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第四章
第三十八話
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遺跡の最奥で、蛸足触手を操る化け物を退治したルーシャたち。
だが落ち着いてもいられない。
今もクリフォード王子が、「最高傑作」を連れて王都に向かっている最中なのだ。
オーレリアが、ルーシャの魔法で遺跡の壁に開いた大穴に向かっていって、青空の見える外を見上げる。
「出口ができたのは幸いです。今から向かって兄さんに追いつけるかどうか分かりませんが、出来る限り急いで王都に戻らないと……」
そのオーレリアの横で、触手から解放されて身だしなみを整えたカミラが、腰に手をあてて「へ」の字口になる、
「って言っても、王国兵もあたしらも全員徒歩だからなぁ。急ぐったって、王都までずっと走っていくわけにもいかねぇし。移動速度に限界はあるよな」
「そうですね。しかし、できるだけをやるしかありません。ここで手をこまねいているよりは、幾分もマシです」
「まあそうなんだけどさ」
するとそこに、ルーシャがてくてくと歩いてきて、オーレリアの前に立った。
少女はオーレリアを見上げる。
「あの、オーレリアさん。私、一人だけなら運べます」
ルーシャは唐突に、そんなことを言った。
オーレリアは首を傾げる。
「運べる、というのは?」
「飛行魔法で飛べるのは私だけなんですけど、一人なら運んでいけます」
「えっと……ルーシャさん、ちょっと待ってくださいね」
オーレリアは額に指先を当てて考え込む。
それからあらためて、ルーシャに質問した。
「ルーシャさんは、その……特に道具も使わずに、魔法を使って空を飛んでいけるということですか? 国宝級のマジックアイテムで、空を飛べる絨毯があるという話なら、聞いたことがありますが……」
「はい。飛んだほうが、木も飛び越せますし、走るよりも速いです」
「……そ、そうですか」
それを聞いたオーレリアは、自らが連れてきたウィザード兵へと視線を向けた。
ウィザード兵は、慌ててぶんぶんと首を横に振る。
当然だが、ウィザードなら誰でもできるというわけではない。
「ルーシャさん、一人なら運べるという話ですが──それは重装甲の鎧や盾で武装をした私でも、可能ですか?」
「はい、全然へっちゃらです。グリズリーぐらい重いと大変ですけど、オーレリアさんなら全然軽いです」
「グリズリーと比べられるとさすがにどうかと思いますが……分かりました。では、私を運んでいってもらえますか? 兄さんを止めたいのです」
「はい、任せてくださいっ」
そんなわけで、ルーシャはオーレリアを連れて、飛行魔法で先行することになった。
なお運び方を検討した結果、最終的には「オーレリアがルーシャにおんぶされる」という形がベストだろうという話になった。
ちなみに、小っちゃい子が自分より背の高い少女をおんぶするという姿を見たローズマリーは、当然のように鼻血を噴いて幸せそうな顔で卒倒した。
さておき、出発である。
ルーシャは祈るように手を組んで魔力を高めていき、やがてその魔法を唱えた。
「──フライトウィング!」
少女の声とともに、その背中から天使のごとき光の翼が伸びた。
また翼だけでなく、ルーシャの体全体を魔力の淡い輝きが覆い、二人分の体を浮き上がらせる。
「じゃあ──カミラさん、ローズマリーさん、シノさん、先に行ってます」
「おう、気を付けろよ」
「尊いですわ……」
「ん、行ってらっしゃい。無理しないでね~」
「はい。気を付けて無理しないで頑張りますっ」
──バサッ、バサッ。
光の翼が羽ばたくと、キラキラとした魔力の輝きを振りまきつつ、二人の少女の体が浮かび上がる。
やがてオーレリアを乗せたルーシャは、遺跡の壁に開いた大穴から外に飛び出し、大空へと飛び立った。
二人は森の木々の上に出る。
