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花籠の泥人形
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アルビノのリスに姿を変えたルーカスは、雪国の冷たい風に小さな体を震わせて、僕の上着のポケットへと潜り込んでいる。曰く、省エネモードだそうだ。
転送事故を想定して、移動魔法陣は建物外に設置されている。大聖教会へ来るときも、学園の移動魔法陣を使って教会まで飛んできた。帰りも同じだ。帰る先は学園でも王宮でもなく、ローザクロス領に位置する魔法教会支部だが。
北の雪原が常に雪に覆われた白銀の土地とは言え、大陸は全体的に冬を迎えている。南の商業都市ヴァレットは温かい気候で、冬になるとうっすらと道が白くなるくらいだ。ロズリア家があるローザクロス領はやや北側に位置しているため、十分に着込んでおかなければ風邪を引いてしまう可能性もある。
この土地よりは寒くないですよ、とエドワードには言ったが念には念を入れ、アウターにマフラー、手袋をさせてもこもこ王子の出来上がりだ。
「ローザクロス公爵によろしくお伝えください」
「えぇ。マリベル様、フィアナティア嬢、次に会うのは春の祝祭でしょうね」
「うむ。まぁ……おぬしらなら用がなくとも来るがよい。吾が許可しよう」
マリベル様たちに見送られ、手を取り合い移動魔法陣の中へと足を踏み入れる。
「――ローザクロス領、首都ロサアルバ、魔法協会・薔薇妖精支部まで」
飛ぶ先をイメージして、座標を示す。
移動魔法陣の確立は、魔法協会の尽力によるものだ。魔法の研究、開発、実験など、魔法を掘り下げることに命をかけるスペシャリストたちが所属する研究機関。日常に普及しつつある魔力式製品も協会に所属する魔法使いによるもので、魔力の形に対する論文を発表したのも協会所属の魔法使いによる。
偏屈の巣窟と言われる魔法協会だが、彼らがいなければこの世の中はもっと不便であっただろう。
七色の魔力の光に包まれて、聖女様たちの姿が薄らいでいく。――ひとつ、瞬きをした頃には、景色は移り変わっていた。
ビュウ、と足元から雪風が巻き上がる。鼻先をかすめる、冷たい雪と、甘い薔薇の花のにおい。――嗚呼、帰って来たんだ。『僕』の生まれた土地に。
狭まった気管に詰まっていた息をゆっくりと吐き出した。
「冬でも、花が咲いているんだね」
驚いた、と声を出したエディの視線の先を辿れば、淡い薄色のバラの花壇がいくつも並んでいる。
ローザクロス領はなにかとバラの花にちなんでおり、領地内のそこかしこでバラ園が見られる。最も大きく美しいローズガーデンはもちろん、ローザクロス公爵家だ。季節によって色を変えるバラは艶々として美しく、特産品にバラの花を加工した茶葉や、花の香りのする香水などが有名だ。
「うちの領は寒い期間が長いので、それに合わせて品種改良や土地開発を行った結果、だそうです。バラは、ローザクロス家の象徴ですから」
薔薇薫る美貌の幼馴染を脳裏に描く。もうとっくに彼女は生家でまったりと過ごしているだろう。
「お待ちしておりました。エドワード王子殿下、ヴィンセント坊ちゃま」
「……ラック、いい加減坊ちゃんはやめてくれ」
「私めの最後に見た坊ちゃんはこぉんなにちいちゃかったんですよ! それがこぉんなに大きくなられて……! いたはや、人体とは不思議でございますねぇ」
独特なイントネーションで僕たちを出迎えてくれた、灰色のローブに身を包んだ妙齢の女性。
化粧っ気のない白い顔に大きな丸眼鏡をかけ、赤みを帯びた茶髪をうなじで適当に結んでいる。魔法協会に所属する魔法使いらしい、日常生活能力が点で皆無な女性だ。その代わり、少ない魔力での魔法コントロールには長けているスペシャリストである。
こーんな、と人差し指と親指で測ってみせるがそれだと僕は子供ではなく小人だったことになる。ふざけた性格の女性だが、彼女の態度に救われていたのも事実だった。
「ヴィンス、彼女は?」
「この魔法協会『薔薇妖精支部』の支部長を務めるラックさんです。僕も、ベティも、小さな頃からお世話になっている方です」
「ヴィンセント坊ちゃまが大変お世話になっております。いやはや、ベアトリーチェお嬢様と言い、ヴィンセント坊ちゃまと言い、大魚を釣り上げましたなぁ」
