2 / 5
聖女編
01
しおりを挟む長すぎる時を生きてきた魔王にしてみれば、世界を渡ることなど造作も無い。呼吸をするように、人ではない言語で呪文を紡ぐ。
世界と世界の間、細い糸を掴むように、全身の魔力を活性化させて、遺伝子レベルで魔法を構築する。
「”空間転移”」
僕たちが魔王様の後を追おうとするが時すでに遅し。
濃密な魔力の残滓と、魔王様の甘い香りだけが漂っていた。
光が弾け、姿を現した少女に喝采が巻き起こる。
人間の姿に擬態をした魔王は、ゆるふわウェーブの黒髪をふんわりと揺らし、深海の瞳を縁取る長い睫毛を震わせた。
美醜に興味はないけれど、人間で言う所の深窓の令嬢の如く美少女の姿をしている魔王に誰もが芽生奪われた。
「嗚呼! 聖女様! ようこそお越しくださいました!! まさしく!! 貴方様が聖女様だ!!」
喧しい声に、ふ、と顔を上げる。
周囲には人、人、人。大勢の人間は目を見開き、驚愕の表情で少女を見つめていた。
「聖女様! 聖女様!! 聖女様万歳!!」
万歳、万歳、と声が響く。
「あぁ……女神に選ばれし美しい聖女様、ようこそお越しくださいました」
呆然と、周囲を見渡す少女――魔王の前に現れたのは、背の中ほどまである金髪をひとつに束ねた気品と美しさに溢れた青年。
碧眼に笑みを浮かべ、魔王を優しく映し出していた。
「――聖女、とは、わたくしのこと?」
「えぇ、そうですとも! 貴女様以外に誰がいましょう」
聖女とは、魔王とは真逆に位置する存在である。
魔王たるわたくしが、聖女と呼ばれるだなんてとんだお笑い種だ。
「ぜひ、私共にお名前をお聞かせ願います」
「わたくしは、クラウディア・リーデルシュタイン。ところで……ここはいったどこなのかしら?」
高い天井からぶら下がるガラスのシャンデリアには聖なる炎が灯っている。色鮮やかなステンドグラスには退魔の魔法がかけられている。
白を基調とした煌びやかな調度品は、闇に覆われた魔王城とは真逆だった。
聖なる気で溢れ、希望と祈りに満ち溢れた空間は、そこにいるだけで魔物を苦しめるだろう。
「ここは、シャーロット王国ラヴェツェニング領にあるシャルル大聖堂。貴女は、魔王を打ち倒すべく勇者と共に旅をする聖女に選ばれたのです」
なるほど。聞けば聞くだけ笑ってしまいそうだ。
聖女(魔王)が魔王を倒しに行く。ゲシュタルトが崩壊しそう。
正直、レベル一桁の勇者ご一行より、レベルマの聖女(魔王)ひとりで魔王討伐をしたほうが効率がよいのではないかと思ってしまったがそうはまかり通らない。
魔王を倒すには、同じく女神に選ばれた勇者が光の聖剣で心臓をひと突きにしないといけないらしい。
え、わたくしも心臓刺されたら死んでしまうの? 死とは程遠い半不老不死の魔王、もといクラウディアはほんのちょっぴり興味が沸いた。あとで聖剣とやらを触らせてもらえないだろうか。
「聖女・クラウディア様。旅を共にする勇者たちをご紹介いたします」
いつの間にか、三人の人間が目の前に並んでいた。
「君と同じく、女神に選ばれたウィリアム・アルバーンだ。気軽にウィルって呼んでくれ!」
「王国騎士団第三部隊隊長のイザベル・サンダ―ソードです」
「宮廷魔法士のオズヴァルド。よろしくね」
勇者と、騎士と、魔法使い。確かに、ここに聖女が入ればバランスが良くなる。
癒しの力を持ち、後衛のサポート役――というのが一般的な聖女のイメージだ。
しかし聖女(魔王)と呼ばれようがクラウディアは魔王である。聖女(偽)と言うのが正しい。
はるか昔、クラウディアの元にも仲間を引き連れた勇者がやってきたことがあった。
その時は勇者・聖女・魔道士・吟遊詩人・獣使いの五人パーティーだった。吟遊詩人の唄は中々に聞いていて心地よかった覚えがある。勇者? 一切記憶にない。オスだった、ということくらいしか覚えていない。
数百年に何度か、勇者は魔王を討ち果たすべく魔王城へとやってきたが、羽虫の如く雑魚ばっかり。
ついうっかり、くしゃみをした衝撃で殺してしまったこともある。人間とはなんとも脆い生き物だ。
思い返せば、勇者は必ず聖女を連れていた。勇者と聖女のニコイチである。なるほど、記憶にある聖女を参考にすればよいのか。
「――よろしくお願いしますね、勇者の皆さん」
はんなり、と。姿を現してから一切変化の無かった顔に笑みを浮かべた聖女様に、目だけでなく心まで奪われてしまった人間たちだった。
0
あなたにおすすめの小説
「俺が勇者一行に?嫌です」
東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。
物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
は?無理
劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
収納魔法を極めた魔術師ですが、勇者パーティを追放されました。ところで俺の追放理由って “どれ” ですか?
木塚麻弥
ファンタジー
収納魔法を活かして勇者パーティーの荷物持ちをしていたケイトはある日、パーティーを追放されてしまった。
追放される理由はよく分からなかった。
彼はパーティーを追放されても文句の言えない理由を無数に抱えていたからだ。
結局どれが本当の追放理由なのかはよく分からなかったが、勇者から追放すると強く言われたのでケイトはそれに従う。
しかし彼は、追放されてもなお仲間たちのことが好きだった。
たった四人で強大な魔王軍に立ち向かおうとするかつての仲間たち。
ケイトは彼らを失いたくなかった。
勇者たちとまた一緒に食事がしたかった。
しばらくひとりで悩んでいたケイトは気づいてしまう。
「追放されたってことは、俺の行動を制限する奴もいないってことだよな?」
これは収納魔法しか使えない魔術師が、仲間のために陰で奮闘する物語。
鑑定持ちの荷物番。英雄たちの「弱点」をこっそり塞いでいたら、彼女たちが俺から離れなくなった
仙道
ファンタジー
異世界の冒険者パーティで荷物番を務める俺は、名前もないようなMOBとして生きている。だが、俺には他者には扱えない「鑑定」スキルがあった。俺は自分の平穏な雇用を守るため、雇い主である女性冒険者たちの装備の致命的な欠陥や、本人すら気づかない体調の異変を「鑑定」で見抜き、誰にもバレずに密かに対処し続けていた。英雄になるつもりも、感謝されるつもりもない。あくまで業務の一環だ。しかし、致命的な危機を未然に回避され続けた彼女たちは、俺の完璧な管理なしでは生きていけないほどに依存し始めていた。剣聖、魔術師、聖女、ギルド職員。気付けば俺は、最強の美女たちに囲まれて逃げ場を失っていた。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
家族に捨てられたけど、もふもふ最強従魔に愛されました
朔夜
ファンタジー
この世界は「アステルシア」。
魔法と魔物、そして“従魔契約”という特殊な力が存在する世界。代々、強大な魔力と優れた従魔を持つ“英雄の血筋”。
でも、生まれたばかりの私は、そんな期待を知らず、ただ両親と兄姉の愛に包まれて育っていった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる