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花籠の泥人形
06
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フィアナティア嬢の怒声が響き渡る。
「何を!! 考えて!! いらっしゃるんですか!!」
彼女、あんな大声出せたんだ。淑やかで優雅な、聖女らしいお嬢様、という印象だったのだけど、怒りの感情がきちんと存在していたらしい。
怒髪天を衝くフィアナティア嬢の前には、頬を膨らませてぶすくれた表情のマリベル様。
場所は謁見の間から移り変わって小さめの応接室。マリベル様の私的なユジンが来た時に使う部屋だそうだ。ほとんど、プライベートルームのひとつとして使われているとのことだ。
どうして僕たちが聖女様のプライベートルームに近い部屋にいるのかと言えば、ひとえにマリベル様の独断で行われた悪魔との契約のせいだ。
「まぁまぁ、そんない怒らないでよ。別に、ぼくもおねえちゃんのことを食ってしまおうだなんて思っていないんだからさ」
――そして、件の問題である自称僕とエディの子供であるバルゼブ=ルーカス。
幼女を膝に抱く青年は、エドワードそっくりの顔で眉を下げて首を傾げる。ウッ、顔が、良い……!
そう、青年だ。ついさっきまで幼い少年の見目をしていたはずのルーカスは、マリベル様が契約と共にあふれんばかりの光の魔力を注いだせいで、一時的に背長した姿を取っていた。
エドワードそっくりの子供が成長したら、それはもうエドワードに瓜二つと行っても過言ではない。自分でも何を言っているのかわからないのだが、だって、エドワードがふたりいるという幸せな空間なんだもの!
「ヴィーンス。私の可愛いヴィンスは一体なぁにを考えているのかな?」
「……イエ、ナニモ」
「そっかそっかぁ。まるで私を見るみたいに熱い視線で、我が子のことを見つめるものだから、まさか浮気かと」
「違いますから!! 僕が好きなのはエドワードだけなので!!」
にこー! と僕の慌てた声に満面の笑みを浮かべるエディ。
「……あの、ちょっと、こっちは今とぉっても真剣な話をしているんです。いちゃつくなら用意したお部屋でしてもらえますかしら?」
呆れた声音にかぁっと頬が熱くなる。人前で何をやっているんだ、僕たちは。
はた、と。冗談を言えて、人前で惚気られるほど自分の気持ちが回復していることに気が付く。ぱちぱちと目を瞬かせてルーカスを見て、エディを見て、マリベル様を見た。
雪の国で、大切に大切に、教会の奥深くにしまわれる聖女様の肌は白雪よりも白い。白くまろい頬は幼い少女らしく薄紅に色ついていたはずだが、今はどこか、青ざめているように見えた。
聖女に選ばれる以前に、候補者となるには前提として三つの条件がある。
ひとつ、純潔の乙女であること。ふたつ、光の魔力を保持していること。――三つ、人よりも膨大な魔力量があること。
マリベル様は、ルーカスと契約の証としてルーカスが少年から青年へと成長するほどの量の魔力を注ぎ込んだ。それが、いったいどれほどなのかわからない。元より、マリベル様の魔力量も僕は知らない。
それでも、だ。ああして蒼い顔をして、契約相手にくっついている姿を見ていると、捕虜く不足に陥ったエディが思い出させるのだ。
頬を膨らませて、唇を尖らせる幼女はとても愛らしいが、不調を隠そうとしているようにも見えた。
「ヴィンス? 何か気になる?」
「……僕、僕の秘密はエディにだけ、って決めていたんです。でも、マリベル様は僕を救ってくださいました。……エディ、マリベル様を、楽にしてさしあげたいんです」
きゅ、と繋いだ手から、僕の魔力を流し込む。
それだけで僕が何を言いたいのか察したエディは、眉を下げ、区とをへの字にしながらも苦笑して「優しい子だね」お僕の額にキスをした。
これが、お許しが出た、ということだろうか。
未だ大きな声を出すフィアナティア嬢。きっと、フィアナティア嬢のこの怒りも、心配故に爆発をしてしまったのだろう。
彼女がマリベル様を慕っているのは見てわかる。
「マリベル様、フィアナティア嬢」
そっと、エディのそばを離れて声をかける。