にぃんまり、と童話に出てくる猫みたいに唇を三日月に吊り上げたラックに、今度は僕がまなじりを釣り上げる。
僕とエディの関係を知っているような口ぶりに、思わず周囲を見渡した。
「あ、教えてくださったのはお嬢様ですよぅ」
「ベティ……!」
「まさか、この短期間でご兄弟を目にできるとは、一生分の運を使い果たした気分! ささ、私の運が尽きないうちに、中でお茶でも飲みましょう! 王子様の付き人の方もお待ちですよぅ」
ぱち、とエディと目を見合わせた。
ラックの勢いに珍しく引き気味なエディだったが、付き人と聞いて冬の瞳を瞬かせる。アンヘルきょうだいが、僕たちが来るのを今か今かと待っていた。
魔法協会とはいたるところに支部・支店・拠点を置き、その土地に見合った能力のある魔法使いが配属される。ラックが得意としているのは少ない魔力での魔法コントロールだけでなく、魔法植物の開発もメインで研究をしていたために、この町へと配属されてきたのだ。
僕が、ベティのポチになったばかりの頃、協会から新しい魔法使いが配属されてきたから、とローザクロス公爵が直々に出向いたのにつれていかれたのがラックとの初めまして。
「死んだ顔してるからお人形かと思いましたよぉ」と、僕のほっぺたを突っつきながら悪気なく笑ったラックに公爵は言葉を失い、僕じゃなくてベティがカンカンに怒っていた。それから会うたび「今日も良い感じに死んでますねぃ」だとか「お、今日はちょっとだけ生きてるじゃぁないですかぁ」と絡んできた。
それが、彼女なりの励ましだとわかったのは学園に入学する直前だった。
「坊ちゃんのことを、心から笑わせることができなかったのが残念ですねぃ」
瞳を陰らせ、小さくぽつりと呟いたラックに、その時はまだ彼女よりも身長が低かった僕は寂しそうな顔をするのをきちんと下から見上げていた。
ふざけた人だ。その印象は変わらないけど、彼女なりに、あの頃の僕を心配してくれていた。
ベアトリーチェだけだった僕に、世界は広いのだと、色々なことを経験させてくれた珍しい大人だった。……大半が、実験の手伝いで彼女が研究室を爆発させないための見張り要員だったけど。
「……ラックさん」
「はいはい、なんでございましょぅ?」
「僕は、笑える場所を見つけましたよ」
ぱちくり、と榛色の瞳を瞬かせたラックは、心の底から嬉しそうに破顔した。
転送事故を想定して、移動魔法陣は建物外に設置されている。大聖教会へ来るときも、学園の移動魔法陣を使って教会まで飛んできた。帰りも同じだ。帰る先は学園でも王宮でもなく、ローザクロス領に位置する魔法教会支部だが。
北の雪原が常に雪に覆われた白銀の土地とは言え、大陸は全体的に冬を迎えている。南の商業都市ヴァレットは温かい気候で、冬になるとうっすらと道が白くなるくらいだ。ロズリア家があるローザクロス領はやや北側に位置しているため、十分に着込んでおかなければ風邪を引いてしまう可能性もある。
この土地よりは寒くないですよ、とエドワードには言ったが念には念を入れ、アウターにマフラー、手袋をさせてもこもこ王子の出来上がりだ。
「ローザクロス公爵によろしくお伝えください」
「えぇ。マリベル様、フィアナティア嬢、次に会うのは春の祝祭でしょうね」
「うむ。まぁ……おぬしらなら用がなくとも来るがよい。吾が許可しよう」
マリベル様たちに見送られ、手を取り合い移動魔法陣の中へと足を踏み入れる。
「――ローザクロス領、首都ロサアルバ、魔法協会・薔薇妖精支部まで」
飛ぶ先をイメージして、座標を示す。
移動魔法陣の確立は、魔法協会の尽力によるものだ。魔法の研究、開発、実験など、魔法を掘り下げることに命をかけるスペシャリストたちが所属する研究機関。日常に普及しつつある魔力式製品も協会に所属する魔法使いによるもので、魔力の形に対する論文を発表したのも協会所属の魔法使いによる。
偏屈の巣窟と言われる魔法協会だが、彼らがいなければこの世の中はもっと不便であっただろう。
七色の魔力の光に包まれて、聖女様たちの姿が薄らいでいく。――ひとつ、瞬きをした頃には、景色は移り変わっていた。
ビュウ、と足元から雪風が巻き上がる。鼻先をかすめる、冷たい雪と、甘い薔薇の花のにおい。――嗚呼、帰って来たんだ。『僕』の生まれた土地に。
狭まった気管に詰まっていた息をゆっくりと吐き出した。
