悪役令嬢のペットは殿下に囲われ溺愛される

白霧雪。

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花籠の泥人形

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 談話室へ通されると、すでにお茶の用意をしていたアンヘルきょうだいが揃っていた。顔を視なくなって一週間ほどしか経っていないのに、久しく感じられるのはこの数日間がとても濃密だったからだ。
 思い返せば、とても濃かった。聖女との謁見から、ルーカスの誕生。誕生、と言っていいのかはわからないが、とりあえず濃い滞在期間であったのは確かだ。

「なにやら、不安定な気配がしますね」

 紅茶をサーブしてくれていたアルティナ先輩が鼻を鳴らした。野性動物的勘に優れている人だから、いずれは気づかれるとは思っていたが、そのまなざしが僕のポケットのふくらみへと注がれている。ポケットの中には僕の自称子供がリスの姿で温かみに包まれ寝息を立てている。
 リリディア嬢も、口には出していないがポケットの中身を警戒している様子だ。確か、お二人とも光の魔力を有していた。だからなのか、闇の存在への感知能力が優れている。――それだけではないのだろうが、僕が追及するほどのことでもない。教えてもよいと思っているなら、彼らから教えてくれるだろうから。

「聖女様の、契約魔です。僕とエディに懐いてしまったので、聖女様が連れていけと」
「そうだね。しまったんだよね」

 クツクツと喉を鳴らして笑うエディに、怪訝そうに眉を寄せ合わせ、困惑の表情を浮かべるきょうだい。
 嘘は言ってない。聖女様の契約魔と言えば、脅威ではないと証明できるし、聖女様が連れていけとおっしゃったのなら、一従者候補でしかないアンヘルきょうだいはソレを追い払うこともできない。ある意味、『聖女マリベルの契約魔』という肩書はルーカスにとって大きな後ろ盾となった。

「……殿下」

 僕のフォローをするエディに、リリディアが眉根をキツく寄せ合わせる。美人の真顔は怖いが、リリディアの顰め面も僕は怖い。

「まぁまぁ。いいじゃぁありませんか。王子様が良いとおっしゃってるんだから、そう君たちも目くじらを立てない。眉間の深いふかぁいシワ、せっかく綺麗なお顔をしてらっしゃるのに取れなくなってしまいますよぅ」

 ただでさえ大聖教会までお供することができずにピリついていたきょうだいの雰囲気が険しくなる。睨みつけられようが怒鳴られようが、ラックはそんなの関係ないのだ。だって、怒りや嫌悪が研究の糧になるか? なるわけがない。だからラックは他者にどんな感情を抱かれようと興味もなければ関心もなかった。
 きょうだいが入れてくれた紅茶にいの一番に口をつけ、王子よりも先に茶請けのクッキーに手を伸ばす。むしゃむしゃと、妙齢の女性としてあり得ないマナーにリリディアは珍生物を見る目でラックを見た。
 あまりに自由なふるまいにエディはむしろ面白くなったようで、笑みを深めてラックを観察している。まず、王子の周りにはいない人種だろう。

「で、そこの双子チャンたちから聞いていたけれど、これから公爵邸に行くんでしょ?」
「えぇ。そうです。さすがに、王子殿下を伯爵邸でもてなすわけにもいきませんから」
「私としては全然かまわないんだけどねぇ」
「……殿下。今回の訪問は一応視察という名目で、」
「あぁ、はいはい。わかっているよ」

 次期国王たる第一王子が、プライベートでそう簡単にあっちへこっちへほっつき歩くことは本来なら許可されないことだった。目付け役として従者候補と、今この場にはいないが別の場所に道中同行する護衛騎士たちが待機している。
 すでにベティと共に公爵邸に到着しているレオナルド第二王子とエディは、視察という名目でローザクロス公爵領を訪問しているのだ。本来ならばホリデーと言えど公務が山積みなのだが、子供たちの「愛しい人とホリデーを楽しんでみたい」というめったにないわがままに国王夫妻は笑顔で送り出してくれたそうだ。

 エディとしては、僕と一緒にロズリア伯爵邸に滞在をしたいと不満を口にしていたが、公爵の面子を保つためにも、と説得したのは大変だった。エディが「ロズリア家に滞在したい」と言えば、ローザクロス公爵も笑顔ひとつで頷くだろうが、内心苦々しい気持ちになるだろう。
 僕は、あくまでも伯爵家の次男だ。ローザクロスの系譜でも、下のほう。ベティのポチにならなければ、今も日の当たらない場所で悲しみに暮れていた。
 ローザクロスの血脈を繋ぐ貴族たちは領地内には三侯と二伯、二子がいる。王国の辣腕宰相として最良の智慧を提供する公爵閣下は領民だけでなく血脈でつながる貴族たちからも篤い支持を受けている。王子殿下の視察については貴族間で情報共有されているはずだ。そんな中で、公爵家ではなく伯爵家に滞在するとなれば「公爵家を軽んじている」と口に出す者も出てくる

 ――僕も、ベティのそばに侍るようになってから口さがないことを言われたものだ。
 周囲の反応も、僕への評価も、どうでもよかったから記憶として覚えていることはないけれど、ベティがぷんすこ怒っていたのだけは覚えている。

「僕はエディを公爵邸まで送ってから、ロズリアの家に帰るよ」
「……坊ちゃん、本当によろしンですか? 私としちゃ、王子様と離れないほうがよろしいかと思うンですけどねぃ」
「たぶん、大丈夫ですよ。使用人からは、父とビアンカおばさんは四日後まではダズル子爵のところにいると聞いてます」
「そーですかぃ。それなら、うぅん、まぁ、大丈夫なんですかねぃ……」

 ムムム、と眉を寄せるラック。ロズリア家の現状は、昔から仕えてくれている執事から手紙で聞いている。――雪が降り始めてから、父の様子がおかしいとも。
 白花を愛でる伯爵閣下。穏やかで、領民からも慕われる伯爵――だったのは数年前まで。奥方のひとりが亡くなられてから、徐々に、徐々に、伯爵はおかしくなっていった。

 白い肌に、白金髪の少女を見かけると「ぼくのロレーヌ」と呼び掛けて伯爵邸に連れ去ろうと、奇行に走るのだ。
 よほど、愛する者を亡くした悲しみが深いのだろうと、町人たちは同情を抱いたものの、伯爵の奇行は収まるどころか悪化を辿る一行だった。白金髪の女性を集めてロズリア邸に囲おうとしたり(これは直前で公爵閣下に止められたため実行はできていない)、ロズリア伯爵領に咲く花はすべて「白薔薇」に統一をさせたり――これを破った者にはその年の税を二倍としたり。
 自身は明けることのない喪に服し、黒い衣装に身を包んで、白花であふれる町を満足気に眺めていた。

 首都ロサアルバはローザクロス公爵家のお膝元である。
 ロサアルバから北に馬車を一時間ほど走らせた丘の上に公爵邸は門を構えている。そこから東へ向かうと侯爵領、南に子爵領があり、ロズリアが統治するのは西に位置している穏やかな農村部だ。バラの栽培が盛んで、季節によって色とりどり鮮やかな花を咲かせていたが、もうずっと白いバラしか人々は目にしていない。

「ロズリアから馬を走らせればローザクロス邸までは三時間もかかりませんから。それに、僕に何かあればエディがわかるでしょう」

 緩やかに、笑みを深めたエドワードは、胸元に手を当てた。左胸の上に、薔薇の紋花が花開いているのを脳裏に描き、頬が赤らんでしまう。
 僕の胸元には、エドワードを象徴する百合の紋花が咲いている。魔力で満たされると、淡い白に光るのだ。関係を知っている人間しかこの場にいないと分かっているから、ささやかなアピールが僕を内側から温めてくれる。

 エディには、ロズリアの家について教えていた。奇行に走る伯爵と、ふたりの妻と、腹違いの兄弟。エドワードは知るべきだと僕の独断で緘口令の敷かれている兄の暗殺未遂事件について、説明をした。
 ふたりの妻を愛する伯爵閣下の愛は、平等のようで平等ではなかった。苛烈でプライド高い第一夫人と、人並外れた美貌の穏やかな第二夫人。天才の兄と、凡人の弟。表向きは仲が良さそうな、美しい家庭に見えていたが、一歩内側へと足を踏み入れれば愛憎渦巻く昼ドラ劇場だ。
 母のいない屋敷はとても暗くて、冷たくて、寂しい。ベティに連れられて学園に入学すると同時に、僕は生まれ育った家に近寄らなくなった。

 毎年、母の命日に花を送る。それだけが、僕とロズリアを繋ぐ糸だった。


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