魔女と怪物

白霧雪。

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魔女と怪物

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 あるところに、ひとりの女の子がいました。
 美しい黒髪に、アクアマリンを閉じ込めた瞳。大層可愛らしく、村一番の美しい少女でした。

 少女には特別な力がありました。
 人を、万物を癒す魔法の力です。

 父は「気味が悪い」と言いました。母は「力を使ってはいけない」と言いました。

 木から落ちて、傷ついた小鳥がいれば、小さな手のひらで包み込み、癒してあげました。
 傷ついた野良猫がいれば、抱きしめて、癒してあげました。



 ある時、村に賊に追われて傷ついた貴族がやってきます。
 背中を斬られ、とても痛そうでした。

 強欲な父は、傷を癒せば褒賞がもらえると、少女に魔法を使えと命令します。
 見事傷を癒すことに成功した少女に、貴族は煌びやかな宝石などの褒賞を与え、「妻にしてやろう!」と言ったのです。

 少女は十四になったばかり。貴族は五十を超えたふくよかな男性でした。
 ――貴族に見初められ、無理やり身体を暴かれたのです。
 大の男の人に、ちっぽけな少女が敵うはずもなく、心に大きな傷を負った少女はひとり村を飛び出しました。

 深い緑の生い茂る森を駆け抜けて、誰も住んでいない小さな家に飛び込みました。

 泣いて、

 泣いて、

 涙が枯れてしまうほどに泣いて、

 少女はひとりぼっちになりました。



 ある年を越えてから、少女は成長しなくなりました。
 本当の魔女になってしまったのです。

 十七歳の姿のまま、何年も、何年もたったひとりで永い時を過ごしました。

 緑の春も

 青い夏も

 赤い秋も

 白い冬も

 ずっとずっと、ひとりぼっちでした。

 ある時、城の前に緑の目をした青年が倒れていました。全身に傷を負い、今まさに死んでしまいそうな青年に、魔女は施しを授けます。

「癒えよ、癒えよ、痛みから、苦しみから、解放されよ」

 鈴を転がしたように愛らしい声が言葉を紡ぎます。
 助けたのは気まぐれです。今更「魔女め!」と罵られたって、氷ってしまった心には響きません。

 たちまち傷が癒え、意識を取り戻した青年はエメラルドの瞳を輝かせて魔女に感謝します。

「美しいお方! 僕を助けてくれてありがとうございます! 貴方の美しい心に惹かれました。ぜひ結婚をしてください!」

 柔らかなベッドに、温かいスープを与えただけ。
 目を丸くした魔女は、かすかに笑って一蹴します。
 おぞましい男と結婚だなんて考えられない。傷が癒えたのならすぐに出て行ってくれ。

 青年は言われたとおりに出て行きました。

 しかし次の日、果物をいっぱいに詰め込んだカゴを持って現れます。

 またその次の日は、香ばしいパンをカゴに入れてやってきます。

 その次の日は高価な蜂蜜を。

 次の日は美しい花を。

 毎日毎日贈り物を持って訪れる青年に、いつしか心を許していました。

 お茶をどうぞ。
 お菓子もあるわ。
 料理を作ってみたの。

 いつしか、囚われていたのは魔女のほうでした。

 青年が訪れるのを今か今かと待ち望み、青年が来ないと肩を落として元気がなくなります。

 長く、青年が訪れなくなりました。
 もしかして怪我でもしたのかしら。もしかして病気になってしまったのかしら。
 いてもたってもいられず、町へ出ることを決意します。

 すっぽりと体を覆い隠すマントを羽織り、フードを深く被ります。
 街行く人は明るい顔で、魔女の顔色は青褪めていると言ってもいいでしょう。

 青年はすぐに見つかりました。
 やけに人が多いと思えば、パレードを行っていたのです。
 王子と、隣国の姫の結婚パレード。その中心に、青年はいました。

「――」

 サァッと血の気がなくなり、ふらりと倒れそうになるのを堪えて駆け出しました。

 涙を堪えられず、大粒の真珠が転がっていきます。

 声を上げて、わぁわぁと泣き喚きたかった。



 魔女は、ひとりぼっちになってしまいました。
 森に魔法をかけて、誰も入って来れないようにして、魔女は本当の魔女になってしまいました。

 美しい空を映したアクアマリンの瞳は、暗く濁った緑の瞳になってしまいました。

 魔女は、自分自身に魔法をかけました。

 ――心を閉じ込める魔法を。

 

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