壁際に控えていたアイリス嬢とリコリス嬢が、薄い表情ながらもはらはらしているのが感じ取られた。
誰よりも淑やかに、次期聖女に相応しいふるまいを心掛けてきたフィアナティアが、ここまで感情をあらわにするのを見たことがなかった。
物心つく前から大聖教会入りして、聖女となるべく研鑽する日々を過ごしてきたフィアナティアにとって、マリベルは実の親よりも親として慕っていた。年下の見習いは妹のように、年上の女たちは姉のように、厳しく修業に明け暮れる日々ではあるものの、家族のように想う彼女たちがいるからフィアナティアは頑張れるのだ。
何よりも、憧れのマリベルに認められたくて、褒められたくて、「頑張ったな」と言ってほしくて、ただそれだけのために身を削る思いで淑女として、聖女としてあるべく姿を求めてきた。
それなのに、マリベルは全然わかってくれない。歴代最長にして最高の聖女と謳われる彼女は、自分がどれだけ慕われているかわかっていないのだ。
歯噛みすることしかできない自分が情けない。悪魔との契約だなんて、最悪の選択をさせてしまった敬愛する人に泣き崩れてしまいたかった。
「……マリベル様、フィアナティア嬢は心配していらっしゃるんですよ」
「なんじゃ、おぬしも吾が悪いと申すか?」
「いいえ、……いいえ。僕に、そのような権利はありません。僕が契約をできなかったから、マリベル様はそのような選択をなされたんでしょう。どうして周りにひと声かけてくれなかったのか、とは言いたいところですが、一番近くにいながら反応できなかった僕に物申す資格などありません」
そっと、マリベル様と目線を合わせるために膝をつく。柔らかな太ももの上でレースを握る手をすくい上げれば、驚くほど冷たい体温に目を見張った。
今のマリベル様は魔力が不足している状態なのだ。ご機嫌に笑うルーカスはそれをわかっていて、マリベルを膝に乗せている。極上のご馳走をそうやすやすと死なせてしまうにはもったいない、とか思っているんだろうか。
振り払おうと思えば簡単に振り払えるほど優しく掬い上げた手から、幼い少女が少しでも快復するように治癒の魔力を流し込む。
「おぬし、なにを……――!」
怪訝そうに細眉を寄せたマリベル様は、僕が何をしているのかすぐに気が付き、目を見開いて言葉を失う。
何かを言おうとして、口を開いたが結局言葉が紡がれることなくマリベル様は苦虫を噛んでそっと目を閉じた。抵抗を感じて、魔力の入りが悪かったのが、目を瞑って受け入れる体勢を取ったとたんにするすると僕の魔力がなじんでいく。
「……マリベル様に、何をなさっていらっしゃるんですか?」
警戒を滲ませるフィアナティア嬢に苦笑して、どう説明をするべきか口ごもってしまう。素直に治癒の魔力を流して、マリベル様の不調を整えているんです、とは言えない。
言葉に悩んでいると、エディが助け舟を出してくれた。
「私もよくやってもらうんだ。ヴィンスに手を握られると、不思議と不調が良くなる。マリベル様は、口には出しておられなかったがきっと契約による魔力不足からの不調を感じておられたんだろう」
「ッ、そ、んな……わたし、気づきませんでした……!」
「誰だって、大事な人が自殺行為をしたら驚いてそれどころじゃないさ。僕だって、きっとフィアナティア嬢のように心配からの怒りが先に出てしまっていたよ」
背後で交わされる会話に耳を傾けながら、魔力の流れに集中する。ほう、と吐息を漏らすマリベル様の顔色は先ほどよりも良くなっているように見えた。
細く長い、青白い指先が僕の髪をクルクルと巻いて遊んでいるのが視界に映る。
「ルーカス、邪魔しないで」
「おねえちゃんにばっかりかまっていないで、ぼくにもかまってよ、ママ」
「……その顔で、その表情はやめてくれよ」
眉を下げて、悲しさを前面に押し出した表情のルーカスに胸が痛む。エディなら自身の顔の良さを分かっていてやりそうだが、ルーカスは青年の姿をしているとは言え、言動は幼子のままだ。僕を「ママ」と、エディを「パパ」と、そしてマリベル様のことを「おねえちゃん」と呼ぶ悪魔の取り扱い方がわからない。