目的地のほうへと向くと、青空の下に森や平野や川や街道が見えた。
さらに遥か彼方には、都市を囲う城壁の姿がかすかにだが見える。
ルーシャの首根っこにしがみついたオーレリアは、強い風に目を細めつつ、行く手を見すえる。
「ルーシャさん、王都の様子は見えますか?」
「いえ。でも少し飛べば、見えてくると思います」
「お願いします。わがままを言ってすみませんが、できるだけ早く」
「分かりました。しっかり捕まっててください、オーレリアさん」
ルーシャは背中の光の翼を幾度か羽ばたかせると、大空を舞う鳥のように滑空していった。
***
時はしばらく後、場所は王都。
クリフォード王子の軍勢に市門を早々に破られたその都市は、今や大混乱に陥っていた。
久々に王都の大地に踏み入ったクリフォードは、自らの軍勢に薙ぎ払われ蹂躙される王国兵や冒険者たちを見て、高らかに笑う。
「ははははは! 王都の防衛網も、私の最高傑作の前にはこんなものか」
そう言って勝ち誇る彼の周囲には、多数のキマイラと、別に一体の巨大な怪物がいた。
といっても、「多数のキマイラ」というのはオマケ程度の存在に過ぎない。
それよりも恐るべきは、「一体の巨大な怪物」のほうだった。
王都の市門をあっさりと破ったのも、防衛の王国兵や冒険者たちを蹴散らしているのも、ほとんどはその巨大な怪物の力だ。
その怪物は、ある意味でキマイラだった。
ライオンと山羊と大蛇の頭を持った合成獣である。
だが怪物が持つ頭は、その三つだけではない。
全部で九つの頭を持ち、なおかつそれらが統一感を持って動いていた。
遺跡でルーシャたちが出会ったような、ただ無理やりくっつけただけのごった煮とは違う。
残る六つの頭は何かといえば──
うち三つは、地獄の番犬と呼ばれる三つ頭の黒犬ケルベロスの頭部。
うち一つは、砂漠に棲む石化の力を持つ幻獣バジリスクの頭部。
うち一つは、額に一本の角を生やした白馬ユニコーンの頭部。
最後の一つは、魔獣の王、ドラゴンの頭部を持っていた。
そして今、その怪物の前に立ちふさがっている男が一人。
その筋骨隆々とした髭面の偉丈夫は、冒険者たちの陣頭指揮を取りながら、自らも大斧を振るって王都を襲う怪物たちと戦っていた。
彼は冒険者たちに報酬をちらつかせて発破をかけ、彼らを王都の防衛に狩り出させることで一定の戦果をあげていたのだが──
しかし、それにももはや、限界が見えつつあった。
「はぁっ……はぁっ……ちっ、クリフォードのやつめ、張り切りおってからに。何が『ヒュドラキマイラ』だ。とんだ化け物を作りやがって」
その男──冒険者ギルドのギルドマスターであるバートランドは、全身に大小の傷を負いながらも、いまだに戦意は衰えていない。
だが彼の周囲では幾人もの冒険者がすでに倒れており、治療班が必死に回収して治癒をしていたが、その手が間に合っているとは到底言えない状況だった。
そのバートランドの前に、九頭の合成獣──『ヒュドラキマイラ』と自らが命名したモンスターを向けて、クリフォードが声をあげる。
「やぁバートランド。そろそろ無駄な抵抗はやめて諦めたらどうかな。キミたちの力ではこいつに敵わないことは、もう十分に分かっただろう」
だが言われたバートランドのほうは、地面に唾を吐く。
「諦めたら帰ってくれるというなら、ありがたくそうするがな──ふんっ!」
バートランドは腰から手斧を一本引き抜き、ヒュドラキマイラ目掛けて力強く投げつける。
ぶんぶんと回転して怪物に迫った手斧は、ライオンの頭部にぐさりと突き刺さり、その頭部にそれなりの重傷を与えたように見えた。
だが、わずかの後にその手斧の刃はライオンの頭部からポロリと抜け落ち、傷口から泡があふれ出して治癒を始める。
しかもそれだけではない。
ユニコーンの頭部がひと鳴きしたかと思うと、ライオンの頭部に治癒の光が降り注ぎ、瞬く間に傷を癒してしまった。
自己再生能力に加え、治癒魔法を操る頭部の存在。