「冬でも、花が咲いているんだね」
驚いた、と声を出したエディの視線の先を辿れば、淡い薄色のバラの花壇がいくつも並んでいる。
ローザクロス領はなにかとバラの花にちなんでおり、領地内のそこかしこでバラ園が見られる。最も大きく美しいローズガーデンはもちろん、ローザクロス公爵家だ。季節によって色を変えるバラは艶々として美しく、特産品にバラの花を加工した茶葉や、花の香りのする香水などが有名だ。
「うちの領は寒い期間が長いので、それに合わせて品種改良や土地開発を行った結果、だそうです。バラは、ローザクロス家の象徴ですから」
薔薇薫る美貌の幼馴染を脳裏に描く。もうとっくに彼女は生家でまったりと過ごしているだろう。
「お待ちしておりました。エドワード王子殿下、ヴィンセント坊ちゃま」
「……ラック、いい加減坊ちゃんはやめてくれ」
「私めの最後に見た坊ちゃんはこぉんなにちいちゃかったんですよ! それがこぉんなに大きくなられて……! いたはや、人体とは不思議でございますねぇ」
独特なイントネーションで僕たちを出迎えてくれた、灰色のローブに身を包んだ妙齢の女性。
化粧っ気のない白い顔に大きな丸眼鏡をかけ、赤みを帯びた茶髪をうなじで適当に結んでいる。魔法協会に所属する魔法使いらしい、日常生活能力が点で皆無な女性だ。その代わり、少ない魔力での魔法コントロールには長けているスペシャリストである。
こーんな、と人差し指と親指で測ってみせるがそれだと僕は子供ではなく小人だったことになる。ふざけた性格の女性だが、彼女の態度に救われていたのも事実だった。
「ヴィンス、彼女は?」
「この魔法協会『薔薇妖精支部』の支部長を務めるラックさんです。僕も、ベティも、小さな頃からお世話になっている方です」
「ヴィンセント坊ちゃまが大変お世話になっております。いやはや、ベアトリーチェお嬢様と言い、ヴィンセント坊ちゃまと言い、大魚を釣り上げましたなぁ」
にぃんまり、と童話に出てくる猫みたいに唇を三日月に吊り上げたラックに、今度は僕がまなじりを釣り上げる。
僕とエディの関係を知っているような口ぶりに、思わず周囲を見渡した。
「あ、教えてくださったのはお嬢様ですよぅ」
「ベティ……!」
「まさか、この短期間でご兄弟を目にできるとは、一生分の運を使い果たした気分! ささ、私の運が尽きないうちに、中でお茶でも飲みましょう! 王子様の付き人の方もお待ちですよぅ」
ぱち、とエディと目を見合わせた。
ラックの勢いに珍しく引き気味なエディだったが、付き人と聞いて冬の瞳を瞬かせる。アンヘルきょうだいが、僕たちが来るのを今か今かと待っていた。
魔法協会とはいたるところに支部・支店・拠点を置き、その土地に見合った能力のある魔法使いが配属される。ラックが得意としているのは少ない魔力での魔法コントロールだけでなく、魔法植物の開発もメインで研究をしていたために、この町へと配属されてきたのだ。
僕が、ベティのポチになったばかりの頃、協会から新しい魔法使いが配属されてきたから、とローザクロス公爵が直々に出向いたのにつれていかれたのがラックとの初めまして。
「死んだ顔してるからお人形かと思いましたよぉ」と、僕のほっぺたを突っつきながら悪気なく笑ったラックに公爵は言葉を失い、僕じゃなくてベティがカンカンに怒っていた。それから会うたび「今日も良い感じに死んでますねぃ」だとか「お、今日はちょっとだけ生きてるじゃぁないですかぁ」と絡んできた。
それが、彼女なりの励ましだとわかったのは学園に入学する直前だった。
「坊ちゃんのことを、心から笑わせることができなかったのが残念ですねぃ」
瞳を陰らせ、小さくぽつりと呟いたラックに、その時はまだ彼女よりも身長が低かった僕は寂しそうな顔をするのをきちんと下から見上げていた。
ふざけた人だ。その印象は変わらないけど、彼女なりに、あの頃の僕を心配してくれていた。
ベアトリーチェだけだった僕に、世界は広いのだと、色々なことを経験させてくれた珍しい大人だった。……大半が、実験の手伝いで彼女が研究室を爆発させないための見張り要員だったけど。
「……ラックさん」
「はいはい、なんでございましょぅ?」
「僕は、笑える場所を見つけましたよ」
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