あかねいろ

杏子飴。

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{花は踏まれても、希望を掴むために伸びる。太陽に届きそうなくらいの光を持って。命が尽きるその瞬間まで、伸びることを諦めない。人々はそれに感動するのだ。それでも、太陽も花も雨には勝てない。だから、余計花が咲いているのが特別だと感じる。地面を這いつくばっても、光さえあればそれで輝けると、花は知っているから。輝くことをやめることはできない。望まずにはいられない。それはきっと、人も同じだーーーーーーーーーー}


いつの間にか夕日は沈み、太陽の代わりを務める月が優しく見守る。母の頬を伝う涙が月の放つ輝きに照らされて、宝石のように綺麗に見えた。それ一瞬の輝きで、宝石は影すらも残さず地面に落ちて砕けた。希望も未来も鼓動も消えた。空に、なったのかもしれない。地面の冷たさが気持ち悪いほど伝わってくる。まるでそれが、体温を失った人の肌のようで、座っているのが嫌になった。なので、立ち上がる。赤黒く染まった玄関を踏み切って、家へと入る。今までは長く感じていたリビングへとつながる廊下が、今だけは、短すぎるほどに感じた。リビング扉は開かれたまま、テレビの音量が部屋中に響き渡り、酔い潰れ、ソファーにうずくまっている父が見えた。その下には首に青い痣があり、背中から血を流している七海がいた。まだ、なにもしていない。一緒に遊んでやったり、勉強教えてやったり、ご飯を食べて、彼氏とか、つくってきた時には愚痴でも惚気でもなんでも聞いてやる。だから、まだ、生きていてほしい。ただそれだけのことすら、神様は海斗になにも与えてくれないのだろうか。泣きたいのに涙は枯れていて、ただ怒りだけが沸々と海斗の中に溢れていくだけだった。
(なんで、俺は、生きてるんだろう。)
神様はいないから、きっと五十嵐海斗という人間がそうやって生きるしかなかったのだろう。きっとそうなのだ。だから仕方のないこと。
『父さん。』
『おお、海斗か。なんだよ。随分と遅かったな。俺はな、面倒じゃないやつは好きだよ。海斗は他二人にしたら、しつけも簡単だからな、殺さなくてもいいと思ってたんだ。よかったなぁ。これでも少しは悲しいんだよ。自分で死んでいったからなぁ、あいつ。』
『そうかよ。…父さん、七海は?』
『あ?七海?あぁ、すぐに泣くから悪い。』
あぁ。そうか。
なにも感じない。
『俺を殺したいか?海斗。』
『は?』
『殺すなら、さっさと殺せよ。…っと、その前に、どんな気持ちだ?今。』
こいつも、なにを言っているのだろう。
海斗の脳内でうまく変換ができていなかった。なぜ“その前”があると思っているのだろう。なぜ、今、どんな気持ちであるかを知りたいのだろうか。
(まぁ、どうでもいいか。なんでもいいよ、もう、全部。)
海斗は父の質問には答えずに、そのまま台所へ向かった。包丁が入っている引き出しを開ける。一番切れ味のいい包丁はなかった。
(そういや、父さんが使ったんだっけ?あぁ、そうだ。そうだった。)
開けた引き出しを閉じて、また父のいる方へ歩いた。案外近くにあったのだ。海斗の欲しかった、切れ味のいい包丁はソファーの下、七海の近くに放り投げてあった。血で持ち手部分も汚れてしまっている包丁を手に取る。
(よく、切れそうだ。)
『…。ちょっと待て。』
全ての海斗の行動を珍しく黙っていた父が、口を開いた。ソファーから立ち上がり、包丁を持つ海斗の真横を無言で通り過ぎる。そのまま、父の部屋へと向かっていった。海斗は切れ味の良い包丁を手に持ったまま、言われた通りに待っていた。
数分経って、父は自室から戻ってきた。
海のように青い表紙をした一冊の本を片手に持っている。
それが何であるかを、その時の海斗が知ることはなかった。
『俺が死んだら、見てみるといい。それまでは絶対に見るな。それだけだ。後は好きに生きろ。俺の仕事はもう終わった。良かったな、海斗。これでもう解放されるぞ。お前は何もしていない。ただ見ていただけだ。誰も殺していないし、俺も殺されてはいない。俺は、自分で死んだ。それだけだ。』
そう言いながら、海斗の持っていた包丁に手を伸ばし、刃の部分を持って海斗から奪い取った。海斗は包丁を持っていたはずの自分の手を見てから、勢いよく父の方へ顔を向けた。
『おい、何すん…!』

血が、彼岸花のように見えた。」

     * * *
物音ひとつしない部屋に、琴音の書いた本のページをめくる音だけが響き渡る。
琴音の遺したものは本とは言えないようなものだった。文章が殴り書きのように感じた。展開も速すぎる。説明の詳しいところと大雑把なところの差が目に見えてわかる。とても編集社に渡して書籍化できるようなものではなかった。
けれど茜はずっと目を見開いていた。
これは、本だけど、ただの本ではないことをこの世でただ一人、茜だけが知っていたから。
拙い文字列に隠されたその意味を、茜だけが理解することができるから。
ふと、時計を見ると、十二時一分を指していた。
ゆっくりと噛み締めながら読んでいたからか、いつもよりも読む速度が遅くなってしまった。
本を読み始めてから実に二時間が経過していた。
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