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第三章

第三十七話

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「カミラさん、少し時間をください。『本気の魔法』を撃つには、ちょっと『溜め』ないといけないんです」

 ルーシャはカミラに、そう主張した。

 一方のカミラは、頭を掻いて顔をしかめる。

「時間を稼げ、か……。信じていいんだな、ルーシャ?」

「あ、えっと……多分……」

「ははは、『多分』か。まあいいさ、ほかにあてもねぇし」

 カミラはルーシャの頭をくしゃくしゃとなでる。
 そしてカミラは、周りの冒険者や王国兵たちに向かって声をあげた。

「──だ、そうだ。あたしはルーシャに賭けたい。異存のあるやつは?」

 その間にもソルジャー部隊は必死に触手を防御し、シノや王国兵たちはなけなしの遠隔攻撃を怪物に向けて放っていたのだが。

 真剣な表情で大盾を構え触手を弾いていたオーレリアから、二人に背を向けたままの返事が返ってくる。

「賛成です! 元よりほかに勝ち筋がありませんし!」

 ガン、ガガンガンッ!
 ソルジャーにしては存外に素早い動きで触手を防御しながら、そう答えてくる。

 最初よりも敵の動きに慣れたのか防御が適確になってきていたが、決して余裕があるわけではないという様子だ。

「ボクも賛成! やっちゃって、ルーシャちゃん!」

「同じくですわ。私は何ができるというわけでもないけれどね」

 シノとローズマリーも同意してくる。

 オーレリア指揮下の兵たちも、ニヤリと笑ってサムズアップなどしていた。
 彼らとてルーシャの規格外の能力に関しては、ここまでで散々目の当たりにしてきているのだ。

 カミラはもう一度、ルーシャの頭をぽんぽんと叩く。

「よし、決まりだ。任せたぜルーシャ」

「は、はひっ。頑張りますっ」

 みんなの期待を一身に背負ってしまって、緊張するルーシャ。
 そんなに大事だとは思っていなかったので、ちょっと焦っていた。

 けれども、やることは変わらない。
 ルーシャは精神集中をし、魔力を高めていく。

 その間、ほかの冒険者や王国兵たちは、防御や最低限の遠隔攻撃に徹していた。

 やがて魔力によってルーシャの髪が舞い始め、少女の一手目が放たれる。

「──スペルエンハンス!」

 ──ヴンッ。

 ルーシャが放った魔力は、彼女自身の体に吸い込まれる。
 少女の体を、淡い燐光が覆った。

 一方その頃、ルーシャを守る防御部隊の様子はというと、その鉄壁の防御にもついに穴が開き始めていた。

「──うわああああっ!」

「お、オーレリア様ぁっ!」

 ソルジャー兵の一人が防御を抜かれて捕まり、触手によって宙に吊り上げられる。

 また、それによって生まれた防御のほころびウィザード兵も捕らえられて、同じように触手に拘束されてしまった。

 さらに──

「うわわわわっ……!? また捕まっちゃったし! ぎゃあああっ、食べられたくないよーっ! ボクまだ若い身空なのに! 恋もしてないのに!」

 ソルジャー部隊と離れて陽動をしていたシノが、先の時の再現のように片足首を触手につかまれ吊るされてしまった。

 空中で頭を下になった状態でジタバタするが、そんなことではもちろん抜け出せない。

「──シノ! くそっ、両方いっぺんには助けられねぇ! でぇりゃああああっ!」

 カミラは自分の近くで捕まった王国兵たちを救うため、バトルアックスを振り下ろす。
 ズババババッと触手が断ち切られ、ソルジャー兵とウィザード兵が救出された。

 そこでようやく、ルーシャの二手目が発動する。

「──スペルエンハンス!」

 先と同じ魔法の効果を、先と同じようにルーシャ自身がまとう。
 ルーシャの体を覆う燐光がまばゆさを増し、少女の周囲に魔力の旋風が巻き起こる。

「ルーシャ! まだか!?」

「準備はできました! あとは本命を撃つだけです!」

「チッ、間に合うか……!? ──シノ!」

「うわぁああああんっ! やだやだ、誰か助けてぇっ!」

 触手に捕まっているシノに、さらに何本もの触手が絡みついていく。

 両手、両足、腰や胸にまで。
 それらはシノの黒装束の内側にまで潜り込んでいく。

「ふわぁあああんっ! バカぁっ、そんなお約束っ、ら、らめぇえっ……!」

「くそっ、シノ! 待ってろ、今助け──ッ!?」

 カミラがシノを捕えている触手に向かって駆け出そうとする。
 だがそんなカミラに、別の触手が迫った。

「カミラ! させませんわ!」

 両腕を広げてカミラを守るように飛び出したのはローズマリーだ。
 身を挺して触手の前に立ちふさがり、その身を触手に巻き付かれる。

「ローズマリー! でもこれで一手は稼げ──って、あたし集中狙いかよ!? うわわわっ……!」

 だがローズマリーの犠牲もむなしく、シノの救助に向かったカミラも別の触手によって拘束されてしまった。

 冒険者たちが、ゆらゆらと蠢く触手によって宙に持ち上げられる。

「くぅっ……! や、やめなさい……!」

「なんてパワーだ……千切れねぇっ……! くそっ、放せよ……!」

「あははははっ! わ、脇腹っ……やめてぇっ……!」

 ローズマリー、カミラ、シノの三人が、各々に声をあげる。

 ちなみにシノは、なんだかこう、涙目になって笑い転げている感じだった。
 黒装束の内側で触手がもぞもぞして、身をよじるけど逃げられないという様子。

「皆さん……! でももう、どうしようにも──!」

 一方で必死に触手の攻撃を防御するオーレリアだが、それ以上の手出しができないし、ほかの王国兵たちも同様だった。

 そもそもカミラが捕まった時点で、触手を切断しての救助が不可能になっていて、もうどうしようもないのだ。

 そして、カミラ以外で唯一、それが可能な人物はというと──

 彼女はついに、その魔法を完成させていた。

 全身から黄金の魔力の渦を巻き起こらせたルーシャは、精神集中のために閉じていたまぶたを開き、ゆっくりと半身になって、右手のワンドを前方へと差し出す。

 差し出したワンドのしばらく先にいるのは、蠢く巨大な怪物。
 ワンドが激しく輝きを増していき──

「行きます──ライトニングノヴァ!!」

 ──ギャォオオオオオオオオオオッ!!!

 つんざくような轟音とともに、閃光が放たれた。

 それはまるで、極太の熱光線だった。

 ルーシャのワンドから正面やや上方に放出された雷撃は、ルーシャが両手を広げたよりも二倍以上も大きな直径を持ったエネルギーの大砲で、その軌道上にあるものとその周辺をすべて消し飛ばした。

 そう、文字通りに、すべてを消し飛ばしていた。

 冒険者たちを脅かしていた怪物の巨体も、その先にあった遺跡の外壁も、森の木々の一部さえも。

 カミラたちを捕えていた触手もまた、その本体を失ってボロボロに崩れ去っていく。

 それによって地面に落っこちて、尻餅をつく冒険者たち。

 シノだけはどうにか見事な着地を決めるのだが、その視線がルーシャのぶち空けた遺跡の壁の向こうの青空を見て、呆然と一言。

「……う、嘘でしょ……?」

 それはその場にいる、当人以外の全員の気持ちの代弁であった。

 そして当のルーシャはというと、両手を腰にあててどうだとばかりに胸を張り、お母さんのお手伝いをして褒められた子供のように満足げにしていたのだった。
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