バートランドは、そうなるだろうと分かっていたとはいえ、舌打ちをする。
「ちっ……化け物め」
「実験作では、触手の制御のためにほかの頭部が全部木偶になってしまったからね。こいつは頭部を九つに厳選したんだ。なかなかの好采配だと思わないか、バートランド?」
クリフォードが芝居掛かった仕草でそう言えば、バートランドは顔をしかめる。
「はっ、それでこんな悪夢みたいなやつができあがったわけか。たまらんな」
「それは良い例えだね。今からでも『ナイトメアキマイラ』に改名しようか」
「知ったことか、好きにしろ」
「つれないなぁ、これから世界を席巻する覇王の命名問題は重要だよ? ──まあでも、すぐに死にゆく身では、そんなことを考えている余裕はないか」
クリフォードは、パチンと指を鳴らす。
すると九頭のキマイラのうちの四つの首──ケルベロスの姿の三つの犬首と、ドラゴンの姿の一つの首が、大きく息を吸い込んだ。
「ちっ……俺も年貢の納め時か……」
バートランドはつぶやき、こちらは大きく息を吐く。
彼は九頭のキマイラのその動作を、しばらく前に目の当たりにしていた。
四つの首から同時に炎を吐き出す、四重ファイアブレス攻撃。
王都を守る城門の大扉があっという間に焼き溶かされたのは、あの予備動作の直後だった。
バートランドは斧を構え、九頭のキマイラを睨みつける。
「だが──足掻くぐらいはさせてもらうぞ! ──うぉおおおおおおおおっ!!!」
バートランドは雄たけびを上げて、大斧を構えて突進した。
そこに九頭キマイラの四つの首が、吐息攻撃を仕掛けようと大きく首をもたげて──
そのとき、空でキラリと何かが光った。
「──ルーシャさん、下ろしてください! 私の防御力なら!」
「分かりました!」
二人の少女の声がしたかと思うと──
──ズシンッ!
バートランドの前に、重装備に身を固めた一人の王女が降り立つ。
「ひ、姫様ぁ!?」
「バートランド! 私の後ろに隠れて!」
驚くバートランドの声に、凛々しき少女の声が重なる。
そしてそこに、九頭キマイラが放つ四重のファイアブレスが、一斉に降り注いだ。
だが落ち着いてもいられない。
今もクリフォード王子が、「最高傑作」を連れて王都に向かっている最中なのだ。
オーレリアが、ルーシャの魔法で遺跡の壁に開いた大穴に向かっていって、青空の見える外を見上げる。
「出口ができたのは幸いです。今から向かって兄さんに追いつけるかどうか分かりませんが、出来る限り急いで王都に戻らないと……」
そのオーレリアの横で、触手から解放されて身だしなみを整えたカミラが、腰に手をあてて「へ」の字口になる、
「って言っても、王国兵もあたしらも全員徒歩だからなぁ。急ぐったって、王都までずっと走っていくわけにもいかねぇし。移動速度に限界はあるよな」
「そうですね。しかし、できるだけをやるしかありません。ここで手をこまねいているよりは、幾分もマシです」
「まあそうなんだけどさ」
するとそこに、ルーシャがてくてくと歩いてきて、オーレリアの前に立った。
少女はオーレリアを見上げる。
「あの、オーレリアさん。私、一人だけなら運べます」
ルーシャは唐突に、そんなことを言った。
オーレリアは首を傾げる。
「運べる、というのは?」
「飛行魔法で飛べるのは私だけなんですけど、一人なら運んでいけます」
「えっと……ルーシャさん、ちょっと待ってくださいね」
オーレリアは額に指先を当てて考え込む。
それからあらためて、ルーシャに質問した。
「ルーシャさんは、その……特に道具も使わずに、魔法を使って空を飛んでいけるということですか? 国宝級のマジックアイテムで、空を飛べる絨毯があるという話なら、聞いたことがありますが……」
「はい。飛んだほうが、木も飛び越せますし、走るよりも速いです」
「……そ、そうですか」
それを聞いたオーレリアは、自らが連れてきたウィザード兵へと視線を向けた。
ウィザード兵は、慌ててぶんぶんと首を横に振る。