リリンは軽薄で飄々としていたが、レィビーはすべてが琴線に触れる爆弾みたいな悪魔だった。そう思えば、リュフェルは言葉を交わし、理解して、唯一ニンゲンのように接することができた。幼い子供ではあるが、ルーカスもリュフェル寄りの思考なのだろうか。
悪魔が求めるのは目先の愉悦と快楽。
ルーカスは、否、バルゼブはいったい何を求めているのか。
「ぼく、おねえちゃんと契約はしたけど、ママとパパと一緒にいたいなぁ」
「……どうなんですか、マリベル様。そこらへんは貴女のほうがお詳しいでしょう。僕は、書物や伝承での『七罪』しか知りません」
「吾だって知らぬよ。……だが、まぁ、ルーカスの体はヴィンセントの魔力で構築され、体の中を満たすのは吾の魔力じゃ。人ならざる者なら、呼び声に応えて姿を現すことなど造作もないのでは?」
億劫なマリベル様の問いに、ルーカスはその名にふさわしい輝かんばかりの笑みを浮かべて頷いた。
「ママと、おねえちゃんに呼ばれたらどこにでも駆け付けるよ!」
奇しくも、エドワードと同じようなことを言うルーカスに言葉が詰まる。僕の夢と希望と、願望でできあがったルーカス。僕の胎にいた間のことは記憶しているのだろうか。
「基本的には、マリベル様の元で過ごさせるのがよいでしょう」
「そうじゃな。ルーカスの容姿は、いささか人を賑わせる」
人前には出せない。エドワードは王国の唯一の第一王子で、ふたりもいてはいけない。幼子の姿であれば隠し子か、歳の離れた兄弟か、青年の姿であれば隠された王子を疑われるのを免れないほどに、ルーカスはエドワードにそっくりだ。
瓜二つの双子と言っても過言ではない。マリベル様に与えられた魔力が消費されれば、また小さな子供の姿へと戻るだろうが、今の青年時の姿では下手にうろつかせるのも躊躇われる。ここが人の立ち入りが極端に少ない大聖教会でよかった。
目撃した者もマリベル様の子飼いと呼べるほど近い従者たちのみで、ルーカスのことを知る者は最小限に抑えられている。
「――……もう、良い」
「お加減は?」
「良い。想像よりも大喰らいで驚いた。次からはもう少し調整をせねばならぬな」
ふぅ、と短く息を吐いたマリベル様は、ツンと澄ましたお顔で頭の上にあるルーカスを見上げた。
「ルーカス」
「なぁに、おねえちゃん?」
「吾はあくまでも契約者じゃ。おぬしが慕う父母はそっちのヴィンセントとエドワード、というのは自分の頭でも理解しておるな?」
「? うん?」
小さな子供に言い聞かせるようなマリベル様だけど、見ている側としてはお姉さんぶる幼女と、動作が幼い青年というつい和んでしまう光景だった。
「親を護るのは子の役目じゃ。ルーカスよ、しっかりと母君と父君を護るのじゃぞ」
「――うん!」
深紅の瞳にキラキラと星が降る。やっぱり、どうしてもこの幼い悪魔が脅威になるとは思えなかった。
「何を!! 考えて!! いらっしゃるんですか!!」
彼女、あんな大声出せたんだ。淑やかで優雅な、聖女らしいお嬢様、という印象だったのだけど、怒りの感情がきちんと存在していたらしい。
怒髪天を衝くフィアナティア嬢の前には、頬を膨らませてぶすくれた表情のマリベル様。
場所は謁見の間から移り変わって小さめの応接室。マリベル様の私的なユジンが来た時に使う部屋だそうだ。ほとんど、プライベートルームのひとつとして使われているとのことだ。
どうして僕たちが聖女様のプライベートルームに近い部屋にいるのかと言えば、ひとえにマリベル様の独断で行われた悪魔との契約のせいだ。
「まぁまぁ、そんない怒らないでよ。別に、ぼくもおねえちゃんのことを食ってしまおうだなんて思っていないんだからさ」
――そして、件の問題である自称僕とエディの子供であるバルゼブ=ルーカス。
幼女を膝に抱く青年は、エドワードそっくりの顔で眉を下げて首を傾げる。ウッ、顔が、良い……!
そう、青年だ。ついさっきまで幼い少年の見目をしていたはずのルーカスは、マリベル様が契約と共にあふれんばかりの光の魔力を注いだせいで、一時的に背長した姿を取っていた。
エドワードそっくりの子供が成長したら、それはもうエドワードに瓜二つと行っても過言ではない。自分でも何を言っているのかわからないのだが、だって、エドワードがふたりいるという幸せな空間なんだもの!
「ヴィーンス。私の可愛いヴィンスは一体なぁにを考えているのかな?」
「……イエ、ナニモ」
「そっかそっかぁ。まるで私を見るみたいに熱い視線で、我が子のことを見つめるものだから、まさか浮気かと」
「違いますから!! 僕が好きなのはエドワードだけなので!!」
にこー! と僕の慌てた声に満面の笑みを浮かべるエディ。
「……あの、ちょっと、こっちは今とぉっても真剣な話をしているんです。いちゃつくなら用意したお部屋でしてもらえますかしら?」
呆れた声音にかぁっと頬が熱くなる。人前で何をやっているんだ、僕たちは。
はた、と。冗談を言えて、人前で惚気られるほど自分の気持ちが回復していることに気が付く。ぱちぱちと目を瞬かせてルーカスを見て、エディを見て、マリベル様を見た。
雪の国で、大切に大切に、教会の奥深くにしまわれる聖女様の肌は白雪よりも白い。白くまろい頬は幼い少女らしく薄紅に色ついていたはずだが、今はどこか、青ざめているように見えた。
聖女に選ばれる以前に、候補者となるには前提として三つの条件がある。
ひとつ、純潔の乙女であること。ふたつ、光の魔力を保持していること。――三つ、人よりも膨大な魔力量があること。
マリベル様は、ルーカスと契約の証としてルーカスが少年から青年へと成長するほどの量の魔力を注ぎ込んだ。それが、いったいどれほどなのかわからない。元より、マリベル様の魔力量も僕は知らない。
それでも、だ。ああして蒼い顔をして、契約相手にくっついている姿を見ていると、捕虜く不足に陥ったエディが思い出させるのだ。
頬を膨らませて、唇を尖らせる幼女はとても愛らしいが、不調を隠そうとしているようにも見えた。
「ヴィンス? 何か気になる?」
「……僕、僕の秘密はエディにだけ、って決めていたんです。でも、マリベル様は僕を救ってくださいました。……エディ、マリベル様を、楽にしてさしあげたいんです」
きゅ、と繋いだ手から、僕の魔力を流し込む。
それだけで僕が何を言いたいのか察したエディは、眉を下げ、区とをへの字にしながらも苦笑して「優しい子だね」お僕の額にキスをした。
これが、お許しが出た、ということだろうか。
未だ大きな声を出すフィアナティア嬢。きっと、フィアナティア嬢のこの怒りも、心配故に爆発をしてしまったのだろう。
彼女がマリベル様を慕っているのは見てわかる。
「マリベル様、フィアナティア嬢」
そっと、エディのそばを離れて声をかける。
壁際に控えていたアイリス嬢とリコリス嬢が、薄い表情ながらもはらはらしているのが感じ取られた。
誰よりも淑やかに、次期聖女に相応しいふるまいを心掛けてきたフィアナティアが、ここまで感情をあらわにするのを見たことがなかった。
物心つく前から大聖教会入りして、聖女となるべく研鑽する日々を過ごしてきたフィアナティアにとって、マリベルは実の親よりも親として慕っていた。年下の見習いは妹のように、年上の女たちは姉のように、厳しく修業に明け暮れる日々ではあるものの、家族のように想う彼女たちがいるからフィアナティアは頑張れるのだ。
何よりも、憧れのマリベルに認められたくて、褒められたくて、「頑張ったな」と言ってほしくて、ただそれだけのために身を削る思いで淑女として、聖女としてあるべく姿を求めてきた。
それなのに、マリベルは全然わかってくれない。歴代最長にして最高の聖女と謳われる彼女は、自分がどれだけ慕われているかわかっていないのだ。
歯噛みすることしかできない自分が情けない。悪魔との契約だなんて、最悪の選択をさせてしまった敬愛する人に泣き崩れてしまいたかった。
「……マリベル様、フィアナティア嬢は心配していらっしゃるんですよ」
「なんじゃ、おぬしも吾が悪いと申すか?」
「いいえ、……いいえ。僕に、そのような権利はありません。僕が契約をできなかったから、マリベル様はそのような選択をなされたんでしょう。どうして周りにひと声かけてくれなかったのか、とは言いたいところですが、一番近くにいながら反応できなかった僕に物申す資格などありません」
そっと、マリベル様と目線を合わせるために膝をつく。柔らかな太ももの上でレースを握る手をすくい上げれば、驚くほど冷たい体温に目を見張った。
今のマリベル様は魔力が不足している状態なのだ。ご機嫌に笑うルーカスはそれをわかっていて、マリベルを膝に乗せている。極上のご馳走をそうやすやすと死なせてしまうにはもったいない、とか思っているんだろうか。
振り払おうと思えば簡単に振り払えるほど優しく掬い上げた手から、幼い少女が少しでも快復するように治癒の魔力を流し込む。
「おぬし、なにを……――!」
怪訝そうに細眉を寄せたマリベル様は、僕が何をしているのかすぐに気が付き、目を見開いて言葉を失う。
