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第二章
四.何でもないのよ。気にしないで
しおりを挟む『橋本涼太様』。手紙にはそう書いてあった。差出人の名前は書かれておらず、誰からの手紙なのか、なぜ僕の名前を知っているのか、謎めいていた。
橋本涼太 様
お忙しいところ勝手ながらに手紙を送らさせていただきますこと、お許しください。こちらであなたの個人情報をお調べしたこともお許しください。もしお許しいただけたのなら、この先をお読みになってください。この手紙は、あなたのためでもあり、三島光輝のためでもあるのです。
単刀直入に言いますと、三島光輝は死んでおりません。ただ、話すことや動くこと、目を開くことさえ出来ません。ただし、考えることだけは可能です。よく分かりませんよね。そこで私は思ったのです。あなたに、ここに来て欲しいと。もし、あなたが三島光輝に会いたいと願っているのなら、ここへ来てください。ここの施設はインターネット上に載っておりませんので、地図を同封しております。お待ちしております。
僕はその手紙を何回も繰り返し読んだ。意味が分からなかったのだ。ミシマが生きているなんて僕には理解出来ず、頭が混乱していた。一体誰からの手紙なのだろう。どこの誰か分からないが、不謹慎な悪戯は辞めて欲しかった。いや、悪戯ではないのかもしれないが、彼が生きているなんてことは信じられなかった。一度その施設へ行ってみてもいいのかもしれない。本当に存在するのか、本当にミシマは生きているのか、確かめてみるのもいいかもしれない。そこで僕は思い出した。彼の葬式が行われていないことを思い出したのだ。なぜ数週間経った今になっても彼の葬式は行われないのか。その理由はここにあるのではないか。そんな気がした。この手紙は、その理由を僕に教えてくれるものではないのだろうか。しかしその施設が安全である保証はどこにもないのだ。逆を言えば、安全でない保証もないのだが。僕はとりあえず考えることを先延ばしすることにした。今考えても仕方がないと思ったのだ。今考えたところで何も解決しないと、誰かの囁きが聞こえたような気がした。
僕には一つ上の姉がいた。とても品のある、気の優しい女性であった。僕はそんな姉が大好きだったのだ。歳は一つしか変わらないのに、精神年齢はかけ離れていた。とても面倒見が良く、両親は僕の世話を彼女に任せっきりにしていた。朝起きてから夜寝るまで、彼女は僕のことばかり考えてくれていた。しかし、姉が高校に入り、夏に差し掛かった頃、彼女の帰りは次第に遅くなっていった。僕はそこまで気になっていなかったが、両親は毎晩心配をするようになった。そんなに心配することは無いと告げたが、僕の声はまるで存在しなかったかのように返事はなかった。彼女は毎晩遅くまでどこで何をしているのだろう、と思わなかった訳では無い。しかし、人間が出来ている姉に対し、変な心配は不必要だと分かっていた。姉は大体二十三時頃に帰宅するようになり、玄関で待っていた母によく怒られていた。僕は階段の上からその会話を聞き、母に怒りを覚えていた。幼い頃から僕の面倒を姉に任せっきりにし、姉の自由を奪い、好きなことをさせてこなかったくせに、僕が大きくなりやっと自由が訪れた彼女に何が言えるのだろうと。父は黙ってその会話を聞いているだけだった。何かを言ってやれと思っていた。しかし、おそらく父は母の味方をするだろうと理解していた。両親のことを理解していた。僕は姉の味方のつもりだったのだ。何故かって、僕は姉のことが大好きだったからだ。でも僕は、それを表に出さないようにしていた。姉にもそんな感情は悟られないようにしていた。何も実の姉に対し、性的な感情を抱いていた訳では無い。ただ、家族として、弟からの愛として、姉のことが好きだったのだ。
姉は一度だけ、朝に帰ってきたことがあった。それは土曜の朝のことであった。朝帰ってきた姉と玄関で偶然出くわした僕は何食わぬ顔で、おかえりと小さな声で言った。姉は、ただいまと微笑んだ。僕は彼女の笑顔が好きだった。ブレザー姿も、私服姿も美しかった。生粋の美人であった。僕も、もう少し彼女に似ていれば幸いであったが。僕は洗面所に行き、歯ブラシに歯磨き粉を乗せ、リビングへ戻ろうとした時、そこから怒鳴り声が聞こえてきて驚いた。母の声だった。獣のようなその声は家中に響き渡った。帰りの遅い姉に対しての怒りであった。僕はリビングの扉を少しだけ開き、中を覗くような形で歯磨きをしていた。姉は俯いて母からの罵倒を受けていた。母は正気を失い、ただただ姉を責め立てていた。僕は母に対し腹が立っていたのだが、ここで自分が割って入っても姉の立場が良くなるわけでもないので扉の隙間から覗くことに留めておいた。母は五分ほど怒鳴り続けて、終いには姉を平手で打った。姉は驚いたような顔をしていた。確かに母が姉に暴力をふるったのは僕の知る限り初めてのことであった。母は気が済んだ様で台所へ戻っていき、姉は動かなかった。僕は未だ扉の隙間から覗いていた。口の中が泡でいっぱいになってしまったので、急いで洗面所へ向かいうがいをした。口を拭ってリビングの扉に戻ると、姉はもういなかった。家の中は誰も存在していないように静かであった。母の存在も感知出来なかった。喉が乾いていたので冷蔵庫を開け、お茶を取り出しコップへ注いでから一気に飲み干した。二人はどこへ行ってしまったのだろうかと思ったが、そこまで気にならなかった。特にすることもないので二階の自室へ向かうと、その途中にある姉の部屋から物音がした。
「お姉ちゃん。大丈夫?」僕は扉の外から声をかけた。
「涼ちゃん?何でもないのよ。気にしないで」姉の声は震えているような気がした。
姉は扉を少しだけ開け、手を伸ばして僕の頭を撫でた。子供扱いは好きではなかったが、姉のそうされるのは嫌いではなかった。姉と触れ合えるのは嬉しいことだった。しかし、やはり不思議な雰囲気が家の中に漂っており、僕は僅かに気持ちが悪くなっていた。それを何から感じているのか分からなかったが、やはり不穏な空気で満ちていた。そして気づいた。やはり母は存在しなかったのだ。
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