当然だが、ウィザードなら誰でもできるというわけではない。
「ルーシャさん、一人なら運べるという話ですが──それは重装甲の鎧や盾で武装をした私でも、可能ですか?」
「はい、全然へっちゃらです。グリズリーぐらい重いと大変ですけど、オーレリアさんなら全然軽いです」
「グリズリーと比べられるとさすがにどうかと思いますが……分かりました。では、私を運んでいってもらえますか? 兄さんを止めたいのです」
「はい、任せてくださいっ」
そんなわけで、ルーシャはオーレリアを連れて、飛行魔法で先行することになった。
なお運び方を検討した結果、最終的には「オーレリアがルーシャにおんぶされる」という形がベストだろうという話になった。
ちなみに、小っちゃい子が自分より背の高い少女をおんぶするという姿を見たローズマリーは、当然のように鼻血を噴いて幸せそうな顔で卒倒した。
さておき、出発である。
ルーシャは祈るように手を組んで魔力を高めていき、やがてその魔法を唱えた。
「──フライトウィング!」
少女の声とともに、その背中から天使のごとき光の翼が伸びた。
また翼だけでなく、ルーシャの体全体を魔力の淡い輝きが覆い、二人分の体を浮き上がらせる。
「じゃあ──カミラさん、ローズマリーさん、シノさん、先に行ってます」
「おう、気を付けろよ」
「尊いですわ……」
「ん、行ってらっしゃい。無理しないでね~」
「はい。気を付けて無理しないで頑張りますっ」
──バサッ、バサッ。
光の翼が羽ばたくと、キラキラとした魔力の輝きを振りまきつつ、二人の少女の体が浮かび上がる。
やがてオーレリアを乗せたルーシャは、遺跡の壁に開いた大穴から外に飛び出し、大空へと飛び立った。
二人は森の木々の上に出る。
目的地のほうへと向くと、青空の下に森や平野や川や街道が見えた。
さらに遥か彼方には、都市を囲う城壁の姿がかすかにだが見える。
ルーシャの首根っこにしがみついたオーレリアは、強い風に目を細めつつ、行く手を見すえる。
「ルーシャさん、王都の様子は見えますか?」
「いえ。でも少し飛べば、見えてくると思います」
「お願いします。わがままを言ってすみませんが、できるだけ早く」
「分かりました。しっかり捕まっててください、オーレリアさん」
ルーシャは背中の光の翼を幾度か羽ばたかせると、大空を舞う鳥のように滑空していった。
***
時はしばらく後、場所は王都。
クリフォード王子の軍勢に市門を早々に破られたその都市は、今や大混乱に陥っていた。
久々に王都の大地に踏み入ったクリフォードは、自らの軍勢に薙ぎ払われ蹂躙される王国兵や冒険者たちを見て、高らかに笑う。
「ははははは! 王都の防衛網も、私の最高傑作の前にはこんなものか」
そう言って勝ち誇る彼の周囲には、多数のキマイラと、別に一体の巨大な怪物がいた。
といっても、「多数のキマイラ」というのはオマケ程度の存在に過ぎない。
それよりも恐るべきは、「一体の巨大な怪物」のほうだった。
王都の市門をあっさりと破ったのも、防衛の王国兵や冒険者たちを蹴散らしているのも、ほとんどはその巨大な怪物の力だ。
その怪物は、ある意味でキマイラだった。
ライオンと山羊と大蛇の頭を持った合成獣である。
だが怪物が持つ頭は、その三つだけではない。
全部で九つの頭を持ち、なおかつそれらが統一感を持って動いていた。
遺跡でルーシャたちが出会ったような、ただ無理やりくっつけただけのごった煮とは違う。
残る六つの頭は何かといえば──
うち三つは、地獄の番犬と呼ばれる三つ頭の黒犬ケルベロスの頭部。
うち一つは、砂漠に棲む石化の力を持つ幻獣バジリスクの頭部。
うち一つは、額に一本の角を生やした白馬ユニコーンの頭部。
最後の一つは、魔獣の王、ドラゴンの頭部を持っていた。
そして今、その怪物の前に立ちふさがっている男が一人。
その筋骨隆々とした髭面の偉丈夫は、冒険者たちの陣頭指揮を取りながら、自らも大斧を振るって王都を襲う怪物たちと戦っていた。
