

「私達からすれば、なるべくしてなった感じニャけど……」

「あ奴多分、『いきなり』だと思ってテンパっとるじゃろうなあ……大丈夫じゃろうか? あいつ……クローナは、普段はかなりドライな分……暴走すると怖いぞ」

「一応、念のためリリンがこっそりついてってくれてるけど……」

「……リリンはリリンで、だもんねえ……」


 ☆☆☆


 ……なんか色々と散々な陰口をどこかで叩かれているような気がしたけど、さておき。

「……っ……そんなに俺に恥ずかしい思いをさせてえのか!? あァ!?」

 つい30秒前に告白してきた相手から、アッパーカットくらった上に恫喝されているの図。

 えっと、コレ……態度その他諸々からして、勘違いでもなんでもなくて、本当に、本気で……僕に告白してきた、ってことでいいんだよね?
 声に出すとまた殴られそうなので、心の中で推測げふぅ!?

「てめえ今失礼なこと考えただろ!」

「心読まないでください!」

「読んでねえよわかりやすいんだよテメェは! 表情が! つか何敬語になってんだ距離感じるだろうが哀しいやめろ!」

 最後の方ちょっとセンチ?な部分が出てしまっていた師匠の言葉はさておき。いや、気を抜くとつい未来の師匠のイメージが出てきてしまって反射的にというかね?
 あとホントに僕、会う人会う人に『分かりやすい』って言われるな……。

「……ああ、くそ! ホントにもぉ……」

 ふーふーと息を荒くするクローナ。
 それを無理やり深呼吸してどうにかある程度整えて……

「正直言うとよ……これが『好き』なのかどうかはわかんねんだよ、俺も。何せ、今までの人生……いや俺吸血鬼だけど……男相手にそういう感情を抱いたことなんてねーから。だから……お前が『好き』だって言ったけど、俺自身まだわかってなくて……でも……」

 そこで一旦息をついて。
 そして、僕の方を真正面からしっかり見据えて続ける。

「1つ間違いないのは……今俺が、このままお前と別れるのが嫌だって……そう思ってるってことだ。このまま分かれて、離れ離れになって……んでお前、もしかしたらもう会えないかも的なこと言ってたろ? そう考えると何もせずにはいられなくて、けど何したらいいかわかんなくて……」

「………………」

「でも、このまま何もせずに別れちまったら絶対後悔するってことだけは確実だと思った。だから……お前を呼び出した。後は……さっきの通りだ」

 も1つ深呼吸。そして、

「……ミナト。俺は……多分だけど、お前が『好き』なんだと思う。それすらふわっとしたことしか言えねえとか、自分でも情けないと思うけど……それでも、お前とこのまま分かれるのは嫌だ。だから……お前、どこにも行くな! 俺のものになれ! ずっと一緒にいろ! ずっと、ずっと今のままで……楽しく、バカみたいに……このっ……!」

 落ち着ききれていないのがわかる。伝わってくる。
 それでも、自分の内側からこみあげてくる思いを、どうにか言葉にして……まっすぐ僕に伝えてくれているのがわかる。

 ……それを聞きながら僕は……ちょっと不謹慎かもだが、未来の世界で師匠に言われたことを思い出していた。
 あの時は確か……エルク以外に僕を好きでいてくれるシェリーとかの思いに気づけないまま、のほほんと過ごしてた僕にカツを入れてくれたんだっけな……風呂場で。

 あの頃の僕は『前世でもそうだったし、僕なんかがモテるわけない』『そんな自意識過剰で女の子に接してしまったら、恥をかくし女の子を傷つけるかも』なんて考えて、最初から誰かが僕を好きになってくれるという可能性を排除して過ごしていた。
 ……それがそもそも失礼な、女の子を傷つけることもある考え方だと、師匠に教わった。

 同時に、自分が本当はそんな子達に対して、友達や仲間以上の感情を抱いている……ということも自覚させられた。
 それを勝手な思い込みで封じ込め、蓋をしていることもまた、失礼なことだという指摘と共に。

 そして今僕は……また、気づけなかった。
 それだけならまだしも、また……『いやそんなまさか』なんて思ってしまった。こんなにも真剣に、自分の思いを真正面から伝えてくれているクローナに向かって。

 ここまでされればさすがに分かる。
 クローナは、本当に、本気で……僕を好いてくれていると。

 いかにも『こういうことに全然慣れていません、経験もありません』ってな感じで、それでも必死に思いをつづってくれているその姿は……未来で知る彼女とは同一人物とは思えないくらいで……いやこれも失礼な物言いだよな。

 例によって気づけていなかったこともあり、正直、驚いた。
 彼女がそんな風に思ってくれていたことを知らなかった……いやでも、彼女自身自分の感情がよくわかってない的なこと言ってたな?

 ……嬉しいかと言われれば、嬉しい。

 クローナのことは正直、恋愛感情的なアレはともかく、僕も好意的に思っている。
 未来における師弟関係云々を置いといても、だ。技術屋同士、周囲を置いてけぼりにしながらも色々雑談したり、一緒に色々なものを作ったり……もちろん冒険を一緒にして、戦って……みたいな関わり方の中にも、すごく楽しい時間を過ごせていた。
 なんなら、もっとこのまま一緒にいたいな、ホントすごく楽しいな、とも思っていたし……いつかはこの関係を断ち切って未来に戻らなきゃいけないことを心苦しく思ってすらいた。

 だから、彼女の好意は……ほんとに、嬉しい。

 ………………けど。

「クローナ」

「…………」

「……ごめん」

「……っ……!」

 僕は、それに応えることは…………できない。
 ここに……この時代に居続けることができない、僕は……。

 だから…………きちんと、言わなきゃ。

「………………ごめん」




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