アフロディジア -aphrodisia-

キズキ七星

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6.Trash

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 部屋中に置かれた巨大なスピーカーから耳を毀す程の爆音で洋楽が流れている。全体的に部屋は暗くミラーボールが天井から吊るされていて赤や青や緑の晄が動いている。ステージの上には若い男がヘッドフォンをしてディスクを擦ったり効果音を加えたりしていて、ここにいる人達は音楽に乗りながら踊ったり酒を呑んだりキスをしたり煙草を喫ったりしている。一つ空けた席に座っている腹と脚を出した女がグラスを倒し酒が零れる。グラスはカウンターの上を転がりやがて落ち、高い音を出しながら割れる。おいおい何してくれてんだ、とバーテンダーが叫ぶ。酔い潰れた女は、何も言わずに割れたグラスを掻き集めようとして指を切ったらしく、指を咥えてそのまま床に倒れた。傍で呑みながら踊っていた男が女に近づき起き上がらせると、不気味な笑いを浮かべながら手を引っ張ってトイレに入っていった。ここはクズ達が集う場所だ、地獄だ。でもここの雰囲気は嫌いじゃない。ピンクとライトブルーのネオンがお洒落さを醸し出してカウンターの上に逆さに並べられたグラスに反射して美しい。
「なあ横澤、頭痛いんだけどもう帰らないか?」
隣で呑んでいた筈の男は酔い潰れていて返事はない。仕方なく一人で呑み続けていると、酔って顔を真っ赤にした女が隣に座った。胸元を少し見せ脚を出している彼女は僕の方をちらっと見てから、ビール、とバーテンダーに注文する。かしこまりました、と言ってビールを注いでカウンターに置くと彼女はすぐにそれを勢いよく呑んで、ぷはぁ、と声を漏らす。それから此方を目をやり、こんばんは、と呟く。どうも、と会釈をして彼女の胸元を見る。流石に興奮を抑えることは出来なくて眼を逸らすと、彼女は僕の太股に手を置いた。軽い女だな、と言うと、無神経なやつね、と言い返してきた。女は徐々に手の位置を上に持っていく。僕はそれを振り払って酒を呑む。少し酒が零れてズボンに垂れたので紙を取って擦る。呑みすぎで顳顬が痛い。両手の親指で顳顬を押すと女がその手を掴んで立ち上がるのでつられて僕も立ち上がる。そのまま部屋の奥に歩いていき、奥の別室に入り扉を閉めると女は服を脱ぎ始めたので眼を逸らす。こいつは何をしているんだ、勘弁してくれ。女はしゃがんで僕のベルトを外してズボンと下着を下ろすと僕のそれを咥えた。止めろ、と言って女の引き剥がす。朦朧としながら下着とズボンを穿いて部屋を出ようとすると、女は僕の腕を掴んでキスをしてきた。僕は女を突き飛ばしベッドに押し倒してキスをする。綺麗な金髪をした『それ』は応える。無言のまま服を脱がせ自分も脱ぐと、赤ワインを飲み干してキスをする。僕のそれを挿れると『それ』は声を押し殺しながら喘ぐ。『それ』の長い髪の毛は金色に染められていて、赤色の照明に照らされて猥りがましい雰囲気を催す。興奮が絶頂に達すると世界から音が殺された。僕にだけ聞こえる無音の世界へと化した。またこれか、と思いながら行為を続けるとやはり視界が霞んでくる。もう分かっている。無音が脳を刺激して記憶を飛ばそうとしてくることは分かっている。もうこれは受け入れるしかない、と無音に身を任す。女は疲れきってぐったりとして目を瞑っている。僕は彼女の分の赤ワインも飲み干してしまった。


 意識を取り戻すと、僕は『それ』の隣で眠っていることに気付く。生温い感触を感じた。シーツには赤ワインが染みていて彼女の躰にもかかっている。まだ酔いは覚めていなくて頭が痛いので顳顬を両手の親指で押してやる。よく見ると彼女の首から赤ワインが流れ出ていてそれを指に付けて舐める。クソ不味い、何だこれ、この赤ワイン腐ってんのか。液体の中に少しだけ固まっているようなドロドロしたものがある。顔が赤ワインでベトベトしていたので洗面台で綺麗に洗い流す。タオルで水分を拭き取り、扉の前に脱ぎ捨ててあった服を着て部屋を出ると、そこにはまだ踊り続け呑み続けている人々がいた。カウンターで酔い潰れている横澤を起こして店を出ようとすると、奥の方から獣の様な悲鳴が聞こえた。驚いて振り返るがすぐに扉を開けて店を出た。幾つもの悲鳴が響いていた。




 駅のターミナルでバスを待っていると、永井、と柊が大声で叫びながら駆け寄ってくるのが見える。上から見下ろしている太陽より眩しい笑顔で僕を見る。雪が彼女の髪に少し積もっているので、それを取ってやると、ありがとう、と言ってさらに眩しい笑顔を見せた。
「眼が焼けてしまうよ。眩しいよ。」
「今日天気いいもんね。でも眼は焼けないよ、虫眼鏡でも使ったら焼けると思うけど。」
話が噛み合っていないけれど、何も返事はしないでおいた。
 バスが到着したので乗り込むと、後に続いて彼女も乗り込む。後ろから三番目の席に座ると、隣いいですか、と言って彼女は微笑む。もちろん、と答えて席を空けると彼女は嬉しそうに座る。僕は鞄から小説を取り出して栞を抜いて読み始めると、話そうよ、と彼女が云う。栞を挟んで本を鞄に仕舞った。
「なんだい、琴音ちゃん。」
「わっ、急に名前呼びするじゃん。びっくりするよう、止めてよ。」
「ごめんごめん、で何を話そうか。」
「そう、昨日ね、駅の近くで殺人があったんだって、物騒だよね。」
「へえそうなんだ。ニュースでやってた?」
「ううん、今朝はやってなかったよ。SNSで見たんだ。なんかね、女の人がベッドで首を数箇所刺されて殺されたらしいよ。」
「朝から気味の悪い話をするね。もう少し楽しい話は無いの?」
窓から外を見ると次々と景色が変わっていく。見慣れたレストランや老婆や老爺が耕している畑や小さな子供が遊んでいる保育園や白や茶色や黒の犬がくるくる廻っているペットショップが左から右へ流れていく。僕は何処に焦点を合わせるわけでもなく、茫然とその景色を眺めていた。



―屑―
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