彼は冒険者たちに報酬をちらつかせて発破をかけ、彼らを王都の防衛に狩り出させることで一定の戦果をあげていたのだが──
しかし、それにももはや、限界が見えつつあった。
「はぁっ……はぁっ……ちっ、クリフォードのやつめ、張り切りおってからに。何が『ヒュドラキマイラ』だ。とんだ化け物を作りやがって」
その男──冒険者ギルドのギルドマスターであるバートランドは、全身に大小の傷を負いながらも、いまだに戦意は衰えていない。
だが彼の周囲では幾人もの冒険者がすでに倒れており、治療班が必死に回収して治癒をしていたが、その手が間に合っているとは到底言えない状況だった。
そのバートランドの前に、九頭の合成獣──『ヒュドラキマイラ』と自らが命名したモンスターを向けて、クリフォードが声をあげる。
「やぁバートランド。そろそろ無駄な抵抗はやめて諦めたらどうかな。キミたちの力ではこいつに敵わないことは、もう十分に分かっただろう」
だが言われたバートランドのほうは、地面に唾を吐く。
「諦めたら帰ってくれるというなら、ありがたくそうするがな──ふんっ!」
バートランドは腰から手斧を一本引き抜き、ヒュドラキマイラ目掛けて力強く投げつける。
ぶんぶんと回転して怪物に迫った手斧は、ライオンの頭部にぐさりと突き刺さり、その頭部にそれなりの重傷を与えたように見えた。
だが、わずかの後にその手斧の刃はライオンの頭部からポロリと抜け落ち、傷口から泡があふれ出して治癒を始める。
しかもそれだけではない。
ユニコーンの頭部がひと鳴きしたかと思うと、ライオンの頭部に治癒の光が降り注ぎ、瞬く間に傷を癒してしまった。
自己再生能力に加え、治癒魔法を操る頭部の存在。
バートランドは、そうなるだろうと分かっていたとはいえ、舌打ちをする。
「ちっ……化け物め」
「実験作では、触手の制御のためにほかの頭部が全部木偶になってしまったからね。こいつは頭部を九つに厳選したんだ。なかなかの好采配だと思わないか、バートランド?」
クリフォードが芝居掛かった仕草でそう言えば、バートランドは顔をしかめる。
「はっ、それでこんな悪夢みたいなやつができあがったわけか。たまらんな」
「それは良い例えだね。今からでも『ナイトメアキマイラ』に改名しようか」
「知ったことか、好きにしろ」
「つれないなぁ、これから世界を席巻する覇王の命名問題は重要だよ? ──まあでも、すぐに死にゆく身では、そんなことを考えている余裕はないか」
クリフォードは、パチンと指を鳴らす。
すると九頭のキマイラのうちの四つの首──ケルベロスの姿の三つの犬首と、ドラゴンの姿の一つの首が、大きく息を吸い込んだ。
「ちっ……俺も年貢の納め時か……」
バートランドはつぶやき、こちらは大きく息を吐く。
彼は九頭のキマイラのその動作を、しばらく前に目の当たりにしていた。
四つの首から同時に炎を吐き出す、四重ファイアブレス攻撃。
王都を守る城門の大扉があっという間に焼き溶かされたのは、あの予備動作の直後だった。
バートランドは斧を構え、九頭のキマイラを睨みつける。
「だが──足掻くぐらいはさせてもらうぞ! ──うぉおおおおおおおおっ!!!」
バートランドは雄たけびを上げて、大斧を構えて突進した。
そこに九頭キマイラの四つの首が、吐息攻撃を仕掛けようと大きく首をもたげて──
そのとき、空でキラリと何かが光った。
「──ルーシャさん、下ろしてください! 私の防御力なら!」
「分かりました!」
二人の少女の声がしたかと思うと──
──ズシンッ!
バートランドの前に、重装備に身を固めた一人の王女が降り立つ。
「ひ、姫様ぁ!?」
「バートランド! 私の後ろに隠れて!」
驚くバートランドの声に、凛々しき少女の声が重なる。
そしてそこに、九頭キマイラが放つ四重のファイアブレスが、一斉に降り注いだ。
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