何かを言おうとして、口を開いたが結局言葉が紡がれることなくマリベル様は苦虫を噛んでそっと目を閉じた。抵抗を感じて、魔力の入りが悪かったのが、目を瞑って受け入れる体勢を取ったとたんにするすると僕の魔力がなじんでいく。
「……マリベル様に、何をなさっていらっしゃるんですか?」
警戒を滲ませるフィアナティア嬢に苦笑して、どう説明をするべきか口ごもってしまう。素直に治癒の魔力を流して、マリベル様の不調を整えているんです、とは言えない。
言葉に悩んでいると、エディが助け舟を出してくれた。
「私もよくやってもらうんだ。ヴィンスに手を握られると、不思議と不調が良くなる。マリベル様は、口には出しておられなかったがきっと契約による魔力不足からの不調を感じておられたんだろう」
「ッ、そ、んな……わたし、気づきませんでした……!」
「誰だって、大事な人が自殺行為をしたら驚いてそれどころじゃないさ。僕だって、きっとフィアナティア嬢のように心配からの怒りが先に出てしまっていたよ」
背後で交わされる会話に耳を傾けながら、魔力の流れに集中する。ほう、と吐息を漏らすマリベル様の顔色は先ほどよりも良くなっているように見えた。
細く長い、青白い指先が僕の髪をクルクルと巻いて遊んでいるのが視界に映る。
「ルーカス、邪魔しないで」
「おねえちゃんにばっかりかまっていないで、ぼくにもかまってよ、ママ」
「……その顔で、その表情はやめてくれよ」
眉を下げて、悲しさを前面に押し出した表情のルーカスに胸が痛む。エディなら自身の顔の良さを分かっていてやりそうだが、ルーカスは青年の姿をしているとは言え、言動は幼子のままだ。僕を「ママ」と、エディを「パパ」と、そしてマリベル様のことを「おねえちゃん」と呼ぶ悪魔の取り扱い方がわからない。
リリンは軽薄で飄々としていたが、レィビーはすべてが琴線に触れる爆弾みたいな悪魔だった。そう思えば、リュフェルは言葉を交わし、理解して、唯一ニンゲンのように接することができた。幼い子供ではあるが、ルーカスもリュフェル寄りの思考なのだろうか。
悪魔が求めるのは目先の愉悦と快楽。
ルーカスは、否、バルゼブはいったい何を求めているのか。
「ぼく、おねえちゃんと契約はしたけど、ママとパパと一緒にいたいなぁ」
「……どうなんですか、マリベル様。そこらへんは貴女のほうがお詳しいでしょう。僕は、書物や伝承での『七罪』しか知りません」
「吾だって知らぬよ。……だが、まぁ、ルーカスの体はヴィンセントの魔力で構築され、体の中を満たすのは吾の魔力じゃ。人ならざる者なら、呼び声に応えて姿を現すことなど造作もないのでは?」
億劫なマリベル様の問いに、ルーカスはその名にふさわしい輝かんばかりの笑みを浮かべて頷いた。
「ママと、おねえちゃんに呼ばれたらどこにでも駆け付けるよ!」
奇しくも、エドワードと同じようなことを言うルーカスに言葉が詰まる。僕の夢と希望と、願望でできあがったルーカス。僕の胎にいた間のことは記憶しているのだろうか。
「基本的には、マリベル様の元で過ごさせるのがよいでしょう」
「そうじゃな。ルーカスの容姿は、いささか人を賑わせる」
人前には出せない。エドワードは王国の唯一の第一王子で、ふたりもいてはいけない。幼子の姿であれば隠し子か、歳の離れた兄弟か、青年の姿であれば隠された王子を疑われるのを免れないほどに、ルーカスはエドワードにそっくりだ。
瓜二つの双子と言っても過言ではない。マリベル様に与えられた魔力が消費されれば、また小さな子供の姿へと戻るだろうが、今の青年時の姿では下手にうろつかせるのも躊躇われる。ここが人の立ち入りが極端に少ない大聖教会でよかった。
目撃した者もマリベル様の子飼いと呼べるほど近い従者たちのみで、ルーカスのことを知る者は最小限に抑えられている。
「――……もう、良い」
「お加減は?」
「良い。想像よりも大喰らいで驚いた。次からはもう少し調整をせねばならぬな」
ふぅ、と短く息を吐いたマリベル様は、ツンと澄ましたお顔で頭の上にあるルーカスを見上げた。
「ルーカス」
「なぁに、おねえちゃん?」
「吾はあくまでも契約者じゃ。おぬしが慕う父母はそっちのヴィンセントとエドワード、というのは自分の頭でも理解しておるな?」
「? うん?」
小さな子供に言い聞かせるようなマリベル様だけど、見ている側としてはお姉さんぶる幼女と、動作が幼い青年というつい和んでしまう光景だった。
「親を護るのは子の役目じゃ。ルーカスよ、しっかりと母君と父君を護るのじゃぞ」
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