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春
入寮式
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入寮式の行われる講堂までの道のり、僕は右手をお兄様、左手をノエル先輩と繋いで向かうこととなった。めちゃくちゃ笑い合って(※ただし冷たい目)、いろんなことを質問され(※ただし同じタイミングで全然違う内容)、既に疲労困憊だ。
全校生徒が入ることの出来る講堂は、前方に舞台があり、後方の入口に近くなるほど座席の段差が高くなって、雰囲気も相まって映画館のようだ。生徒は半分ほど集まっており、ほとんどが学年ごとか寮別で固まって座っている。
垂れ幕のかかった舞台からは複数の強い魔力を感じ、じいっと気になって見つめてしまう。
「……気になる?」
「え」
「すっごい見てるから」
お兄様はカーティス先輩に呼ばれて行ってしまったから、隣にはノエル先輩しかいない。先輩は友人のところとかへ行かなくてもいいのだろうか。入り口近くにシルフ寮の高学年の生徒が集まって座っていた。声をかけられていたけれど「この子と座るから」と断っていた。なんだかとっても気に入られてる気がするのは気のせいじゃない。
メインキャラと関わりたくないだなんだと言っていたけど、お兄様も居らず友人がいるわけでもない僕からしたらぼっちで過ごす羽目にならなくて嬉しいけどね。こういう、待ち時間っていうのは苦手なんだ。ひとりだとそわそわして、人の目が気になって酷く落ち着かない。
柔らかいクッションの椅子にもたれて、頬杖をつく先輩もじいっと隠された舞台を見つめていた。
ふと、思い出して背中を見やる。あの、黒く美しい人はいなかった。僕の背中にも、あの綺麗な人はいない。でも心のどこかで繋がっている感覚がする。あの人は、人達はなんなんだろう。言葉が通じるのならコミュニケーションを図りたいものだ。
「先輩は、あの奥に何がいるか知っているんですか?」
「うん、なんとなく。美しくて、高貴な方たちがいらっしゃるんだ」
美しくて、高貴な方たち……? やばい、王族とかしか思い浮かばないんだが、え、魔法学校の入学式っていうのは王族がご出席するような大仰な行事なの? ゲームでは物語スタート時はすでに入学済みだったし、描写なんてなかったからわからないことだらけである。――全部全部分かっても、気持ち悪いだけなのだけどね。
「クリスは、たくさんたくさん考えているんだね」
どくん、と心臓が音を立てた。まるで頭の中を覗いたような物言いに、周囲のざわめきが小さくなりノエル先輩の声だけが耳に届く。
「そんなにたくさん考えて疲れない?」
「……なにを根拠に僕が、」
「だって、詰まんなさそうな表情に、眉間にしわ寄せて、子供らしくないよ?」
えい、と遠慮なく眉間を人差し指で押されてぐりぐりされる。マジか、しわ寄ってたんだ。無意識だった。子供は子供らしく笑っていればいいよ、とノエル先輩は言うけれど、そう簡単に言うけれど、僕はたくさん考えないといけないんだ。
どうしたら闇落ちを防げるか、――どうしたらお兄様が生き永らえてくれるか。僕の――私の――精神安定剤は『ヴィンセントお兄様』だ。冷静であれ、努めて冷静であれ、と自分自身に言い聞かせなければ、いつどこで『僕』と『私』の均衡が崩れてしまうかわからないんだ。ある日突然、自分が自分じゃなくなることが、怖くて怖くて仕方がない。お兄様はその不安を和らげてくれる。何も聞かずにそばに居て、頭を撫でて、抱きしめて、キスを交わして、落ち着かせてくれる。
お母様でも、お父様でも、サイラスお兄様でもウィリアムお兄様でもマリアーナお姉様でもダメ。ヴィンセントお兄様でなければいけない。
「やっぱり、ぼくとクリスは似てるね」
「は、ぁ?」
「ふふ、うん、似てる似てる」
幸せそうな笑みを綻ばせたノエルのふわふわ笑うばかりで僕の疑問に答えてくれない。似てる、見た目というか色合いならば確かに似ているかもしれないが、ほかはどうだろう。性格? いや、ない。何を思って、ノエル先輩は似ていると言ったんだろう。
むすっと口を噤んだ僕を見てふわふわ花を飛ばして微笑うノエル先輩。
ゲームの中のノエル先輩と、目の前にいるノエル先輩は同じ人物であるのだといまいち実感がわかなかった。ゲーム上のノエル・シューリスは翳りを帯びた笑みを憂い美人である。しかし、話して、触れ合ってみて、彼は時折昏く妖しい瞳をすれど翳った微笑なんて浮かべなかった。見せなかっただけなのかもしれない。ヒロインお姉様との出会いは世話をしていた猫が死んでしまい、埋めている最中だったから翳りを帯びていたのかもしれないが、それでも常からノエル・シューリスはどこか気怠げで儚い雰囲気を醸す先輩、という印象だった。このノエル・シューリスは、本当に『ノエル・シューリス』なのか?
「ほら、また難しい顔してる」
むに、と頬を抓まれた。
「……はぁ」
やめてくださいよ、と軽く手を払って溜め息を零す。触れて、温かかった指先が離れていく。なんだか考えているのがバカバカしく思えてきた。
ノエル・シューリスが『ノエル・シューリス』でなくても、ここに存在して、笑って怒って悲しんで、生きているのは紛れもないノエル・シューリスなのだ。そもそも僕は彼が本物であろうと偽物であろうと、本当の本物を知らないんだから考えるまでもなかった。第一に、本物だ偽物だと言い出したら、僕は紛れもない偽物だろう。本物に成れない偽物の『クリスティアン・オールブライト』だ。
全校生徒が入ることの出来る講堂は、前方に舞台があり、後方の入口に近くなるほど座席の段差が高くなって、雰囲気も相まって映画館のようだ。生徒は半分ほど集まっており、ほとんどが学年ごとか寮別で固まって座っている。
垂れ幕のかかった舞台からは複数の強い魔力を感じ、じいっと気になって見つめてしまう。
「……気になる?」
「え」
「すっごい見てるから」
お兄様はカーティス先輩に呼ばれて行ってしまったから、隣にはノエル先輩しかいない。先輩は友人のところとかへ行かなくてもいいのだろうか。入り口近くにシルフ寮の高学年の生徒が集まって座っていた。声をかけられていたけれど「この子と座るから」と断っていた。なんだかとっても気に入られてる気がするのは気のせいじゃない。
メインキャラと関わりたくないだなんだと言っていたけど、お兄様も居らず友人がいるわけでもない僕からしたらぼっちで過ごす羽目にならなくて嬉しいけどね。こういう、待ち時間っていうのは苦手なんだ。ひとりだとそわそわして、人の目が気になって酷く落ち着かない。
柔らかいクッションの椅子にもたれて、頬杖をつく先輩もじいっと隠された舞台を見つめていた。
ふと、思い出して背中を見やる。あの、黒く美しい人はいなかった。僕の背中にも、あの綺麗な人はいない。でも心のどこかで繋がっている感覚がする。あの人は、人達はなんなんだろう。言葉が通じるのならコミュニケーションを図りたいものだ。
「先輩は、あの奥に何がいるか知っているんですか?」
「うん、なんとなく。美しくて、高貴な方たちがいらっしゃるんだ」
美しくて、高貴な方たち……? やばい、王族とかしか思い浮かばないんだが、え、魔法学校の入学式っていうのは王族がご出席するような大仰な行事なの? ゲームでは物語スタート時はすでに入学済みだったし、描写なんてなかったからわからないことだらけである。――全部全部分かっても、気持ち悪いだけなのだけどね。
「クリスは、たくさんたくさん考えているんだね」
どくん、と心臓が音を立てた。まるで頭の中を覗いたような物言いに、周囲のざわめきが小さくなりノエル先輩の声だけが耳に届く。
「そんなにたくさん考えて疲れない?」
「……なにを根拠に僕が、」
「だって、詰まんなさそうな表情に、眉間にしわ寄せて、子供らしくないよ?」
えい、と遠慮なく眉間を人差し指で押されてぐりぐりされる。マジか、しわ寄ってたんだ。無意識だった。子供は子供らしく笑っていればいいよ、とノエル先輩は言うけれど、そう簡単に言うけれど、僕はたくさん考えないといけないんだ。
どうしたら闇落ちを防げるか、――どうしたらお兄様が生き永らえてくれるか。僕の――私の――精神安定剤は『ヴィンセントお兄様』だ。冷静であれ、努めて冷静であれ、と自分自身に言い聞かせなければ、いつどこで『僕』と『私』の均衡が崩れてしまうかわからないんだ。ある日突然、自分が自分じゃなくなることが、怖くて怖くて仕方がない。お兄様はその不安を和らげてくれる。何も聞かずにそばに居て、頭を撫でて、抱きしめて、キスを交わして、落ち着かせてくれる。
お母様でも、お父様でも、サイラスお兄様でもウィリアムお兄様でもマリアーナお姉様でもダメ。ヴィンセントお兄様でなければいけない。
「やっぱり、ぼくとクリスは似てるね」
「は、ぁ?」
「ふふ、うん、似てる似てる」
幸せそうな笑みを綻ばせたノエルのふわふわ笑うばかりで僕の疑問に答えてくれない。似てる、見た目というか色合いならば確かに似ているかもしれないが、ほかはどうだろう。性格? いや、ない。何を思って、ノエル先輩は似ていると言ったんだろう。
むすっと口を噤んだ僕を見てふわふわ花を飛ばして微笑うノエル先輩。
ゲームの中のノエル先輩と、目の前にいるノエル先輩は同じ人物であるのだといまいち実感がわかなかった。ゲーム上のノエル・シューリスは翳りを帯びた笑みを憂い美人である。しかし、話して、触れ合ってみて、彼は時折昏く妖しい瞳をすれど翳った微笑なんて浮かべなかった。見せなかっただけなのかもしれない。ヒロインお姉様との出会いは世話をしていた猫が死んでしまい、埋めている最中だったから翳りを帯びていたのかもしれないが、それでも常からノエル・シューリスはどこか気怠げで儚い雰囲気を醸す先輩、という印象だった。このノエル・シューリスは、本当に『ノエル・シューリス』なのか?
「ほら、また難しい顔してる」
むに、と頬を抓まれた。
「……はぁ」
やめてくださいよ、と軽く手を払って溜め息を零す。触れて、温かかった指先が離れていく。なんだか考えているのがバカバカしく思えてきた。
ノエル・シューリスが『ノエル・シューリス』でなくても、ここに存在して、笑って怒って悲しんで、生きているのは紛れもないノエル・シューリスなのだ。そもそも僕は彼が本物であろうと偽物であろうと、本当の本物を知らないんだから考えるまでもなかった。第一に、本物だ偽物だと言い出したら、僕は紛れもない偽物だろう。本物に成れない偽物の『クリスティアン・オールブライト』だ。
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